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ソロモンズ・リング  作者: 比呂
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第4話


 門浪素也は教室にある窓側最後尾の自分の席に座って、窓の外を眺めていた。

 一緒に登校した真理栖とは、職員室前で別れた。


『ちょっと転入手続きと挨拶をしていくので、先に教室へ行ってくださいー』


 と言われたので、返事もせずに教室へ向かったのだ。


 まるで同じクラスになることが決まっているような言い方だったが、どうなんだろう悪魔ならやりかねないか、と素也は考えていた。


 しかし、そもそも悪魔とは何だろうか。

 電柱を破壊出来ることが、すなわち悪魔であるという証明にはならない。


 彼女を単純に説明するならば、人間離れした怪力の女子生徒、とすることが適当だろう。

 ただ、素也には彼女の言っていることが嘘では無いように思えていた。


 その理由は、真理栖の底知れぬ瞳だった。

 あの瞳の存在感だけは、幾ら人間が頑張っても到達できない代物だと感じられる。


 彼が物思いに耽っていると、背後から声を掛けられた。


「おはよう、素也。何を悩んでるんだよ」

「ん、ああ、義経か」


 素也が考え事を止めて、挨拶するように手を上げた。


 その相手は、これといった特徴の無い同級生だった。

 群集に紛れたら決して見分けられない普通さが特徴といえば特徴かもしれない。


 名前にしても歴史上の人物というわけではなく、フルネームは臼井義経である。


 悪人面の所為で基本的に嫌われ者の素也ではあるが、義経が先輩の不良に絡まれているところを彼が助けたことで、付き合いが始まった。


 素也には普通に会話できる同級生が貴重だったし、義経にしては普通でない素也に興味があったので、二人が友人になるのにそう時間は掛からなかった。


 素也は昨夜からの出来事を言うべきか迷って、結局、話さないことにした。


「別に。何でもない」

「そうかぁ、案外、女のことじゃないのか? アリカちゃんが怒るぞ」


 悪戯好きの少年が笑うように、無邪気な顔で言う義経だった。

 それに心を解されたのか、素也はようやく肩の力を抜くことが出来た。


「そんなんじゃねぇよ。俺はアリカ一筋だ」

「……朝っぱらから惚気かい。まあいいけどね。それくらい愛されてるなら、僕も紹介した甲斐があるよ」

「ああ、それについては本当に感謝してる」


 真摯に応える素也だった。

 アリカの大切さは、本当に身に沁みていたのだ。


 照れ笑いを浮かべる義経だが、急に表情を変えた。


「そういえばさ、女子の転校生がうちのクラスに来るの知ってる?」

「……まあ、それなりには」

「え、マジで? もう会ったのかよ」

「ああ。朝、学校に行こうとしたところで会った」


 嘘ではないが正確な情報でもなかった。

 そして義経は、身を乗り出してきた。


「美人だった? 可愛い系?」

「あー、何ていうか、電波入ってる。ゴリラみたいに力が強い」


 素也が状況証拠を並べると、義経は人生が終わったかのように落胆した。


「うわー、そんなのありかよ」


 義経が頭を下げた目前には、素也の手が机の上に置かれていた。

 素也の右手に嵌められた指輪を見て、首を傾げる。


「……ん? 何してんのそれ。ファッションに目覚めた?」

「違う。面倒くさい事情があるからパス」

「何だよー。そんなこといわずに教えろよ。秘密にされると余計に聞きたくなるだろー」


 ここで説明しないのも面倒くさいことになりそうだったので、彼は簡潔に説明した。


「他人の指輪を指に嵌めたら抜けなくなった。それで困ってる」

「ふーん。それで朝も悩んでたのか。自分のじゃなかったら、壊すわけにもいかないしな。石鹸水様にでも頼めば?」


 そこでちょうど、チャイムが鳴った。

 SHRの時間がやってきたのだ。


 クラス中の生徒が自分の席に戻り、義経も席に戻る。


 すぐに教室の戸が開き、教師が入ってきた。

 その背後には、素也が見たことのある顔があった。


 ――――それも二つ。


 クラス担任の冬村行雄教諭は教壇に立ち、何事かとざわめく生徒たちを注意した。


「はい、静かに。静かにしろ」


 ざわめきが収まると、冬村教諭が横に並んだ二人の紹介を始めた。


「今日は転校生と、偶然にも同じ日に転入となったクラスの副担任を紹介する。安藤真理栖君と、三科恵瑠先生だ。先に先生の方から説明してもらう。ではどうぞ」


 教諭が促すと、脱色したような金髪でジャージを着た女――――三科恵瑠みかえるが一歩前に出た。


「あー、三科恵瑠という者だ。前の副担任だった石原先生は洗の……急な転勤だ。石原先生は体育の先生だったので、そのままあたしが担当することになった。以後、よろしく」


 冬村教諭が拍手をすることで生徒が追随し、クラスで拍手が沸き起こった。


 素也が、今の洗脳って言おうとしてなかったか、と考えていると、三科恵瑠と目が合った。

 人を弄ぶような目をしていた。


 彼が何も言えないでいると、今度は安藤真理栖の自己紹介が始まった。


「初めましてー、安藤真理栖です。色々とご迷惑をおかけすることもあるでしょうが、よろしくお願いしますー」


 愛らしい顔と柔和な雰囲気が特徴的な真理栖に、生徒たちが息を漏らした。


 彼女が頭を下げると、再び拍手が響いた。

 その中で、一番前の席に座っていた義経が振り返って素也を睨んだ。


 何だよ嘘つきやがって、と目で訴えているのがわかったが、素也としては嘘を言ったつもりは無いので、軽く肩を竦めてやった。


 それを、教壇に立っていた真理栖が気付き、にっこり笑って挨拶の言葉を続けた。


「えー、特に、一番後ろの席に座る門浪素也さんには、お世話したりお世話されたりすると思うので、覚悟しておいてくださいねー」


 その発言で、教室が一気に沸騰した。


 どよめく雑音に混じり、『門浪のやつ、もう手を出してんのか』という言葉や『うわー超可愛いのにもったいない』という嘆きの声が交わされていた。


 騒ぎの張本人である真理栖が澄ました顔をして手を振っているが、素也は知らない振りをした。


「…………」


 他人に誤解されることは慣れている素也にとって、多少の醜聞は痛くも痒くもない。

 こんなことなら日常茶飯事だった。


 後で義経に説明するのが面倒といえば面倒だったが。


 彼は、こういうとき、いつも心の中にアリカの姿を思い浮かべる。

 それだけで気持ちが落ち着いた。


 冬村教諭が騒ぐ生徒たちを静かにさせると、真理栖の席を指示した。

 それは皮肉にも、素也の隣だった。


 彼女が歩いてきて、どうもー、と言うのが聞こえた。

 しかし素也は無視した。


 真理栖が席に座ると、冬村教諭は出席を取り始める。

 いつも通りの連絡事項を伝えると、挨拶を済ませて職員室に帰っていった。


 三科恵瑠も素也を見てニヤニヤしていたが、冬村教諭について教室を出たのだった。


「……あぁ、面倒くさい」


 そう素也が呟いていると、案の定、義経が走り込んで来た。

 隣に転校生の真理栖がいるので小声で喋る。


「おい、嘘つくなって。転校生、すげー可愛いじゃんか。つーか、朝のあれ何? 知り合い?」


 素也は指輪を見せて言った。


「これの持ち主だよ」


 そう言うと、義経の背後から真理栖が顔を出していた。


「どうもー。持ち主ですいませんー」

「え、ああ、これはこれは」


 義経は顔を赤くして、その場から避けた。

 んん、と喉の調子を整えると、精一杯であろう笑顔で言った。


「初めまして、僕、臼井義経です」


 真理栖も笑顔で言う。


「気安く私に話しかけるな、この人間風情が。灰になって土に還されたいのか」

「え」


 義経は彼女の言葉を聞いて、固まった。

 何かがおかしい、と気付いた真理栖が横を向いて、天井を見上げ、ようやく正面の義経を見た。


「私の国の方言ですー。ごめんなさいー」


 色々と無理がある言い訳だった。


「ですよねー、あはははは」


 しかし義経は気付かない振りをした。

 その後、小声で素也に耳打ちした。


「……うん、確かに電波さんっぽいかも。でも、可愛いからオッケー」

「あー、そうかよ」


 素也は相手にしていなかった。

 筆箱から取り出したシャーペンの先で、指輪と皮膚の隙間を突いていた。


 どうやら、皮膚と指輪が癒着しているらしい。


「トイレ行ってくる」


 義経と真理栖が立ち話をしている隙に、彼は男子トイレに向かった。

 手洗い場で、石鹸水を大量に指輪の隙間へ流し込もうとした。


 どれだけ石鹸水を流しても指輪が動く気配すらなかったので、手を洗い流してから教室に戻った。


「トイレ長かったな。腹痛か?」

「違う」


 軽く愛想する義経をあしらい、自分の席に座った。

 すると教室に数学の教諭が入って来て、一時限目が始まったのだった。



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