大賢者、戦友に会う
「魔界に来るのも久しぶりじゃな」
かつての戦友バオウからの要請を受けたわしは、久しぶりに魔界に訪れておった。
魔界とは、人間の手が及んでいない未開の地のことを言う。
この世界では人間が生きている土地を人間界といい、それ以外の開拓していない土地を魔界と呼んでいるんじゃが、魔界は魔素が濃く、獰猛な魔法生物が住んでいることから普通の人間には住めない環境となっておる。
じゃが、魔界には希少な鉱石や薬の材料となる薬草があったり、古代遺跡や迷宮といった場所には秘宝が眠っておるため、足を踏み入れる人間も少なくない。
そういう者は大抵、冒険者と呼ばれる戦闘に特化した屈強な者が多いんじゃが、わしも若い頃は古代の魔法を研究するためにしょっちゅう魔界を訪れておったんじゃ。
「さて、バオウはこの近くにいるはずなんじゃが……」
目の前に広がる美しい大自然を見渡す。
人間界では見ることができない摩訶不思議な木や花が生い茂っており、空には鳥獣型の魔法生物が悠々と飛行しておる。
しかし、バオウの姿はどこにも見当たらなかった。わしはふさふさに戻った髪をわしゃわしゃと掻きながらため息を零す。
「おっかしいの~、念話から魔力を辿ってバオウがいる場所に転移してきたはずなんじゃが、ミスったのかの」
失敗した理由は恐らく、魔界の魔素の濃さに位置を狂わされんじゃろうな。これだから魔界は嫌いなんじゃよ。
まぁええわ、ここからバオウの魔力を探れば見つかるじゃろ。
「探知魔法・サーチ……おっ、近くにおるな」
『探知魔法・サーチ』によってバオウの魔力を探すと、かなり近くに奴の魔力を発見した。
わしは早速バオウのもとに向かおうとすると、気持ち悪い魔法生物と遭遇してしまう。
「ゴア~~ッ!!」
対峙した瞬間に敵意を剥き出しにしてきたのは、虎と大猿を足して二で割ったようなモンスターじゃった。顔が虎で身体が大猿の外見のモンスターは、人間界には居ない凶暴なモンスターじゃ。
「なんじゃお主、わしと戦う気かの? わしはお主なんぞに興味はない、死にたくなければ失せろ」
「ゴ……ニャ、ニャ~」
虎猿が放つ敵意よりもさらに強大な殺気を飛ばすと、モンスターは敵わないと判断し脱兎の如く逃げ去ってゆく。
うむ、いい子じゃ。わしもあまり無暗に殺めたくはないからの。
「おっといかん、道草を食ってないでさっさと行こうかの」
時間がないと言っておったし、少し急ごうかの。
◇◆◇
『よく来てくれた、アルバート』
「久しぶりじゃの、バオウ」
わしはバオウと再会し、軽い挨拶を交わす。
久しぶりに会った戦友は、大分弱っておるように窺えた。
わしの戦友であるバオウは、嵐王狼という伝説級の魔法生物じゃ。
立派な屋敷よりも大きい巨大な体躯に、鋼鉄よりも堅い白銀の毛並み。一度爪を振れば大気を切り裂き、強靭な牙は山を噛み砕く。
そして何よりも恐ろしいのは、ストームウルフが得意とする風属性の魔法。その名に恥じぬ魔法は、全て吹き飛ばす凶悪な嵐。ストームウルフが通った地は何も残らぬという逸話まであるんじゃ。
そんなストームウルフは、『陸の覇者』と呼ばれておる。
あれはわしが二十代の頃じゃったか。
古代遺跡を探索しようと一人で魔界を訪れた時、たまたまバオウの縄張りに入ってしまい戦うことになってしまったんじゃよな。
戦いは三日三晩にも及び、激闘の末に決着はつかんかった。わしらは互いに力を認め合い、バオウに縄張りを立ち入ることを許されたんじゃ。
それからも魔界に訪れる時はちょくちょく会いに来て、他愛のない話をして仲良ぉなったって感じじゃの。
「老けたの~お主、以前よりもよぼよぼじゃ」
陸の覇者と呼ばれたバオウは、かつてよりも弱々しい姿じゃった。
筋力は衰え、全体的にやせ細っておる。以前のバオウの面影はどこにもない。
『ふっ、時が経てばオレだって老けるさ。というかお前は何故老けてないんだ? というより若返っているじゃないか。人間は老けない生き物なのか?』
「あ~それはの――」
若返った理由を搔い摘んで話す。
異神と戦い呪いを受け、死んだかと思ったら若返ってしまった。そう話すと、バオウは苦笑いを浮かべて、
『異世界の神と戦った……か。相変わらずおかしな事をしている奴だな』
「まぁの。それより頼みとはなんじゃ? お主ほどの奴の頼みじゃからよっぽどのことじゃと思うが……」
『ああ、お前に頼みたいことは、時間を稼いで欲しいんだ』
「というと?」
話の続きを促すと、バオウはため息を吐いて、
『オレが子を産む間、他のモンスターから守ってもらいたい』
「ほうほう、子を産む……ふぁ!?」
バオウの話を聞いたわしはめちゃんこ驚いてしまう。
爺だったら顎が外れてしまうぐらいビックリしたぞ。
ていうか、どういうことなんじゃ?
「子を産むって……お主雌じゃったんか?」
『違う。オレに性別はない』
あっ、そうなの?
ビックリした~、オレって言ってるから雄だと思っておったけど、どっちでもないんじゃの。まぁモンスターには性別がない種が結構おるから、別段珍しくない訳でもないんじゃが。
「お主、子を宿したのか?」
『ああ、オレにもよくわからんが宿してしまった。これはオレの考えだが、恐らく死期が近づいたから、生物としての本能によるものだろう。血を絶やさない為に子を宿したのだと思う』
「なるほどの~」
初めて聞くパターンじゃの。
わしは魔法生物にそこまで詳しくないから、そういった知識は疎いんじゃよな。でも面白いの、雌でもないのに突然子を宿すというのは。
バオウが言うように、きっと血を絶やさぬための仕組みなんじゃろうな。
『オレの体力はほとんど子に奪われて、ろくに戦うこともできない。出産ともなれば立つのも無理だ。それを狙って、モンスターたちがオレの首を獲ろうとしている』
「それまでお主を守ってもらえればいいんじゃな?」
『ああ。首を獲られるのは構わない。強い者が新しいボスになる、それが自然界の掟だと思っているし、オレもそうしてきた。だが……腹にいる子に情を抱いてしまった。子だけは、どうしても産んでやりたい』
バオウはこの辺一帯の縄張りのボス。
そのボスが弱っているならば、絶好の機会を見逃すまいとモンスターが下剋上に襲ってくるじゃろう。
それは本人も理解しているし、死ぬことも許容している。
じゃが、子だけは産みたい。
ふっ……あの乱暴もんじゃったバオウが子を産むとはの。時は人を変えるんじゃな。
「わかった、わしに任せよ。お主が無事に子を生むまで、モンスターからその身を守ろう」
『すまぬ、アルバート。お前にしか頼ることができなかった』
「謝るでない、わしとお主の中じゃろ。安心して産むがいい」
『助かる。今から準備に入るから、少しの間頼んだ』
えっ? もう産めるの?
なんじゃ、もっと長期的にかかると思っとったが、すぐに産めるんじゃな。
というよりあれか、わしが来るまで産むのを待っていたって感じかの。
――ギャオオオオオオオオオッ!!
「『――ッ!?』」
突如、けたたましい獣の咆哮が轟く。
おっと、もうわしの出番が来たようじゃの。
「どれ、ちょっと行ってくるかの」
『気をつけろ。今ではこの有様だが、それでも雑魚は戦おうともしない。オレの首を獲ろうっていう奴は生半可なモンスターじゃないぞ』
警告してくるバオウに、わしは「安心しておれ」と言って、踵を返す。
「わしが強いのは、お主もよく知ってるじゃろ?」