第42話 喫茶店にて(後編)
「そういや、俺の誕生日すっかり忘れてたなぁ」
「おいおい……、自分の誕生日を忘れるとは……。 まぁ、それほどまでに追い込まれたり生きていくのに必死だったしな」
「定期券購入で年齢が変わって、ようやく実感する位だしな。 そうか……。 俺の誕生日はバレンタインの日でもあったのか」
正幸からバレンタインの日が俺の誕生日でもある事を教えてもらってからようやく思い出した。
かつての【TT商事】の奴らのせいで追い込まれた上で、コンビニバイトで生きていくのに必死だったから、自分の誕生日なんて意識した事はなかった。
定期券購入の際に年齢が変わった事でようやく実感が湧くのが現状だったからだ。
正幸がこれを教えるという事は……、多分紗友里さんと俺が付き合っていると思っているのだろうな。
間違ってはいないが、彼女の娘さんとの触れ合いもあるしな。
「お前の両親があの無差別事件で殺され、さらにかつての会社が【TT商事】の敵対的TOBで買収され、そいつらから学歴で見下された挙句、あるリクルートサイトで底辺扱いのコンビニバイトで食いつなぐなんて酷い経験をしてるからな、お前は」
「……」
「だから、俺達よりも辛い経験をしてる京也には、幸せを掴んでもらいたいんだ」
何も言わないままに正幸の話を聞く。
正幸や桧山は、順調に転職を成功させた。
だが、正幸の勤務先の会社はあの傲慢な社長子息によって危ない状況になっている。
そして、川崎に至っては俺や紗友里さん母娘が現在住んでいるマンションの大家代行をしているしな。
それを差し引いても、あの無差別事件で両親を失い、敵対的買収した【TT商事】の奴らに学歴で見下されて成果を横取りされ、そのショックで転職に一度失敗し、コンビニバイトで食いつないだ俺には何とか幸せを掴んで欲しいと願う親友は他にもいないな。
「そのリクルートサイト、現在は閉鎖してるみたいだよ」
「そうなんですか?」
そこに喫茶店のマスターがそう言ってきたのだ。
初めて聞いたな。
あのリクルートサイト、閉鎖していたなんて。
「あそこのバックには、強制捜査の果てで幹部が逮捕され、その前に破産法を申請までした【TT商事】だったからね。 まぁ、ざまぁとしか言えんよ」
「あそこなら納得だ。 学歴だけでなく職種でも見下していたか」
「フリーランスでさえも見下していたからね。 さっき話していた例の長男も【TT商事】と繋がってるんじゃないかな?」
「ありえそうだ……」
マスターの話に正幸は頭を抱える。
彼の勤務先の会社の社長子息が【TT商事】と繋がっていたとなれば、第二のTT商事を作りかねない感じなのだ。
幸い、社長自身と娘さんはまともなのでその長男を何とかしてくれるのを待つしかないとは思う。
ただでさえ、一社との取引が停止させられてるんだし。
「人は、一人で出来る事なんて限られるからね……。 可能ならば、支えてくれる人の存在が必要さね」
「そうですね」
マスターはトーストを用意しながらそう言った。
確かにそうだ。
人は年を取ると出来る事が段々と限られてしまう。
若い頃は何でも出来ると思っても、歳による身体能力は徐々に下がるから、出来る事も限られてくる。
そして、それを突きつけられると、俺ならば心が壊れる自信がある。
だからマスターは、支えてくれる人が必要だと言ったのだ。
昔の俺だとそういうのは考えてなかったが、紗友里さんと出会ったおかげだろうな。
紗友里さん母娘と出会ってなかったら、俺は一生独り身でも構わない考えを引きずっていたんだから。
「京也くんは、新しい職場でもあまり気負わないようにしたほうがいいよ」
「心得ておきます」
「ははは、マスターにも言われたな」
マスターからの話はかなり効く。
俺がここまで独り身だったこともあってか、一人でもやろうと気負っていた事もあったしな。
紗友里さんや奈々ちゃん達に心配をかけさせないようにして、普通に頑張ることにしようか。
「さて、もう少し時間もあるし、コーヒーもう一杯」
「じゃあ、少し待っててな」
「よく飲むなぁ、正幸。 カフェイン中毒か?」
「喧しい!!」
その後は他愛もない雑談をしたり、トーストを味わったりして時間を潰した。
そろそろ紗友里さんもイラストレーターとしての仕事を終わらせ、奈々ちゃんと佐奈ちゃんを迎えに行く頃だろうし、頃合いを見て喫茶店を出ないとな。
とはいえ、正幸の勤務先の会社も心配だがな……。
後で達也に聞いてみるか?
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