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1 王宮のメイド

 踏みつけられて汚されたシーツが地面に落ちている。布の端には持ち主である使用人の名前が刺繍されているはずだが、泥にまみれて見えなくなっていた。真っ白なシーツに残った足跡は、靴先が尖っている。大きさと形で判断すると、犯人は女性だろう。


 クレアは自分が担当している洗濯物を故意に汚されて、落胆とも憤りともつかない感情をため息で吐き出した。


 これで三回目だ。あと少しで乾きそうな時間に、一目で嫌がらせと分かるように汚される。


 一度目はクレアの服。二度目はクレアと仲がいいメイドのエプロン。今回は恐らくメイド長のシーツだろう。下級メイドが使っているシーツとは、明らかに生地の質が違う。


 切り裂かれていなかったのは、クレアの仕事を邪魔するのが目的なのか。洗濯物が時間通りに仕上がっていなければ、洗濯専門の(ランドリー)メイドの責任になる。扱う洗濯物には担当が決まっており、クレアは使用人の衣類やリネンを任されることが多かった。


 汚れは洗えば落ちる。だが故意に破損されていたなら、第三者が犯人探しに乗り出す可能性があるからだ。


 王宮で働く使用人は、制服や一部の日用品を支給されており、職を辞す際には返納する決まりになっている。帳簿の数と合わなければ相応の処罰が下されるため、みな取り扱いには慎重になっていた。


 クレアはシーツを大雑把に畳んで拾い上げた。今は犯人探しよりも、泥まみれのシーツを綺麗にするほうが優先だ。誰にも見られないように洗濯場へ移動した。


 洗濯場には、中央を貫くように水路が設けられている。途中で水路が四角く広がっているところが洗い場だ。水路は城の近くを流れる川から水を引いている。大雨でもなければ水門は常に開いており、十分な量の水を使うことができた。


 クレアは洗い場にシーツを沈めた。水で落とせるだけの泥を洗い流し、汚れた箇所を点検していく。


 汚れには灰をかけたり、水路の縁に擦りつけて洗う。だが時刻は昼を過ぎている。初夏に差し掛かって気温が上がってきたとはいえ、今から洗って乾かしても間に合わないだろう。


 ――仕方ないわね。


 クレアは近くに誰もいないことを確認すると、水の中に手を入れた。知人から教えてもらった手順通りに、体の内側に意識を合わせる。ふわりと温かい塊を体内に感じ取り、水の中に流れるよう動かしてやる。


 ――静かに鍵を開くように、そっと。


 水面が淡く光る。綺麗になってと念じると、シーツの周辺が茶色く濁ってきた。だがすぐに流れる水が濁りを押し流していく。広げてみると、踏みつけられた足跡は完全に消えていた。


 シーツの持ち主は、やはりメイド長のものだった。色鮮やかな赤い糸で名前が刺繍されている。仕事に厳しい人だから恨まれやすいが、こうした嫌がらせをされているという話は聞いたことがない。やはり犯人の狙いはクレアと考えてもいいだろう。


 絞ったシーツからは、まだ水滴が垂れている。クレアはロープが張られた物干し場へ戻った。他の洗濯物と同様にロープにかけると、汚れを落とした時と同様に力を使う。


「乾いて」


 シーツが風になびく。ふわりと煽られた布から、滴る水はない。触るとわずかに水気を感じる程度に乾いている。周囲と同じ乾き具合に調整したので、誰も異変に気がつかないだろう。


 クレアは自分の髪をつまんで、毛先を見た。銀色の髪が太陽の光できらめいている。そっと指先で撫でてやると、髪は茶色く変色した。


 魔術は一度に一種類しか使えない。洗濯に使える魔術は便利だが、髪の色を誤魔化すために使っている魔術が解けてしまう。


 この国では魔術の定義は厳格に決まっている。それ以外は異端とされ、迫害されてきた歴史があった。さらに魔術を学ぶためには大金が必要なため、特権階級が知識を独占している状態だった。


 国が定めた魔術以外を使う平民がいたなら、魔女の烙印を押されて投獄されても不思議ではない。絶対に知られるわけにはいかなかった。


 目立ってはいけない。

 地味に、慎ましく生きる。

 貴族に目をつけられないように。


 クレアはそっと洗濯場から離れて、使用人用の出入り口から王宮へ入った。廊下の端を歩いていると、正面から来たメイド長がクレアを呼び止めた。


「あなた、こんなところで何をしているの?」

「厨房へ行く途中です。手伝いをするように申し付けられておりますので」


 うつむきがちに答えると、メイド長は納得したようだ。そうだったわねと呟く。


「ところで、イライザを見なかった?」

「いいえ。見ておりません」

「そう……どこへ行ったのかしら。呼び止めて悪かったわね。あなたの仕事に戻って」

「はい」


 頭を下げてメイド長の横を通り抜けた。一緒に探そうかと思ったが、厨房の仕事が控えている。協力するように命じられなかったので、先を急いだ。

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