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12 分岐点と命令

 戴冠式で王族の魔力を探ったテオドールは、式典の最中に王宮へ戻ってきた。調査のせいで体調不良になることは明らかだったので、ジェラールから休むよう命じられたためだ。


 王宮の衛兵には警備要員の交代だと説明して門を通過し、まっすぐ離れへ向かう。早く座って休憩したい気持ちが大半を占めていたが、集めた調査結果を精査する必要があった。


 廊下を歩いていると、窓の外に使用人や衛兵が集まっているのが見えた。庭の一角で何かがあったのか、不安そうな表情をしている。部外者が尋ねても、詳細は教えてくれないだろう。


 集団の中には、ブラッドも混ざっていた。テオドールと目が合い、離れの方角を向く。


 離れに戻ったテオドールが護衛の控え室で休憩していると、遠慮がちに扉が叩かれた。外に立っていたのはブラッドだ。初対面の軽薄な表情は消えている。


「メイドの一人が殺されました」


 控え室に入るなり、ブラッドが言った。


「探している子供ではありません。俺が情報源にしていたメイドですよ。貴族の近くで働いていたから、重宝してたんですけど」

「衛兵の動きは?」

「今日は戴冠式ですからね。このまま隠すようです。遺族には時間が経ってから連絡が届くでしょう」

「帝国へ情報を流していると知られたか?」


 メイドが殺されたのは、口封じと密偵への警告が目的だろうか。

 ブラッドは首を横に振った。


「バレないように気をつけていましたが、可能性は捨てきれません。彼女は感情で動くところがありましたから、余計なことに首を突っ込んで自滅したとも考えられますが」


 ブラッドは小さな紙を渡してきた。女性の名前と簡単な経歴が書かれている。


「茶髪のランドリーメイドの一覧です。印をつけているのが、勤務歴が長い人物。該当者は五名。うち二名は厨房の手伝いをする予定ですから、隠れて魔力を探るのは難しいでしょう」


 厨房は調理にあたる人員が多く、料理の運搬で出入りが激しい。まず誰にも見つからないようにするのが困難だ。


「では残り三名から片付けようか」


 目当てのメイドたちは、数時間後に差し迫った夜会の会場を手伝っているそうだ。不審者を捜索するために、会場は一度、隅々まで点検が行われた。非常時とはいえ飾りつけた会場を荒らされてしまったため、急遽集められたという。


「王宮内は少し混乱しているようです。もし衛兵に見つかったら、会場の下見に来たってことにしましょう」


 ブラッドの手引きで会場まで移動したが、特に呼び止められることもなく到着した。どうやら衛兵にはテオドールのことが使用人に案内させる貴族に見えていたらしく、発見されても遠巻きに敬礼されるのみだった。


 社会的な地位は、王宮を警護する彼らのほうが上のはずだ。服装と振る舞いを変え、ブラッドのような使用人を従えているだけで、相手が勝手に勘違いしてくれるのは楽だ。


「打ち合わせした意味がありませんでしたね」


 会場の扉に手をかけて、ブラッドが愉快そうに笑った。


「なかなか堂々とした貴族っぷりでしたよ」

「中身はただの平民なんだがな」

「ただの平民はこんなところにいませんって」


 微妙に痛いところを突かれてしまった。


 気を取り直して会場にいるメイドに探りを入れてみたが、残念ながら三人とも空振りに終わった。記憶の中の顔とも一致しない。厨房にいるメイドが本命だろう。


 テオドールが離れに戻ってすぐ、戴冠式に参加していたジェラールも帰ってきた。調査の進捗状況を報告していると、忙しなく扉がノックされた。


「誰だ?」

「俺です。至急、報告したいことが」


 部屋に入ってきたブラッドは、上着の内ポケットから小さな手帳を出した。


「王がランドリーメイドを暗殺しようとしています」

「詳細を」


 常に結論から報告させているのか、ジェラールは頷いて詳細を催促した。


「これは殺されたメイドのものです。あいつが日記をつけていたことを思い出して、衛兵より先に回収してきました。ここ数日は王族の居住区で働いていたらしくて、彼女が見聞きしたことが書かれてます。その中に、王が誰かに暗殺を命令したこと、その対象がランドリーメイドだと記載されています」

「名前は出ていないのかね?」

「残念ながら。ですが、勤続年数が長いメイドと条件が付けられていますので、数は絞られるかと」


 ジェラールは物憂げにため息をついた。


「リヒター、メイドを探しておいで。護衛が一人いなくても、私の警備に支障はない」

「ブロイ卿」

「秘密はいつか明らかになるものだ。王は我々とは違う情報源から、彼女の存在を知ったようだ。彼女の排除が目的なら、生死は関係ない。死体からでも血統は調べられる。巻き添えを食う使用人が出るかもしれないが、些細なことでしかない」


 ジェラールは窓に近づき、淡い夕日に照らされた王宮を見上げた。


「正体が分からない殺人鬼が、王宮で働く使用人を次々と殺した。彼女の素性は公表されていないから、世間は殺された使用人の一人と思うだろう。殺人鬼の正体を知っているのは、王と側近のみ。都合が悪くなれば……分かるね?」


 いつでも暗殺者を処分できる。テオドールは頷いた。王は殺人鬼との繋がりを隠したまま、罪だけを明らかにして断罪、口封じをする。後ろ暗い仕事を請け負う者の末路とは、そういうものだ。


 メイドが数人減ったところで、王宮全体への影響は少ない。王宮には人の行動範囲を縛る魔術がある。いざとなれば強制的に人を集め、下級メイドにすることも可能なのだ。


「招待客には、メイドが死んだことは隠されている。夜会は予定通り、行われるはずだ。厄介な魔術師たちの目が夜会に向いている間に、王太子夫妻の子供を帝国へ逃がせ」

「彼女を保護するためだと思っていてもよろしいでしょうか」


 テオドールが懸念しているのはそこだ。もし彼女が平民のまま暮らすことを望んでいたとしても、政治の邪魔だからという理由で消されてしまうこともある。自分の行動が、他人の人生を終わらせる結果となるのは嫌だった。


「会ったことはないけれど、私にとっては姪だ」


 はっきりとジェラールは言いきった。


「それに王太子との約束がある。残念ながら妹は助けられなかったけれど。安全な国へ亡命させたいという、親心を尊重してあげようではないか。素性を明らかにして貴族に迎え入れることはできないが、人間らしい生活は保証しよう」


 彼はできない約束は口にしない。帝国へ連れて行っても、殺されるという未来は回避できる。


 暗殺の片棒を担ぐことはないと分かり、テオドールは安堵した。ジェラールの前から退去し、離れの外へ出る。

 外へ出てから眼鏡を外すと、魔術師が張り巡らせた警備網が見えた。通常の警備に加えて、不審者対策のためか、今朝よりも強化されている。


 複数の魔術が組み合わされているのに、互いを邪魔することなく一つの魔術のように発動しているところは、さすが魔術大国だとしか言いようがなかった。長い時間をかけて、代々の魔術師が洗練させていった成果だ。


「……この中を移動すんのか」


 王国魔術の素晴らしさを目の当たりにして、テオドールはうんざりした。少し見ただけでも、警備網に引っ掛かれば何かしらの罠が動く記述が見える。さすがに招待客がいる間は、即死する仕掛けを制限していると思いたい。


 情報量が多くて酔いそうになる。仕事でなければ、絶対に飛び込みたくない領域だ。テオドールは己の不運に、心の中で悪態をついた。

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