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第三章「リリーナは激怒した」

 少なくとも、俺は今までこれ程華麗な回し蹴りを見たことはなかった。腰を軸に半月を描くように繰り出された蹴りを、アナベルは紙一重で避ける。恐ろしくも、その軌道は完璧なまでに頭蓋骨を粉砕するべく放たれた正真正銘の殺人技であった。しかし、彼女、リリーナの動きはそれだけでは止まらない。振り上げた足が地面に接地すると同時に、それまで軸足を担っていた反対の足が唸りをあげ凶器へと変貌する。アナベルは咄嗟に頭を庇うが、違う。彼女の足は釘打機よろしく、凶悪な前蹴りをアナベルの腹、正確には鳩尾あたりを目掛けて『突き刺さった』。ゴスン、というありえない音と共にアナベルは軽く五メートルは吹っ飛ばされて孤児院前の古ぼけた建物に叩きつけら――、いや、ぶち抜いた。見事なまでの人型の穴を壁にあけ、アナベルはその奥で瓦礫に埋もれた。

「生きているんですか、あれ」

 その光景に恐怖しながらも尋ねると、当事者のリリーナは軽く頷いた。

「あれ位で死ぬような奴じゃないですよ」

 本当に、これ以上ないくらいにこやかに言うものだから、今まで殺人的な蹴りを繰り出していたのは別人じゃないかと考えてしまう。

「皆様お疲れ様でした。さあ、朝食はもう出来ていますから、冷めないうちにどうぞ」

「ああ、ありがとう、リリーナ」

 エリオがそういうと、リリーナは笑顔を返した。

「じゃあ、お先に」

 ヴェナスとエリオが孤児院へと入っていく。

「で、どうだったのウィノア?」

 リリーナの言葉に、ウィノアはわからない、と言うかのように首を振った。

「でも、何か――あれには覚えがあるの。それはたしかなんだけど。その外見に覚えがあるのか、魔力のほうに覚えがあるのか――わからないけど」

 茫然と見る俺に気づいたのか、ウィノアは笑顔を作ると、なんでもないわ、と言った。

「さあ、二人とも。さっさと食べなさい。朝食ナシじゃ人間まともに動けないわよ」

 その時、瓦礫をはねのけてアナベルが起き上った。

「おい、コラ」

「あら、なによ」

 髪の毛をさっと掻き上げてリリーナは不敵な笑みをアナベルに返す。

「何よ、じゃねえよ。普通死んでるぞ」

「あらあら、殺すつもりで蹴ったのだけれども」

「てめえ……今日という今日は――」

 二人の間に火花が散った気がした。

「……あのー、ウィノアさん?」

「いいのよ恭介。いつものことだから」

 こんなのがいつもなのか!? とか思いながらよくよくあたりを見てみると、そこら中に人型のめり込んだ跡とか、ぶち抜いた跡があった。

「よく体が持ってますね――」

「リリーナも本気で蹴ってるわけじゃないからね」

 そう言ってウィノアはクス、と笑う。

「まあ、朝食でも食べよ、キョウスケ」

 ウィノアはそう言って俺の腕を取って歩き出した。後ろからとんでもない爆音が聞こえたが、振り向く勇気もないので振り向かなかった。

「昔からああなのよ」

「え?」

 ウィノアは心底おかしい、というように笑うと、

「本当はお互いに惹かれてるのにね」

 そう言って幸せそうな表情を見せる。

「なんでかなあ。あの二人見てると、なんか幸せになる。元気を分けてもらってるって言うのかなあ」

「あれだけ元気だと、そうなのかもしれないね」

「うんうん、そう思うでしょ?」

 玄関から少し歩いたところにあった大きめの扉を開くと、パンを焼いた独特の匂いが食欲を刺激した。

「わあ、おいしそうだねー」

 ウィノアはそういうと手前の席に着く。

「もう、手くらい洗ってきたらどうなの?」

 ミストがそういうと、ウィノアはしばらく考えた後、それもそうね、と言って奥に歩いていく。

「ほら、キョウスケも」

 にこ、と笑いながらミストが言う。終始にこやかに笑ってる人だなあ、と思った。

「お兄ちゃんおはよう!」

 と、テーブルの向こう側から元気な声が聞こえた。

「あ、君は――」

「私はニーナ! それでね、この子がロッテ、あっちの男の子がリベル」

「あの、はじめまして。ロッテです」

「ニーナを助けたっていうのお兄ちゃんなんだろ!? すげえなあ。あ、俺がリベル。よろしくなっ!」

「ああ、よろしく、三人とも」

 余りの元気パワーに若干押されながらもそういうと、三人の子供たちは嬉しそうに笑ってくれた。その様子を見て、ミストが笑う。

「まあまあ、ロッテまですぐに懐いちゃうなんて。知り合ってすぐの人に自己紹介できたのは初めてね」

 楽しそうな笑い声を背に、手を洗うべくウィノアの後を追う。ふと、胸にこみ上げるものがあった。その感覚に少し戸惑う。

「ほら、キョウスケ、こっちこっち」

 危なく通り過ぎかけた俺をウィノアは引き留める。

「もう、なにぼやっとしてるの?」

「ん、ごめん。自分でもわからない」

「――どうしたの?」

 ウィノアが心配そうな顔で覗き込む。

「急になんか、こみ上げてきて。胸が苦しいって言うか」

 ウィノアは優しく微笑むと、

「幸せ、でしょう? ここは本当に幸せな場所。私たちの帰る場所。私に元気をくれる場所――。子供って不思議よね。笑いかけてくれるだけでその元気を分けてくれる。みんなで一緒に食事をとるのも、すごく楽しいし。一緒に暮らしていると楽しいし。孤独を感じない。血のつながりはたしかにないけれど、そんなこと以上に大切なものがたくさんここにはある気がする……」

 その言葉にはどこか重みがあった。孤児院にいる以上、ウィノアにも何か暗い過去があるのかもしれない。

 蛇口から冷たい水が流れ出る。ばしゃばしゃとそれで手を洗った。

「こういう幸せは、多分、忘れてるんだ。俺は――」

 その言葉に、ウィノアは目を細めた。

「記憶が――?」

 静かに頷く。流れ出る水の音が、どこか心地よかった。

「気付かなかったけど、家族のこととか、友達のこととか、自分以外のことが思い出せない。住んでいた町も、家も、部屋も、学校も思い出せない。他人と関わったことが、思い出せないんだ。世界から切り離されたような感覚」

「――大丈夫。あなたの記憶はちゃんと戻るよ」

 ウィノアはそう言って水で打たれる俺の手の甲を優しく自分の手で覆った。

「あなたは帰る場所を知っているもの。きっと大丈夫。あなたがあなたの場所を思い出すまでは、ここはあなたの場所でいてくれるから。思い出したら、ここはあなたにとっては変わってしまうかもしれない。でも、それはきっとあなたの心が決めてくれるわ」

「ああ……ありがとう」

 二人の手の上を冷たい水が流れ、落ちていく。なぜだか、冷たいはずなのにちっとも冷たく感じなかった。

「――」

 しばらくの沈黙。目線が合って、動けない。なんだろう、すごく、ドキドキする。

「――!?」

 突然、ウィノアが手を俺の顔に伸ばしてきた。ふわ、と、プラチナのような髪の毛が肩から腰に滑り落ちる。まじまじと、どこかを見つめる綺麗な翡翠の瞳に吸い込まれそうになった。彼女はどこを見ているんだろう。俺の、目? いや、もう少し――。

「キョウスケ――」



「何してんだお前」

 広間の奥の廊下で壁にはりついているリリーナを見てアナベルはそう言った。アナベルを見たリリーナは口に指を立ててから、くいくい、と指を曲げる。静かに来い、といっているようだった。訝しみながらもアナベルは足音をかき消し近付いた。リリーナが、首を振って方向を示す。部屋のほうを見ろ、と言っているらしかった。アナベルはゆっくりと部屋の中を見ると、すぐに首をひっこめた。

“なにやってんだあいつら!?”

“知らないわよ! 手を洗おうと来てみたらああなってたから入るには入れないのよ!”

“はっ、情けねえヤツだな!”

“なんですって!? じゃあアンタ入ってみなさいよ”

“望むところだ”

 アナベルは部屋に入ろうと試みるが、足を一歩踏み入れようとして、やめた。

すぐに壁沿いに戻ってきて小声で言う。

“すまん、無理”

“でしょうが。いくら無神経のアナベルでもあれは無理よ。結界ができてるわ”

“何なんだあの雰囲気は。入り込める余地がまるでない。こう……なんだ、部外者立ち入り禁止みたいな”

“はぁ……バカがばれるから比喩法なんて使わないほうがいいわよ。それに、あたりまえ。あれが大人の世界ってやつなのね、きっと”

“なん……だと?”

“――だって見てみなさいよ。あのあっつい目。お互いに手を重ねちゃったりして”

 アナベルはごくり、と生唾をのんだ。確かにリリーナの言うとおり、二人の目は普通じゃない。冷たい地下水が手を流れているっていうのに、そんなのはお構いなしだ。蛇口から流れる水音は単なるBGMにしかなっていない。

“大人、か――いや、まてよ。そうだとするなら”

“言わないで、今私もその想像をしてしまったところなんだから”

 僅かな沈黙がリリーナとアナベルの間を包んだ。そして、その次の瞬間、二人は凄まじい形相で部屋を覗き込む。

“もうやめてウィノア! もう勝負はついたのよ”

“何言ってんだお前”

“いやあ、つい。にしてもウィノアがあんなに積極的なんて”

“見てるこっちが恥ずかしいな”

“珍しく意見が一致するわね”

 と、その時。突如としてウィノアが恭介の顔に手を伸ばし、自らの顔を近づける。アナベルとリリーナの顔が途端に真っ赤になった。

“おおおおおお!?”

“変な声出さないでよね! それにしてもウィノア、積極的すぎ!”

 


「――寝癖、また戻っちゃってる」

「あ」

 ウィノアは俺の寝癖を間近でしげしげと見ながらそんなことを言った。

「もう一回直しておくね」

「あ……ああ、ありがとう」

 次の瞬間、どさっ、という大きな音が背後から聞こえた。振り向くと、アナベルの上にリリーナが覆いかぶさる形で廊下に寝そべっている。

「何してるの、リリーナ、アナベル」

 ウィノアがきょとん、とした顔で尋ねると、リリーナは一瞬何かを言おうと口を開きかけたが、なんでもない、と言った。

「変なの」

 ウィノアがくすくす笑う。

「行こう、キョウスケ。パンは冷めちゃうとおいしくないよ」

「ああ――じゃあ、先に」

 背後から、ああーっもう、紛らわしい!! という怒鳴り声と共にアナベルのうめき声が聞こえた。

「ほんと、何やってんだか」

 ウィノアはそう言って笑った。


 この場所は俺にとって大切な場所となっている。まだなじみ切ってはいないけれど、みんなが自分を受け入れてくれているのがわかる。その温かさが妙に心地よくて、少し寂しくなっていた。何故かはわからないけれど――。

 まずは、思い出さなければ。そこに何か重要なものがある気がするのに。

「ほーら、ぼーっとしてると冷めちゃうってば」

 ウィノアが俺の目の前に香ばしく焼けたパンを持ってきた。

「ああ、悪い」

 食べてみると、微かな小麦の匂いと、マーガリンのような匂いがした。塗られたジャムが何なのかは分からないが、結構おいしい。食生活で困ることはなさそうだ。

「ねえ、ちょっと。二人とも本当に昨日今日の関係なわけ?」

 リリーナがむすっとした顔で尋ねる。そうすると、ウィノアが、

「当り前でしょ、突然何言ってるの」

「ううう、騙されたわ……」

「変なリリーナ」

 ウィノアはそういっておかしそうに笑うが、リリーナはキレていた。

「うるっさいわね! この元凶!」

 朝食だというのに、ものすごく賑やか(?)。みんながその光景を見て笑っている。キレちゃってるように見えるリリーナも、よく見れば楽しそうだ。

「楽しいでしょ?」

ミストが笑いかけてくる。

「ええ、すごく」

 そう返事すると、彼女は、よかった、と言った。

「私も楽しいんだ。みんなといるのって」

 そこで、思った。この孤児院にいる以上、俺も孤児院のために何かしなくちゃ、と。この世界で一切の身寄りもない俺を拾ってくれたこの人たちのためにも何かしたい。



 公開からまだ17時間ほどしかたっていないのですが、アクセス数を見て驚きました。

 アクセス数が初回公開から700超えるなんて大変うれしく思っています。そのお礼に……なるかわかりませんが、一日予定を繰り上げて3章を公開しました。

 楽しめたでしょうか? そうであるなら幸いです。

是非、評価、感想、意見等待っています。登録していらっしゃらない方はブログにコメントでもくれたら喜びます。

 

 最後に、評価、感想、レビューしてくれた方、大変ありがとうございます。

頑張って六章を今書いてますので、完成を楽しみにしていてください。

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