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第四章「黒髪の少女」-後編-

文法修正(11/3)

 旧市街に住む人々にとっての生活の場である北旧市街。ここには新市街のようにメインストリートのような大街道はなく、路地が複雑に絡み合った構造をしている。外界に通用する門は南門の半分ほどの大きさでしかないが北門が存在している。しかし、他の町からくる商人たちはそのほとんどの者が利益の大きい新市街での商売を優先しており、北旧市街は常に閑散としているのであった。


「なんだか人通りも少なくて少しさみしい場所だな」

「見た目はね。今からこの北旧市街のホントの姿を見せてあげる」

 俺が見たままの感想を言うと、ウィノアは得意げにそんなことを言った。

「まあ、元々は上のほうも結構混んでてね。こんな街だけど住んでる人自体は結構多くて。昼間はみんな自分の仕事してるから、少なめだけどね」

「ん、ということは、夜は結構――、んん……上……?」

 街頭すらないのにどうやって夜、人が沢山増えるというのか、そもそも『上』とは何か想像ができず、悩んでいると、隣でウィノアが得意げな笑顔を見せた。

「ほら、こっち」

 複雑な路地を抜けると、行き止まりだった。突き当りには古びた鉄扉の家屋がある。

「あれ、間違えたのか?」

 俺が言うが早いか、ウィノアはその鉄扉に手をかけた。

「は?」

 勝手にガチャリと鉄扉を開けると、満面の笑顔で手招きした。

「い、いいのか勝手に入って!?」

「いーの、住んでる人は誰もいないんだし」

 男女二人でだれも住んでいない家――。いや、ねぇ?

「ちょっと、キョースケ?」

 ボー然としている俺にウィノアが声をかけた。

「ほら、見てみなよ。これがこの町の裏の顔。文字通りのね」

 その言葉の意味が分からず、鉄扉の向こうをのぞいてみると、そこには地下へと続く階段が存在していた。二階に上る階段もなければ家具もなく、ただ窓にカーテンがかかっているだけ。階段の様は交差点の地下通路に向かうソレによく似ている。魔法の道具だろうか、ランプの中には光そのものが浮かんでいた。

「地下……通路?」

「そ、この北旧市街の本質は地下にあるの。上はただの住居。こっちがほんとの顔。ね、文字通り、『裏』でしょ」

 地下通路はほとんど真っすぐに続いていた。時間にして一分ほどだろうか。階段を下っていくと、開けた空間に出る。そこには信じられない光景が広がっていた。

 きちんと壁も天井も床も整備されたうえで、格子状に通路が伸び、所々で食料や衣料、剣や弓などの武器や、鎧などの防具。街の外で狩ってきたのか、まるで丸焼きにした豚のように何らかの焼かれた生物が切り分けられて販売している。

「……すごいな」

 最初に出た一言はそれだった。上とは打って変わり、この地下には人の声があふれている。そこはだれがどう見ても、商店街だった。

「『土系統グノーム』の系統のスペシャリストだったミストのお父さんと、その友達の錬金術師が二人して作り上げた地下空間なの。そこを町の人がいろんな用途につかってきて、今はこんな感じ。見ての通り、生活の要になってるわ。だから、色んなものがそろってるの。器用な人も多いしね」

 地下空間はとんでもない広さに思えた。所々に階段があるところをみると、北旧市街のいたるところに、あのように隠ぺいされた出入り口があるのだろう。

【マスター、ちょっと後ろ】

 頭に声が響く。エリーだ。

“後ろ?”

【誰かわかんないですけど、ついてきてますよ】

背後を少し振り返ったが、視界には複数の人が目に入った。

“様子見していてくれ。偶然かもしれない”

Roger(ラジャー)

“……通信用語、だと”

 通信技術の発達していない世界に通信用語が存在しているはずがないのだ。エリーが俺の世界の精霊だというなら別だが、俺の知りうる限り俺の世界に精霊はいないと思う。

【何か?】

「どうしたの、恭介?」

「いや、何でもない。精霊が頭の中を覗いている疑惑が浮上しただけだ……」

 え? という顔をするウィノアに気にしないでくれ、といいつつ、黒布に包まれた剣を心もち強く握る。

「あ、あの店よさそうな服出してる。行ってみよ?」

 がし、と手首を引っ張るようにして店の前へ。覚えちゃいないが、こんな経験、俺のいた世界では間違いなくなかったと言い切れる。そもそも、女の子と会話することにまず慣れていないのだ。はたから見れば、デートしているかのように見えるのだろうか……。

「うーん、これも似合いそう、あとこれとか……もっとカジュアルかな?」

 楽しそうに次から次へと服を持ってきては俺の肩に合わせて唸っている。しばらくすれば、ウィノアの腕に抱きこまれている衣料の数は結構なものになっていた。

「……なるほど、ミストがウィノアを指名したワケがわかる」

 いくつか気に入ったものがあったのか、購入した服を紙袋に詰めて戻ってきた。

「ついでにみんなの分も買っちゃった。結構いい買い物だったかも」

 そう言いながら、はい、と二つの巨大な紙袋を俺に差し出す。どうやら荷物持ちの命が下ったらしい。

「さーて、帰ろうか、恭介」

 店を後にして歩きだしたウィノアが、振り向いた瞬間足を止めた。その視線を追うと、一人の男がこちらを見ている。燃え盛る炎のような赤髪に、鋭い金色の瞳をもつ男だ。年は二十代前半くらいだろうか。肌の見えている部分には古傷も多く、彼が一般人でないことは俺の眼から見ても明らかだった。

【この人ですね、後ろからついてきていた人は】

“ウィノアの知り合いみたいだな”

 目が合ったのを確認したのか、男は少しこちらに歩み寄ってきた。その男の存在に気付いたためか、周りの人がその男を避けているように見える。

「こんなところに一人で来るなんて、珍しいこともあったものね、ルイン」

 その言葉にルインと呼ばれた男は薄く笑うと、それもそうだな、と言った。

「で、私に何か用?」

 俺はウィノアの言葉がいつになく鋭い事に違和感を感じながらも、男にしてみれば、それが当然なのか、彼は自然に受け答えた。

「ああ。聞きたいことが一つあるだけだ。時間は取らさない」

「……いいわよ。私に答えられることなら答えてあげる」

「黒いローブで全身を包んだ薄気味悪い大男を見なかったか?」

 あからさまに不審なその言葉に、ウィノアは目を細めた。

「そんなのが通りかかったら、流石に目が行くわ。私は見てない」

「お前はどうだ?」

 男は俺に視線を向ける。

「いえ、見てません」

 その言葉に彼は、そうか、と呟いた。

「見かけたらすまないが連絡してくれないか」

「いいけど。でも何があったの? あなたがそこまでして人探しなんて。この町についてはあなたが一番詳しいんじゃない?」

「仲間が十人ほど殺されてね。余所者の仕業のようだ。お前たちも気をつけろ、たった一人生き残ったやつの情報によると、人かどうかも定かじゃない」

「どういうこと?」

「ルインさん!」

 遠くから見るからにならず者な三人が叫びながら走ってきた。『ルイン』という単語だけで周りの一般人がビクついてるかのように見える。

「なあ、ウィノア。あの人って一体……」

「東スラムのならず者を、五年位前にたった一人で纏め上げた魔術師、『ルイン・リィンゲード』よ。『火系統サラマンド』のスペシャリストでね、『火天アグニ』の二つ名を持ってる。悔しいけど、私やヴェナスさんとは格の違う魔術師ね」

 五年前、という言葉に驚く。ということは、あの人はおそらく、俺と同じような年齢の時にそんなことをやってのけたのか。

「あ、でも根っから悪い奴じゃないのよ。あいつが東スラムを纏め上げる前は、この北旧市街から強盗、窃盗、何でもしてたようなやつらでね。あいつが纏め上げてある程度の規律を持たせたから、この北旧市街は平和なんだから」

 なんだかすごい人なんだなあ、とか漠然と思いながら三人の男たちに囲まれるルインさんを見ていると、極めて感情表現の薄かったルインさんの顔に焦りが見えた。

「すまなかったな、ウィノア」

 それだけ言うと、男たちと共に彼は走り去って行った。

「いつになく忙しないやつね」

 そう言ってため息をついたウィノアは、はっとしたように走り出した。

「恭介、ついてきて!」

「あ、ああ!」

 わけもわからず、とりあえず紙袋を両手に提げて走り出す。どうしたっていうんだろうか。

【……地上に大規模なマナが発生したようですね】

“なるほどね。それでウィノアが”

「……いやな感じ。この方角は……西じゃなくて東旧市街!?」

 外につながる鉄扉を吹き飛ばす勢いで開けると、ウィノアは空に舞い上がった。

「ごめん恭介! ちょっと急ぐ!」

「あ、ああ……」

 ウィノアが地面を強く蹴り、跳躍する。いつかのアレと一緒だ。地面から空中へ。そこから空中を地にして走る。

「ううむ、置いて行かれた」

 紙袋と剣で両手が塞がっていてはたしかに置いていく他ないか。

「しかし参ったな。全然道がわからない。ウィノアがどこにいったかもわからないし」

【大まかな方向だけならわかりますけどー……意味ないですね】

 エリーはそう言ってため息を漏らした。道が非常にややこしく、方向だけわかっていてもこの迷路を抜けることができそうにもない。

「人を探して聞いてみるほかないな……まずは東区に行かなきゃ意味がないし、ウィノア探しはそれからだ」

 といっても、夜が来るのはまだ先であり、人の姿がほとんど見えない。まあ、ここが裏道だからなのだろうが……。

 しばらく適当に走っていると人影が道の先に見えた。黒いローブで体を覆った小柄な人だ。手には俺と同じような黒布で包まれた長物が握られている。しかし、外見から考えて、そう危ない物のようには感じなかった――いや、想像もしなかった。

「あの、すいません」

 後ろ姿に声をかけると、足を止めてゆっくりとこちらを振り向いた。フードで目元あたりまでを覆っており、見えるのは顔の下半分だけだった。ただ、フードの隙間からローブの黒よりも更に黒い、漆黒の髪の毛が垂れていたので、女性だというのだけは予想できた。

「道に迷ってしまったんですが、東区に行くにはどの道を通ればいいのでしょうか」

 そう聞くと、黒いローブの女性は少し首をかしげる。

「東区は危ない」

 そういえば、向こうはスラムになっているんだったか。確かに不用意に近づくには危ないか。……でもウィノアが……。

 ふと見ると、女性はこちらをまじまじと見つめているように見えた。

「誰を探しているの?」

 そう言って俺の顔を見上げる。細く、しかし凛とした女性らしい綺麗な声。

「あ、え――」

 俺がもたついていると、女性は俺より先に口を開いた。

「ついてきて」

 女性は俺の返答を待つことなく、東区へ向って歩き出した。よさそうな人にも思えたが、感情は全くと言っていいほどわからない、どこか不思議な雰囲気のする人だ。



 東区について、最初に空から見たのは土煙だった。次いで、瓦礫の崩れる轟音に、人の叫び声。私がついた時にはその一角はすでに私の記憶とはかけ離れたものになっていた。

「何が……」

 その正体が土煙の奥にあるであろうというのは予想がついていた。何故なら、尋常ならざるマナの波動がそこから伝わってくるからだ。

 でも、前に進めない。目の前の圧倒的な波動の前に、自分の力が遠く及ばないことをはっきりと感じ取れる。今、私の心を支配しているのは、ただ恐怖のみだった。

「ウィノア」

 振り返ると、ルインがそこにいた。東区は彼がまとめている地区。あの時、彼が柄にもなく慌てたのも仕方がないことだ。

「ルイン……。これは一体、何?」

 彼は少し渋い顔をした。

「俺たちの仲間の一人が、突然苦しみだして、化け物……ロアのようなものに姿を変えたらしい。今のところ、それくらいだ」

「何――それ」

 愕然とする私を尻目に、ルインは土煙の中に飛び込んで行った。

 ロアが元々人だった……?

「―――――!!」

 空気を激しく振動させる咆哮。この禍々しさは間違いなくロア。しかし、いつもとは状況が違いすぎる。目の前のそれは、つい先日のロアと比べられないほど強大だった。

 突如、轟音が響いた。目の前に真っ赤な、マグマの柱が噴き上がる。

「『炎柱クオックス』……」

 『火系統サラマンド』と『土系統グノーム』の『複合フュージョン』である、『噴火系統ヴォルケーノ』。数ある複合魔術の中でも、最も扱いの難しい術とされている。魔術の安定化に少しでもミスがあると、術者をも巻き込みかねない規模で術が発動してしまうためだ。

 この街で『噴火系統ヴォルケーノ』をまともに扱えるのは私の知る限りではルインのみ。いかにロアといえど、その超威力の魔術の前にはどうしようもないだろう。

 しかし、その予見はすぐに破られた。

「――嘘」

 マグマの柱の中から、何事もなかったかのようにソレは出てきた。所々焦げ付いているようにもみえるが、大きなダメージのようには思えない。

 先日のロアとよく似た姿。しかし、絶対的に違う点がいくつもある。翼は一対ではない。二対だ。加えて、右腕の肘から先が、巨大な剣として機能している。

 極めつけは、両肩についている異様ともいえる巨大な鉄筒だった。

 その巨体の全景が現れても、ルインの魔術をまともに受けて大した損傷は見当たらないようだった。その白亜の悪魔は何事もなかったかのように悠然と空にそびえていた。



「何だあれ……ロア、なのか?」

 少し遠くの空中に突如として表れたそれを見て、俺はそういった。

「ロア……? いえ、それは俗称」

「え?」

 俺は女性の言葉に驚いた。

「あれは、二対の羽をもつ天使。『大天使アルヒ・アンゲロイ』」

「アルヒ、アンゲロイ……」

「少し、急ぐ」

 女性がフードを脱ぎ、髪を下ろす。

「え」

 姿を現した女性は、女性、というには幼すぎる少女だった。漆黒の髪は腰を過ぎるほどの長髪で、適当に切り合わせているのが妙に似合う。目も特徴的で、吸い込まれそうなくらい綺麗な漆黒の瞳をしていた。その容姿はどこか懐かしさを感じさせる。

 だが、やはりその表情には、全くと言っていいほどに感情がなかった。

「手を」

 言われるがまま手を握ると、あたりの風景がぐるっと回り始める。

「目を閉じて、しばらくそうしていて」

 感じられるのは手の体温と、自分の鼓動くらいのものだった。あたりで何が起きているのか、そんなことはまったくわからない。何をする気だろう、と考えていると、開けて、と声がした。

「なっ――」

 目の前の空には、つい先ほどまで遠くの空を舞っていたロア……いや、天使がいた。周りの風景が先ほどの場所と変わっているところをみると、どうやら瞬時にこの場所に移動したらしい。

「お前、なんで……ソイツと一緒にいる」

 背後から切羽詰まった声が聞こえた。

「ルインさん!?」

 振り向くと、頭から血を流し、体中に怪我を負ったルインさんだった。

「お前、ソイツが誰なのか、わかっているのか」

 苦しそうに、しかし、俺をここまで連れてきた少女を見据えている。

 少女はそんなことは意にも介さず、天使を見ている。

「恭介!?」

 どこからか声が聞こえる。声のした方向を探すと、天使から少し離れたところにウィノアが宙に浮いていた。

「ウィノアを連れてさっさと離れろ……コレは、お前らじゃどうしようもできない」

 ルインさんはそう言って立ち上がろうとするが、足に力が入らないらしく、悔しそうに顔をゆがめた。

【マスター、ここは退いた方がいいです】

 頭にエリーの声が響く。黒い布で覆われていた剣を取り出し、鞘から抜く。途端に、体中に力が漲ってきた。

【剣の魔力がマスターと同期させました。しかし……あの天使と渡り合うのはやめたほうがいいかと――】

「精霊剣……だと?」

 ルインさんが驚きを含んだ声で言う。

【――敵の魔力構成は見破れません。風のマナだけでなく、火、土、水のマナから複雑に構成されているみたいです。……どう見積もっても前回の用に容易くは。正直言えば勝率はほぼゼロです】

 成程、確かに前回のようにはっきりとした線が見えない。どうやら一筋縄ではいかないようだった。

「ならばっ!」

【マスター!】

 エリーの警告を無視して突っ込む。

 地面を蹴り、跳躍する。天使の胸目がけて剣を振り下ろそうとすると、その巨体には似合わない速度で巨大な剣となっている腕を振り回してきた。

「ぐっ……!」

 辛うじて剣で受け止めたものの、その重圧までは押し殺せない。結果、空中から地面に叩きつけられた。どこかの骨がきしんで、体中が悲鳴を上げる。たった一発で体が限界を訴えていた。

 しかし流石は精霊剣ということか。天使の剣には、大きくひびが入っていた。

「なるほどね、これじゃ時間稼ぎすらできない」

 自分の馬鹿さ加減に頭が痛くなる。しかし、逃げ切たところでおそらくは逃げ切れない。

「……ウィノアッ」

ルインさんが声にならない声で叫ぶ。見上げると、天使の肩に背負われている筒、間違いなく砲台と思われるものに光が集まり、激しく発光していた。

「だめだ、ウィノア! 避けろ!」

 ルインさんが叫ぶが、ウィノアは恐怖ですくんだのか、天使を見たまま動かない。だが、それも無理のない話だった。目の前の敵はあまりにも強大すぎる。

「くそっ!」

 俺も動こうとするが、体中の感覚がまるで無かった。力を入れようとしても、まるで体がないかのように何も感じないのだ。

 砲台の先端に、五つの巨大な魔法陣が重なり、回転を始める。最初の一つは後の四つに比べると小さい。おそらくは、後の四つが魔術を強化しているのだ。

光はさらに強くなり、耳障りな高音を高めていく。素人目に見てもそれは気持ち悪さすら感じるほど強大な力。

「『四乗強化テトラアクセル』!?」

 ルインさんが言う。その顔には絶望の色が浮かんでいた。

「あんな質量の魔術を、そこまで強化して放つ気か!? 街の半分が消し飛ぶぞ!?」

 散光がやがて止み、収束する。そして――。

「ウィノアァァァ!」

 果たして俺の叫び声が彼女に届いただろうか。その叫びとほぼ同時に、空は横なぎの光の柱に埋め尽くされた。

 轟音、巻き起こる旋風。街一つを埋め尽くすかのように輝く光。自らの体を地面に留めておくのがやっとという悔しさ。何より、ウィノアは――。

 空間ごと振動させるような轟音が収まり、辺りのモノをすべて吹き飛ばしかねない勢いで渦巻いていた旋風がやむ。

 急いで砂塵の薄れた空を見上げると――

「な――!」

 俺も、ルインさんも、空を見上げて驚愕した。そこには、気絶したウィノアを抱える少女の姿。自分より大きなウィノアを片手で空中に留め、残る片手で日本刀のような刀を天使の方向に向けている。

 ――何より。彼女の背には、光り輝く六対の翼があった。

「天使……?」

 しかし、その姿。光り輝く翼とは相反し、その漆黒の髪、瞳、そして、全身を覆う漆黒の甲冑は、天使と言うより、天使と悪魔の両面を兼ね備える堕天使のようであった。

 目の前の少女を危険と感じたのか、天使が巨大な剣を少女に向かって振り下ろす。しかし、少女に襲いかかったはずの巨大な剣は、少女には届かなかった。一瞬で肘を切り落とされたのだ。

 続いて天使の周りに多量の魔法陣が現れた。風、火、土、水、あらゆる魔術が少女を襲う。しかし、そのどれもが少女には届かない。少女の目の前に重厚な壁でもあるかのように、目まぐるしく放たれた魔術はすべて弾かれ光となって消え去った。

「どうなって……」

 その力は圧倒的だった。俺を一撃で吹き飛ばし、ルインさんをここまで傷つけ、ウィノアを恐怖で竦ませた天使が、たった一人の少女によって翻弄されている。

 それでも天使は少女に向かって突っ込んでいった。その様子に少女は眉ひとつ動かさない。この状況下でも、彼女に感情と呼べるものは一切なかった。

「『鳴神ナルカミ』」

 少女の言葉に応えるように、少女の持つ刀に電撃がほとばしる。まるで生きているかのように、刀身が脈打っているように見えた。そして、少女は刀をまるで、投げ槍か何かのようにして天使に向かって投擲した。

 その速度はまさに雷。電撃の蒼い軌跡を空中に残し、落雷のような轟音とともに天使を紙切れか何かのように易々と貫いた。

 少女の手に収まる刀が貫いた穴は、直系2mを超えていた。貫いた場所を点に、ごっそりと綺麗に穴が空いてしまっている。

 その一撃が致命傷となったのだろう、天使はまるでそこに存在していなかったかのように光となって消え去った。

「……」

 少女はそれを見届けると地上に降り、相変わらず自分より大きなウィノアを抱えたまま俺と、ルインさんのいる場所までやってきた。足を止めると同時に、背中の翼も、静かに消え失せる。

 片手に握っていた刀を腰にある鞘に収めると俺を見た。その瞳はやはり無言だった。

「……ありがとう、ウィノアを助けてくれて」

 俺がそういうと、少女は首を振った。

「私は街を壊されたくなかっただけ。他意はない」

 そう言ってウィノアを地面にやさしく預ける。

 少女はルインさんに少し目線を向けると、やがて何事もなかったかのように霧のように消え去った。

「……」

 呆然とする俺を見て、ルインさんがため息をつく。

「お前があいつを引っ張ってきてくれたおかげでウィノアが助かったが。二度と関わるな。それがお前のためだ」

「何故です? 彼女は助けてくれたんじゃ?」

「あいつは国王の側近だ。得体のしれない魔術師だとは思っていたが」

 国王の側近――。そういえば聞いたことがある。暴君カルカロフ……あの少女がそれの側近だというのか。

「ナオ、という名前と、黒いローブをまとう小柄な女。それだけしか情報がなかった不気味な奴だ」

 ナオ、という響きが、妙に懐かしい。そういえば、先ほど少女の顔を見たときも、同じような懐かしさにとらわれた。

 ……日本人のようだから、だろうか。

『誰を探しているの』

 彼女の声が妙に耳に付く。頭の奥に響くように、その言葉が今になって思い出されていた。

「ん……」

「ウィノア、目が覚めたか」

 ルインさんがウィノアに声をかけると、ウィノアはゆっくりと起き上った。

「あれ、私、何を……」

 どうやら記憶が錯乱しているらしかった。あのような事の後では仕方ない。

『誰を探しているの?』

 視界がぐらり、と揺れる。何かを思い出しかけていた。それは、重要な事だった気がするのだが。

「おい」

 ルインさんの目が俺を見ているのがわかる。しかし、言葉を話すことができなかった。

『お……――』

 頭をカナヅチか何かで殴られたかのような衝撃。思い出せない言葉。何か、重要な事……。

「おい、お前!」

「恭介っ!?」

 二人の声が遥か遠くに聞こえた。



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