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大賢者、興奮する

 



「なんなんですかこの霧は!?」


「あら~“目”が機能しないわね~」


 待機していた教師陣も、突然森に不可解な霧が発生したことに気付いた。


 ユニコーンクラスの担任ホリーは困惑し、魔法薬学担当のマリアンヌは霧のせいで昆虫や小動物の目が使えなくなってしまったとため息を吐く。


「狼狽えるな」


 不測の事態に混乱する女性教師達に、フェニックスクラスの担任ジョセフは毅然とした態度で落ち着かせる。


「でもジョセフ先生……この霧は……」


「ああ、魔力が込められているな。間違いなく誰かの魔法によるものだろう。我は学校の者ではないと考えているが、二人はいかがか?」


「ワタシもそう思いま~す」


「そうですね……かなり広範囲ですし、生徒では不可能だと思います。勿論教師(私達)でもない……」


 ジョセフの考えを、マリアンヌとホリーが同意する。

 この霧は森中を覆い隠すほど広まっている。これだけの規模の魔法は、生徒の魔力量と技量では不可能だと考えられる。


 無論、教師の仕業でもない。となると導き出される選択肢は――、


「学校とは無関係の者の仕業だろう」


「いったい誰で、なにが目的なんでしょうか?」


 ホリーの問いに、ジョセフは険しい表情を浮かべて答えた。


「それはわからん。しかし生徒達に手を出すのは断じて許されることではない。試験は一旦中止とする。我々は各自、生徒達を保護して中継地点に連れていく。まず第一に考えるのは生徒の身の安全である」


「わかりました」


「でも~目が使えないとなると生徒を探すのは一苦労よ~? この霧じゃ生徒が救難合図を出しても見えないし~」


「ここから中継地点までの道のりを探せばいいだろう。大きくルートから外れている生徒はいない筈だ。中継地点にはセゲール先生もいる。我々は兎に角、中継地点まで生徒を保護しつつ探すのだ」


「は~い」


「ジョセフ先生、もし“敵”と遭遇した場合どうしましょうか?」


 殺気を纏わせるホリーの問いに、ジョセフは静かに口を開いた。


「生け捕りが好ましいが……構わん、殺せ。その判断は先生方に任せる。ただ、生徒第一なのは忘れるな」


 名誉あるバビロニア魔法学校の教師は、並みの魔法使いでは就任できない。担当する教科のエキスパートであるのは勿論のこと、戦闘面においても魔法軍の精鋭に引けを取らない。


 例え未知の敵が現れようとも、対処可能な実力を兼ね備えているのだ。


「わかりました」


「りょ~かい」


「では、解散」


 三人の教師は、生徒を保護する為に各自動き出したのだった。



 ◇◆◇



「第二階位魔法・切り裂く風(カットウインド)!」


「キィヤーー!?」


「植物魔法・操る木(ワークウッド)


「ガル!?」


「チュウ!?」


 ステラが風の刃で木精セントの木の触手を断ち切っていく中、わしは木の根を操ってグリーンウルフや森鼠グリーンラットを捕縛する。


 因みに植物魔法は、土属性魔法の派生じゃぞい。


(さっきからモンスターばっかじゃのぉ……)


 霧が発生してからというものの、次々とモンスターが現れてはわしらを襲ってくる。

 学校が管理している森じゃから低級モンスターしからんが、途切れずに出てくると面倒じゃな。


「ねぇあんた、さっきから何でモンスターを倒さないで捕まえるだけなのよ」


「えっ? だってこいつら操られてるっぽいし、殺すのは可哀想じゃん」


 わしがモンスターを傷つけず捕縛しているのは、単に殺すのが可哀想だったからじゃ。本気で殺そうとしてくるのなら躊躇も遠慮もせんが、わし等を襲ってくるモンスターは正気ではない。


 興奮しているというか、誰かに操られている気配がするんじゃよな。

 それが魔法によるものなのか、薬などの手段を用いられているのかまでは、わしにも分からんがの。


 モンスターを殺さない理由わけを教えると、ステラは驚きながらこう言った。


「あんた……――っ危ない!」


「おびゃ!?」


「きゃあ!?」


 突然ステラに突き飛ばされてしまう。さらに直後、ステラが悲鳴を上げた。


 なんだ? 何をされた?


「ステラ、大丈夫か!?」


「ええ……なんともないわ」


「そっか、良かった」


 地面に倒れているステラに急いで駆け寄り尋ねると、首を振って大丈夫だと返される。見たところ怪我もないし、無事みたいじゃな。

 彼女に何事もなくて良かったと安堵の息を吐いていると、


「あら残念、逆の方に当たっちゃったわね」


「「――っ!?」」


 突然霧の中から女性の声が聞こえたのでそちらを振り向けば、漆黒のローブで全身を隠す怪し気な者が忽然と佇んでおった。


 なんじゃあいつ……見るからに怪しいんじゃが。

 身体はローブによって隠されているから外見が分からず、フードに目のような紋様が描かれていることしか分からん。声色から察するに恐らく女性だとは思うんじゃが……。


 あれ、なんかここだけ急に霧が少し晴れたの。なんでじゃろ?


「誰よあんた……学校の関係者じゃないわね」


「誰と聞かれて答えるバカはいないわよねぇ」


 そりゃそうじゃ。

 と心の中でつい突っ込んでおると、ローブの女は不気味に嗤ってこう告げる。


「ふふ、まぁ貴方達にとっては悪者って感じかしら」


「そんな事見りゃ分かるわよ! 第二階位魔法・切り裂く風(カットウインド)!」


「ははっ! そんな攻撃当たらないわよ!」


 問答無用で攻撃魔法を放つステラだったが、ローブの女は横に移動して回避する。それからステラに向けて手を掲げると、魔法を発動した。


「磁力魔法・マグネティックアトラクション!」


「きゃああ!?」


「ステラ!?」


 ローブの女が魔法を発動した刹那、ステラの身体が近くの木に引き寄せられた。ドンッと背中を打ち付けられるだけではなく、木から離れない。


 まるでくっついたかのように、彼女の身体が木に縫い付けられておった。


 な、なんじゃあの魔法は!?

 わしが見たことがない魔法じゃ。どんな魔法なんじゃろ!?


 やっべ! わし、ワクワクしてきたぞい!


「ぐっ! 動かない!」


「無駄よ子猫ちゃん。アタシの魔法からは逃れられないわ。さ~て、次はボウヤの番よ」


「うん! 待ってる! だから早く魔法見せて!」


「はぁ!? なんだか調子狂うわね。いいわ、お望み通り見せてあげる。磁力魔法・マグネット(マイナス)S!」


 早く撃ってこいと催促すると、ローブの女は戸惑いながら右手をわしに向ける。魔法陣が発現すると、透明な衝撃波みたいなものが飛んできた。


 わしはタイミングを計り、横に走って回避する。


 おお! 今のも見たことない魔法じゃ!

 今のはなんだったんじゃろ!? 物理的効果は無いように見えたが……。


「避けたですって!? ぐ、偶然よね。ラッキーは続かないわよ、磁力魔法・マグネット(プラス)N!」


(同じ魔法? いや、さっきと陣式が少し違う)


 再び飛んでくる透明な衝撃波を、わしは魔力の流れを読んで避ける。


 ほぉ……軌道は直線的で曲がらなそうじゃな。それと軌道を操ることもできなさそうじゃ。


「また避けた……なんで見えないのに避けられるのよ!?」


「ぐずぐずしてないでさっさと逃げなさい! 私の事なんて放っておきさいよ!」


「何言ってんのよ、のこのこ逃がす訳ないじゃない」


 木に縫い付けられているステラが、必死な声音でわしに告げてくる。

 あっ……しまった。すっかり彼女の存在を忘れておった。


 声を張り続けるステラに、わしはその場から動かずこう言った。


「悪いがステラ、少し黙っていてくれないか。“今良い所なんだ”」


「「……はっ?」」


 わしは今、知らない魔法を目にして久しぶりに胸が高鳴っていた。


 元々わしは魔法馬鹿じゃ。未知の魔法と出会ったら居ても立っても居られない変態じゃ。


 たった今未知の魔法を見せつけられて、逃げるなんて出来る訳ないじゃろーが。


 あ~知りたい。あの魔法がどんな魔法なのか調べたい。

 わしの中に眠っておった探求心と好奇心が、疼いて疼いて疼きまくっておる!


「あんた……」


 わしは胸中で謝る。

 すまないステラ。もう少しだけわしに付き合ってくれ。今他のことを考えている余裕はわしにない。


「何考えてるのか分からないけど、逃げないなら好都合だわ! これでも喰らいなさい、磁力魔法・マグネティックリポーション!」


「はは! また違う魔法か!」


 ローブの女が魔法を発動すると、前方にあった岩や木くずが一斉に飛来してくる。


 この魔法もわしは知らない。

 もっと近くで陣式を確認したい欲求が生まれたわしは、飛んでくる物体に向かって真っすぐに走る。物体を紙一重で躱しながら、ローブの女に肉薄した。


「さぁ、俺にもっと魔法を見せてくれ! どんな陣式なんだ!?」


「ひぃぃ!? マ……マグネティックアトラクション!!」


 鼻先まで近づいたわしに、ローブの女は引き攣った悲鳴を上げながら魔法を使う。すると彼女は引っ張られるように浮かびながら、後方に大きく距離を取った。


 おお、今のはステラに使った魔法じゃな。が、使用する意図は違うようじゃの。


 どちらも引き寄せる力だったが、ステラの場合は捕縛する為。そして今は逃げる為に使われた。かなり応用が効く魔法なんじゃの。


 ふむふむ……なるほどのぉ。

 そういう魔法だったのか。陣式を間近で見れて、ようやく魔法のからくりが分かったわい。

 面白い魔法じゃの~。自分で考えたんかの?


「なんなのよあのボウヤは……頭おかしいんじゃない?」


「魔法を見せくれてありがとう。お蔭でお前の魔法の正体タネがわかった」


「なんですって!? そんな訳ないわ、嘘吐くんじゃないわよ!」


「嘘じゃないさ。お前の魔法は磁石――磁力を扱った魔法だろう?」


「なっ!?」


 その反応、どうやらビンゴのようじゃな。

 予想が当たって嬉しくなってしまったわしは、興奮しながら魔法の解説をする。


「透明な衝撃波は磁力を付与する魔法だろ? それもS極とN極と二種類ある。ステラが喰らったのがどっちかは分からないが、予め付与してあった木に引き寄せくっつけた。それが引力の魔法。それで石や木くずをなどの物体を飛ばしてきたのが反発の魔法だ」


「う、嘘でしょ……この短時間にアタシの魔法を見破ったっていうの?」


「付与した磁力はまだ切れていないが、込める魔力量によって変わるのか? 面白い魔法だ……よくこんな魔法を思いついたな。自分で発想したのか?」


「だったらなんだっていうのよ」


「いや、心の底から尊敬しているんだ。俺では磁力を魔法にしようなど思いもつかなかったからな。凄いじゃないか」


 嘘じゃない。魔法を研究し続けた一魔法使いとして、新しい魔法を創造したことは称賛に価する。


 さて、魔法の解明は済んだ。次は実験をしようじゃないか。


「ボウヤに褒められたって嬉しくないよ! タネが分かったからってなんだっていうだい。磁力魔法・マグネティック-S!」


 ローブの女は再び磁力付与の魔法を放ってくる。わしは避けることはせず、敢えて魔法を受けた。


 おお……こんな感じになるのか。身体に外傷はないが、ほんの僅かに違和感があるの。


「なんで避けないのよ!?」


 いや、これでいい!


「バカね、何考えているかわかんないけど、ペチャンコにしてやるわ! 磁力魔法・マグネティックアトラクション!!」


 ローブの女が引力の魔法を発動すると、周囲にあった岩や木くずが一斉にわしへ収束していく。集まってくる物体に付与されているのは恐らくN極。


 ならばわしは、この魔法を試してみようかの。


 わしはたった今覚えた魔法陣を構築し、魔法を発動する。


「磁力魔法・マグネティック+N」


「なんですって!?」


 自身にN極の磁力を付与する。するとどうなるか、その答えはすぐに形になって現れる。

 飛来してきた物体は、わしに当たる寸前の所でピタリと止まった。


 ほっほっほ、わしの予想通りの結果になったの。

 同じ極同士は反発して重なり合わない。その特性を用いて試してみたが、やはり物体がわしに当たることは無かったの。


 わしのN極魔法があやつのS極魔法を上書きできたのも、予想通りじゃ。


「まさか……魔法を真似した?」


「じょ、冗談じゃないわよ! この短時間でアタシの魔法を覚えたっていうの!? そんな馬鹿な事があってたまるもんですか!」


「驚くのはまだ早いぞ!」


 さて、一つの実験は試した。だが、わしはもう一つ試したい実験があるんじゃよ。


「今お前は引力の魔法を発動している。そこで俺が反発の魔法を使ったらどうなるか? 恐らく込める魔力量によって結果は変わるだろうが、試してみよう。

 磁力魔法・マグネティックリポーション」


 わしは魔法陣を構築し、反発の魔法を発動する。

 刹那、わしの周囲で滞空していた物体が勢い良く弾け飛んだ。


「きゃああ!」


 弾け飛んだ物体がローブの女に襲い掛かる。

 はは、思った通りじゃった! 込める魔力量によって反発の力が引力の力を上回ったぞい!


「はぁ……はぁ……くそ、アタシの魔法が押し負けたっていうの!?」


 衝撃を受け這いつくばっていたローブの女が立ち上がる。その際、目深に被っていたフードがはらりと舞い、素顔が露わになった。


 顔からすると二十代のギリ若者って感じかの。

 それよりなんじゃあの髪色……真ん中で赤と青で色が分かれておる。随分オシャレな髪じゃの~。


 あ、わし知ってるぞい、あれってツートーンっていうじゃろ。あれ、アシメじゃったっけ?


 まっ、どっちでもええか。


「磁力魔法・マグネティック-S」


「きゃ!?」


 わしは磁力を付与する魔法をローブの女にぶつける。これで準備は万端。最後の仕上げにかかるとするかの。


「さぁ今度はお前の番だ。磁力魔法・マグネティックアトラクション」


 引力の魔法を使用し、周囲にある物体をローブの女に収束させる。彼女は眉間に皺を寄せ、歯を食いしばりながら対抗してきた。


「舐っめるな――磁力魔法・マグネティックリポーション!!」


 反発の魔法を使うと、物体はローブの女の手前で踏み止まる。が、力の差がじりじりと出てきて、少しずつ物体がローブの女に近付いていく。


「ほれほれ、頑張れ頑張れ」


「このクソガキ……! この屈辱は必ず返すわ、覚えておきなさい!」


「はっ?」


 ズドドドド! とけたたましい轟音が鳴り響く。

 それは物体が地面に衝突した音じゃった。だが当のローブの女の姿はどこにも見当たらない。


「逃げたのか……あの状況で?」


 どうやって逃げたのだろうと首を傾げながら、逃げた手段を考える。


 恐らく転移魔法・テレポートか同じたぐいの魔法を使ったと思うんじゃが、魔法を発動した形跡が無かったんじゃよな。

 というか、あの状況で他の魔法を発動する余裕はなかったじゃろうし。


 考えられるパターンは、転移魔法の陣式をあのローブの中に予め施してあったか。


(まっいっか! 新しい魔法に出会えて楽しかったし!)


「ねぇ……あんた」


「あっステラ……大丈夫か?」


 あっかん、実験に夢中になって途中からステラの存在をまたまた忘れておった。


 ローブの女が消失したから魔法の効果が切れたのじゃろう。木に捕縛されていたステラがわしに声をかけてくるので、白々しく無事か聞いたら、彼女はそれに答えず疑わしい眼差しでわしを見つめながら問いかけてきた。


「あんた、いったい何者なの?」


「えっ!?」


 あっかん……完全に疑われておる。

 つい調子に乗ってやり過ぎたの……でも後悔はしておらん。


 よし……誤魔化そう!


「なに言ってんだよ……ただの魔法使……学生だよ。はっはっは!」


「……」


 あかん、ダメそう。


「そ、それより助けてくれてありがとな。嬉しかったよ。でもどうして助けてくれたんだ?」


「それは……“私のせいで”誰かが傷つくのが嫌だったからよ。別に貴方の為じゃないわ」


 そっぽを向きつつ、暗い表情を浮かべながら話すステラ。

 その陰りは恐らく呪いが関係しておるんじゃろうな。口ではこう言っているが、わしを助けようとしてくれたんじゃからやっぱり根は優しい子なんじゃよな。


 あかん……ますます好きになってまう。


「そっか、それでも嬉しいよ。さぁ、クリス達を探そうか。こんな事になってるし、二人が心配だ」


「ええ、そうね」


 あっ、その前にやっておく事があった。

 わしはステラに気付かれぬよう魔力を練り、遥か上空に魔法陣を構築すると、小声で詠唱する。


「第八階位魔法・風精の息吹(シルフィード・ブレス)


「きゃあああ!?」


 超級魔法を発動した瞬間、上空に浮かぶ魔法陣から暴風の波濤が森全体に吹き下ろされ、立ち込めていた霧を全て吹っ飛ばした。


 うむ、こうしておけば後は先生方が対処してくれるじゃろう。


「な、なんだったの……今の突風は?」


「さ、さぁ……」


 わしは見てしもうた。悪気はこれっぽっちもなかったんじゃが、見えてしまったんじゃ。

 だからわしは悪くないんじゃ……許しておくれ。


 ステラに懺悔しながら、わしは目に焼き付いた光景を思い浮かべる。


(……白か)


白か…

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