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終章「狂った世界の終幕」-後編-

スイマセン、一万文字超えました。

少々長いですがお付き合いください。

「あら」

「……」

 シュルクとソフィアは目の前の光景を見て、少々悩む。

「なんでここに?」

 ソフィアが神妙な顔で問う。

「どーでもいいから! さっさと手伝ってよぉぉぉ!!!」

 それはリリーナだった。奥から次々と湧いて出てくる闇を次々に蹴り殺している。アナベル、エリオもそれぞれが応戦しているが、減る数と増える数が殆ど変わらないためか防戦一方となっていた。そもそも、この三人は純粋な魔術師ではない。各々の武器に魔術を宿す事によって強化したり、自分自身の身体能力を向上させたりと、一対一、しかも対人が基本なのである。つまり、次々に湧いてくるこれらを相手にするのは分が悪いのだ。

「あれ、リリーナさん達じゃないですか。どうしてこんなところに?」

 しゅた、と窓から降りてきたヴェナスも神妙な顔で問う。

「……さっさと手伝ってくれるかしら」

 笑顔を引きつらせながらリリーナは言った。頭が沸騰しかけているのを必死に抑え込むように苛立ちを闇の化け物にぶつける。深く踏み込んだ体制から放たれた艦載砲の如き一撃はリリーナの前方にいた化け物を散り散りにした。そこに、

「おや、君たちは?」

 すた、と華麗に着地したヨシュアがリリーナに問う。

「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ!!!! さっさと手伝えって言ってるでしょぉぉ!!!鈍いんだからっ!!! ……て、誰?」

 鬼の如く叫んでから、はて、とリリーナは首をかしげた。

「……」

 鳩が豆鉄砲を食らった様にきょとん、とするその男を見、あーあ、というような表情をするソフィアを見、頭を抱えるヴェナスを見、うわぁ、という目をしているシュルクを見、やっとの事でリリーナの頭に一つの答えが浮かぶ。

「……ヨシュア様?」

 リリーナが問うと、その男は僅かに頷いた。既に周囲の空気は凍っている。

「……えっと」

 リリーナは気まずそうに頬を掻いた。そうしつつも、背後に忍び寄った闇を蹴り飛ばす。

「何も、言ってないわよ?」

「いや、さっき……」

「……」

 キッ、と何かを言おうとしたアナベルを見据える。その視線を見ただけでアナベルは震え上がった。

「さー倒すぞーいっぱい、いるからなー」

 などと独り言を棒読みしながらリリーナに背を向け、闇を斬り伏せる。

「何も言ってないわよね、私」

 にこやかにリリーナは周りを見回す。その横から人の形をした闇がよろよろと近寄ってきたが、目にもとまらぬ速さで首にあたる部分を握り締められ圧殺された。アナベルがまるで自分が絞殺されたかのようにぶるっと震える。

「さ、みんな。こいつら倒さないと王座のあるところまで行けないからね。倒すよー? いいねー?」

 あからさまに不自然な口調でリリーナが言うと、各々が厄介なものから逃げる様にして闇を倒し始めた。見事に過去を亡きモノにした瞬間である。

「はあ、私とした事が迂闊だったわ……」

 若干疲れたような顔をして、リリーナはため息をつく。そして、ある事に気付いた。

「……ねえ、ウィノアと恭介は?」

 リリーナが言うと、シュルクは窓を指差した。

「……」

 今までの喧騒(けんそう)が一切あなた達二人には聞こえていないんですか、とリリーナは思った。が、ソレはつい先ほど無い事になったはずなので言えない。

 それにしても、私たちが下でこれだけ戦っているのにどうやったらあんな風にくっちゃべっていられるのだろうか、などと若干イライラしながらリリーナは叫んだ。

「こーらー! いちゃついてないで降りてきなさいよー」

 それは、聞く限りはいつものリリーナであったが、ウィノアから見たリリーナは背後に煉獄(れんごく)の業火を揺らめかせていたという。



 轟音。木製の、しかし、少女の体より何十倍も大きな巨大な門を少女は蹴り破った。そして、まさに大混乱に陥っている地下へと単身斬りこむ。最後の退路として作られたこの道は、王を騎士が囲む事が出来、且つ、居場所を敵に悟られないように幅広に作られている。しかし、それでも地下は入り乱れて酷い状態だった。

「……ナオ様!?」

 橙赤(とうせき)色の短髪が、闇と人に紛れて少女に映る。一目で少女はその人物を判断できた。

「カミュ。状況は?」

「はい、レジスタンスと対峙していたところ、このように化け物がどこからともなく湧いてきまして、現在混乱中としか。ですが、レジスタンス側に大きな損害が出ているのは確かです」

 カミュはそう答えつつ、自分や仲間に近付く闇を切り捨てる。

 騎士は剣を使えるだけではない。同時に魔術も行使する。故に、魔力を纏う剣によってこの闇が撃破可能なのだが、レジスタンスはそうはいかない。レジスタンスの構成員のほとんどは一般人であり、魔術などを使えるものは数少ないのだ。

「わかった。レジスタンス救出を最優先。闇は私が何とかする」

「レジスタンスを? ……了解しました」

 カミュの言うとおり、闇を必死に切り捨てる騎士、闇から必死で逃げ惑うレジスタンスで通路はめちゃくちゃになっていた。レジスタンス側は奇襲をするつもりだったのだろう。その数は騎士団の二分の一にも満たないようだった。

 闇をかき消す事そのものはナオには容易い。しかし、ここで魔術を行使すれば間違いなく騎士団をも巻き込む。故に魔術は使えない。

「……ですが、化け物は倒しても無尽蔵に湧いてきます。このままでは……」

「大丈夫。一時的だけど、マナを使ってここの闇を全部消す。だから、その間に奥に追い込まれているレジスタンスをお願い。退路は安全だから」

 カミュにそう言うと、ナオは腰の刀を抜き、天高くかざした。途端に、ナオの背にある六対の光の翼が何倍にも拡大され、その翼に触れた闇がことごとく消滅していった。

「騎士団! 民衆を救助しろ! ここから脱出する!」

 カミュが声を上げると、躊躇うような声があちこちで聞こえた。カルカロフを殺しに来たというのに、その手駒である騎士団に助けられるのが気に食わないのだろうか。それとも、逃げる事を諦めているのだろうか。いずれにせよ、その行動にカミュは激しい苛立ちを覚えた。

「逃げるんだ! いいか、今の安全は団長が守ってくださっているだけなのだぞ! ここで死にたいのか!? お前たちが望む革命はその程度のものか!? 生きる努力をしない者が、革命なぞ出来るとでも思うのか!」

 カミュの言葉に、騎士団もレジスタンスもが沈黙し、唖然とする。間違っても騎士団の者が言う言葉ではなかったからだ。

「さあ、逃げろ! 騎士団、そこにいるのは民衆だ。救助せよ!」

 カミュがもう一度号令を発すると、今度は皆がその指示に従う。その光景を見ながら、カミュは呟いた。

「……私は騎士失格ですね」

 すると、隣にいたナオがゆっくりと首を振った。

「……何を。騎士とは国に仕えるもの。今の私の発言は国を裏切っておりました」

「いえ、私はある人に聞いた。『――騎士とは、国に仕えるもの。国とは王ではない。国を支えるのは民である。したがって、本当の騎士とは民を守るものなのだ』。だから、カミュ。あなたは騎士」

 カミュは目を見張った。言葉ではなく、彼女の表情に。何故なら、カミュがこの少女に出会ってから一度も見せたことない、否、きっと一度も浮かべた事のない微笑みという表情を浮かべていたからだ。

「……あなたにはそのほうがよく似合う」

「……?」

 カミュの言葉に、ナオは首をかしげる。どうやら、自分が微笑んだなど、夢にも思っていないらしかった。

「カミュ……騎士団長の座、あなたに譲らなければならない」

「ええ、わかっています。あなたはカルカロフ様直属の騎士ですから」

 申し訳なさそうに言ったナオは、少し驚いたようにカミュを見た。

「わかりますよ、王の身に何かあったくらいは。そうでなければ、あなたがここに来る事はなかったでしょうから」

 その言葉に、そう、とナオは言った。

「カミュ。これを持って逃げて。みんなに、ありがとうって」

 ナオは騎士団長の位を示すレリーフの彫られた指輪をカミュに手渡した。

「……はい。ふふ……少し感慨深い単語ですね」

 そう言って、カミュはナオに背を向けて歩き出した。

「そうだ、ナオ様」

そう言って、背中を向けたままカミュは彼女に言った。

「ここにいる間、楽しかったですか?」

 と、少女に問う。少女はその質問に最初、目を見開くようにして驚いたが、すぐに微笑みながら答えた。

「――とっても」

 その答えに、僅かに微笑むと、カミュは剣を片手に自らの部下の後を追った。彼女を振り返る事などできない。振り向いてしまったら、騎士でなくなってしまう気がしたからだ。自分を騎士だと言ってくれた人を、裏切るわけにはいかなかった。

「いっそ、騎士ではないと言って下されば、私は国ではなく――」

 ギリ、と歯を噛みしめ、自分の言葉を殺す。そして、受け取った指輪を自らの指にあてた。すると、カミュには小さすぎたその指輪が、不思議な事に、するり、と彼の指にはまった。

 カミュは目の前の長い階段を見据えた。自らの部下や、レジスタンスが階段を上り、外を目指している。

「私は、騎士。国を――民を守るのが我が役目」

 自分に言い聞かせるようにカミュは呟いた。そして、自らの心に決別するように剣を掲げて叫ぶ。

「全員、死ぬな! ここから抜け出すぞ!」

 ナオはその背中を、暗闇に紛れて見えなくなっても、見送っていた。そして、少しだけ俯く。

「――このままじゃ、最後まで私は救えない」

 少女の声は静かな地下によく響いた。

 



「で、王座はまだなわけ!?」

 リリーナが自棄(やけ)を起こしたように叫ぶ。彼女の体に触れるか触れないかのギリギリを真っ黒な腕が掠めた。王座の間に続く通路は一面に闇が巣食っており、普通に進めば消耗戦は避けられない。

「――もうちょっと方法は考えられなかったんですか!?」

 闇を切りながら恭介が言う。まさに一同は敵地ど真ん中を列作って走っている最中だった。消耗戦を避けるために、強行突破に出たのである。

「文句言う暇あったら走ることね! 食われるわよ!」

 ソフィアが前方に炎弾を飛ばしながら言う。               

「魔術師がいたらここまで楽になるもんなのね。しんどいけど!」

 炎弾によって何体もの闇が吹き飛ばされるのを見てリリーナは言った。

「この先だ、この先に王座の間がある」

 ヨシュアが通路の先を指差す。

「でも変ね。騎士団長のナオがどうして私たち侵入者を許したのかな?」

 目の前で壁を作っている闇を、光で貫きながらウィノアは言った。闇はどこからともなく湧いて出てくるため、走りながら邪魔になるものだけを消して先に進んでいるのである。

「何か理由があるのは確かだな。あの少女、いつも兄の傍にいた。兄も特別扱いだったようだ」

「惚れていたのかしら」

 ソフィアが言うと、ヨシュアはソレはないだろう、と言った。

「特別扱いと言っても、そうだな……妹、のようだったか。いや、よくはわからなかったが。それに、君たちも知っていると思うが、あの少女には感情表現と言うものが一切無い。まるで良くできた人形を見ているようだったよ」

「……そうですかね?」

 ヨシュアの言葉に、恭介は疑問の声をあげた。

「ん? 君にはどう感じられたんだ?」

「たしかに、外面の表情って言うのは無かったですけれど。雰囲気的にならなんとなく感じ取れましたよ。特に不機嫌さは。……なんででしょうね」

「私もちょっとわかんなかったなあ」

 少し悩みつつもウィノアは言う。

「ふーん、もしかすると、恭介には心開いてたりするんじゃない?」

「……あり得なくも無いかも」

 ウィノアのその真剣な表情に、発言したリリーナ当人も、え、というような表情をした。

「ウィノア、なんか心当たりでもあるの?」

「え? ……いや、えっと。予想だよ! 予想。あははは」

「……?」

 若干わざとらしい雰囲気のウィノアにリリーナが首を捻っていると、一際大きな扉が見えてきた。

「あれだ」

 エリオが短く告げる。その言葉に、全員の表情が硬くなった。

「何が出てくるかわかったもんじゃないわよ。準備はいいわね?」

 ソフィアは扉に手をかけ言う。ウィノアは皆の表情を見てから、

「ええ、大丈夫」

と、頷きながら言った。その言葉にソフィアは勢いよく扉を蹴り開ける。

「――!?」

 その風景に、全員が自分の眼を疑った。

「……なにこれ」

 リリーナの眼には、驚愕と同時に恐怖の色が宿っている。目の前にいるのはそういった類のモノだ。

「……これが特異点なのは間違いないようだな」

 シュルクが身構える。目の前にいるソレは、体の端々から闇を垂れ流していた。それが先の闇の化け物となって床に溶け込んでゆく。その光景はまるで、体中から血を垂れ流しているかのよう。だからなのか、見るに堪えないほどおぞましい印象を与えた。

 それほど大きくは無い。成人男性よりも一回りほど大きな人型の外見をしている。だが、背には空間を食らったかのように暗黒を浮かべる二対の闇のような翼が伸び、全身を無骨な金属質の鎧らしきもので覆っている。

「……兄さん」

 ヨシュアはその姿を見て、恐怖に震えながら言った。

 体の内側から浸食しているような闇に顔は半分ほど覆われていたが、兄弟にすればそれだけでも十分に判別はできる。それは正しくカルカロフだった。

「どういうこと……。あれはもう、人間とは言えないわよ」

 ソフィアはカルカロフを見ながら言った。そう言っているうちにもカルカロフからあふれる闇は蠢き、化け物へと姿を変えている。

「きたな、ヨシュア」

 カルカロフは、ヨシュアに振り返り言った。

「……意識はあるようだな」

 シュルクが静かに言う。

「ふん、当たり前だろう。俺はこの力を支配したのだ」

「兄さん、どうしてしまったと言うんだ。何を――」

 狼狽(ろうばい)する様子を見せるヨシュアを、カルカロフは鼻で笑う。

「俺はな、ヨシュア。全てを守りたかったんだ。そのために王になろうと幼いころから思っていた。だが、現実はどうだ。何かを守ろうとすると、何かを捨てなければならん。それがこの世の法則なのだ。ヨシュア、父の言葉を覚えているか」

「……王になると言う事は、何かを切り捨てる覚悟を決める事」

 ヨシュアがそう答えると、カルカロフはその通り、と言った。

「俺にはそれが出来なかったのだ。だからこそ、お前が王として推薦され、俺はあの魔術師の元に預けられた」

「兄上、そこであなたが何を習ったのかは知らないが、今のあなたは間違っている……」

「弟よ、違うのはお前のほうだ。この国を守るためには、力がいる。絶対的な力だ。それさえあれば、この国の全てを救う事が出来るのだ」

 その言葉に、ヨシュアは堪らず叫んだ。

「この街一つ、まともに収めていないではないか!」

「ふはは、可笑しなことを言う。苦しんでいるのは皆、俺に従わないヤツだ。俺に従わないヤツなどこの国にはいらん。飼っているだけでも礼をしてもらいたいものだ」

「……あなたはそこまで腐ってしまったと言うのか」

 ギリ、とヨシュアは悔しげに噛みしめた。

「アルマルを守る手段など簡単なことだったのだよ、ヨシュア」

「……何を」

「はは、わからぬか。まあ、そうだろうな。非力なお前では思いもつかまいよ。簡単だ、この国以外のすべての国が消えてしまえばいい。そうすれば、この国だけになる」

 片目しか見えていない眼が狂気に歪む。カルカロフのその眼は、まさに(わら)っているかのように見えた。

「馬鹿なことを! そんな事をしても革命が起きるだけだ」

 エリオが叫ぶが、それさえもカルカロフは嗤った。

「革命などしたところで、私は死なぬ。むしろ皆殺しにしてくれよう。私がいるのは私に逆らわぬものだけよ。ソレを理解すればよい。尊厳などいらぬ。他人など信じるだけ無駄だ」

 ごう、と嫌な風がカルカロフから巻き起こされる。

「何て魔力……」

 ソフィアが表情を歪めた。

「お前たちは私に逆らうのだろう。よいだろう、私は、守るのだ。この力でな」

 ギギ、という異音と共にカルカロフの右腕が天高く掲げられる。

「『獄焔インフェルノ』」

 朗々とした声でカルカロフは呪文を詠唱する。

「みんな、逃げて!」

 咄嗟にウィノアが叫ぶ。同時に、カルカロフの拳が床に叩きつけられた。轟音と共に、先ほどまでウィノア達のいた場所にどす黒い炎が噴き上がる。その灼熱に床が僅かに融解した。

「馬鹿げてる」

 その光景を見たリリーナが呟いた。

「はは、正解だ。今の攻撃を防げる実力はお前たちにはあるまい」

「『氷結コンゲラート』!」

「む?」

 シュルクから凍てつくような吹雪がカルカロフに向かって叩きつけられる。

「ふははは、このようなもので、俺をどうにかしようと言うのか」

 余裕、といったようにカルカロフが言ったが、その様子にシュルクはニヤリと、口の端をあげた。

「これは……」

 カルカロフが苦悶の表情を浮かべる。体の表面が凍ってしまったのだ。

「小賢しい、このようなもので」

 ビキ、という音を立てて体表面を覆う氷にひびが入る。しかし、

「『紅炎プロミネンス』!」

 ソフィアがすかさず、ごうごうと燃えたぎる灼炎をカルカロフに向かって放った。それは、放物線のような軌道を描く。

「さすがね、二人とも」

 ウィノアが言った。だが、二人の表情は硬い。

「気をつけて。これだけでやられる相手には思えない」

 ソフィアが言うと同時に、灼炎が着弾する。揺らめく炎の中に僅かに人影が見えた。

「さすがに無傷とは思えないが」

 エリオが剣を構えつつ言った。

 だが、予想に反してまだ燃え盛る炎の中からソレは歩いて出てきた。

「終わりか?」

 その体に傷など、そもそも焦げ付いた跡さえもない。まさしくそれは無傷だった。

「……ソフィア、実力落ちたんじゃない?」

「酷いわね、Sランク級の魔術だったはずだけど?」

ウィノアの言葉に苦笑を浮かべながらソフィアは言った。

「魔術とは、こう使うのだ」

 カルカロフはそう言って、またも右手を振りかざした。

「『日食エクリプス』」

 瞬間、カルカロフの体からあふれていた闇が霧状に散る。

「これは!?」

 ウィノアがその危険を本能的に察知するが、それ以上に闇の浸食は早い。体がぐら、と揺れたかと思うとばさり、とその場に倒れた。

「な……にこれ」

 リリーナが苦悶の表情を浮かべ、床に倒れる。

「リリーナ!?」

 アナベルが駆け寄ろうとするが、同じようにして途中で床に倒れた。

「ふははは、闇の瘴気にあてられろ。これでは避けようがあるまい」

「兄……上ッ!」

「くははは、そうだ、その顔だよヨシュア。私は一度お前の悔しそうな顔を見たかったのだ!」

 ヨシュアまでもが気を失って倒れる。

「くっ」

 エリオも苦しそうに剣を杖に身を支える。既に、他は皆倒れたかのように見えた。

「ふはは、流石、元騎士団団長よ。この闇にあてられ、且つ、まだ意識を保っているのはお前だけの様だぞ」

 その言葉をエリオは鼻で嗤った。

「間抜け。お前の眼はどこについているんだ」

「何?」

 カルカロフが表情を歪めた瞬間だった。

「うぐっ!?」

 その胸から、剣の先端が見えた。美しい剣だ、とカルカロフは思う。

 闇が徐々に薄くなっていく中、カルカロフは見た。全くもって平気そうに闇の中で立っているその少年を。

「貴様――何者だ。何故この力が通じぬ」

「さあね」

 恭介はどうでもいい、というように答えた。

「……ふん、まあよい」

 カルカロフは呟くと、どこからともなく、真っ黒な剣を取りだした。

「どちらにせよ、今立っているのはお前だけよ。人の身で俺に勝てるとでも思うか」

 恭介はカルカロフのその言葉に、何も言わずに自らの剣を構えた。

「気色の悪い。お前を見ていると腹が立つ。早々に死ねっ!」

 瞬間、カルカロフは眼にもとまらぬ速さで床を蹴り、恭介に袈裟がけに斬りかかる。

 その闇のような剣を、恭介は真正面から受け止めた。

「なんだと!?」

 力のみで振り切れると思っていたカルカロフは驚きに表情を歪める。予想に反して、金属音と共に自らの剣は弾き返されていた。

「……ぬ。これは」

 よく見ると、カルカロフの闇の剣は、恭介の剣と接触した部分が薄くなっていた。ソレを見たカルカロフは、青筋を立てて歯がみする。

「……鬱陶しい!」

 最早これまで、というようにカルカロフは右腕を恭介に向けた。掌の前に五重の魔法陣が描かれた。――『四乗強化テトラ・アクセル』。対象の放つ魔術を大幅に強化する特殊技能の一つである。

「消えされ小僧! 『獄焔インフェルノ』!」

――しかし、カルカロフは信じられないものを見た。自らが組み上げたその五つの魔法陣が、まとめて切断される瞬間である。

 音もなく、一瞬にして目の前に現れた少年は、その剣で魔法陣そのものを切断した。いかな魔剣、聖剣といえ、このようなもの、カルカロフは聞いたことも無い。

「貴様――ッ」

 予想外の結果に狼狽するその瞬間を恭介は見逃さない。返す刀でそのままカルカロフを切り上げた。同時に巻き起こった風圧でカルカロフは吹き飛ばされる。

「くっ! この風は……」

 それでもカルカロフは立ちあがった。

「その剣……風の精霊の加護をうけているな。精霊剣とは小賢しい。全くもって鬱陶しい」

 見た目にもイライラした様子でカルカロフは言った。

「『浄化する光の矢(プルガシオン)』!」

「何っ」

 カルカロフが気づいた頃には遅い。倒れていたウィノア達は既に起き上がっていた。ウィノアの放った光の矢は既に自らの目前に存在する。

 煌びやかな光を振りまきながら直進してきたその鋭い光は彗星の如き勢いでカルカロフを貫き、更に背後の壁をも打ち壊した。

「ぬぐぁぁぁぁあッッッ!!!」

 全身を光に焼かれたカルカロフは、初めて床に膝をつく。恭介の攻撃より、ウィノアの魔術が彼にとっては致命的だった。

「なんだ……この魔術。気持ちの、悪い……!」

 狂気の眼差しをウィノアに向けつつ、カルカロフは立ちあがった。

「その力、光の魔術か。なるほど、ヨシュアをあの牢獄から連れて帰れたのはそういうわけか。精霊剣に光の魔術。確かにこれでは分が悪い。くくく……」

 言って、狂ったかのように嗤う。

「どういうつもり?」

 ウィノアがその声に耐えかねて問いただす。するとカルカロフはその濁った瞳でウィノアを見据えた。

「俺には、まだ切り札がある」

「まだ何かあるっていうのか」

 言いつつ、アナベルはリリーナを守るようにして前に立った。

「ふはは、無駄だ。お前たちはここで死ぬ。今からお前たちが見るのは本当の絶望よ。来い、ナオ!」

 カルカロフが叫ぶ。すると、誰もいなかったはずの空間に、瞬時にして少女が現れた。

「ナオ。任せるぞ」

 カルカロフのその言葉に、ナオは頷いてから、言った。

「カルカロフ様を御救いすればよろしいのですね」

 少女のその言葉をカルカロフはやや不思議に思ったが、違いないと思って答えた。

「そうだ」

「――はい。わかりました。今、御救いします」

 ナオは腰から刀――『神薙かんなぎ』を抜刀して構える。その背にはすでに輝く六対の光の翼があった。

「……く」

 シュルクが悔しげに歯がみした。相手が悪すぎると言う事を瞬時に理解したのだろう。

「逃げるって言ってもこの状況はつらいな」

 言いつつ、アナベルの額を冷や汗が伝った。

「……ナオ」

 剣を構え、恭介はナオの目前に立つ。それをナオは何をするでもなく、刀を構えて見ていた。

「恭介ッ! だめ、貴方じゃナオには勝てない! 死んじゃうよッ!」

 ウィノアの叫びが聞こえたものの、恭介は動かなかった。ナオの構えが変わる。刀を一度鞘に収め、鞘を腰につけ、柄を握る。その構えを、居合だ、と恭介は理解した。

 刀を収めたというものの、その殺気たるや尋常ではない。全身が焼けついたかのような感覚が恭介を包み込む。まさに、動けば死ぬ、それを恭介は肌で感じていた。

「ナオ、やれ」

 カルカロフの言葉に、ナオは刀を指でわずかに押し出した。瞬間、恭介は違和感を覚え、茫然とした。

「恭介!?」

 一瞬気を抜いたのがウィノアにもわかったのだろう。叫ぶが、ナオの刀は既に体を貫通していた。その攻撃は、居合のような体制から瞬時に放たれた突きである。光のような速度から繰り出されるその突きを避ける術など居合わせた者たち全てが持ち合わせていまい。

「……」

 恭介はその光景を見つめる。ナオの雰囲気に違和感を覚えた瞬間、なんとなくこの結果は感じ取れていたのだ。

「え?」

 ウィノアが驚きに疑問の声をあげた。それは皆も同じ、カルカロフでさえも信じられないという顔をしている。ただ一人、ナオだけが悲しいような、虚しいような顔をしていた。

 ナオは、後ろから抱きつくようにしてカルカロフの体を深く貫いていた。

「なにを――」

 ずるり、と刀が引き抜かれる。その傷はウィノアの与えた一撃以上にカルカロフに致命傷を与えていた。

「カルカロフ様を救えという命令です。私はカルカロフ様を救いました」

 ナオが言う。その言葉をカルカロフは膝を崩しながら聞いた。

「な、何?」

 ウィノアは目の前で起きた事が信じられない、というように狼狽する。

 その時、カルカロフの背にあった闇のような翼が消え、体を覆っていた金属も、闇も、全てが消え去った。

 ばたり、と仰向けにカルカロフは倒れる。まだ意識はあるようだが、その体につけられた傷は間違いなく死に至らしめるには十分なものだ。同時につきものが落ちたかのように狂気に満たされていた瞳が、すっと静かになり、穏やかな表情になる。

「何が……?」

 ヨシュアの声に、ナオは静かに答えた。

「……先ほどまでのカルカロフ様は、別人格です。闇が作り出した、理想がこじれきったカルカロフ様のなれの果て。だから、この人が、本当のカルカロフ様です」

「そんな……事」

 それを聞いたヨシュアが大きく狼狽(うろた)える。

「ヨシュア、……いるのか」

 もう既に眼は見えていないのか、光の無い目でカルカロフは言う。その声を聞いて、ヨシュアは慌てて兄の傍に寄った。

「兄さん!?」

「……すまん。迷惑をかけた」

 力の無い声でカルカロフは言う。その様子は先ほどとはまるで別人だった。

「どういうことなんだ、兄さん? どういうことなんだよっ!」

 ヨシュアはカルカロフの肩をゆするが、それをナオが制した。

「……カルカロフ様」

 ナオが促すと、カルカロフは言った。

「聞け、ヨシュア。お前はこの国を背負わなければならん。そのためにも聞け。……もう時間が、無い。一度しか言わんぞ」

 ゴホ、とカルカロフは血を吐く。呼びかけようとするヨシュアを、またもナオは手で制した。

「魔術師殿を、覚えているな……? あいつに気をつけろ……。あれは世界を狂わす悪魔だ……。世界の運命はあいつに徐々に狂わされている。各国の王族を信じるな……。ヨシュア、秘文を集めろ。ニルヴァース動乱の頃より前から、黒幕が動いているはずだ」

「……わかった。わかったから!」

 死ぬな、とヨシュアはカルカロフに言い続けるが、カルカロフは首を振る。

 窓から差し込む光は、もうすぐ無くなる。王室は紅い不吉な夕日に満たされていた。

「ヨシュア……俺を晒せ。そして革命は成功したと告げるのだ」

「……そんなこと!」

「やるんだ。俺は、暴君。お前は、その王を討伐した英雄となれ。俺を踏み台にしていくんだ」

 出来ない、と絞り出すような声でヨシュアは言う。その瞳からは大粒の涙がこぼれていた。

「……不肖な兄ですまなかった。せめて、最後くらい手伝わせてくれ」

「兄さん……!」

「ヨシュア……すまな――」

 ごほ、と大きくむせかえる。そして、息を落ちつけてからカルカロフは蚊ほどの声で言った。

「……ナオ」

「はい」

 俯いたナオの表情は周りからは見えない。髪に覆われていない口元だけが彼女の感情を表している。

「最期まで迷惑をかけたな……。すまない。もう少し、お前といられる予定だったのだがな……」

「私は、王の……王の近衛です。だから、当然です。何も、気にしないで」

「ああ……ありがとう。なあ、ナオ」

 カルカロフは見えていないはずのその眼で、しっかりとナオのいる方向を見た。

「もう、泣くな。最期くらいお前の笑顔を見せてくれ」

 ほとんど動かなくなった腕を、無理やり、天を掴むようにあげる。その手を、膝をついてナオは取った。

 カルカロフは片手を、ナオの頬にあてる。その手を、まるで抱き締めるかのようにしてナオは涙を流した。

「泣くなと俺は言ったのだぞ?」

「泣いてません……泣いて、ません」

 そう言いつつ、ナオの涙がカルカロフの手を伝った。

「……さあ、笑って見せてくれ。ナオ」

 先ほどより更に力のなくしたその声に、ヨシュアは冷たくなったもう一方の片手を覆うように握りこんだ。

「……はい」

 本当にナオが笑ったのか、周りの誰もがわからない。何せ、彼女の長い髪は彼女の口元以外のすべてを覆っているから。だが、カルカロフは光のない瞳で微笑み、言った。

「うむ、それで……いい。ヨシュア、この国を、頼む――」

 それが最期の望みだったのか。その言葉を最後にしてカルカロフは瞼を閉じた。

「……」

 ナオは無言で立ちあがると、しばらくカルカロフの遺体を見つめていた。やがて、目元を、カルカロフから貰ったそのドレスのような服の袖で拭うと、恭介の方向を振り向く。

 その様子にウィノアは危機感を感じたのか恭介の元に駆け寄った。

「まだやるつもりなの?」

 ウィノアの言葉に、ナオは首を振る。

「私は、あなた達に何もすることはできない。でも、言わせてほしい事がある」

「……」

 ウィノアは黙ってナオを見ていた。それを肯定と取ったのか、ナオは口を開く。

「光の国に気をつけて。貴女はあの国に狙われている。王家に伝わる秘文は鍵。ニルヴァースが滅亡したのは伝わっていた文が一番重要だったから」

「な……」

 その記号を並べたかのような言葉に、ウィノアが聞き返そうとした瞬間、ナオは空気に溶け込むようにして消滅した。

「……一体何なの、あの子。敵か味方か全く分からない」

 リリーナが言った。

 そこに、多量の足音が響いてきた。金属の音も混じる。

「まだ何か来るってか」

 疲れ果てたような表情でアナベルは入口を見た。

「何よ、私たちこの部屋に来てから働かず終いなんだから、何か来たっていいじゃない」

 リリーナが強がるような口調で言う。

 だが、現れたのはそんなリリーナの期待外れな相手であった。

「誰かいるか!?」

 言いつつ、飛び込んできたのは橙赤色の短髪をもつ青年。その鎧から騎士である事がわかる。続いて、騎士が数人飛び込んできた。闇の化け物の消滅を見たカミュら騎士団が突入してきたのである。

「これは……。先輩?」

 橙赤色の青年はエリオの姿を見つけると、やや剣を下した。

「カミュか。剣を構えるな、誰の前だと思っている」

 エリオは言いつつ、視線をヨシュアに向けた。その視線を追ったカミュはすぐに全員に剣を下すよう命じる。

「ヨシュア様ですね?」

 カミュの問いに、立ちあがったヨシュアは頷く。その表情は既に王としての威厳に満ち、カルカロフの弟としての顔は無かった。

「カルカロフ様は……」

 カミュが倒れこんだカルカロフの遺体を見て言う。ヨシュアはしばらく迷ってから、言った。

「……兄は……カルカロフは私の私兵が打倒した。もうカルカロフはこの世にはいない」

 騎士たちの間で歓喜の声が巻き起こる。しかし、ヨシュアと、ウィノア達の表情は複雑だった。


 第一巻のストーリーはこれで終了です。

ここまで読んで下さった方、一先ずはありがとうございます。


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