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第二章「突き付けられた非日常」-後編-

「なあ、ヴェナス。お前の魔術でなんとかならないのか!?」

「いかに私が『三乗強化(トリプルアクセル)』のスキルを駆使したところであれでは無意味です。あのロアは魔法障壁を張っている……。ウィノアさんであればなんとかなるのでしょうが」

「――俺とエリオの剣も効果がない……クソったれ」

 アナベルは悪態をついた。今までの『ロア』は、一般人に相手をするのは難しくとも、アナベルや、ヴェナス、エリオのような魔術、剣術等を操るものにとってはそれほどの脅威にはなりえなかったからだ。だが、こいつは違う。

 アナベルの知っているロアは、強くとも火を噴く程度。こいつらは魔術を駆使している。それも、付け焼刃程度の威力ではない。一端の魔術師としてのレベルだ。

 外見一つとってもそう。明らかに出来過ぎている。今までのような、動物のできそこないか、化け物のような外見じゃない。重厚な装甲を持つ、騎士のようなものだ。

「来るぞ、ヴェナス、アナベル、避けろ!」

 エリオが叫んだ。

 このロアの放つ魔術の威力は半端ではない。使用してくる魔術は四大系統中、三系統。『火系統(サラマンド)』、『水系統(ウィンディヌ)』、『土系統(グノーム)』。加えて魔力を増幅させるスキル、『強化(ブースト)』と魔術の合成術、『複合(フュージョン)』を持つ。まさに、兵器のような化け物だった。

「無理ですエリオ! あの魔法陣の色、『爆発系統(エクスプロージョン)』だっ!」

 爆発系統は『火系統(サラマンド)』と『水系統(ウィンディヌ)』の『複合(フュージョン)』。その効果範囲は広域であり、避けるのは困難だった。

 アナベル達が防御の姿勢をとって、身構えた瞬間だった。

 どこからかぶっ飛んできた火球がロアの動きを大きく崩した。詠唱が一時中断する。

「『貫通(ペネトレーション)』をもつ『炎撃(フレイ)』……ウィノアさんですね」

 ヴェナスが、後は何とか時間を稼げば倒せるか、と算段した瞬間だった。いつのまにか一人の少年がロアに斬りかかっていた。アナベルが叫ぶ。

「バカ野郎っ! そいつに剣は――」

 事はあっという間だった。次の瞬間にはロアはその頭部に深々と剣を差し込まれ、その機能を完全に停止。続いて塵のように消えてしまった。

「魔術で強化されていた装甲を切り裂いた? ――いや、まさか」

「どうしたってんだよ、ヴェナス」

「あのロアはマナで構成されたモノです。故に、体の一部を破壊しようとその機能が止まることはあり得ません。魔術によって完全に魔力素として消滅するまで徹底的に叩かねば機能が止まることはあり得ない。しかし、あの少年の攻撃によってその動きをすぐに止め、その形を完全に破壊された。つまり――」

 ヴェナスは目を伏せて、言った。

「推論でしかありませんが。あの少年の攻撃は、魔力結合そのものを切り裂いた、という仮説が成り立ちます。これは政府側の人間が黙ってないですね」

 そういえば、と呟いてエリオがあたりを見回した。

「また政府側は黙認か。とことん旧市街には興味がないようだな」

「あいつらは新市街が守れたらいいんだよ。スラムだ旧市街だなんかには目もくれない。動物か何かだと思ってんだ」

 アナベルが苦虫を噛みつぶしたような顔をする。そこにウィノアが先ほどの少年を連れてやってきた。



「みんな、大丈夫!?」

「ええ、おかげさまで。おや――あなただったのですか」

 そういった人は、俺を見ると少し驚いたようだった。

「キョウスケ、この人があなたを運んでくれたヴェナスさん。魔術の知識がとても豊富な人なの。で、こっちの人がエリオさん。魔術も剣技もすごいんだよ。最後にこいつがアナベル。わがままで傍若無人」

「おい」

 茶色の短髪で、鋭い、褐色の瞳を宿した少年が反論するが、ウィノアは聞いてない。

「で、みんな。もう知ってるとは思うけどこの人がキョウスケ。あと、キョウスケ」

 促されるまま、剣を鞘に収める。すると、鞘の宝玉が光った。だが、様子がおかしい。宝玉に宿る光はどんどんその光を増し――。あたり一面を強烈な光が覆い隠した。

「おい、いったい何なんだウィノア!」

 目をこすりながらアナベルが言う。俺自身も何が起こったか、わからなかった。

 しかし、次の瞬間、その場全員の目線が俺の頭のあたりを見つめていた。唖然としている。それに、ちょっとばかし頭が重い。おそるおそる頭の上に手を伸ばしてみると、指が何か柔らかいものに触れた。

「変なとこ触らないでください!」

「痛ッ」

 突然指先にちょっとした痛みを覚えて指を目の前に持ってくると、何かがぶら下がっていた。なんと、それは女の子だった。しかし、身長が五百ミリリットルのペットボトル程度しかないように見える。その容姿はまるで西洋人形。だが、ブロンドの長髪に碧眼、そして、髪も顔もなんら手を加えていない清楚さは、人形のソレとは遥かにかけ離れていた。極めつけは背中から生えている透き通った四枚のエメラルド色の羽根だ。その子を一言で形容するならば、精霊とか、妖精といったものになるのは仕方ない。

「おい、キョウスケ、だったか? それなんだ」

 アナベルが茫然とした表情で俺の指にぶら下がっている女の子を見た。

「それじゃないです! 私は精霊で、……名前なんだっけ――」

「精霊!?」

 その姿にたった一人、ヴェナスさんが反応した。

「その紋章は――剣と風の始祖精霊!?」

「えっと……さあ?」

 俺の指にぶら下がったちっさな女の子は首をかしげた。たしかに、女の子の首には変わったペンダントがあった。それが紋章らしい。

「でも確かに私が司るのは風。そして、宿るのは剣、マスターの持っている『レーヴェルシュティム』ですよ。シソ精霊とかいうのかは知りませんが」

「――間違いない。伝説に謳われる世界から失われし四始祖のうちの風だ」

「まて、ヴェナス。ただ状況が一致しただけで――」

「いいえ、エリオ。伝説に登場する風の王国の名前は『レーヴェル・シュティム』と、そう呼ばれているのですよ。まあ、確かに外見は伝承と異なりますが」

 全員の目が俺の指先と、俺を交互に見る。

「おい、ウィノア。お前とんでもない爆弾を拾ったんじゃないか?」

「――そうかも」

「始祖精霊の使い手、か」

 アナベル、ウィノア、エリオさんがそれぞれ反応する中、ヴェナスさんだけが神妙な表情をしていた。いつのまにか俺の肩には小さな女の子が乗っている。

「爆弾っていうのはどういうことなんだ?」

 俺がそういうと、アナベルは、ああ、そうか。と呟いた。

「お前は異世界から来たんだったか。どうもその調子じゃ、ホントみてえだな。いいか、この世界には今六つの国がある。で、この国の北には光の国ヴェードルミシェル、西には共和国スロークニール、東には遊牧国家ヴェルカ、南には死の荒野を抜けた先に魔国ベルード。今は外交関係がどこもうまくいってないんだ。特に、光の国に隣接するアルマルとスロークニールの組と、影の国グォストールに隣接するヴェルカとベルードの組。これらの衝突はいつ起こってもおかしくはない。光と影の二大国家が今は仲が悪いんだ」

「そして、君の持つ力というのはとても興味深いんだ。その、『魔術師殺し』とでも言うような特殊能力は。この世界の戦争の主役は魔術師――。君はその天敵になりうる。その上、始祖精霊となるとな」

 エリオさんが額に指を当て難しい顔をした。

「始祖精霊、とかいうのって――なんなんですか?」

 ヴェナスさんがそれに答える。

「この世界の伝説から話そう。始祖精霊は伝説に出てくる精霊なんだ」

『世界の創世主たる世界樹は、まず世界の入れ物を作り上げた。世界の入れ物には天もなく、また、地もなかった。そこにあったのはただ混沌のみ。世界樹はそこに二体の精霊を生み出した。光と、影の精霊である。光と影の精霊は、光と、影のマナを生み出し、世界の入れ物に昼と夜を創った。光と影の精霊は互いのマナを組み合わせて、そこから理の精霊を生み出した。理とは即ち、火、水、土、風の四体の精霊を指す。理の精霊たちは世界の入れ物に大地を創り、自然を創った。そして、理のマナは様々な生物を生み出し、世界に生命が生まれた。最後に、理の精霊はヒトの入れ物を創り出す。光と影の精霊はその入れ物に魂を込めた。そうして今の世界と、我々人が誕生した』

「――それって、本当にあったことなんですか?」

 静かにヴェナスさんが頷く。

「判明していない点は多いけど、かなり古い文献にちゃんと人間と始祖精霊たちとの交流が描かれているんだ。ああ、もう一つ言っておくと、理と、光・影は格が違う。理の扱うエネルギーの規模はあくまで自然。その数値に限界はあるんだ。けど、光と影は不自然なエネルギーなんだ。その数値に限界はない」

「不自然なエネルギー? どういうことです?」

「理の精霊の司るエネルギーは、はっきりしている。火なら火、水ならば水。多少の例外はありしも、名前の通りの力を操る。だが、光と影はどうだ? 光や影の魔術は得体が知れない。しかもその威力は理を超える」

 エリオさんが言った。なるほど、たしかに光だ影だ、というのはかなり抽象的な表現で実際どんな力を操っているか想像できない。

「まあ、それが理の国々が光や影の国を恐れる由縁だ。実際、過去の戦争で理の国が、光や、影の国に勝った試しは一例もないからな。できれば喧嘩はしたくないのさ」

 アナベルが両手を上げて言う。

「――なら、なぜ今までこの大陸は光や影の国に支配されなかったのですか?」

「よく気づいたね」

 ウィノアが感心して言う。

「その答えは、光や影の国が、自分たちは選ばれたものであり、この世界を管理する存在だと考えていたからよ。ま、それもあながち間違いじゃなくてね。彼らの国は代々一切の侵略をしなかったの。こちらからしかけなければやられることはなかった」

 ――なるほど、つまり眠れる獅子というやつなのか。それじゃあ、さっきアナベルが言っていたのは。

 はっとして顔をあげると、ウィノアが気づいた? という風に目を向けた。

「うん、キョウスケの思ったとおり。それはちょっと前までの常識。今の光と影の国は違う。光の国で革命が起きたの。影の国を滅ぼせ、っていう過激派が穏健派を打倒してね。そのせいで影の国まで今までの穏健派じゃなくて過激派が政権を握ろうと企んでいるわ。今この国は二つの大きな爆弾を抱え込んでるってわけよ」

「今のこの世界にとって、君はどれだけの影響力をもつかわかるだろう? 光と影にとっては脅威。理にとっては救世主となるかもしれないのだから」

「さて、これくらいにして戻るぞ。朝食がこれ以上遅れたらリリーナがどれだけ怒るかわかったものではないからな」

 エリオさんがそういうと、ヴェナスさんが意味ありげに微笑んだ。

「大丈夫ですよエリオ。少なくとも殴られるのはアナベルだけです」

「――お前らも一回くらい殴られろ」

 少し笑いが込み上げてきた。何故だろう。ここは異世界。俺は戻らなければならないのに。元の世界に家族も、友達も――。あ……あれ? 家族……?

「どうしたの?」

 ウィノアが声をかけてくる。

「い、いや。なんでもない」

 俺は頭に覚えた不自然さを忘れるようにウィノアたちの後に続いた。

「マスター?」

 ひょい、と肩から俺の顔を覗き込む。

「ん? ――マスターって俺か?」

「そうですよ。私の契約主じゃないですか」

 契約主、という言葉に頭の片隅で、剣を取ったときに聞こえた言葉を思い出した。

「え、じゃあ、あの声って君!?」

「んー、封印解放前は自律プログラムが走っていますからちょっと違いますね。それは私の意志です」

「はぁ……なるほど。わかったような、わからなかったような――」

「わかってないですね」

 肩から絶妙な笑顔を仕掛けられた。そのにこやかさが痛すぎる。そこである事に気がついた。

「君の名前は?」

 肩に乗った女の子はとても困ったような表情を見せた。

「ううん、思い出そうとはしているんですけど、何故か『記憶(メモリー)』が――。『破損(クラッシュ)』しちゃったかなあ。でも名前はないと困るから……マスター、新しい名前を付けてくれませんか?」

 女の子はそんな事を言った。

「君は風の精霊でもあるんだよね?」

「うん」

 ふと、とある神様の名前が頭に浮かんだ。女神では無かったと思う。どこの神様だったか覚えてはいないが、確か風関連の神様だったはず。

「エンリルはどうかな?」

 わぁ、と、女の子は表情を輝かせる。

「なんか威厳のある感じだね! でも、ぱっと呼ぶのに不便そうじゃない?」

 たしかに、エンリル、というのは女の子としては少々呼びづらいかもしれない。

「じゃあ、呼ぶときは短縮したらいいのかな?」

「えっとー、じゃあ呼ぶときはエリーでお願い! そっちのほうが可愛いし」

 そう、女の子――もとい、エリーは言った。

 

“どうして、ここにいるんだろう”

“元の世界に帰れるのだろうか?”

 そんな言葉が頭をよぎったが、何故か微塵の寂しさも浮かんでこない。

――しかし。

“なんなんだ? この感じは――”

 故郷の事を考えれば、普通胸にこみ上げるものはあるはず。まだ実感がわかないにしても、だ。だが、俺の胸に湧き上がってくるのは、黒い靄がかかった『何か』だった。それは、骨の芯まで熱を奪い去るかのような、心地の悪いものだ。

“何かが、あったんだ――”

 何故かはわからないけれど、そんな気がするんだ。


 最初の魔法系統は、火、風、水、土、光、闇だったんです。

闇、と聞くとなんかイコール敵! という感じがしませんか?

ですので、今回は『影』と呼称し、闇とは分けました。

いつのまにか、魔術同士くっつけたら面白いなー、バリエーションひろがるなあ、

とかおもって複合、なんてものも考えてみたり。

実際どんなものなのかの定義っていうと曖昧にならざるを得ませんけどね。


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