第二章「突き付けられた非日常」-前編-
目が覚めたら、知らない場所にいた。
“――何回目なんだよ、これ“
自分でも嫌になってきた。最近は理解できないことが多すぎる。
しかも今度は家の中で、どうやらベットかなにかに寝かされているらしい。天井は木製で、隣に女の……子――?
「目が覚めた?」
――目があった。古びた本を片手に、少女が椅子に腰かけていた。その隣で、幼い女の子が椅子に座ったまま寝入っている。
「あなた、大丈夫? 突然倒れちゃったからびっくりしたわよ」
目を疑った。古びたランプに照らされたその髪は、白銀。雪のそれとは全く違う、プラチナのような高貴な光沢をもっている。顔立ちは端正で、繊細な白い肌をベースに大きな翡翠のような瞳と特徴的な髪色が絶妙なコントラストを生み出している。どう見ても日本人とはほど遠い。
「――どうかした?」
「ここは、どこなんだ?」
「ああ、ここは町はずれにある孤児院よ。さっきはありがとう。あなたが助けてくれなきゃ、この子が連れ去られていたかもしれない」
そう言いながら、銀髪の少女は隣で寝入っている女の子の頭をなでた。
「――なあ、すまないんだが……ここはなんていう国なんだ?」
「……アルマルよ? どうして?」
少女がきょとん、とする。だが、俺のほうは真っ青だ。アルマルなどという国はしらない。いや、地理には詳しくないが、そんな国はないと思う。やはりここは――
「あなた、まさか記憶喪失!?」
「いやいや、名前も何もかも、多分……覚えているんだが。どうやらここは俺の知っている世界とは違う世界のようだ」
そういうと、銀髪の少女はものすごく可哀相なものを見る目で俺を見つめた。どうやら頭がトんでしまった人に思われているようだ。
「信じてくれ、俺もどうしてここにいるのか全く分からない」
「あなた、名前は? 出身はどこ?」
「恭介。風間恭介だ。出身は日本――って、俺の言葉がわかるのか?」
途端、額に手を当てられた。ヤバイ、もう目がものすごく憐れんでいるのがわかる。
と、そこで少女は俺の着ている服に手を当てた。
「――この服、何でできているの?」
「ん、これはポリエステルかな……多分」
少女の目が点になった。
「ぽ、ぽりえすてる? そんなもの聞いたことがないわね……」
ガチャ、と、部屋の扉が開いた。
「あ、ミスト。起きたわよ」
桜のような桃色をしたショートカットの女の子だった。年は自分とそう変わらないように思える。優しげな青い瞳が特徴的だった。なにより、使い込んだエプロンに一番目が行った。ここの家事はこの子がやっているんだろうか。
「本当? 大丈夫みたい?」
銀髪の少女は、俺の顔を見てから、
「――微妙、かな」
といった。その言葉にミストと呼ばれた少女は心配そうな顔をする。
「あ、私はミスト。ミスト・クレスメント。ミストって呼んでくださいね」
「――ってわけ。記憶がどうにかなってるのか、ホントに別世界からきたのか」
銀髪の少女はミスト、という少女に今の状態を説明した。
「んー、別世界か。でも精霊さんには見えないから、やっぱ人なんだよね」
「俺にしたら、その精霊って存在がいまいちわからんのだが」
その言葉に、二人は目を丸くする。
「本当に別世界からきたの!?」
銀髪の少女が目を見開いて言う。
「だからさっきから言っているだろう!?」
「んー、まあ、とりあえずいい人みたいだし、信用しましょう。――あなたの言う通りだとすれば、住む場所、泊る場所はないのでしょう?」
にこ、とミストが笑いかける。
「あ」
そして、恥ずかしながら言われるまでそれに気づいていない自分がいた。
「出会った時のあなた……キョウスケだっけ? やたらかっこよかったのに、今のあなたは……なんていうか抜けているわね」
「……そういえば、あの男二人はどうしたんだ?」
「どうしたって、あなたがぶっ飛ばしたからニーナが無事だったんでしょ!?」
……俺が? 記憶がない。
「――覚えてないな……」
「まあまあ、その話はまた明日にしましょう。日が昇っちゃうわ」
どうやら、数時間寝てしまったようだった。
「今何時くらい?」
俺のその質問に二人は顔を見合わせた。
「時?」
思ってみれば、何時何分何秒なんていうのは俺の世界の単位であるわけで、ここが別世界なら、それが通じるわけがないのだ。
「あー、なんていうかな。時間を表す単位っていうか」
「時間なら、朝、昼、夕になる教会の鐘くらいかしらね」
ミストが答える。
「あなたの世界には、単位があったの?」
「ああ、時計ってものがあってな。時、分、秒っていう三つの単位があったんだ」
「こっちでは明確に時間を計る文化はないわね。――そういえば、教会にはそんなものがあるって聞いたこともあるけど……詳しくは知らないわ」
銀髪の少女がそういった。
「あ、お腹、すいてますよね。今なにかもってきますから」
ミストがそう言って、駆け足で出ていく。
「じゃあ、また明日」
銀髪の少女も出て行こうとする。そこで、名前を知らないことに気づいた。
「ねえ、君」
「ん?」
「名前は?」
少女はそこで一瞬ためらうように俯くと、笑顔で言った。
「ウィノア・クレスメント。――といっても、クレスメントっていうのは、この孤児院でつけられるファミリーネームなの。本当の名字はわかんないかな。あ、ウィノアって呼んで。敬称も何もいらないわ。というか、この家に住む者はみんな家族。年齢差が大分あるならともかく、普通敬称はいらないわ」
笑顔が、少し寂しかった。それは古びたランプの淡い光のせいでそう見えたのかもしれないが、彼女の、ウィノアの笑顔には何か悲しいものが含まれているように思った。
朝が来た。窓の外から多くの鳥のさえずりが聞こえてくる。その種類は一つや二つじゃない。全く違う鳴き声がいくつも聞こえてきて、まるで合唱しているかのようだ。
ガチャ、と扉が開く。足音が迫ってきて、止まった。カーテンの開く、シャーッと言う音と同時に眩しさが押し寄せてくる。
「ほら、そろそろ起きてキョウスケ。朝だぞー」
目をゆっくりと開くと、隣でウィノアが俺を見下ろしていた。白銀の髪が朝日をうけて美しく輝いている。昨日は薄暗かったからよくわからなかったが、思っていたよりずっと髪が長い。腰をちょっとすぎるほどの長い髪だ。
さらに、着込んだ服がまたすごかった。どうすごかったって――。
「どうしたの? 寝ぼけてるの?」
「い、いや、そういうわけでは」
彼女の着ている服は、黒と白を基調とした不思議な服。ぱっと見て、簡素なドレスのようにも見えた。だが違う。この服はドレスのように美しく見せるためにスカートになっているわけではない。動きやすさを追求した結果のように思える。そして、その白いドレスのような服を覆うように鮮やかにデザインされた重厚な黒布の服を纏っている。
それはもう言葉にならないくらい可愛いのだが、それ以上に凛々しかった。
「なら起きて。みんなに自己紹介しなきゃ。といっても、ニーナを救った、って噂はもう孤児院外にも広まっているけど――ねえ、おきてる?」
単に寝ぼけているのだ、とでも思っているのか、少し呆れ調子でウィノアは言った。
「おき――って、うおっ」
いきなり起こされ、頭をがしっと掴まれる。
「ほら、じっとして。ひっどい寝癖よ。髪が固いせいかな」
頭の上で少し淡い光。ウィノアが俺の髪をなでる。
「――なんなんだ?」
悪い気はしないが少し恥ずかしいぞ、これは。
「はい、直ったわよ」
「はい?」
慌てて頭を押さえてみると、しっかりと髪の毛の寝癖は直っていた。水道水ぶっかけてもなかなか戻らなかったコイツが、ちゃんと戻っている。
「ど、どうやったんだこれ!?」
俺がそういうと、ウィノアは少し嬉しそうに言った。
「魔術よ。水の力を操ったの」
「――魔術!?」
俺の反応に、ウィノアもキョトンとする。
「え、あなたの世界って魔術無かったの?」
「ああ、魔法とか、魔術なんてものは物語にしか出てこない。伝説のものだ」
「本当? それ、ちょっとうらやましいかも」
「え?」
意外な答えに、返す言葉がない。俺の世界の人々なら、誰しも一回くらいは魔法を使ってみたいと願ったことがあるのではないだろうか。彼女の言った言葉は、どういうことなのだろう。
「ウィノア、どうしたの?」
俺を起こしに行ったウィノアが戻ってこないので、ミストが呼びに来たようだ。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと話しこんじゃって。今行くね」
「うん、待ってるよ」
ミストが戻っていく。
「さ、私たちも行こう」
「ああ」
とはいえ、みんな、って何人いるんだろう。孤児院って言うくらいだから――
あ、あんまり考えないでおこう……
この孤児院は『クレスメント孤児院』、という。ミストの家柄は元々貴族であったが、ある動乱の後、父親が死亡。長男がいなく、跡継ぎが絶えてしまったため、没落の道を自ら選び、残った資産で孤児院を作ったのが始まりらしい。しかし、数年前にミストの母も病死し、今はミストがこのクレスメント孤児院の院長として両親を失った子達や、身寄りのない人を保護しているとのことだ。
寄付金は結構あるらしく、孤児院の大きさは結構あった。すくなくとも、ちょっとした幼稚園なんかよりは大きいと思う。ウチの家よりはだいぶ広い。俺が寝かされていた部屋は二階で、食事をとる広間は一階にあるという。
全体的なつくりは基本的に木製。ところどころに石造りやレンガ造りが見られるが、どうやらこっちの世界にセメントだ、コンクリートだ、なんていう技術は存在しないらしい。文明という面ではこっちはだいぶ遅れているようだ。――いや、世界が違う以上、それは比べられないか。
階段を降り切ったところで少し離れた位置から、バンっ、という大きな音が聞こえた。続いて、ドンドンドン、と廊下をける音が響いてくる。そして騒音の主が目の前に現れた。
相当急いでいたようで息が切れている。スカートの裾にわずかに砂埃が付いているのを見ると、どうやら外から走ってきたらしい。手を膝につき、深呼吸を繰り返すと、顔をあげた。
蒼く、長い髪をもつ小柄な少女だった。その瞳は髪色と同じように蒼いが、僅かにエメラルドのような緑色を含んでいる。綺麗な顔立ちをしていて、こんな登場の仕方をしなければ一目でおしとやかな人なんだろうなあ、という印象を受けたことだろう。
「どうしたの? あなたがそんなに急ぐなんて珍しいわね」
ウィノアが尋ねると、騒音の主は軽く頭を振るといった。
「あなたでも急ぐわよ? 西旧市街に『ロア』が出たわ。しかも大きいのが二体」
それを聞いてウィノアは顔色を変える。
「リリーナ、アナベル達は?」
「スラムのほうに出たロアを食い止めてるけど――。旧門のほうに出たロアが放置されちゃってるの。みんなで食い止めて一体が精一杯」
「わかったわ」
ウィノアはそういって頷くと、俺の腕をガシ、とつかんだ。
「は?」
呆けた俺を尻目に、ウィノアはニコ、と笑うと、一言、
「行くわよ」
と、爽やかに言った。
「気をつけてね、三人とも」
ミストの言葉に軽く頷くとウィノアは俺の腕をつかんだまま走りだした。外に出るのかと思えば、二階へ昇る。
「外に出るんじゃないのか!?」
走りながら(引っ張られながら)聞くと、ウィノアは
「出るわよ、ちょっと出口が違うだけ」
と答えた。そして開いた窓に向かって一直線に走る!
「お、おい……まさ」
言い切る前にウィノアは窓から飛んだ。もちろん俺の腕はつかんだままで。綺麗に窓を通過すると、もちろん落下し始める。
「な、何考えて――!?」
と、そこで体が浮上する。ウィノアは俺の腕を持ったまま空中を走っていた。よく見れば、空中にまるで道があるように蹴っている。蹴る瞬間、水の波紋のように光の輪がわずかにウィノアの足元に広がった。
これは飛んでいるんじゃない。跳んでいるのか?
「これも魔術なのか?」
「ええ、勿論そうよ。生身でこんなことができる人は流石にいないと思うわ、多分」
――なんで多分なんだろうか。
地上から大体二十メートルくらいだろうか。それくらいの低空を跳んでいる。無論、俺はただぶら下がっているだけのようなものなので、気分が悪くなりそうだったが。
ただ、街並みがよく見えた。建物は低く、一階だけしかないものがほとんど。教会のようなものがいくつか見えたが、一番はっきりとわかったのは城だ。
街の奥にかなり大きな城がある。だが、大きさだけでいえばその城の城門が異常だ。その辺の家なんかよりずっと大きい。おそらく、大人十人集めて門を押してもあれではびくともしないだろう。
対して、ウィノアが向かっている方向はかなり荒れ果てている様子だった。人が住んでいる気配があまりない。
この街は城塞都市のような感じで、街全体を二重の城壁が囲んでいた。先ほど旧門、とかいっていたのはその周りの門のことなのだろう。外回りの城壁と内回りの城壁に挟まれた場所に旧市街があるようだ。
「いたわよ」
ウィノアが言った。だが、俺はウィノアとは逆向きに吊るされているので見えない。
「えっ!?」
前方を見ようと体をねじると、まったく別のものが見えてしまった。
「ちょ、ちょっと! どこみてるのよ!?」
ウィノアの顔を見ようと努力するも――
「うわ、あっ、ゴメ――」
――見えたのは靴の裏側と、ほっそりした綺麗な色白の足と真っ白な――
「バカぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ほとんど馬蹴りのような格好で蹴飛ばされ、繋がれていた手が離れた。
今度こそ、間違いなく、落下する……!
「うわぁぁぁっ!」
落差は十メートルを超えている。仮に死なないとしてもかなり痛いのは間違いない。これは流石に参ったな、と意外と冷静な感覚に陥った瞬間、落下速度が緩んだ。そのままゆっくりと地表に向かって降りていく。
「まあ、不可抗力だろうし――今回ばかりは許してあげる……」
ウィノアがそう言いながら、空中から降下してきた。
「それよりも。あれがロアよ」
すっと彼女は指差した。その先、五十メートルには――
「――あれは……天使?」
虹色を帯びた、光が物質になったかのような不可思議な一組の翼。なにか文字が刻まれた、機械的な天使の輪。それらが俺のなかにある天使のイメージを彷彿とさせた。
だが、それだけだ。その姿は神々しいと言うには余りに遠い。巨大な白の巨体からは禍々しい重圧を感じる。
「―――――!!」
「なんだっ!?」
俺は思わず耳を塞いだ。ロアと呼ばれたソレの咆哮だ。それは音と表現するにはあまりにも乱暴。つまり、動物的なものではまるでない。かといって、機械的なものではない。ただ、感じ取れたものを言葉にするならば、狂気、怨嗟、憎悪、そんな類のものだ。
「私も初めてみるタイプね。しかも、過去最大級の大きさよ」
ウィノアがロアに向けて手をかざす。その手の前に赤色の魔法陣が出現した。
「『炎撃!』」
魔法陣から火球が飛びだし、それは急速に回転してから矢のような速さと、槍のような鋭さでロアに向かって飛んでいく。余りの速さに火球の通った後に赤い軌跡の残像が見えるほどだ。
火球はロアに直撃し、高い金属音と共に爆発した。爆発の衝撃で砂煙が舞い上がる。
「す、すごいな――」
そのさまに感動したが、ウィノアは俺を手で制した。
「安心しないで――全然効いてないわ」
砂煙が薄れると同時に見えたのは、エメラルドのような色に輝く大小二つの二重の魔法陣だった。
「ウソ……!? ロアのくせに魔術が使えるの?」
ウィノアが驚愕の表情を見せる。
「大丈夫なのか!?」
「まずいわね。あれは、『水系統』と『風系統』の『複合』。『風雪系』の魔術――。食らったら生きたまま凍るか、氷の刃でバラバラになるか、わかったもんじゃないわ。しかも魔法陣が二重ってことは、『強化』のスキルまで持っているのね」
じり、とウィノアは後ずさった。
「キョウスケ、お願いだから避けてね。この距離なら多分何とかなると思うけど」
ウィノアがそういった瞬間、ロアの魔法陣が光り、巨大な氷の槍のようなものが作られた。
「何だあれ」
「さあ、私にもわからないけど。どうせロクなもんじゃないわよ」
ウィノアの予見は的中した。その槍のようなモノは風の力で回転し、その速度を徐々に上げ始めたのだ。
「――あれを食らったら一瞬で体がバラバラね」
ドリルの如く、槍は回転数を上げていく。そして、もう一度魔法陣が光り――
「来るっ!」
ウィノアが叫んだ。それを合図に俺はその場を飛び退く。ウィノアも同じようにして飛びのいた。コンマ数秒遅れて連続した轟音が響く。氷の槍が、廃墟となった街の家屋を一直線に粉々に砕いたのだ。
「キョウスケ、あなた剣は!? ニーナの時の!」
ウィノアが叫んだ。そういえば、俺はどうやってあの剣を?
――そうだ、あのロザリオだ……。
「ウィノア、俺のロザリオを知らないか?」
「これのこと?」
ウィノアはポケットから俺のロザリオを取り出した。僅かに青く光っている。ロザリオを受け取るとロザリオは剣へと姿を変える。
“契約主よ。封印を解除せよ”
頭に声が響く。見れば、剣は紺碧の宝玉がはめられた鞘に収められていた。封印というのはこれのことだろうか。
鞘に手をかけ、勢い良くひきぬく。そうすると、この世のモノとは思えないほどの光沢をもつ剣が現れた。先日見たあの装飾剣など比べ物にならない。
突如として俺の足元に魔法陣が現れる。同時に、すっと体が軽くなった。
ロアは先ほどと同じ魔法陣を既に展開し、俺に向けて打ち出す寸前だった。しかし、不思議と恐怖は感じない。
「キョウスケ!?」
「多分大丈夫!」
魔法陣の中心へと集まっていく光が『視える』。魔法陣の描いた線がはっきりと『視える』。ロアの頭のあたりに集中する光が『視える』。
それらが何なのかは分からない。だが、それを狙うべきだと、何かが俺に教える。体の動き、剣の扱いに至るまで、何かが。
地面を蹴った瞬間、文字通り風になった気がした。一瞬でロアの目前まで移動し、魔法陣を縦に切り裂く。
エメラルド色の魔法陣は、それが物質として存在していないにも関わらず、まるで紙のように切れて、空中で消え去った。
そのままロアの頭に集まっている光を斬る。その勢いで全身の光が集まっている場所を切り裂く。
地面を蹴ってからロアを斬り伏せるまで、時間にして僅か三秒。一瞬にしてロアはチリと化した。
「――すごい。あなた、ホントに何者?」
「普通の人間だよ、きっと」
剣を鞘に収めると、紺碧の宝玉に光が灯る。
「な、なに?」
ウィノアがじっと鞘を見つめる。だが、光が灯っただけで何も起きない。
「なんだろう」
別段何かが変化した様子はないのだが。
【ふわぁ……】
どこからか可愛らしい声が聞こえた。
「ねえ、今の聞こえた?」
ウィノアが言う。
「うん、聞こえた」
【おはようございます、マスター。封印状態から復帰が完了しました】
またもや可愛らしい声が響いた。
「まさか、ねえ」
ウィノアが鞘に目を向ける。俺も鞘をじっと見つめた。
【なんでしょう?】
ビクッ、とウィノアが後ずさる。
「鞘が、喋った」
【失礼な女性ですねえ! 私は……なんだっけ?】
剣から元気な声が響いた。声色だけで判断するなら十歳代前半くらいの女児にしか聞こえない。
「……聞きたいことが山ほどあるわけだが」
俺は剣に向かって話しかけると、すぐに返事が返ってきた。
【それを答えるのもいいですが、もう一体の得体のしれないエネルギー体はどうするのですか? 何人かの人間が食い止めているようですが、彼らの力量ではあれを倒すことは叶いませんよ】
それを聞いて、ウィノアはハッとする。そういえば、もう一体いるのだった。