イケメン、男を見せる
「第四階位魔法・火炎の砲撃!」
「しゃらくせぇ! 第四階位魔法・水の砲撃!」
クリスが放った火炎の砲弾と、ローブの男が放った水の砲弾が激突する。
相反する二つの魔法がぶつかり合う。打ち勝ったのは、有利属性である水の砲弾であった。クリスは火炎の防御魔法で迫り来る水の砲弾をなんとか防ぎきる。
「はぁ……はぁ……ちっ」
「カッカッカ! 随分と苦しそうだなぁおい、もうギブアップかぁ!?」
「くだらん事を抜かすな。この程度でへばる訳がないだろう」
なんともないような表情を作っているが、クリスが強がっているのは一目瞭然である。それは、ローブの男もはっきりと感じ取っていた。
「強がるなよ~もう限界なんだろ~? 残念だったなぁ、お前の得意な火属性が、オレ様の得意な水属性と相性が最悪でよぉ」
クリスとローブの男はこれまで激しい攻撃魔法の応酬を繰り返してきた。
だが水属性に不利な火属性では、中々優位に立てない。さらにローブの男は魔法使いとしての戦闘力も高い。展開は防戦一方で、クリスは苦戦を強いられていた。
ただ、クリスが不利な状況に陥っているのは属性の相性が悪いだけではない。
ローブの男はニタリと下卑た笑みを浮かべながら、クリスに問いかけた。
「それによぉ、お前どっか怪我してんだろぉ? さっきから一歩も動かないところから察するに足かなぁ? それに加え、足手まといの仲間も庇ってやがる。泣かせるねぇ」
彼の指摘は的中していた。クリスの顔には尋常じゃない汗が噴き出ている。それはローブの男から受けたダメージだけではなく、崖から落ちたユンユを助けた際に負ってしまった足の怪我によるものであった。
途中まで激痛に襲われていたが、今となっては足の感覚がない。ここで倒れてしまえば、二度と立ち上がることは不可能だろう。
そんな状況の中、クリスは背後に居るユンユを庇いながら戦っている。彼は最初から、圧倒的ハンデを背負っていた。
「ごめん……クリス君、私……」
「気にするな。君が居ようが居まいが変わらない」
声を震わせながら謝るユンユに、クリスは淡々とした声音で声をかける。
彼女が戦いに加わってくれたら、二対一でこちらが有利にるだろう。だが、恐怖に脅えたユンユを戦わせる訳にはいかない。
魔法使いは誰しも戦える訳ではない。戦いが苦手な者だって多い。
それを分かっているからこそ、クリスは何も言わないし、何も求めない。
(奴は僕で遊んでいる。勝負に出るならここか……)
このままではジリ貧だ。まだ戦えていられる内に勝たなければならない。
覚悟を決めたクリスは、体内に残る魔力掻き集め、魔力を練り高めた。
「第五階位魔法・火精の戯れ!!」
「マジかっ!? ガキの癖に中級上位魔法も使えんのかよ!?」
クリスが発動したのは中級上位の火炎魔法。
魔法陣から幾つもの火炎の閃光が四方八方放たれ、波打ちながらローブの男に飛来する。ローブの男は驚愕しながら、射線から回避しようと大きく移動するが――。
「逃がすか」
「追いかけてきやがった!?」
クリスが指を操作すると、火炎は軌道を曲げながらローブの男に追尾した。
『なぁクリス、お前今の魔法を完璧に使い熟してないだろ?』
入学当初、クリスは第五階位魔法を完璧に会得していなかった。
それをアルとの決闘で指摘され、むざむざと見せつけられ負けてから、クリスは修練を重ねて自分のものにしたのだ。
「ぐぉぉおお!?」
完璧に使い熟せるようになったフレイムダンスがローブの男に着弾する。
手応えたはあった。悲鳴も上げていた。これで勝負は着いただろう。そう思っていたが――、
「はぁ……はぁ……カッカッカ、こいつは一本やられたぜ」
「ちっ、浅かったか」
無傷とまではいかないが、ローブの男は両足で立っていた。
火炎を受けたせいで黒いローブは所々焼け払われ、そこから窺える部位は火傷も負っている。顔を隠していたフードも解かれ、タトゥーが彫られている凶悪な人相にも火傷の跡があった。
恐らく直撃を受ける際に、水の膜を展開してダメージを軽減したのだろう。ダメージは与えたが、まだ戦闘できる余力はありそうだ。
「さぁ、今度はこっちの番だぜ! 霧魔法・操る霧!!」
「――っ!?」
見たことが無い魔法をローブの男が発動した刹那、クリスの身体が刃のような物で切り裂かれた。
「ぐっ……」
「クリス君!」
「カッカッカ! どうだいオレ様の魔法は!? 中々効くだろ!」
「なんだ今の魔法は……」
「知らないのも無理はねぇよ。この霧魔法はオレ様が作った魔法だからな!」
ローブの男の発言に驚愕する。
見たことがない魔法だったが、まさか独自で魔法を作り上げるとは思いもよらなかった。
何故か自分から種を明かしたお蔭で、この魔法が霧であることは分かったが。
霧……恐らく水を応用した魔法。
攻撃されたのは、きっと霧を刃物状にして飛ばしたのだろう。
厄介な魔法だ。霧は視界に捉え難いし、変幻自在に形を変えられる。
そしてなにより――、
「この霧は貴様の仕業か」
「ご名答! まぁ分かっちゃうよな。そうとも、森に広げた霧はオレ様の魔法によるものだ」
突如森に発生した、微量な魔力が込められた霧。
それを行ったのは目の前の男であった。感じられる魔力は微量だが、この広い森全体を覆うほどの霧。内包する魔力量は相当なものだろう。
強い……。今までは単なる遊びに過ぎない。これがローブの男の本当の実力だったのだ。
「さぁ、お遊びはこれまでだ。そろそろケリを着けさせてもらうぜ。霧魔法・ミストオペレーション!」
フードの男は再び霧の魔法を発動する。
見えざる霧の凶刃が、満身創痍のクリスに襲いかかる。
「クリス君!!」
ユンユの悲鳴が響き渡る中、霧の刃がクリスに直撃する――ことはなかった。
「なんだと!?」
目に映る光景に、ローブの男は信じられないと言わんばかりに叫ぶ。
霧の刃はクリスに当たる寸前の所で、“凍り付いていたのだ”。
「こ、氷……?」
「これだけは使いたくなかった」
不可解な現象にローブの男が困惑する中、クリスは苦々しく呟く。
「これは……僕が決別した魔法だ。絶対に使うまいと己に誓った力だ」
「何をぶつぶつ言ってやがる!? これでも喰らいやがれ!」
怒声を上げるローブの男は周囲の霧を固め、拳の形にして飛ばす。喰らえば吹っ飛ばされるだけじゃ済まない攻撃は、やはりクリスの手前で凍り付き止まった。
「バカな、また凍っただと!? 氷魔法を使ったのか……いや、魔法陣は構築されていなかった筈だ。だったら何で魔法が……はっ!? まさか……“血統魔法”か!?」
魔法陣が構築されないのに魔法が使える。
本来有り得ない現象だが、ローブの男は一つだけ思い当たる節があった。彼の予想を、クリスは怒りに満ちた顔で「そうだ」と告げる。
「これは僕の血筋……ブラッドリー家の血統魔法だ」
血統魔法。
それは普通の魔法とは異なる魔法である。本来魔法は魔法陣を構築し、魔力を込めなければ発動しない。
しかし血統魔法は魔法陣を構築する必要はない。
何故ならば、身体に流れる血に既に陣式が施されているからだ。
遥か昔の魔法使い達は、ふとこんな事を思い立った。思い立ってしまった。
「身体に流れる血に陣式を施したら面白そうじゃね?」
そんな馬鹿な発想を思いつき、一切の躊躇もなく試した。とても正気の沙汰ではない。
勿論失敗した。
四肢が爆散したり、身体が凍ったり、身体から植物が生えてきたりと問題だらけ。
が、魔法使いとは基本的に魔法馬鹿の変態である。
失敗しようと諦めず、何度も何度も挑戦し、ついに成功してしまった。魔法陣を構築せずとも発動できる魔法を。血に魔力を込めるだけで発動する馬鹿げた魔法を。
そんな世にも恐ろしい魔法は、血統魔法と名付けられる。
それだけではない。血統魔法は遺伝し、子孫に受け継がれていく性質があったのだ。
数は少ないが、現代の魔法使いにも血統魔法は受け継がれている。
そしてクリスの家系……ブラッドリー家は、先祖代々から氷の血統魔法を受け継がれていたのだ。
「こりゃ驚いたぜ……まさか血統魔法使いに出会えるとはな――おわ、なんだ!?」
「きゃあ!」
ローブの男が驚愕していると、突如“謎の突風”が吹き荒れる。
さらに、突風により立ち込めていた霧が全て吹き飛ばされてしまった。
「なっ、オレ様の霧が!?」
「よくわからんが、これで霧魔法は使えなくなったな」
「くっそが……」
「僕は偉大なるアルバート様を目指したその時から、血統魔法は使わないと決意した。それなのに貴様は使わせたんだ。貴様の愚行、万死に値する」
「粋がってんじゃねえよ! 血統魔法がなんだろうが、魔力を込めなきゃ発動しないのは変わらねぇ。お前にはもうその魔力が残ってねぇだろぉが!」
図星だった。
血統魔法に陣式は必要ない。が、魔力を込めなければ発動しないのは普通の魔法となんら変わりない。
そしてクリスは、先ほどの中級魔法と二度の氷魔法により魔力が尽きかけていた。
(それがどうした)
それでもやるしかないだろう。
身体に残っている絞りカスの魔力を掻き集め、何としてでも勝つ。例えこの身がどうなろうとも。
「受けれるもんなら受けてみやがれ! 第五階位魔法・水龍の激昂ッ!!」
「――っ!?」
ローブの男が手を翳し、魔法陣が展開される。魔法陣から現れたのは水の龍。
ここにきて強力な魔法を放ってきた敵に、クリスの心情は穏やかでなかった。今の彼に中級上位の魔法を撃ち破る力は残っていない。
だが、それでも負ける訳にはいかないんだ。
偉大なる魔法使い、アルバート・ウェザリオを目指す一人の魔法使いとして。
「喰らいやがれ!」
水の龍が砲声を上げながら迫ってくる。クリスが血統魔法を発動しようとした刹那、突如水の龍が消滅した。
「オレ様の魔法が!?」
「よく持ち堪えたぞクリス。お蔭で間に合った」
水の龍が消えて不思議に思っていたら、いつの間にかクリスの前に一人の男が立っていた。
その男はバビロニア魔法学校フェニックスクラスの担任、ジョセフである。
「「ジョセフ先生!!」」
助けに来てくれた、これでもう安心だと安堵するクリスとユンユ。
ジョセフは傷ついた生徒を横目に、恐い面をさらに顰めてローブの男を睥睨する。
「誰かは知らんが、よくも我の生徒を傷つけたな。許さんぞ、生きて帰れると思うな」
「ちっ……先生のお出ましか。ちょいと遊び過ぎちまったようだな。おいガキ! テメエの顔は覚えたからな、また会おうぜ!」
「消えた?」
クリスに話しかけた後、ローブの男は忽然と消えてしまった。
魔法を発動した動作はなかった筈だ。どういった手段を使って逃げたのか見当もつかない。ジョセフが考えていると――、
「うっ……」
「クリス!」
「クリス君!」
緊張の糸が切れてしまったのだろう。
体力の現界をとっくに越えて、気力だけで立っていたクリスが意識を失ってしまう。倒れそうになるところを、ジョセフが慌てて抱き留めた。
「クリス君! 先生、クリス君が!」
「心配するな、意識を失っただけだ。命に別状はない」
心配するユンユにそう言うと、彼女は「よかった……」と力が抜けたようにへたり込んでしまう。
ジョセフは眠っているクリスを見やる。
命に別状はないが、足の負傷も酷いし魔力も残っていない。こんな状態で、自分が助けに来るまでユンユを守りながらあの敵と戦っていたのだろう。
「よくやったぞ、クリス」
静かに眠る生徒に、ジョセフは労いの言葉を送る。
(クリス君……私……)
最後まで足手まといだった自分を守ってくれたクリス。
そんな彼を見上げながら、ユンユは胸の奥で一つの決意を抱いていたのだった。




