第一章
私には家族同然の親友がいた。
親友は世界で一人しか存在しない魔法使いだ。
親友と出会ったのは私が12歳のとき、病院でのことだった。
これは隣国との戦争で劣勢になっていた状況を打開するために、一人の魔法使いが投入されたという噂を耳にしたところから始まる。
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「すごい…!」
魔法使いが投入されたと噂では聞いたが、これほど顕著に現れるとは思わなかった。
この病院には戦争での死傷者が運ばれてくるが、運ばれてくる数が格段に減っていた。
(これが噂の魔法使いの力なの。)
物心付く前からこの病院にはいるが、こんなことは初めてだった。
と驚いていると、看護師に声をかけられた。
「前までが嘘みたいに運ばれてくる人が少なくなったねぇ。
これも魔法使い様々ってところだね。
あんたは今回の功労者のところに行きな。
初めて戦場に出たんだ。身体はもとより、心の方もボロボロのはずだからさ。」
「そうだね。じゃあホールにいる人たちは任せたよ!」
私はそう言うとその看護師から魔法使いのいる病室の場所を聞き、そこに向かおうとした。
一人の軍人が私を呼び止めた。
「嬢ちゃん!今のあいつは…。
いやなんでもない。
あいつは俺らの大切な仲間なんだ。あいつのこと、よろしく頼む。」
その軍人が頭を下げると、他の軍人たちも頭を下げた。
「分かりました!それじゃあいってきます!」
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私は物心付く前から病院にいた。
看護師たちは幼い私をホールに近づけないようにしていた。
私に死傷者を見せないようにしていたのだそうだ。
しかし10歳の時、看護師の注意不足で私はホールに足を踏み入れてしまった。
その時見た光景は今でも鮮明に覚えている。
子どもながらに状況を理解した私は一番近くの負傷者のところで言った。
「お兄さんたちが軍人さん?いつも私達を守ってくれてありがと!」
それからは看護師の手伝いをしながら患者のヘルスケアをするようになった。
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「おじゃましま~す…って女の子?!」
魔法使いも軍人だと聞いていたので、私と歳がそう変わらない女の子だったことに驚いた。
「看護師…さん?」
魔法使いの問いかけに私は慌てて答える。
「看護師のお手伝いで来ました!ウィステリアって言います!」
「ナズナよ。来てもらって悪いんだけど、私は怪我してないから大丈夫よ。ホールにいる人達を助けてあげて。」
ナズナはそう言うと視線を窓の外に戻した。
少し声が冷たい感じがした。
一人でいるほうがいいのかもしれない。
そう思った私はそのままナズナの病室を後にした。
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その夜、ナズナのことが気になった私は寝る前に様子を見ることにした。
病室に着き、入り口からそ~っと中を覗くとナズナは寝ているようで布団の中で丸まっているのが膨らみから分かった。
やっぱり気の所為だったのか、と思いながら自室に戻ろうとしたとき―――
「…め……さい…」
小さな声が聞こえた。注意深く聞いていなければ聞き取れないような小さな声だった。
私は振り返るとナズナの病室に入っていく。
ベッドの近くに置いてある椅子に座る。
鼻をすする音がかすかにする。
落ち着かせようと掛け布団越しに手をおくとナズナは驚いたように起き上がる。
「すみません。もしかしてうるさかったですか?」
ずいぶん長く泣いていたのだろうか。目は充血していて、鼻のてっぺんは赤くなっていた。
「いえ、そういうわけでは。それより―――」
「花粉のせいなのか目が痒くて鼻水も出てきて」
私の声を遮るようにナズナは話す。
「もしよかったら話を―――」
「本当に大変なんですよ。昼はなんともなかったのに夜になって急に来たんですよ。」
まるで私の話を聞いていないようだった。
このまま声をかけてもダメだと思った私はナズナを抱き寄せた。
「…え…?」
突然の出来事に理解が追いつかない様子のナズナに私は言った。
「誰かに話すと気持ちが楽になりますよ。もしよかったら話を聞かせてくれませんか?」
そのまま少し待っているとナズナはゆっくりと話し始めた。
「守り…きれなかった…。
救い…きれなかった…。
約束したの…進軍の前日に。
みんなは私が守るんだって。
なのに全然守れなかった。
全然救えなかった!
なのに!
死んでいったみんなは私に言うの!
『ありがとう』って!
守れなかったのに!救えなかったのに!
なんで『ありがとう』なの!
ねえ、ウィステリア。
なんでみんなは私に感謝したの?
教えて、ウィステリア。
なんで私は感謝されたの?」
ナズナは私の肩に顔を埋めながら言った。
死んでいった人達に対する罪悪感、守れなかった自分に対する嫌悪感、死に際に感謝されたことに対する疑問。
ナズナの心の中は不安定だった。大丈夫ではなかった。
軍人たちにも以前からヘルスケアをしていたので、軍人たちの人柄を知っていた。
だから『ありがとう』と言った理由もすぐにわかった。
私は諭すように言った。
彼らの『ありがとう』の意味は―――
「一緒に戦ってくれて『ありがとう』。
守りに来てくれて『ありがとう』。
そして何より、
楽しい時間を『ありがとう』
と言いたかったんじゃないですか?」
それを聞くと、ナズナは言葉にならない声を上げた。
その声は次第に大きくなっていく。
ナズナは泣き叫んだ。夜だということを忘れて。