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第六章「スターゲイザー」-後編-

「……」

「……」

 対峙距離は一メートルと三十センチ。

「え、あ……、あの?」

 咄嗟に声が出ない。当たり前だ。夜眠れずいたら、窓の方から音がする。振り向いたら影があった。よく見れば見知った女の子だった。ただ、その少女は自分が知る限り一番強く、しかも、どちらかといえば敵なのである。

 生きた心地がするわけない。そんな俺の気も知らず、少女はただ俺を見ていた。それはもう、ものすごくよく見ていた。というか、睨んでるようにも見えない事もない。少し横に移動して見ると、視線はついてきた。逆に移動しても、視線はついてきた。

 ……モナ・リザを思い浮かべてほしい。アレと同じような感じだ。ただ、違う点は実際に見られているということだろう。

「……」

 少女は何も言わない。ただ、視線が何かを訴えている。

「あ、あのう……?」

 勇気を振り絞って話しかけてみるも、物言わぬ瞳が何かを告げるばかり。

 一体なんだというのだろうか。嫌な汗が背中を流れるのを感じだ。

 足を一歩踏み出してみる。少女は動かない。

 ……もう一歩踏み出してみる。目線がしっかりと合った。

 更に、――と。いきなり少女は窓の淵に手をかけると、くるり、と華麗に部屋の中に侵入した。着地地点は俺のすぐ前。そのまま立ち上がってこちらを見るものだから、その視線ときたらほぼ見つめ合う距離だ。

 ものすごく嫌な予感がする。トラブルの匂いだ。本能が既に俺に警告している……!

 何を思ったのか、少女は冷や汗を流す俺の目の前で、行儀よくおじぎをすると、

「こんばんは」

 と言った。そのまま少女は顔を上げる。そして、俺の顔をまじまじと見た。とはいえ、無表情のままである。

「こ、こんばんは……」

「……」

 少女は礼儀よく挨拶したと思ったら、俺の手を引くようにして歩きだした。

「ん?」

 ついていくと、少女はちょこんとベットに腰かける。そして、椅子を指差した。

“座れ”

 目がそう言っている。なんか、そう言っているとわかった、気がした。

 俺が椅子に腰かけると、少女はまたも俺をまじまじと見る。よく見てみれば、見るというより眺めてるのではないだろうか、とも思う。不思議なくらいなにも推し量れない。

「あなたの名前は?」

 少女の口から出たのはそんな言葉だった。思わず俺は、お決まりのセリフを返す。

「人に名前を聞くときは……」

「私が聞いているの、答えて」

 ごおっ、と、吹雪か何かの用に冷気が体をぶち抜いていった。

 だめだ、この子は逆らっちゃいけないタイプの女の子なんだ、と本能が認識する。

風間(かざま) 恭介(きょうすけ)。恭介って言うんだ。君は?」

 俺がそういうと、少女は少し俯いた。

「恭介……?」

「え」

 少し驚く。その発音は、最初にウィノア達が俺を呼んでいた時の様な片言ではない。完璧な発音だ。

「私の名前は、ナオ。ナオ、だけ。この子は神薙(かみなぎ)

 少女はそう名乗りながら、『この子』と称す、鞘に収まった刀を俺の目の前に持ってきた。

「ここへは何をしに来たんだ?」

 俺がそういうと、ナオは少し考えるように頭を掻いた。

「えと、気になった、から」

 特に表情を変える事もなくナオはそう言った。

「気になった?」

「あなたの事、知ってる気がしたから」

 ナオはそう言った。その言葉に驚く。

「そうなのか?」

「うん、思い出せないけど、知ってる気がした。でも、多分、気のせい」

 俺も最初、ナオを見たときに妙な懐かしさを覚えた。

「なんで、気のせいなの?」

 俺がそう聞くと、彼女は無機質な瞳のまま答える。

「私、人間じゃないから」

「は?」

 何を言っているのかと思った。だって、顔も、手も、髪も……全てが人間だ。体温だってちゃんとあった。

「どこが……」

「私、心がないから」

 彼女はそう、何事もないかのように、ごく自然に言った。

 考えてみれば……。無表情、無機質、機械的。俺の見た彼女に、表情のある彼女はいただろうか。ちょっと会っただけとはいえ、眉ひとつ表情に変化がない。

「……」

 なんとかして否定したいが、その言葉を否定できない。抑揚のない、軽い声。しかし、その言葉の意味は嫌というほど重い。

「君は――、一体?」

 なんとか、振り絞った声でそう言った。人間でないというならば、君は一体何なのか、と。だって、俺には、例え心がないとしても人間以外には見えない。

「私は『天使階級アンゲル・ヒエラルキア』最高位――」

 祈るように胸の前で手を重ねたナオの周りに、煌びやかな多量の光が舞い始める。

「――『熾天使セラフ型式零七(シリアル・ゼロナナ)、ナオ」

 光は少しずつ彼女の背中に収束し、六対の翼を作り上げていく。光を纏った右腕は、まるで機械のような装甲をもつ腕になっていた。黒いローブを引き裂きながら光は黒い装甲を作り上げていく。

「天使……」

 以前のあの姿は、魔法でも何でもない、彼女その者の姿だというのか。だが、彼女はロアの事も天使と言った。まさか、あれとナオが同じだとでも言うつもりなのか。

「教えてくれ。俺達の言うロア……天使と、君は同じだというのか?」

「本質的には変わらない。ただ、『天使階級アンゲル・ヒエラルキア』の低階級に位置する天使(アンゲル)は、人の形を留められない」

 まて。今の言葉は酷く違和感がある。ナオはこう言った。

“人の形は留められない”

 それは、つまり。

「天使は、人、なのか」

 彼女は無感情に答える。

「少し違う。天使(アンゲル)は生物の進化した姿。ただ、急激な進化に耐えられないものは人の姿を留められずに、ロア……下位天使になる」

「君の心が無いのは、天使になったからなのかい?」

「知らない、でもそう聞いている」

 すっと、光の翼がかき消える。それと同時に、機械のような腕や、体を覆っていた黒い装甲も元に戻った。だが、反動で破けてしまったローブは再生しないようで、床に引き裂かれた布が散らばった。

「――って!?」

「?」

 目の前の少女は、なんというかとんでもない格好だった。

 まず、上半身は白っぽいキャミソール。ただし、背中から真っ二つに破けているのか、いまや肩にかかってるだけで、破れた布の端が背中から覗いている。

 下半身は可愛らしいプリーツスカートを身に着けていたようだが、所々がちぎれて、その隙間からパンツが見えていた。ちなみに色は暗くて判断できない。

「ちょっ、ナオ、服! 服!!」

「?」

 ナオは自分の姿をおかしいとも思ってないのか、千切れた服をまじまじと見つめる。

「だ、だから! 何とかならないのかそれ!」

「……元には戻せる」

「じゃあ、早く戻してくれ!」

「天使化を解いたらしばらく魔術は行使できない」

「な、なんだってー!」

 その時。


“コン、コン”

“きょーすけぇ? 何騒いでるの? 誰かいるの?”


 さーっと、血の気が引いていく。扉に鍵なぞ無い。今踏み込まれたら一体どう思われるだろうか。ナオはアテならない。なんせ今は単なる女の子だ。ならばどうする。

“きょーすけー? コラー、返事くらいしたらどうなのー?”

 扉の向こうから声が聞こえてくる。こうなったらもうナオを隠すしかない。

「スマン、ちょっとの間大人しくしてくれ!」

 俺はそう言いながらナオをベットに押し込むと、上から布団をかけた。元々体格が小さいからだろうが、あまり目立たない。

 そして、今にも飛び込んできそうなウィノアの待つ扉を開けた。

「ど、どうしたんだウィノア」

「ん? いや、何か話し声が聞こえてね。今の時間じゃみんな寝てるのにどうしたのかなって」

 ウィノアは眠たそうに眼をこすりながら言う。もしかしたらウィノアを起こしてしまったのかもしれない。

「ああ、起こしたか? ごめんごめん。ちょっと……眠れなくてね」

「大丈夫? もしかして……肋骨がまだ痛むの?」

 ウィノアは心配そうに俺の腹部をみた。

「あ、うん……そんなところ」

「眠れるまでそばにいようか?」

 ウィノアは本気で心配そうにそう言った。

「い、いやいや。子供じゃないしそんなことまで」

「ううん、この怪我は私のせいでもあるもの。そうさせて、ね?」

 ――まずい。非常にまずい。なんとかしなければ、このままでは踏み込まれてしまう。そうなればどうなるか予想もつかないし、したくない。

「ウィ、ウィノア」

「うん?」

「ウィノアの部屋に行かないか」

 この部屋に踏み込まれたら終わり、という俺の思考が導き出した先はトンデモナイ方向だった。空気が凍る。時間が止まる。息が出来ない。心臓の音しか聞こえない。何言っているんだ俺は……。

「え、え……あの、それって」

 ウィノアの顔は薄暗闇の中でもわかるほど真っ赤だ。多分俺もそうだと思う。

「いや、あ、なんでもない。おやすみ、ウィノア」

 急いで反転、扉を閉めようとする。計算したわけじゃないが、これで最悪の結果は免れる。そう思った。

が。腕を、がしっと、掴まれた。

まさか、バレたのか!? そう思って振り返ると、少し俯き加減のウィノアがいた。

「あ、ウィノア……違うんだ」

 急いで弁明する。しかし、ウィノアは首を振った。ヤバイ、これは本気でやばいんじゃないか。

「わ、私は別に……いいわよ」

「え」

 呆気にとられる。今何て言った。

「そ、その……私、そういうのよくわからないけど。恭介なら……。でも、少しだけだか――」

“くちゅん”

 ソレは実に可愛らしいくしゃみだった。

「……」

「……」

 俺の思考が導き出したトンデモナイ方向性を持った運命は、いきなりその方向性を逆に向けてきた。見事な逆ベクトル。寸分の狂いもない。

 先ほどまでのドキドキが、甘酸っぱいソレとしたら、今の俺の心臓を打っている鐘は間違いなく恐怖から来るソレだ。

「ねえ」

「はい」

「今の、ナニカナ?」

 ……ヤバイ。目が据わってる。この状況は、ヤバイ。ヤバイしかもう出てこない。脳がマヒしているのか。

「いや、僕には何も聞こえ――」

「嘘だッッ!!!!」

 ブワっと迫る殺気。その瞳に満ちているのは何なのか、今の俺に知る術はない。

 ただ言える事は、近くに大木かなんかあったなら、そこにいた鳥なんかはまとめて逃げ出すに違いない。

「私に何か隠し事してないかな、かな」

 顔は笑っているが目が笑っていない。女の子って怒らせたらここまで怖いものなのか。先日の『大天使アルヒ・アンゲロイ』もここまで怖くはなかった。

 ウィノアは腰の抜けかけている俺の横をすっと通ると、床に冷たい目線を向けた。

 そこには散り散りばらばらの布やらなんやらが転がっている。俺は思った。これが人生終了のお知らせか、と。

 ウィノアが少し盛り上がった布団に手をかける。そして、勢いよくはぎ取った。

 布団がどさりと俺の目の前に墜落する。腰が抜けた。続いて、ビリビリに破れたキャミソールが俺の頭に落ちてきた。ベットの上は、尻もちをついている俺には見えない。ただ、ウィノアが震えているのはここからでも容易に見えた。

「恭介……」

 声が震えている。顔はにこやかだ。ものすごくにこやかに笑っているが、俺の冷や汗は先ほどナオに遭遇したソレと比べても三割増しである。

「ねえ、ロリコン」

「いや、あの……」

 ウィノアの容赦ない暴言に俺はたじろいだ。

「こんなことする人って、普通じゃないよね」

「いや……俺がしたわけではなくだな……」

「ね?」

「はい……」

 俺は情けなく頷いた。

「恭介の……」

 ウィノアの腕が振りあがる。視界の隅っこで何かが起き上ったのが見えたが、俺の思考は既に死亡した。

 だって、迫ってくる平手がこんなにゆっくり見えているのにまるで避けられる気がしないんだもの。

 パァーーーーンッ!!

 ソレは乾いた音だった。何の音かは分からない。それより視界が霞む。これはどうしたことか。ぐわんぐわんと頭の中で何かなってる気がする。

 あれ、なんかふらふらするぞ。ああ、星だ、俺の頭の上に星が飛んでる……。

 あは、あははははははは……一つじゃないぞ二つ? 三つかな? あはは……



「もうっ!」

 信じられない。私にあんな事まで言わせておいて、何で布団にこんな……こんな!

 キッ、と、ベットの上の少女を見る。もしこれが幼女であったならおそらく恭介の首から上は無かっただろう。

「あなた、誰!?」

「……会うのは二回目」

 そこで、頭がさっと冷めた。薄暗いから余計にわかりづらかったが、逆にそれだけわかり辛い色も珍しい。そう、恭介ぐらいのものである。だが、黒髪はもう一人いる。

「|ナオ……! あなた、なんでこんなところに!」

「私は恭介の事を知りたかっただけ。とくに用事は無いけれど」

 その少女は淡々と答える。

「じゃあ、何でそんな格好なのよ」

「天使化を解いた。天使化をすれば衣服の大部分が破ける。……そろそろ魔術の行使が可能になった」

 ナオが何かをつぶやく。途端、床に散らばっていた布切れや、恭介の頭に乗ったキャミソールが彼女に吸い寄せられ、光になっていく。

「何が……」

 一瞬驚いたが、どうやら危害を加える魔法ではないようだった。集まった光の粒子が消え去った頃にはナオはいつも通りの黒いローブを身にまとっていた。

「そろそろ帰る」

 ナオは短くそれだけいうと、何かをつぶやき始める。おそらく、瞬間移動するつもりだろう。そんな魔術を私はしらないが、目の前で使われていては認めざるを得ない。

「待って!」

 魔術の詠唱を中断し、彼女は私の方を見る。

「恭介の事を知りたかったって、どうして?」

「私は、恭介を見たとき、彼を知っている気がしたの。それだけ」

 私には興味がない、とでも言う様に無表情にそれだけ呟くと、その場所からかき消える。完全に気配が消失した。

「……あっ、恭……」

 ハッとして恭介の方を見る。だが。

「……」

 時すでに遅し。最早そこにあったのは廃人である。

 鼻から血をどばどば出しながら、あははは、とか、ふふふふ、とか、星が、星が見えるぅぅぅ、などと小さく呻いている。

「ちょ、ちょっと! 恭介!? ねえ!」

「あははははははは……星だあ、星が頭の上を回ってるぅ……」

 恭介は焦点の合わない目で自分の頭上あたりを見つめている。

「ちょっと待っててね、恭介。今元に戻すから!」

 私はそういうとその場を少し離れた。



――翌日。

「おい、どうした恭介」と、アナベル。

「どうされたんですかその顔」と、ヴェナスさん。

「どうした……酷い顔だぞ」と、エリオさん。

「私が蹴り飛ばしてもそこまでは腫れそうにないわね」と、リリーナ。

「あらぁ……」と、ミスト。

その後に、あははは、兄ちゃん変な顔だー、と子供達のセリフが続く。

「むう」

 無論、気づいていないわけでない。朝起きたら痛かった。虫歯かと思ったら違う。もっと外的な要因には違いない。

「虫かなんかいたのかなあ」

「え」

 ウィノアが声をあげた。

「ん、どうしたんだ?」

「う、ううん、なんでもない、なんでもない……うん、努力はしたんだ、努力は」

ウィノアは明後日の方向を向いて何かをつぶやいているようだった。

「しかし……なんなんだろう」

「原因はわからんが、後でソフィアを連れてくるから、また怪我を見てもらえ。その腫れ方は普通じゃない」

 エリオさんが言う。隣でヴェナスさんが、そうですね、と言いながら頷いていた。

「ねえ、ウィノア」

 リリーナがウィノアに声をかける。

「う、うん、何?」

「何やったの?」

 リリーナがそう言った瞬間、ウィノアは一瞬、ビクッとした。

「何のことかしら……」

 リリーナはウィノアを見てにやにやと笑っている。いつもの仕返しだろうか。

「ウィノアは何か知ってるのか?」

 俺がそういうと、知るわけ無いでしょ馬鹿、と罵声が飛んできた。

 一体俺が何をしたというのか。昨日の夜は途中から記憶がほとんど無い。……そうだな、記憶にあるとすれば……

「――星を見た気がするな」



いつも読んでくださってる方ありがとうございます。

総合評価三ケタも見えてきた気がします。

さて、この回は……ネタかもしれない……。

でも、重要なんですよ、はい。


ひぐr……何ですか? よく聞こえませんでした。


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