大賢者、怒る
「破壊魔法・壊れろ」
パチンと指を鳴らして魔法を発動すると、ステラを縛りつけていた十字架と鎖を破壊する。
開放された彼女が力なく倒れるところを、わしはしっかりと抱き留めた。
ステラは信じられないと言わんばかりに驚いた顔でわしを見つめながら、
「ど、どうしてあんたが……」
「ステラが部屋に帰ってきてないって、ミーシャが俺の部屋に訪ねてきたんだ」
「ミーシャが?」
真夜中にリアムと話しておったら、突然ステラのルームメイトであるミーシャが困った様子で訪ねてきた。
事情を聞くと、まだステラが部屋に帰ってきていないらしく、彼女は最近行動を共にしていたわしに居場所を聞きにきたという次第じゃった。
わしはすぐに探索魔法・サーチで校舎の中を調べる。
しかし、予想とは違いステラは禁書庫やジョセフ氏の部屋にはいなかった。
それどころか、校舎のどこにも反応がない。
さらに探索の範囲を広げると、なんと森に反応があったんじゃ。
すぐに転移魔法・テレポートで駆けつけると、そこには十字架に縛られたステラがセゲール氏に髪を掴まれ乱暴されておる。
その光景を目にして頭が沸騰したわしは、思いっきりセゲール氏の顔面を殴り飛ばしたんじゃ。
「大丈夫か? どこか痛いところはないか――って、顔が赤いじゃないか!? 殴られたのか!?」
「ええ……でもこれくらい平気よ」
ステラの頬が赤く腫れ上がっておった。
あんちくしょう、綺麗な髪を引っ張っただけではなく、乙女の顔を殴ったのか。
絶対に許さん、ぶっ殺してやるぞい!
沸々と怒りが湧き上がっていると、ステラが困惑した風に問いかけてくる。
「なんで……なんで助けに来てくれたのよ」
「そんなの決まっているじゃないか。ステラは俺にとって大事なひ……大事な友達だからだ」
くぅぅっ!
ここで“大事な人”と言えない自分が情けないのぉ。
「そう……ありがとう、嬉しいわ。でも、その気持ちだけで充分よ。早く逃げなさい、このままだとあなたまで殺されてしまうわ」
「俺なら大丈夫だ。安心して眠っておいてくれ、起きた時には全部終わってるから」
「それってどういう――うっ……」
眠らせる魔法をかけると、ステラは瞼を閉じて眠りにつく。
すまんな……これから起こる事を、色々な意味でお主に見せる訳にはいかんのじゃ。
さっさと終わらせるから、少しだけ待っておれ。
ステラの身体をそっと地面に下ろした刹那、背後から攻撃魔法が飛来してくる。わしは魔力障壁を張って防御した。
ったく、不意打ちとは魔法使いの風上にも置けん奴じゃなぁ。
あっ、最初に不意打ちしたのはわしじゃった……。
「誰だぁあ!? 僕の顔を殴ったバカはぁあ!」
「俺だよセゲール先生……いや、もう先生と呼ぶ必要はないかな」
「なっ!? アル……どうして君が!?」
森の中から怒声を上げながら現れるセゲール。
奴はわしの顔を見るや否や、心底驚いた顔を浮かべておった。大方、ステラを助けに来たのは教師――ジョセフ氏あたりだと思っておったんじゃろ。
だが残念。わしでした!
「それはこっちの台詞だよセゲール。どうしてお前がステラを誘って、こんなところに居るんだ? 是非聞かせてくれないだろうか」
「先生に向かって口の利き方がなってないよアル。まぁいい、特別に教えてあげるよ。ステラは神への生贄に捧げるんだ」
「か……神ぃ?」
なんじゃこいつ、いきなりぶっ飛んだこと言ってきたぞい。
嘘とかではなく本気で言ってるんかの? それだったらドン引きなんじゃが。
まぁいいか、とりあえず話を合わせてやるかの。
「どうしてステラを神への生贄に捧げなければならないんだ?」
「神託が下ったのさ。呪い子を生贄に捧げ、神を復活しろとね。そして復活した暁には、この世界を恐怖と混沌で支配するんだ」
神の復活とか世界の支配とか、なんか急に悪の組織が放つような台詞を吐いたぞ。
ガチでそんなアホみたいなこと言っておるんか?
「本来ならもっと早く行動に移せたんだ。しかし半年ほど前に、忌まわしきこの世界の神によって僕等の神が力を失ってしまったんだよ」
「この世界の神? ちょっとよくわかんないんだけど、お前等が崇拝している神はこの世界の神じゃないのか?」
「ふっ、知らないのも無理はないだろうね。なんせ僕等が崇拝している神は、“異世界の神”なんだからさ」
「な、なんだって~~!?」
なんてこった。
まさかセゲールが言う神が、異世界の神――異神のことだったとはの……。
そういえば異神ってこの世界を侵略して支配しようと企んでおったっけ。そんでこの世界の神がそれを阻止しようと、異神討伐の使命をわしに与えてきたんじゃ。
セゲールが話した半年ほど前って、ちょうどわしが異神をぶっ殺した頃と同じだし、恐らく異神で間違いないじゃろう。
『ワタシは死ぬ。だがワタシは神だ。今ここで死んだところで、時が経てばやがて復活するだろう。神は永久に不滅なのだ』
(あっ……)
今になって思いだしたが、異神はわしに呪いを放って消滅する間際にそんな事を言っておったな。
なるほどの~ようやく歯車が噛み合ってきたぞい。
「失ってしまった力を取り戻すために、呪い子のステラを生贄に捧げて復活させようって魂胆か」
「ほう、理解が早いじゃないか」
「分からないことがあるだけど、どうして今日この場所なんだ? ステラを攫う機会ならいくらでもあったし、わざわざ学校の私有地である必要はないと思うんだけど」
これは疑問に思っとったことじゃ。
セゲールが禁書庫を餌にわし等に近付いたのは、ステラの警戒を解くためである事は察せる。
が、奴はいつでもステラを誘う機会があった。なのに今日まで手を出さず、そして未だに生贄にする儀式のようなものも行っておらん。
さらには、どうして学校の敷地内でやる必要があったか。
リスクを背負わずとも、もっと遠くへ行っていれば邪魔も入らずに済んだかもしれんのに。
「今日を選んだのは、今日がちょうど月が満ちる時だったからさ。満月の日は魔の力が高まるからね。そしてこの場所を選んだ理由は、学校の下に竜脈が通っているからなんだよ。神に生贄を捧げるには打って付けの場所なんだ。といっても、君は竜脈が何か知らないだろうけどね」
「満月に竜脈か……」
ステラを攫った日と儀式の場所は、満月と竜脈を利用するためって訳か。
確かにこの学校の下には細っこい竜脈が通っている。まぁバビロニアだけではなく、他の三校の下にも通っているんじゃがの。
因みに竜脈とは、簡単に言うと膨大な魔力が通っている土地のことを言うんじゃ。
なるほどのぉ……セゲールのお蔭で謎が解けたわい。
「ついでと言ってはなんだが、お前の正体を教えてくれちゃったりしないか?」
「いいだろう、教えてあげるよ」
えっいいの!?
「僕は異世界の神の下に集まった組織、『異神教団』の一人さ」
「『異神教団』……」
き、聞いたことね~!
なんじゃそのダッサい組織。自分で名乗って恥ずかしくないんかのぉ?
「その『異神教団』とやらの目的は、異神を復活させて世界を征服しようと考えているのか?」
「ご明察だよ。このくだらない世界を、恐怖と混沌によって支配するんだ。『異神教団』は選ばれた人間しか入ることはできない。これがその証だよ」
そう言ってセゲールは、親に買ってもらったおもちゃを見せびらかすように前髪を上げて額を見せる。
セゲールの額には、目のような痣が彫られておった。
(あの痣は……)
セゲールの額に彫られている痣に、わしは見覚えがあった。
確か特別試験の最中に突然襲ってきた謎のローブの女のフードに、あのような痣が描かれておった気がするの。
っといことはつまり――。
「特別試験の時に襲ってきた奴等はお前の仲間ってことか」
「おや、君は僕の仲間に会ったんだね。君の言う通り、彼等は僕と同じ『異神教団』の一員さ」
「生徒が森に入ること、特別試験が行われることを知っていたのは、お前が情報を洩らしたからか」
「ああそうさ、学校についてのことは全て僕が流している。まぁあの時は情報を流しただけで、生徒達を襲った目的までは僕の知るところではないけどね」
なんじゃ~、それを聞きたかったのにセゲールは知らんのか。もしかしてこいつ、組織の中でも下っ端なんかの?
まぁいいか、お蔭さんで聞きたいことは凡そ聞けたの。抱いていた疑問がかなり解消されたわい。
「さて、そろそろ時間が迫ってきているから話はこれまでだ。僕は準備に取り掛からなければならないからね。さてアル、どうして僕が組織の情報をペラペラ喋ったか分かるかい?」
「さぁ、わからないな。どうしてだ?」
「それはね、君をここから生きて返さないからだよ。儀式の邪魔をしたこと、なによりこの僕を殴ったこと、許されざる行為だ。君はここで死ぬんだよ、僕に殺されてね。本当に残念だよ、僕は君のことを結構気に入っていたからね」
「ぷ……くくく、はははははは!」
あっかん、つい面白くて腹を抱えて笑ってしもうた。
わしを殺すか。いや~、間抜けとはまさにこの事じゃの。
おかしくて大爆笑しておると、セゲールが怪訝そうに問いかけてきた。
「何がおかしいんだい?」
「いや……逆に聞くけどさ、どうしてブチ切れている俺がずっと我慢してお前を生かしていたと思う? お前に気持ちよ~く情報を吐いてもらうためだよ」
ステラを攫い、傷つけたセゲールにわしは腸が煮えくり返るほどブチ切れておった。
すぐにでもめったんめったんのぎったんぎったんにぶっ飛ばしてやりたかったが、その衝動を必死に堪えていたのは偏に油断させて情報を吐かせるためだったんじゃ。
人間というのは、勝ちを確信している時こそ口が軽くなり饒舌になる。
わしが圧勝してから吐かせようとしても口は割らなかったじゃろうし、最悪自害されて情報を得ることができんかもしれんからの。
その点、セゲールはわしが知りたいことのほとんどを教えてくれた。わしが誘導しているとは知らずにの。
本当に馬鹿というか間抜けというか、ありがたいわい。
「随分と威勢が良いじゃないか。ステラがいるから正義のヒーロー気取りにでもなっているのかい? あ~そういえば君、ブラッドリー家の息子に決闘で勝ったんだっけ。
少しはやるみたいだけど、これでも僕はバビロニアの教師だよ。もしかして僕に勝てると勘違いしちゃっているのかな」
「御託はもういい。色々と教えてくれたお礼に先手は譲ってやる。さっささとかかってこい」
「そんなに死にたいならお望み通り殺してあげるよ! 第六階位魔法・燃え盛る竜の咆哮!!」
セゲールは魔法陣を構築し、魔法を発動する。魔法陣から現れた炎の竜の口から、豪炎が放たれる。
奴の攻撃に対し、わしも魔法を発動して対応する。
「第二階位魔法・水の壁」
「気でも狂ったかい!? そんな初級の防御魔法で、上級の魔法を防げる訳が――なにぃぃ!?」
わしが発現した水の壁に豪炎が直撃するが、水の壁は破られることなく凌ぎきる。
信じられない結果に、セゲールは目を見開いて驚愕した。
「馬鹿な! 何故上級の魔法が初級の魔法に打ち負けるんだ!?」
「もう終わりか? なら今度はこっちの番だな。第五階位魔法・火精の戯れ」
右手を掲げ、火属性の魔法を発動する。
魔法陣から幾つもの熱線が波打ちながらセゲールに迫った。
「調子に乗るなよ! 第七階位魔法・水精の怒号!!」
わしの攻撃魔法に対し、セゲールもまた水属性の攻撃魔法を繰り出す。
大津波と激突した火炎の閃光は飲み込まれる――ことはなく、互いに消滅した。
「そんな、相殺しただと!?」
「よく見ろよ、俺はまだ魔法を発動しているぞ」
「なにッ――ぐぁああああ!?」
残っていた一筋の熱線がセゲールの脇腹を撃ち抜く。
傷は酷く、セゲールは火傷の痛みに堪えきれず絶叫を上げながら地面を這いずり回った。
「ば、馬鹿な! おかしいだろ! どうして僕の魔法が負けるんだ!? 階位は僕の方が上なのに!」
「先生に一つ魔法についてご教授してあげようか。確かに階位が上の魔法が強いのはこの世界の理だ。
だがな、その差は魔法を使う者の技量によってはいくらでも覆るんだよ。まっ、相当力の差が離れていないとって条件が付くけどな」
「それって僕がお前より劣っていると、格下だと……そう言っているのか」
「あれ、まだ分からないのか? 相対した上で敵の実力を見抜けないのは魔法使いとして二流もいいところだぞ。しょうがない、分かるようにはっきり見せてやるよ」
そう言って、わしは己の中に宿る膨大な魔力を解放する。
わしの身体から溢れ出る魔力に、セゲールは身体をガクガクと震わせ、みるみるうちに顔が恐怖に染まっていく。
(な、なんだ……この途轍もない魔力量は!? これほどの魔力を有した魔法使いなんて僕は知らないぞ! 五賢に匹敵するんじゃないか!!)
ふふ、驚いてる驚いてる。
実は魔力を解放したといっても、これが全てではないぞい。今見せているのは力の一端に過ぎん。
これ以上出すのは色々とマズいので、これでもセーブしてるんじゃ。
まぁ、それは言わないであげようかの。っていうか、『無限』の魔力なんて解放したらわしの肉体がもたんから無理なんじゃが。
「なんだよ……なんなんだよお前はぁ!? いったい何者なんだ!?」
怒鳴りながら問いかけてくるセゲールに、わしはこう答えた。
「ただの学生だよ。まぁ、巷では大賢者と呼ばれているみたいだけどな」
「ふざっけるな! 殺す、殺してやる!」
『力が欲しいか?』
「欲しい! 力が欲しい! 僕にください!」
『ならば与えよう』
ん? なんか今聞き覚えのある声が聞こえた気がするんじゃが、気のせいか?
あっれ~と首を傾げておると、突然セゲールの額にある痣が漆黒に輝く。
刹那、セゲールの身体がぶくぶくと膨れ上がり、巨大化した。
「はっはっは! 力が、力が漲ってくるぞぉぉおお! 異神様、ありがとうございます!!」
き、キモいんじゃーーー!
なんじゃあれ、セゲールが醜い化物になったんじゃが。どうなっておるんじゃ?
それに微かだが、奴の身体から呪いの気配を感じるし。もしかして異神がなんかしたんかの?
う~ん、まっいっか!
「グハハハッ! 嬲り殺してやる!」
醜い顔で下卑た嗤い声を上げながら、化物と化したセゲールが超スピードで突っ込んでくる。
「死ねぇぇええ!」
「筋肉魔法・マッスル」
「ゴハッ!?」
身体強化の魔法をかけたわしは、セゲールの殴打を受け止め、腹に拳をぶち込んだ。
汚い唾液を口から吐き出して悶絶するセゲールに、わしは間髪入れず追撃を仕掛ける。
「これはステラの綺麗な髪を引っ張った分」
「ゲヒッ!?」
「これはステラの顔を殴った分」
「オゴッ!?」
「そしてこれは、ステラとの二人っきりの時間を奪った俺の怒りの分だ!」
「グアァアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」
わしは怒りを発散するかの如く、何度も何度もセゲールの身体を殴り続ける。
めいっぱいの力を拳に込めて振り抜くと、セゲールは遥か上空に舞い上がった。地面に叩きつけられたセゲールは、這いつくばりながら自問する。
「ガ……ァ……ど、どうして……どうして呪いの力を授かった僕がやられているんだ」
「ドンマイとしか言いようがないな。さて、そろそろ決着をつけようか」
人間でなくなった者を生かしておくつもりはない。
わしが魔力を練り上げると、セゲールの上空に巨大な魔法陣が構築されていく。
「ま、待ってくれ! 嫌だ! 死にたくない!」
「悪いがお前に救いの慈悲はない。第十階位魔法魔法・終焉の断光」
空に浮かぶ魔法陣から、一筋の極光が降り注ぐ。
「ギィヤァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」
全てを無に帰す断罪の光は、セゲールの肉体のみを跡形も無く消し飛ばしていく。
セゲールは悲鳴と共に光に飲み込まれ、完全に消滅した。
そこにはもう何も無い。
満月の光に照らされた、闇夜の森の光景があるだけ。
全てを終わらせたわしは、ふぅと一つ息を吐くと、
「さて、ステラを起こしますか」
踵を返し、ステラの下に向かったのじゃった。




