大賢者、入学する(二回目)
「うわ~い、ついにこの日がやってきたぞい!!」
入学試験から早数か月、待ちに待ったバビロニア魔法学校の入学式を迎えた。
ジョセフ氏に第五階位魔法を使えと指示され言われた通りに使ったら、めちゃんこ驚かれた時は「わし、やってしまった?」とビビッてしまったが、無事合格を言い渡された時は心底胸を撫でおろしたわい。
異神の呪いによって死ぬ時よりも冷や汗が出ちゃったもんじゃ。
「ふふ、結構イカしてるのぉ~わし」
鏡に映る自分を見つめながら、つい気持ち悪い笑みを零してしまう。
わしは今、真新しい学生服に身を包んでおった。これは入学式の少し前に、学校から支給されたものじゃ
学生服を見た時は驚いたわい。
だって学生服が、漫画とかに出てくる制服と似たような服だったんじゃもん。
そりゃ~テンションもアゲアゲじゃて。
わしの頃は、地味~なローブに身を包むだけじゃったからの。こんな立派な学生服はなかったんじゃ。
「荷物は事前に学生寮に届けてあるし、後は学校に行くだけじゃの」
わしは最後に身だしなみをチェックし、我が母校であるバビロニア魔法学校へ向かったのじゃった。
◇◆◇
「えっ嘘、ここが本当にバビロニアなのかの?」
ウキウキ気分で学校を訪れたわしは、随分と様変わりした母校に呆然としていた。
わしが学生だった頃は、もっとボロっちぃ校舎じゃった。気をつけないと床が抜けてしまう箇所もある、おんぼろな校舎じゃった筈じゃ。
なのに、眼前には豪奢で立派な校舎が聳え立っておる。
いったいどうなっておるんじゃ?
新しく改築したのかの?
驚いたのはそれだけではない。
(うひょ~~!! めんこくない!? 女学生達、めっちゃめんこくない!? スカート履いておるじゃん!!)
わしは周りにいる初々しい学生を目にして、心の中で叫び声をあげてしまう。
テンションが上がってしまうのも無理ないじゃろ。周りにいる女学生は、漫画に出てくるような可愛らしい学生服を着ておるんじゃ。
わしがいた頃の女学生は、三つ編みの髪型がデフォルトな地味~な格好じゃったし、芋っぽい女の子ばかりじゃった。
しかし今の女学生は、ひらひらとしたスカートを履いており、髪型は派手じゃし、なんかこうキャピキャピしておるというか、華やかな印象がある。
まさに漫画に出てくるJKみたいじゃった。
漫画の世界でしか見られなかったJKを目にして、胸が高鳴ってしまう。
ああ……わし、もう死んでもええかも。
「ねぇ、なんかキモくない?」
「ちょっとヤバいよね、関わらないようにしよ」
嬉しさのあまり挙動不審な行動を取っていたら、周りにいた生徒達にドン引かれ、イタい目で見られてしまっておる。
やっべ……気をつけないとあかんの。
わしとした事が、学生服姿だけで満足してもうた。このままではわしの青春が始まる前から終わってしまうて。
わしの目的はあくまでも青春なんじゃ。始まる前から変人扱いされたら青春なんてできん。
わしは「ごほん」と一つ咳払いをして、緩んだ心の紐をきつく縛る。
「それにしても綺麗なもんじゃな~。庭の手入れも行き届いておる。って、あの集団はなんじゃ?」
新しい校舎を見渡して感心しておったら、眼前に学生が一塊になっておった。気になって近づいてみると、どうやらドデカい銅像の前で手を合わしておる。
「このお方が大賢者アルバート・ウェザリオ様なのね」
「知的でご立派だわぁ~」
「僕も大賢者様のように立派な魔法使いになりたいな」
「えっ、これわしなの!?」
周りにいる学生の話を聞いたわしは、仰天してしまう。
どうやらこの銅像はわしらしい。なんで学校はこんなもん造ってしまうんじゃ。
しかもちょっと造形が美化されておるし……。
うわぁ~、自分の銅像を見るとか嫌じゃなぁ。恥ずかしいんじゃけど。
「「…………」」
「あっ……え~っとぉ~」
自分の銅像を見て気分が萎えておったら、学生達に「なんだこいつ……」と白い目で見られてしまう。
あっかん……変に目立ってしもうた。これはマズいぞい。
「あ、あはは……わしも大賢者様みたいになりたいな~なんて」
誤魔化しながら、わしはそそくさとその場から退散する。
あかん……目立たないように気をつかんと。このままじゃわしの“普通の学生”のイメージがパーになってしまう。
「講堂で入学式を始める。新入生はそのまま講堂に向かうように」
なるべく目立たず行動していたら、教師らしき男性が学生を案内しておった。学生達は指示に従い、列を作って講堂へ向かう。
わしも列に入り、学生と共に講堂に行く。講堂の中は凄く広く、席も沢山あった。
あれじゃ、音楽の漫画に出てくるようなコンサートホールみたいな感じじゃの。ただの講堂だというのに、やけに立派なもんじゃのぉ。
中に入った者から順番に席に座るようで、わしは後ろ側の席に座った。
それから入学式が始まるまで待っておると、時が来たのか入学式が始まった。
「あっ、カミラ様よ」
「若くして学校長に就任されたカミラ様……なんてお美しい」
「あの若さで“五賢”に入っているんだもんなぁ。マジで凄ぇよ」
(なんか騒がしいの……それほど偉い人なのか?)
一人の女性がステージに上がると、学生達が目の色を変えて騒つく。
気になったわしは、右隣にいた女子生徒に恐る恐る尋ねてみた。
「ちょっと聞きたいんじゃが、あの女性って誰なのかの?」
「……あなた、そんなことも知らないでよく入学できたわね。最近の新入生はレベルが低いって耳にしたけど、その通りみたいね」
「お、おう……無知ですまんの(ひぇ~、女子こわ~い)」
初の女子との会話とあって結構ドキドキしながら声をかけたんじゃが、めっちゃ冷たい態度で接してきおった。しかもそれだけ言って黙ってしまうし。
やっべ……ガチで凹んでしまう。女の子ってこんなに恐かったっけ?
「なにお前、カミラ様のこと知りたいの? 俺が教えてやろうか」
「おお、ありがたい。よろしく頼む」
凹んでおったら、左隣にいる人懐っこそうな男子に声をかけられる。
ありがとう……お主のお蔭でわし、ちょっと救われたぞ。
「カミラ様はバビロニア魔法学校歴代校長の中でも、最年少で校長に就任した凄い人なんだぜ。それになんといってもお美しい!」
「ほ~、それは確かに凄いの」
美しいって関係ある?
まぁ綺麗な女性ではあるが……わしのタイプじゃないの。
「それだけでも凄ぇんだけど、カミラ様はさらに五賢の一人なんだよ」
「五賢って……なんじゃ?」
学生達も五賢がどうたら口にしておるが、わしはそもそも五賢という言葉を知らん。
じゃからそれを聞いたら、男子は目を見開いて驚いてしまう。
「なんだお前、これから魔法を学ぼうってのに五賢も知らね~の?」
「お、おう……無知ですまんの(知らない事が多くて自分が大賢者って呼ばれておったのがとても恥ずかしいんじゃが)」
「五賢ってのは、この国にいる五人の大魔法使い、賢者の地位を与えられた人達のことなんだよ。その五人の賢者の一人がカミラ様なんだ」
ほへ~、この国にそんな地位があったとはの。
わし、初めて知ったんじゃが。
「ステージの奥に校章が描かれている垂れ幕があるだろ?」
「おお、あるの」
男子が言うように、ステージの奥には五芒星が描かれておる垂れ幕が掛けられておる。
あれ、でも変じゃの。五芒星の中心に小さな五芒星があるぞ。
「あの校章の意味は、五芒星の先っぽは五人の賢者を意味していて、中心にある小さな五芒星が賢者よりも凄い大賢者、アルバート・ウェザリオ様を表しているんだ」
「そ、そうなの?」
男子の話を聞いて驚いてしまう。
あの校章にそんな意味があったとは。庭にあった目立つ銅像といい、あの校章といい、この学校わしのことアゲ過ぎじゃない?
わし、そんな人に敬われるような人間じゃないんじゃが。
「大体こんな感じだけど、これでいいか?」
「ああ、十分じゃ。親切にありがとの」
「俺はレオンっていうんだ。よろしくな」
男子――レオンが改めて挨拶してくるので、わしも名を告げる。
「わしはアルじゃ。よろしくの」
「わし? じゃ?」
あっ、いっけね! つい爺言葉を使おうてしもうた。
わしは学校に入学するにあたって、“普通の学生”になろうと思っておる。
じゃから、喋り方も若者が使うような普通にしなければならん。
爺言葉を使う学生なんて変じゃからの。
気を付けなければいかん。
「お、俺な。俺だよ俺。俺、アル、よるしくぅ!」
なんかカタコトになってしもうた。
う~ん、普通に喋るのって難しいの。まぁ、慣れればなんとかなるじゃろ。
「はは、アルって面白いんだな」
「新入生の皆さん、ご静粛に」
レオンに面白い奴認定されていると、ステージの横にいる教師が講堂全体に響くような声で喋る。
面白い、魔力で声量を上げておるんか。
騒がしかった学生は一斉に口を閉じると、講堂が静寂に包まれる。
そんな中、ステージに立つカミラ氏が静かに口を開いた。
「これより、バビロニア魔法学校入学式を始める」