大賢者、名付ける
「ギャオオオッ!!」
「なんと、まさか相手をするのがエンペラードラゴンじゃとはの。これは骨が折れるわい」
バオウの首を獲りに来たモンスターは、空王竜じゃった。
エンペラードラゴンは空の覇者と呼ばれ、陸の覇者であるストームウルフとはライバル関係にあたる
外見は一般的なドラゴンと体躯が大きい以外そこまで変わらんが、特徴的なのは首が三つあることじゃな。
三つの首にはそれぞれに意志があり、変則的な攻撃を仕掛けてくるのじゃ。
厄介なのは、毒を吐いたり火を吹いたり雷を放ってきたりと属性が多いことじゃの。
「ちょっと若い感じがするのぉ。他の縄張りにいたが、バオウが弱っていることを知ってボスの座を獲りにきたってところかの」
パッと見たところ、エンペラードラゴンはそこまで歳を取っていない感じがした。
個体としては若いほうじゃな。それでも、他のモンスターと比べればめちゃんこ強いんじゃが。
流石に今のバオウでは、奴の相手をするのは厳しいの。
魔法で空を飛び、エンペラードラゴンと対峙する。
わしを敵と認識したエンペラードラゴンは、肌を震わせるほどの咆哮を迸らせた。
「ギャオオオッ!!」
「余所者が出しゃばって申し訳ないが、戦友の頼みじゃ。しばらくわしと遊んでもらうぞ」
「ゴアアアッ!!」
エンペラードラゴンの真ん中の首が、口を大きく開いて熱線を放出してくる。高速で迫り来る攻撃に対し、わしは右手を向けて魔法を発動した。
「第七階位魔法・水精の嘆き《アクエリアス・グリーフ》」
眼前に魔法陣が発現し、魔法陣から膨大な水が射出される。
水の波動は熱線と衝突すると、僅かの間拮抗したのち打ち消しあった。
「ギャオオオッ!!」
今度は右の首が、雷を放ってくる。全方位から襲い掛かる雷を、わしは円型に魔力障壁を展開して防いだ。
「……ゴ、ゴアアアッ!!」
「ほう、今度は肉弾戦か。いいじゃろ、わしも試したいことがあったんじゃ」
魔法による攻撃が効かないと判断したエンペラードラゴンは、両翼を羽ばたかせ真っすぐに突っ込んでくる。あの突進をまともに受けたら木端微塵にされてしまうじゃろ。
じゃが――、
「強化魔法・マッスル」
全身に身体強化の魔法を施す。
わしは魔法使いじゃ。魔法使いは基本的に魔法を使って戦う。中には格闘で戦おうとする酔狂な脳筋もおるが、殆どの魔法使いは魔法を駆使して戦うもんじゃ。
わしもそうで、戦う手段は魔法を使っておった。
じゃが今の身体ならば、格闘もイケる気がするんじゃよな。
爺の身体では強化魔法に耐えれんかったが、この若い身体と磨き上げた魔力操作をもってすれば全力の強化魔法にも耐えられるはずじゃ。
「ゴアアアッ!!」
「よいしょー!!」
身体を強化したわしは、突っ込んでくるエンペラードラゴンの顔をおもいっきり殴る。わしの拳はエンペラードラゴンの顔面を捉え、力負けせず殴り飛ばした。
「ギャッ!?」
「痛った!? 手が痛いんじゃ……」
力負けはせんかったが、殴った拳が痺れて痛い。
骨に罅が入った可能性もあるから、すぐに回復魔法で治しておいた。
「エンペラードラゴンを相手にするには、ち~っとばかし筋力が足りんかったか。わしも筋トレしようかの~」
肉弾戦でも十分イケると踏んでおったが、流石に空の覇者相手には無謀じゃったみたいじゃ。一発殴っただけで身体が悲鳴を上げておる。
痛いのは嫌じゃし、今回は魔法に専念しておこうかの。
「ギ……ギャオオオオオオオオオオオオッ!!」
「おや、怒っちゃったかの?」
プライドを傷つけられたのか、エンペラードラゴンが怒声を上げる。
怒るのも無理ないじゃろ~の。お主からみたらわしは虫けら同然の矮小な生き物じゃ。そんな相手に己の攻撃が通じないんじゃから怒っちゃうの仕方ない。
「どれ、わしにお主の本気を見せてみよ」
「ギャオオオッ!!」
それからわしは、数時間の間エンペラードラゴンと戯れておった。
すると、バオウがいる場所から新たな魔力の反応を感じられる。
「ふっ、どうやら無事に生まれたようじゃの」
新しい魔力の反応があるということは、バオウが子を産んだんじゃろう。
良かったな、バオウよ。よぉわからんが、自分のことのように嬉しいのぉ。
「もう少しだけわしに付き合ってもらうぞ、空の覇者よ。親が子に愛情を注ぐほんの僅かな時間だけ待ってもらうか」
「ゴアアアッ!!」
バオウは言っておった。
弱った身体で子を産んだら、もう長くはないと。それとわしには、“産むまでの時間を稼いで欲しい”と。産んだあとのことは、縄張りのボスである己の役目であると。
じゃからわしの役目はここまで。外敵の相手はバオウがしなくてはならない。
じゃけど、少しぐらい子に愛情を注ぐ時間があってもええじゃろ。それくらいは許して欲しい。
『待たせたな、アルバート』
『もうええんか?』
バオウから念話が飛んできたので、わしも念話で尋ねる。
『ああ、初めて幸せを感じたよ。もう十分だ、奴の相手はオレがする。その間だけでいい、子を見ていてもらえるか』
『わかった、任せよ』
念話を切り、わしはバオウのもとに転移魔法で戻る。
出産で弱りきったバオウの近くには、凛々しくも可愛いらしいストームウルフの赤子がしっかりと地に立っておった。
「ワン!」
「ははは、舐めるな。くすぐったいじゃろ」
赤子はわしの存在に気付くと、飛びついてきて顔をペロペロと舐めてくる。可愛いやつじゃのぉ、毛がモフモフして気持ちええわい。
赤子とじゃれている姿をバオウは一瞥すると、ふっと柔らかく微笑んだ。
『アルバート』
「なんじゃ?」
『その子の真名はお前がつけてくれ』
「わしが? わしなんかより、お主がつけてやったほうがいいんじゃないか?」
真名とは魔法生物にとって大事なものじゃ。他人のわしが簡単につけていいもんじゃない。
そう言うが、バオウは『いいんだ』と言って、
『お前につけてもらいたい』
「そうか……なら“ウィン”なんてどうじゃろ? 風にまつわる言葉じゃ」
『ウィンか……良い名だ。アルバート、ウィンを頼む』
「わかった。この子はわしが守る。お主は全力で戦ってこい」
そう告げると、バオウは小さく頷いてエンペラードラゴンのもとへ颯爽と大地を駆けて行く。その速度は目で追うのも難しく、まさしく一陣の風となっておった。
「クゥン……」
自分から離れていく親に、ウィンは悲し気に鳴いた。まるで、置いていかないでくれと言わんばかりに寂しい表情を浮かべておる。
そんなウィンの毛を撫でながら、わしはエンペラードラゴンと対峙するバオウを眺めつつ口を開く。
「しかと見ておくんじゃぞ。お主の親が戦う姿をな」
「……ワン!」
わしの言葉を理解したのかどうかはわからん。
じゃが俯いていたウィンは、顔を上げて堂々たるバオウの戦いを目に焼き付けようとしていた。
よしよし、偉い子じゃ。恐らく、陸の覇者としての本能が親の闘いを見届けなければと訴えておるのじゃろう。
『オレの最後の戦いが、生涯のライバルで嬉しいぞ。まぁ、まだまだ若そうだがな』
「ギャオオオッ!!」
『この首、獲れるものなら獲ってみろ!!』
陸の覇者と空の覇者が相まみえる。
古代の時代から、幾千と戦ってきた最大の好敵手。彼等の戦いは、天地を揺るがすほどの凄まじい戦いとなった。
雲は消し飛び、大地がひっくり返る。
覇者同士の戦いは、最早災害と言ってもいいほど壮絶を極めておる。
「ウィンよ、片時も見逃すでないぞ。お主はこれからずっと、あのように数々の好敵手達と牙を向けるんじゃからな」
「クゥン」
ウィンと一緒に、わしはバオウとエンペラードラゴンの戦いを眺めておった。
長い間、ここら一帯の縄張りを張っていた最強のバオウ。対する敵はボスの座を狙う若き新鋭。純粋な実力でいったらバオウのほうが遥かに上じゃ。
しかし、己のエネルギーの大部分をウィンに捧げ、出産までした今は動きが鈍く疲労しており部が悪い状況じゃった。
エンペラードラゴンの攻撃を避けられず喰らってしまっておる。
「ワオオオオオオオオンッ!!」
「ギャオオオオオオオオッ!!」
それでも、意地と誇りをかけて立ち向かうバオウ。
何度地下手を這いつくばろうが、無様な姿を見せようが、諦めることはせんかった。
(お主の気持ち、痛いほどわかるぞバオウよ。我が子の前で負ける訳にはいかんよな)
これが戦いだ。これが生きていくことなんだ。
エンペラードラゴンに向かっていくバオウの背中は、我が子のウィンにそう語っておった。
嵐が舞う。
バオウはスカイドラゴンの最後の首を噛み千切ると、血に伏せる巨躯に乗り上がり、天高く勝利の咆哮を上げた。
「ワオオオオオオオオンッ!!」
(見事じゃバオウ……さらば戦友よ)
見るも無残なボロボロな姿。
じゃがその立ち振る舞いは堂々たるもので、最後の刻まで覇者としての姿を見せながら、バオウの灯は風に吹かれたように燃え尽きたのじゃった。
◇◆◇
「クゥン……」
「泣くなウィン、お主の親は最後まで立派じゃった。親に負けぬよう、お主も強くなるんじゃ」
「ワン!」
バオウが命を賭して好敵手を打ち倒した後。
わしとウィンは、バオウの亡骸をウィンが産まれた場所に埋葬した。魔界では死ねば他のモンスターに喰われるのが自然の掟じゃが、流石に喰い尽くされるのは忍びなかったんじゃ。
わしはウィンの毛を撫でながら、こう告げる。
「これからお主は一人で生きてぬかねばならん。過酷ではあるが、バオウも通ってきた道じゃ。頑張るんじゃぞ」
「ワン!」
「簡易的な契約はしておる。何か困ったことがあれば遠慮なくわしに言ってこい」
わしはウィンと簡易契約を交わした。
魔法使いは魔法生物を使い魔として使役できるのじゃが、今回はそれの簡易版じゃ。本契約ではないし、どちらが上ではなく対等な契約。
一人で生き抜けといいながら甘やかすのはどうかと思うが、これぐらいは許しておくれ。爺が友の孫を可愛いがるのと同じようなもんじゃ。
「わしはもう行く。頑張るんじゃぞ」
「ワン!」
よしよし、良い返事じゃ。
赤子とはいっても、ウィンは陸の覇者ストームウルフ。その辺のモンスターには負けぬじゃろうて。
「じゃあの」
ウィンと別れの挨拶をした後、わしは転移魔法で魔界の地を去ったのじゃった。