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2 王宮のメイド2


 あと少しで厨房というところで、今度は見映えを重視したメイド服を着た女性と出会った。接客担当のメイドだと気がつくよりも早く、小馬鹿にしたような声がかけられる。


「相変わらず小汚い格好ね。ネズミみたい」

「イライザ……」


 赤みがかった金髪と薄茶の瞳をしたイライザは、己の外見に相当な自信を持っている。容姿の良さで採用されただけあって美人なのだが、表情と言葉に他人を見下す性格がよく現れていた。


 ほとんど仕事で関わることがなかったのに、なぜかここ最近になって彼女の方から嫌味を投げかけられることが増えている。あまり気にせずに受け流しているところも気に食わないのか、最初はさりげない一言だったものが、段々と棘を隠さないようになってきた。


 イライザはクレアの赤くなった手を見て、鼻で笑った。


「あーあ。洗濯メイドさんは大変ねぇ。冷たい水で毎日洗濯しないといけないなんて」

「そこをどいて。仕事があるの」

「仕事ねぇ。洗濯と厨房の下働きでしょ? あなたって私の倍も働いてるのに、新しい靴も買えないのね。出来が悪くて給金が減らされてるの?」


 意地悪く笑っているイライザを見て、シーツに残っていた足跡が脳裏をよぎった。イライザが履いている靴はつま先が尖った流行りの形で、履き古したクレアの靴とは、素材から形まで全てが違う。大きさも例の足跡と同じぐらいだ。貴族の接遇のために雇われたメイドだからこそ、ある程度のおしゃれが許されている。


 イライザの言葉は、自分が犯人だと仄めかしているようにも聞こえた。ただ、この場で糾弾しても証拠がない。洗濯物をわざと汚しているところを複数人で目撃して、取り押さえないと逃げられてしまうだろう。イライザは言葉巧みに罪を他人になすり付けるところがある。


 ――ああ、それに。


 男性の使用人の多くは、華やかなイライザに気がある。地味でうつむきがちなランドリーメイドの言う事なんて、信じてくれない予感があった。


 クレアはいつも通り、嫌味を聞き流すことにした。


「メイド長が探してたわよ。こんなところにいてもいいの?」

「あんたには関係ないわ。本当に……つまんない奴ね」


 望んだ展開にならなかったらしいイライザは、苛立たしげに言い返してきた。そして胸元のボタンが外れているのに気がつくと、留め直してから去っていく。


「……疲れた」


 悪意を剥き出しにしてくる人の相手は疲れる。彼女に嫌われる心当たりが全くないので、どう対処するのが正解なのかわからない。相手の気分に振り回されて、疲労していくだけだ。


 沈んだ気持ちのまま厨房に入ると、待っていた料理長から芋が入ったカゴを渡された。


「全部、いつも通りに。それが終わったら帰ってもいいぞ」


 クレアは頷いて、厨房の端に座った。小さなナイフで薄く皮を剥き、芽をえぐり取る。皮はもう一つのザルに落とし、剥き終わった芋は鍋に入れていく。これが終わったら、ようやく短い休憩時間だ。


 厨房には料理長の他に数人の料理人がいたが、誰もクレアのことを気にしなかった。クレアが料理の下拵えを手伝うのは当たり前で、ここにいる理由について聞かれたこともない。


 絡まれて難癖をつけられたり、奴隷扱いされるよりは、無関心のほうがありがたい。イライザの悪意に触れたあとは、特にそう思う。


 使用人一人あたりにかかるお金を節約するために、下級の使用人に仕事を回して酷使している――彼らがそんな事実を知ったとしても、クレアの待遇が改善されることは絶対にない。同情ぐらいはするかもしれないが、自分の待遇が酷くないことに安心するだけだ。


 黙って作業を続けるクレアの耳に、料理人たちの雑談が聞こえてきた。料理長には秘密にしておきたいのか、あまり大きな声ではない。


「なあ、新しい工場の求人を見たか?」

「見た見た。休みが月に一日だけだろ? 金は今とあまり変わらないな。あんな条件なら、ここで働いてたほうがマシだ」


 金額を聞いて、クレアの手が一瞬だけ止まった。自分の待遇よりも、遥かに良い。


「でも料理人待遇なら、個室が与えられるらしいじゃないか」

「それしか魅力が無いじゃないか。どうせ個室っていっても、二段ベッドで区切ってるだけだろうよ」


 それの何が問題なのだろうか。クレアは芋の皮剥きを再開した。


 クレアのような下級メイドたちは、屋根裏にある大部屋で寝ている。仕切りなどなく、屈まないと歩けないほど天井が低い。個人の空間はベッドの上だけ。私物はベッドの下に木箱へ入れて収納するしかない。


 狭くても自分だけの空間が与えられるのは贅沢だ。給金もほとんど貰えず、必要な衣類や日用品を買うと無くなってしまう。休みなんて三ヶ月に一日だけ。


「待遇なら作業員の方が良いらしい」

「だからって、安定した職場から離れるのもなぁ……」

「元宮廷料理人の肩書きを引っ提げて店を開くか、どこかの高級レストランに雇われる方が魅力的だわな」


 作業員は料理人よりも待遇が良い――クレアはナイフで自分の指を切らないよう、慎重に作業を進めた。美味しい話には気をつけなさいと母親が言っていた。嘘の求人で人を集めて、奴隷のように働かせる雇用主もいるらしい。


 ――でも、本当にその条件で雇ってくれるなら。


 今のクレアよりも格段に良い暮らしができる。貯金だってできるかもしれない。ほんのわずかな小銭しか入っていない財布を思い浮かべ、クレアはため息をついた。


 そんな話が本当にあると仮定して、洗濯しかできない地味な娘が、何の後ろ盾もなく外で働けるものだろうか。朝から晩まで働き詰めの生活からは逃げ出したいが、身元保証人になってくれる人なんていない。


 さらに、クレアは王宮から逃げ出せない理由があった。


 ランドリーメイドをしていた母親が病気で亡くなったとき、使用人の逃走防止という理由で、形見の品を取り上げられた。身寄りのないクレアには、母親と同じメイドになるしか生きる道はなかったにも関わらず。


 さらにクレアのような下級の使用人は、逃亡を防ぐために魔術で行動範囲を縛られていた。雇用契約を結ぶときに、自身の持ち物に魔術をかけられる。クレアの場合は形見だ。一定以上離れると命に関わるので、長生きしたければ王宮に留まるしかない。


 それらの品は保管庫にあると皆が知っていた。それなのに脱走者が一人もいないのは、魔術師しか出入りできない構造になっているからだ。


 もし工場の話が本当だったとしても、形見を回収するまでは転職できない。


 クレアは他にも有益な情報がないか耳をすませていたが、話題は取るに足りない雑談へと変わっていった。

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