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ソロモンズ・リング  作者: 比呂
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第16話


 素也は呆然としていた。


 廃工場の壁面を突き破って現れた、その巨大な物体に目を奪われていたからだ。


 ようやく廃工場全体の揺れも収まり、舞い上がった埃も落ち着いてくる。


 巨大な物体は足を一歩踏み出して、工場の内側に侵入した。

 その姿は異様に過ぎ、現実感を打ち砕くようなものだ。


 だが、素也はその姿を目にしたことがあった。


 デュアルレンズのカメラアイが光る。

 頭部は兜のような形で、角のようなアンテナが付属していた。


 中世騎士のような装甲を身に纏い、背中には巨大なスラスターが装着されている。

 左手には細長い五角形の盾を持ち、右手にはライフル銃のようなビーム砲を装備していた。


 それは、人型の巨大ロボットだった。


 青と白のパターン塗装を施され、いかにもヒーロー然としていた。

 今なお子供心を捉えて放さないスーパーロボットである。


 さっきまで《たまるん》談義をしていた義経が、顎が外れんばかりの勢いで叫んだ。


「ゾ、ゾイオンじゃないか! うわー、すげー、1/1スケールのキットなんて売ってないから、やっぱりフルスクラッチだよなぁ。褒め言葉だけど、馬鹿だなぁ」

「おい、隠れるぞ」


 素也は走って義経のところに駆け寄り、襟首を掴んで強引に引き摺った。

 何が起こったか理解していない咲枝も無理矢理に同行させる。


 彼女が巨大ロボットを指差した。


「な、何なの一体?」

「咲枝は少し落ち着け。ちょっとでいいから静かにしてろ」

「いきなりそんなこと言われても」

「お前に怪我をさせたくないんだ」

「…………うん」


 咲枝が急に大人しくなった。


 素也としては好都合なのでそれ以上は何も言わず、一階に下りる階段の踊り場へ向かった。

 巨大ロボットが侵入してきた壁面からは、死角になって見えない場所だ。


 そこでようやく、義経の襟首を離した。


「ぐはっ、っげふぉ、……何すんだよ素也! 死ぬかと思ったじゃないか!」

「うるさい黙れ。それより、あれの詳しいスペックを教えろ」


 あまりにも真剣な素也の顔を見て、義経が首を傾げた。


「へ? 何でだよ」

「あんなもんが、夢を叶える以外の方法で実在すると思うか?」

「造ればあるんじゃないの?」

「そりゃ、動かないってことが前提なら造れるだろうな。けど、あれは動いて、壁を破壊したんだぞ」

「……つまり、他の悪魔がやってきたってことか」


 顔を青くした義経が、涙目になった。

 今までテレビ画面の中で活躍していたようなスーパーロボットが、自分の敵になったことに気付いたのだろう。


 指折り数えるようにして、巨大ロボットの説明を始めた。


「えっと、あれは装甲機士ゾイオンの主役ロボットだよ。武装は見ての通り、ビーム砲とシールド。後は肩に30ミリバルカン砲だね。バズーカ砲もあったはずだけど、今日は持ってきてないみたいだなぁ」

「そんなモンがあったら、この工場ごと吹き飛ばされてるだろうが」

「確かに。……でも、30ミリバルカン砲だけで、僕たちをミンチ肉にすることぐらい簡単だけどね」


 義経が遠い目をして言うのだった。

 戦力の差が歴然としていることがわかったので、現実逃避しているのかもしれない。


 素也は苛立たしげに口を開いた。


「そんなこと言ってたら、手で握り潰されても死ぬってんだよ」

「踏み潰されても駄目だろうなぁ」

「だから、悲観的になるんじゃねぇよ。……お前、あれに対抗できそうな武器とか持ってないか。戦車とか」

「無理だよ。僕が現実化できるのは銃器程度であって、兵器全般じゃないからね。個人携行できない武器は無理だよ。……あ、でも、対戦車ロケットくらいなら何とかできるよ」


 義経が制服のポケットを探り、ミニチュアのRPG‐7対戦車ロケットを取り出した。

 それは旧ソ連製の対戦車用ロケットで、頑丈、安価、使いやすい、の三拍子が揃っている個人携帯用火器だった。


 素人でも簡単に扱え、尚且つ戦車の装甲を貫通する破壊力を備えている。

 ただし、発射した人間の位置が暴露しやすく、狙い撃ちにされる危険もあった。


「これをゾイオンの関節部位に打ち込めば何とかなるかもしれないけど……問題があるね」

 

素也は眉を曲げながら、不機嫌そうに言った。


「何だよ」

「ゾイオンって、リアクターで動いてるんだ」

「リアクター?」

「核融合炉のことさ。間違ってコクピット内部とかに撃ち込んだら、核爆発が起きるかもしれないね」


 素也は痛くなった頭を押さえた。

 どうしてこう面倒なことばかり起こるのかと考えると、余計に頭痛が酷くなった。


 そのとき、ゾイオンの外部スピーカーから、素也の知っている声が聞こえてきた。


「えー、熱探知センサーであなたたちの隠れ場所は丸見えよ。一分以内に投降しなかったら、銃撃するからね」


 頭を抱える素也だった。

 この声は間違いなく、保健医の古木粕子教諭だ。


 そして、追い討ちをかけるようにもう一人の声が響く。


「おーい、門浪。私だ。遠嶋美宙だ。君のその指輪を外す方法がわかったのだ。出てきてくれれば外してやるぞ。そして願わくば、君の顔を研究させてもらいたいのだが」


 いつもと変わらない調子で美宙が言った。


 その穏やかさに、素也は呆れた。

 頭痛の種が、次から次へと芽を出してくるような運命を呪わずにはいられなかった。


「おい、どうするんだよ」


 義経が心配そうに聞いてきた。

 我に返った素也は、煩わしそうに答える。


「……どうするもこうするもねぇ。ここで投降したところで、殺されない保証は無いからな。とりあえず俺は、こっちに武器を向けて交渉する奴なんか信用しねぇよ」

「なら、投降するよりもいい方法があるんだよな?」

「おう。胴体が狙えねぇなら、お前はその対戦車ロケットで両膝の裏をぶち抜け。あれをぶち転がしたらこっちのもんだ。後は俺がコクピットから遠嶋を引き摺り出す」

「何かこっちが悪役みたいだなぁ。そうだね……」


 顎に手をやった義経が、何事か呟きながら考えを纏めている。

 次に義経が顔を上げたときには、彼の目に意気が宿っていた。


「大丈夫だ、やれるよ。一人でRPG‐7を二発撃つのは無理だから、これは新堂さんに手伝ってもらおうと思うけど?」


 話を振られた咲枝が、曖昧ながら頷く。


「え、うん。それはいいけど、私そのRPG‐7とかの撃ち方知らないわよ」

「平気だって。誰でも撃てるくらい簡単だから」


 義経が低強度紛争の原因の一つを口走りつつ、素也を見た。


「ゾイオンのコクピットを強制的に開く装置が、コクピットの右側にあると思うから、それを使えば楽に行けるよ」

「よくそんな都合の良いものがあるんだな……」

「ゾイオンは兵器だからね。もし仮にパイロットが重傷でコクピットを開けないとき、強制的に外から開けられる手段が必要だろ。本編でもそういう場面があったからね。装甲機士ゾイオン第十一話『さらばゾイオン』で、コクピット強制開放の場面があったから覚えてるんだ。赤いボタンを押した後で、暗証番号を押せばいいよ」

「暗証番号だと?」


 素也は不安そうに聞き返すと、義経が軽く笑った。


「簡単だよ。0843731(オヤスミナサイ)って覚えればいいんだから。放映後には、オヤシミナサイ、って言葉がネットで流行ったんだぜ」

「……わかった。別に後半の情報はどうでもいいけどな」


 頷いた素也は、オヤシミナサイ、と言葉を繰り返しながら、階段に足をかけた。


「よし。俺が囮になるから、その隙にゾイオンの背後へ回り込め」

「それはいいけど、熱探知センサーはどうするんだ? 居場所がばれたら銃撃されると思うんだけど」

「人型でセンサーっていうくらいだから、頭にあるだろ。そっちは俺で何とかするから、そのRPG‐7を一個くれ」

「……五分しか持たないぞ。それと、背中に壁は背負うなよ。後方噴射(バックブラスト)の熱風が反射して火傷するからな」


 義経がポケットから取り出していた玩具を、強く握り締めた。

 それは見る間に大きくなり、一メートル弱の太い棒状に変化した。


 その先端には、胴回りが膨れた成形炸薬弾頭が嵌め込まれていた。


 素也は重量約10キロのRPG‐7を片手で受け取る。


 悪魔になっているからなのかどうかは知らないが、棒切れを持ったときのように軽かった。

 筋力が上昇してるのだと推測する。


「ふぅん、これが爆発すんのか」

「そうだよ。至近で爆発したら普通に死ねるから、気をつけてくれよ?」

「わかった。……もし失敗したら、二人とも別々の方向に走って逃げろよ」

「言われなくてもそうする」


 義経が乾いた笑いを浮かべながら言った。

 咲枝が、何かを覚悟した表情で頷いた。


「よし、行くぜ」


 不敵に笑った素也は、階段を駆け上った。

 それと同時に、義経と咲枝が身を隠しながら階段を下りる。


「それじゃ、返答がないから撃っちゃうわね」


 外部スピーカーから、剣呑な古木の声がした。

 続けて美宙も告げてくる。


「ふむ、仕方ないな」


 ゾイオンの両肩に装備されている30ミリバルカン砲が、文字通りに火を噴いた。


 鼓膜を破りそうな騒音が生まれるのと、階段が木っ端微塵になるのは同時だった。

 様々な破片が霰のように弾け飛び、そのうちの幾つかが降り注いでくる。


「この野郎……」


 強い怒りが素也の心を覆った。

 恐らくは美宙のことだから、熱探知センサーで誰もいなくなったことを確認してから銃撃したのだろう。


 流石に同級生を簡単に撃ち殺すほど、彼女の性格が歪んでいるとは思えなかった。


 だが美宙は、素也の友達に銃口を向けるという意味をわかっていない。


 それは一番、彼の心を波立たせるのだ。

 二階に位置する窓際の廊下に出た素也は、RPG‐7を背負ったまま叫んだ。


「出てきてやったぞコラぁ! いつまでも好き勝手に撃ってんじゃねぇ!」


 すると射撃が止み、肩の銃口から蒸気が漂っているゾイオンがこちらを向いた。

 外部スピーカーから古木の声がする。


「あら? 一人だけ投降しちゃうつもり? それにしては、物騒な物を持ってるじゃないの。それと、お友達の二人は死ぬつもりなのかしら」

「いや、古木先生。私は別に、殺す気までは無いのだが」


 美宙が反論した。

 どうやら心情的には素也の予想と合致しているようだ。


 しかしそこで、思いがけないことが起こった。


「いいから黙っちゃいなさいよ。お前は夢を叶えて武器を出すだけでいいの。殺すのは私がやってあげる。そうすれば人間の夢を叶えた結果で殺したことになるから、直接悪魔が手を出したことにはならないでしょ?」

「殺す、だと……。それでは約束が違うではないか! 門浪が死んでは研究ができないのだ!」

「……だから何? お前の夢は叶えてあげたじゃない。装甲機士ゾイオンを操縦しちゃう代わりに、ソロモン戦争へ協力するはずでしょう? ソロモンの指輪を外す方法まで教えてあげたのに、約束が違うとは失礼しちゃうわ」

「しかし!」


 古木は大げさに溜息をついた。

 そして、腹の底から出てくるような悪意に満ちた口調で言う。


「はぁ……、お前、悪魔との誓約を舐めちゃわないでよ? 何で私が、お前の言いなりになると思ってるの。約束というのは、対等の相手としちゃうものよ?」


 くくくっ、と小さな笑い声が外部スピーカーから洩れた。

 遠嶋が怒りを押し殺しながら、呟くのがわかった。


「そうか。……では是非もない。同級生をこの手で殺すくらいなら――――」

「それも駄目。自殺なんかさせちゃうわけないでしょ」

「くぁっ……」


 外部スピーカーは、人が呻くような雑音を伝えた。

 古木が何をしたかは不明だが、美宙が意識を失ったことは簡単に予想できる。


 そして動きを止めていた装甲機士ゾイオンが巨体を蠢かせ、ビーム砲を構えた。

 照準は素也に狙いを定めている。


「……あら、そんなもので対抗できると思っちゃってるのかしら」

「うるっせぇ。てめぇこそ黙りやがれクソが。人間舐めてんじゃねぇぞ」


 素也は古木と美宙が仲間割れをしている間に、RPG‐7の発射準備を済ませていた。


 畝海が二階の壁面に開けた大穴を背後にして、片膝を床に立てている。

 肩に担ぐように背負った砲身は、鉄製照準機に従い敵を狙っていた。


 彼は言う。


「――――まあ、俺は悪魔らしいけどな」


 それは、壮絶な笑顔だった。


 目は吊り上り、この世のものとは思えない残酷さが浮き出ていた。

 顔中の筋肉が突っ張って皺を形成し、極上の悪意を感じさせる。


 三日月のように歪んだ口元は、愉悦と嗜虐を同時に思い知らせていた。


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