大賢者、受験する
「さて、学校に入学するための準備をしようかの」
ストームウルフのウィンと別れた後、わしは自分の家がある魔法国家マジカヨに戻ってきていた。
わしが産まれた魔法国家マジカヨは、簡単に言えば魔法使いのための国じゃ。
遠い昔の時代に、魔法使い達が「魔法使いだけの国を作っちゃおうぜ!」といった軽いノリで作ってしまった国。
一応王様はいるが、ぶっちゃけそんなに偉くはない。国の纏め役として王様を立てたが、形としてある感じじゃな。貴族制度とかも無いしの。
「まずはどこの学校に入学するか決めようかのぉ」
マジカヨには、四つの魔法学校が存在しておる。
・バビロニア魔法学校
・メカルタ魔具学校。
・レディーネ魔女学校。
・ウルスラ魔闘学校。
この四つの魔法学校には、それぞれ特徴があるんじゃ。
バビロニア魔法学校はごく一般的な魔法を学ぶための学校。
メカルタ魔具学校は魔道具を研究したり作成を学ぶ学校。
レディーネ魔女学校は女性限定の魔法学校。
ウルスラ魔闘学校は、魔法を応用した剣術や武術を学ぶ武闘派の学校。
簡単に説明するとこんな感じじゃな。学校に入学するとしたら、この四つから選らばなければならん。
「しかし、メカルタとウルスラは絶対行きたくないのぉ」
即座に二つの候補を排除する。
理由としては、メカルタは引き籠りで根暗な者ばっかおるからじゃ。いわゆる陰キャラというやつじゃの。
魔法に人生を費やした魔法馬鹿のわしと同じで、メカルタにいる者は魔道具の研究に全てを捧げる変態共じゃ。
メカルタでわしが望む青春ができるとは考えられん。だからナシじゃな。
そんでウルスラはむさ苦しい脳筋の男ばっかだから嫌じゃ。
女性もおるっちゃおるが、極僅かだしの。そんな所に入ってもアー! な展開しか起きんじゃろ。そんなんごめん被るわい。
ウルスラを卒業すると魔法軍にそのまま入れるので、戦いが好きな者や愛国心がある者はウルスラに入学するが、わしは魔法軍とかどうでもええ。よってナシじゃ。
「個人的にはレディーネに入りたいんだがのぉ」
女性しか入れないレディーネに入れば、自動的にわしはハーレムを作れるって寸法じゃ。
漫画では女性限定の学校に、主人公が特別な理由で入学してモテモテになるハーレム物も結構あるんじゃが、流石に現実では門前払いじゃろ~な。
凄く惜しいが、これもナシじゃ。
「となると、やはりバビロニアかの」
バビロニアはわしも通っておった学校じゃ。
普通に女の子もおるし、変態や脳筋もおらん極普通な学校。当時は魔法にしか興味がなくて異性との交流なんて皆無じゃったが、今度こそ青春を謳歌してやるわい。
「よし、バビロニアに決定じゃ! そうと決まったらバビロニアの入学試験日を調べようかの」
通う学校を古巣のバビロニア魔法学校に決めたわしは、早速準備に取り掛かる。
数日かけて情報を集め、試験日はいつか、試験会場はどこかなどを外に出て調べていく。
調べている中で、驚くことがあった。
「ふぁ!? 来年度に入学する為の試験日が今日までじゃと!?」
「そうだよ、知らなかったの?(この子変な語尾使うな……)」
「わしとした事が……迂闊じゃった」
わしは調べた情報を頼りにバビロニアの試験会場に訪れていた。
そんで試験日程を受け付けに尋ねたら、なんと来年度に入学するための試験日は今日までじゃったらしい。
もう少し猶予があると思っておったが、なんと今日までじゃったとはの。
でも今日までということは、ギリギリ試験に受けられるってことじゃよな。
ふぅ~、あぶないあぶない。
ラッキーじゃったな、わしって意外とモってるのかの。
「じゃあ、試験を受けさせてくれんかの」
「悪いがそれはできない。試験の受け付けはもう終わっているんだ」
「ほえ!?」
受け付けの係の話に驚愕してしまう。
そんなまさか……受け付けがもう終わっているじゃと……。
ということは、また来年まで一年間待たなくちゃならんのか?
そ、そんなん嫌じゃ! わしはすぐにでも青春が送りたいんじゃ!!
「お願いじゃ、わしに試験を受けさせてほしいんじゃ」
「規則だからね。また来年挑戦しなさい」
「そ、そこをなんとかならんかの~!」
「ダメったらダメ。あんまりしつこいと摘まみ出すよ」
「ぐぬぬぅ~」
なんとか食い下がろうとするも、受け付けの人は頑なに首を振ってしまう。
とほほ……折角若返ったのに学校に行けないなんて、こんなんあんまりじゃよ。
「騒がしいな、何かあったのかね?」
「ジョセフ先生、試験官のお勤めご苦労様です」
ショックのあまりその場に座り込んでおったら、誰かに声をかけられる。
そちらに顔を向けると、魔法使いのローブに身を包んだ陰気な男がおった。
(こやつ……そこそこデキるの)
この男、目付きは悪いしおっかない顔立ちをしておるが、魔法使いとしての腕前は相当あるじゃろう。
わし程にもなると、一目見ただけで大体の力量がわかってしまうんじゃよな。
「それで、何があったのかね?」
「この子が試験を受けに来たのですが、もう受け付けは終わっていると言っても諦めてくれないんですよね」
「ほう? 試験を受けに……」
男は恐~い目つきでジロリとわしを一瞥すると、「ふむ」と零して、
「君、名は?」
「わしか? わしの名はアルバ~……」
自分の名を言いかけて、わしは口を一度閉じる。
そして、もう一度しっかり胸を張って名乗った。
「わしはアル。魔法使いのアルじゃ」
若返ったわしは、自分がアルバート・ウェザリオということを隠そうと決めておった。
その理由は、アルバートが若返ったと言っても信じてもらえんと思うし、仮に信じてもらったとしても大騒ぎになり、普通の学校生活を送れんだろうと思ってのことじゃった。
わしは普通の青春を送りたいだけなんじゃ。変に目立つつもりはない。
じゃから、ただの魔法使いのアルとして入学したいんじゃ。
わしの名を聞いた男は、一拍置いて口を開いた。
「いいだろう。試験を受けさせてやる」
「マジ!? ええの!?」
「ちょ、ジョセフ先生、いいんですか!?」
「うむ。他の受験生の試験はもう終わった。後は帰るだけだったが、特別に我が見てやる」
「おお! なんと懐が大きいんじゃ! ジョセフ先生っていったかの、礼を言わせてもらうぞ。ありがとの」
男――ジョセフ氏の寛大な処置に、わしは泣いて縋る気持ちでお礼を告げる。
いや~、首の皮一枚繋がったわい。わしってやっぱり運があるのぉ。
「まぁ、ジョセフ先生がそう言うなら……」
「その変わり、普通の受験生より厳しく採点させてもらうが、それでもいいかね?」
「勿論じゃ。わしに任せよ」
「ならばよろしい。我についてこい」
それからわしは、ジョセフ氏に付き従い筆記試験と実技試験を行うことになった。
筆記試験のほうは簡単過ぎてあっという間に終わってしまったから、割愛させてもらおうかの。
今の試験はあんな簡単なんじゃな。わしの時代はもっと難しかった気がするんじゃが。
筆記試験の後、わしとジョセフ氏、それと何故かついてきた受け付け係は実技試験を行うために魔法の演習場にやってきた。
「ほんで、実技は何をすればええんかの?」
「あの的に向かって、君が自信のある攻撃魔法を放ってくる」
「ふむ、攻撃魔法か」
ジョセフ氏は演習場の端にある、人型の模型を指して指示してくる。
あの的に攻撃魔法を放てばいいんじゃな。
しかし、“どれくらい”の魔法を使えばええんじゃろ。気になったわしは、ジョセフ氏に問いかける。
「少し聞きたいのじゃが、どんくらいの階位を使えば合格ラインなんじゃ?」
その質問を聞いたのには理由がある。
というのも、わしは“普通”の生徒として学校生活を送りたいのじゃ。変に強い魔法を使って、目立ちたくないんじゃよな。
えっ? 何故力を隠して普通がいいのかって?
そんなん決まっておるじゃないか。
(モテたいからじゃ!!)
わしは漫画に教えられたんじゃ。
学園物の漫画の主人公たちは、ほとんどが“普通”の人間っていうことをの!
顔も普通。頭脳も運動も普通。強さも普通。
なのに何故かモテる!! 普通なのにモテる!!
常識的に考えればイケメンだったり強い者がモテるはずなんじゃが、漫画の場合は平均的な普通の主人公がモテておるんじゃ。
全くもって意味わからんが、普通のほうがモテるらしい。
漫画から重要な学びを得たわしは、今回は“普通”の学生を目指そうと心に決めたんじゃ。
だってそっちの方がモテるし……。
わしの質問に、ジョセフ氏は「そうだな……」と少し考えた後、こう告げてくる。
「第五階位魔法ぐらいだな」
「ちょ!? ジョセフ先生、受験生が第五階位魔法なんて使える訳ないじゃないですか(小声)」
「それは分かってる。少し気になることがあるので、君は静かにしてくれるか」
「わ、わかりました……(ジョセフ先生、受からせる気ないな。あの子も気の毒に)」
なにやらジョセフ氏と受け付け係が小声で話しておるが、なんかあったんじゃろうか。
まぁええか、それで受かるというならやるまでのことじゃ。
わしは的に向けて右手を掲げ、魔法を発動した。
「第五階位魔法・火精の戯れ」
手の先に魔法陣が現れると、魔法陣から幾つもの火炎の閃光が放たれ、鞭のような動きをしながら的に着弾する。
すると、ばこ~んと爆音を立てて的が木端微塵に吹き飛んだ。
「まぁこんなもんかの。わしの魔法、どうだったかの――」
「「――ッ!?」」
ジョセフ氏が申した通りに魔法を使ったわしは、どうじゃと言わんばかりに身体を向けると、ジョセフ氏と受け付け係は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしておった。
な、なんじゃその反応……もしかしてわし……。
「なんかやらかしちゃったのかの……?」
◇◆◇
「あのアルって子、合格させたんですか?」
「ああ。我の判断で合格させた」
「まぁそうですよね~、第五階位魔法なんて強力な魔法を現時点で使えるんですから。魔法学校に入って基礎を学べば、もっと成長しますよ」
「そう……だな」
我はジョセフ、バビロニア魔法学校の教師である。
本日は本校を受験する受験生の試験を手伝いにきていた。本来は我の役目ではないのだが、今日が試験最終日ということで駆り出されたのだ。
だが今年の受験生は期待外れで、とても退屈な時間だった。
試験が終わり帰宅しようとしていたところ、受け付け係と少年がなにやら揉めている様子だったので、声をかける。
どうやら少年は試験に受けにきたのだが、受け付けが終わったにも関わらず食い下がっていたらしい。
そこで我は、少年に名を聞いた。
『わしはアル。魔法使いのアルじゃ』
少年――アルは、一見普通の少年だ。
いや、話し方は変だったな……。何故か歳よりの言葉を使っていた。
普通に見えるが、彼の瞳は力強く、それでいて“深さ”を秘めていた。
その深さが気になった我は、特別にアルを受験させることにする。
筆記試験を終え、実技試験を行う時。
アルは突然どのくらいの魔法を使えば合格するか聞いてくる。そんなことを聞いてきた受験生は今までにおらず、面白い奴だなと我は試してみることにした。
第五階位は中級上位の魔法だ。
二年生になったら使える生徒もいるが、学校で学んでいない受験生では相当優秀ではないと不可能。
なのに、アルはいとも簡単に第五階位魔法を使ってしまった。
その上、魔法を発動するにあたって寸分の狂いもなくお手本のような操作であった。
まるで、熟練の魔法使いがするような……。
それを見た時は、流石の我でも驚いてしまった。
それと同時に、久方ぶりに胸が高鳴ってしまう。
この少年が魔法学校で魔法を学んだら、どれほどの魔法使いになるのだろうかと。
柄にもなく、そんなことを思ってしまったのだ。
「そういえば、筆記試験の方はどうだったんです?」
受け付け係に尋ねられた我は、アルが書いた回答用紙を持ちながら答える。
「満点に近かったよ」
「へぇ~! 座学も良いんですか! 将来有望ですね」
「……そうだな」
我は回答用紙の最後の欄を見つめる。
最後の問題は、『アルバート・ウェザリオをどう思っているか?』という内容。
その問題に対し、アルはこう書き記していた。
「“ただの爺”……か。ふっ、面白い奴だ」
「えっ、なにか言いました?」
「いや、なんでもない」
どうやら来年度の学校は、退屈せずに済みそうだ。