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ソロモンズ・リング  作者: 比呂
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第17話


 古木粕子が息を呑む様子が、スピーカー越しに聞こえた。


 その隙を逃さず、素也は銃爪に添えた人差し指へ力を込める。


 推進火薬に火が点いた。

 背後にある砲身の終端から、激しい勢いで燃焼ガスが噴射される。


 砲身が跳ね上がるのを力で抑え込んだと思うと、弾頭が白い煙を引きながら飛んだ。


 その弾頭は、高速でゾイオンの頭上を通り過ぎる。


「は、外しちゃってんじゃないのよ――――」


 古木がゾイオンの操縦桿を操って、ビーム砲の引き金を引こうとした。


 直後、廃工場の天井が爆発した。

 屋根が吹き飛び、破片が舞い上がる。


 その中で、天井を支えていた鋼鉄製の鉄骨だけが、真っ二つになってゾイオンの頭上に落ちてきた。


 このまま行けば、鉄骨はゾイオンの頭部に直撃し、メインモニターを破壊しかねない。

 そして天井から降り注ぐ破片や埃は、各種センサー類を妨害し始めるだろう。


「こ、のぉ!」


 ゾイオンはビーム砲と盾を放り投げ、両手で鉄骨を受け止めた。


 ――――それが、素也の狙いだとも気付かずに。


「今だ!」


 素也が叫ぶと、工場に置かれている輪転機の傍へ隠れていた義経と咲枝が飛び出した。


 二人は即座に膝を立てて構えると、同時にトリガーを引いた。


 二発の弾頭は、吸い込まれるようにゾイオンの脚部膝裏へ直撃する。


 爆発と共に、ゾイオンの関節ロック機構が破壊された。

 アクチュエーターがちぎれ飛んで動作不良を起こし、何の意味も為さなくなった。


 すると、両膝が関節方向に折れ曲がる。

 爆発の勢いに負け、両手で支えている鉄骨の重量も加味され、ゾイオンは盛大に後方へ倒れた。


 激しい衝撃と荒れ狂う風圧が、工場内部を席巻した。

 顔を両腕で庇っていた素也は、風が収まってからようやく、階下を見下ろした。


「おーい、大丈夫か」


 そう叫ぶと、埃だらけで真っ白になった義経と咲枝が、どうにか手を振って返した。


 二人の無事を確認すると、素也は二階から飛び降りた。

 天井の破片を踏み潰しなら着地する。


 瓦礫に埋もれたゾイオンの機体に近づき、コクピットによじ登った。


「えっと、確か……」


 開閉ハッチの横にある操作パネルを開いた。

 その中には、数字キーと電子ディスプレイ、さらには赤いボタンがある。


 彼は緊急開放スイッチである赤いボタンを押した。それから、数字キーで暗証番号を押していく。

 オ・ヤ・シ・ミ・ナ・サ・イ。


「よし」


 エンターキーを押すと、エアロックが解除された。

 コクピットの開閉ハッチに、少しだけ隙間が生まれる。


 素也は隙間に指先を差し入れ、力任せにハッチを持ち上げた。


 その中には、戦闘機のようなコクピットがあった。

 内部は複座式で、機体操縦と火器管制を分担しているのだろう。


 しかし、複座式であるはずの座席には、気絶した美宙が一人しか存在しなかった。


「おい、遠嶋。生きてるか」

「……う、うぅん」


 美宙が薄く目を開き、僅かながら意識を取り戻したようだった。


 同級生が生きていたことに素也は安堵し、次に、古木が何処にいるのか探そうとした。


 誰もいない座席を確かめようと、彼がコクピット内部に身を乗り出したときだった。

 背後から声がして、振り返る。


「ははっ、油断しちゃわないでよ」


 ハッチの裏側に張り付いて隠れていた古木粕子が、勝ち誇った笑みを湛えていた。

 彼女の手には鋭い槍が構えられている。


 動くことが出来ない素也は、そのままの状態で口を開いた。


「……そんな場所によく隠れられたな」

「これでも苦労しちゃったのよ? 座席のベルトを外すのに手間取ったときは、どうなるかと思っちゃったわ」


 ふふん、と優位を確信するように笑う古木だった。

 素也は即座に槍で殺されないことを不審に思いながら言う。


「へぇ、そうかよ。なら次はどうするんだ? その槍で俺を殺しても、お前は三科恵瑠に送還されるぜ。俺が遠嶋から指輪を奪っても同じことだ。けど、俺は槍に狙われてるから動けない。……何がしたいんだ?」


 悪魔の顔で、素也が聞いた。

 彼女が目を細める。


「こうするのよ」


 槍が閃いた。

 素也の左肩に穂先が食い込み、肉を裂いて貫いた。


「――――く、うぁっ」


 激痛が走る。彼は思わず膝をついた。

 古木が満足した表情を浮かべる。


「殺しちゃったりしないわよ。ここで送還されるわけにはいかないもの。でも、私の手を煩わせた報いは、その身体で受けてもらっちゃうわ。……その後でゆっくり、指輪を貰うとするわね」

「……てめぇ」

「あら、いい顔しちゃって」


 槍の穂先が捻り込まれた

 。肉が巻き込まれるように寸断され、意識が飛んでしまいそうな痛みが襲ってくる。


「ぐあぁぁぁぁっ!」

「心配しなくてもいいわ。寂しくないように、お友達の指輪も貰ってあげちゃうから」

「ぐぅう……友達、か」


 素也は痛みの中で、思わず苦笑した。

 悪魔から見ても、義経や咲枝が友達に見えるらしいことがわかって、場違いな喜びが感じられたからだ。


 嫌われ者だった悪魔(じぶん)にも、友達が出来た。

 もう寂しくなくなった。


 腕がちぎれそうに痛むが、諦めるわけにはいかない。


 友達を守らなければいけない。

 テレビの中で活躍していた最初の友達は、決して最後まで諦めなかった。


「それなのに……俺が諦めてたまるかよっ!」


 素也は突っ込んだ。


 槍で左肩が串刺しにされたままだったので、それは深く食い込んだ。

 最終的には、古木が槍を持つその手元まで到達する。


「ぐぅ……よお、俺は報いを受けたぜ。次はてめぇの番だ、クソッたれ」

「ちっ」


 舌打ちをした古木が、槍から手を放した。

 間髪を入れずに背後へ逃れようとする。


 だが、それでも、素也の振り上げた拳よりは遅かった。


 彼の右手が、古木の身体を捉える。

 左肩が痛む所為で全力を出せなかったこともあり、威力の無い拳が届くことになった。


 素也が中指に嵌めていた指輪が、彼女に触れる。

 その刹那。


「あ、ぐっ」


 古木が金縛りにあったように身動きを止め、片膝をついて頭を垂れた。


 どこかで見たことがあるな、と素也が思えば、それは真理栖がやっていたような臣下の礼だった。

 まったく動こうとしない古木をよそに、素也は肩に刺さっている槍を引き抜いた。


「ぬぐぁ!」


 冷や汗が吹き出るような痛みを伴ったが、そのままにしておくわけにもいかなかったので我慢した。

 槍をその場に放り投げ、古木に聞いた。


「……何やってんだ?」

「ふん。『ソロモンの指輪』は天使や悪魔を従えることが出来ちゃうのは知ってるでしょ。不完全な指輪でも、直接触れさせると短時間だけ支配下に置けちゃうのよ。今なら私に何でもさせちゃうことが出来るわ。何なら裸にして土下座でもさせちゃえば?」


 彼女が不服な態度を表すように、横を向いた。

 それでも今の話は本当なのだろう。


 素也がやれと言えば、言う通りにするのは間違いない。

 彼は悪魔のような笑顔を浮かべた。


「ホントにクソみてぇな指輪だな、これ。いつか絶対に外してやる」

「え?」


 古木が何を言っているのかわからない顔をして、見上げる。

 不思議そうにする彼女に対し、素也は言った。


「面倒くせぇことは嫌いだ」

「面倒って……。指輪があれば、何でも出来るのよ? しないの?」

「うるせぇ。何でてめぇらの言う通りにしなきゃなんねぇんだよ。いいか? 俺は好きでこんなことやってんじゃねぇ」


 彼はそのまま、コクピットから出て行こうとする。


 意識を完全に取り戻しかけているが、身動きがとれていない美宙から指輪を奪うこともしない。

 古木に命令をすることもない。


 この男は学生にして欲望が枯れているのか、と古木が疑った。

 しかし、すぐにそれが間違いだと気付く。


 素也はコクピットから地面に飛び降りる寸前で、振り返って彼女を見た。


「ああ。言い忘れてたけど、そんな物騒な玩具を振り回すんじゃねぇぞ。もうこんな面倒事は勘弁だからな。二度と俺を巻き込むな」

「……はあ」


 曖昧に古木が返事をすると、彼はコクピットから飛び降りた。


 彼女が門浪素也に持った感想は、少年(ガキ)だった。


 天使と悪魔の闘争も、人間界の破滅が掛かったソロモン戦争も、まったくもって興味がない。

 ただ、聞いても本人は絶対に認めないであろうが、戯れることが好きなのだろう。


 事実、素也は小さな頃から、沢山の友達と遊んだことが無い。


 非常識で命の懸かったソロモン戦争ではあるが、こうして大人数で暴れ回ると言う遊びを初めて経験した彼の気持ちは、押して知るべしだろう。


 二度と巻き込まれたくなければ、指輪を奪ってしまえば事は済む。

 そうしないのは、何かを期待しているからだ。


 素也の気持ちは、傍目では非常にわかり難い。

 なぜなら、少年特有の見栄が邪魔をしているためだ。


 彼の最後の言葉を反対の意味で捉えれば、少しは理解の助けになるだろう。


『ああ、言い忘れてたけど、そんな面白そうな玩具なら、もっと振り回せ。もうこんな楽しいことは大歓迎だからな。次も俺を誘えよ』


 ようやく立ち上がることが出来るようになった古木は、頬を緩めて呟いた。


「これまた、とんでもなく捻くれちゃった男ね……」


 その言葉は廃工場に響くことも無く、静寂に掻き消されたのだった。



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