第5話 高岡さんの事情と俺への提案
「おじちゃん、おててつないでー」
「つないでー」
「やれやれ、仕方がないな」
「すみません、お疲れですのに……」
散歩の最中に、買い物帰りの高岡さん母娘に遭遇し、娘の佐奈ちゃんと奈々ちゃんに手を繋がれている。
申し訳なさそうに高岡さんが謝るが、こんなおっさんの俺に子供が懐いてくれるのは素直に嬉しいから、
「宇佐美さんはお散歩ですか?」
「ええ、今日と明日は仕事がお休みなので……と言ってもコンビニの夜勤で掛け持ちのアルバイトなんですがね」
高岡さんの純粋な質問に余計な答えを言ってしまう俺。
それでも、事実として隠すつもりはないし、言ってしまった方が楽だろう。
底辺だという証明もできるだろうし。
「それでも、頑張ってるのですから素敵ですよ。 前の夫は、宇佐美さんみたいに何とか頑張ろうって事をしなかったし」
「それは……、どういう?」
高岡さんはコンビニ夜勤アルバイトでも頑張っているからと言って俺を評価した後、悲しい表情で自分の話をし始めた。
前の夫と言った辺り、この人はシングルマザーなのか?
「前の夫は、私が娘を産んでから豹変しました。 夫方の両親もそんな夫に激怒しては私に謝罪するの繰り返しでした」
「豹変……? 実は子供嫌いだったとか?」
「いえ、私が子供を産んだと同時に前の夫の職場が倒産したんです。 それから、新たな職探しもせず、引きこもっては私や子供に当たり散らしてました」
「最悪ですね……。 職探しすらしなかったのか」
「ええ。 それが原因で離婚したのです。 夫は最後までギャーギャーわめいてましたが、夫方の両親と私の兄と姉のおかげで無事に離婚が成立しました」
前の夫が職探しもせずに子供や高岡さんに当たり散らしていた事がきっかけで離婚したとは。
そいつの両親がまだマシだったのが救いなんだろうな。
「でも、生活は大変なんじゃないですか?」
「兄や姉が支援してくれてますし、前の夫の両親が養育費を立て替えてれました。 引っ越しも兄の方で手配して貰ったのです」
「そうだったんですか」
思った以上に重かったのだが、彼女の場合は兄や姉が支援してくれているからまだ救いはある。
だが、俺の方は……。
「宇佐美さんは……ずっと一人で暮らしてるのですか?」
「ええ、両親も既に他界していますし、一人っ子ですからね」
「ご、ごめんなさい……」
「いえ、高岡さんの事情を聞いている以上、こっちも隠すわけにはいかないので、おあいこですよ」
高岡さんの過去を聞いてしまったのは申し訳ないので、今の俺の現状も話していこうと思う。
「自分の場合は、前の会社が学歴主義者の上司のせいで辞めたんですよ」
「酷いですね。 社会人になれば学歴はあまり意味を成さないのに」
「ええ。 ですが、俺のような高卒は底辺だとマウントを常に取られてました」
「労基とかには?」
「労基や警察などにも相談しようとしましたが、向こうがそうさせないと根回しされた後なので、門前払いされましたよ」
「そこまでして……。 酷い会社もあるんですね」
俺の事情も高岡さんは真剣に聞いてくれた。
やはり、前の職場のような会社は高岡さんにとっては見たことがなかったようで、かなり腹を立てていた。
「宇佐美さんの前の会社がどういう業種だったかによってになりますが、兄や姉に相談してみますよ」
「いいんですか?」
「何だかんだで初日で娘たちの面倒を見てくれてますし、ブレーカーの場所も教えてくれましたから。 前の夫よりはいい人だと思ってます」
「お願いします。 40代の俺がこう頼むのもなんですが」
どうやら、高岡さんは俺の件で彼女の兄や姉に相談するようだ。
可能ならば新たな職場への転職も可能になるだろうが……。
あの課長一家や部長一家の呪縛から解放されるために、そこに縋ることにした。
「「おじちゃん、ママとおはなしおわったー?」」
「ああ、終わったよ」
「「じゃあ、いっしょにあそんでー」」
「こら、二人とも!」
「ははは、構わないよ。 遊ぼうか」
「「わーい♪」」
「本当にすみません、宇佐美さん」
話が落ち着いたのを見計らってか、奈々ちゃんと佐奈ちゃんがしがみついて聞いて来た。
話が終わったら、遊んで欲しいらしい。
今日は休みだし、もう一度相手してあげよう。
高岡さんは、申し訳なさそうにしていたけど。
そんな感じで俺と高岡さんと奈々ちゃん達はマンションに戻るのだった。
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