イケメン、追い込まれる
「ね、ねぇクリス君……さっきのは少し、言い過ぎだと思うの」
「僕は事実を言ったまでだ」
「で、でも……」
アルとステラと別行動を取るクリスとユンユ。
チガサラサラの実を探している最中にユンユが食事中のクリスの言葉を批判すると、彼は苛立たし気にユンユを睨みつけた。
「そんな事より少しは探したらどうだ? 君のせいで遅れているんだ、足手まといなら足手まといなりに努力しろ」
「ご、ごめんなさい……」
怒られてしゅんと俯くユンユ。
彼の言う通り、ユンユの体力に合わせてしまったせいで、班の進行速度は遅くなっている。
それは彼女自身も理解していた。
(私って本当にダメだな……)
自分が班に迷惑をかけていることも、役立たずの足手まといであるのも分かっている。
ドン臭くて、臆病で、人と話すのが苦手。ダメなところを挙げればキリがない。
そんなダメな自分を少しでも変えたくて、たまたま魔法の才能があったから魔法学校に入学した。しかし、入学しても特に変わることはなかった。
周りは優秀な生徒ばかりで、自分は落ちこぼれ。入学できたのが奇跡というか、入学できたのが何かの間違いではないだろうかと思うことも何度もあった。
「ね、ねぇ……クリス君はどうしてそんなに一番になりたがるの?」
数歩前を歩くクリスに恐る恐る問いかけると、彼は足を止めて、
「君は僕を馬鹿にしているのか?」
「そ、そうじゃないよ! そうじゃなくて、ただ純粋に気になっただけで……」
焦りながらユンユが弁明すると、クリスは気の抜けたようにため息を吐いた。
「以前クラス全員の前でも公表したが、僕はアルバート様を尊敬していて、あの方のような偉大な魔法使いを目指している。それには生半可な努力や成績じゃダメなんだ」
アルバート・ウェザリオは魔法使いなら誰もが知る偉大な魔法使いだ。
本人はただの魔法馬鹿で、自分が凄いとか立派だとかはこれっぽっちも思ってはいないが、世間の目からは尊敬して止まない存在である。
そしてクリスは誰よりも彼を尊敬していて、唯一無二の目標だった。優秀な父や兄ではなく、アルバートに憧れたのだ。
「あの方に近付くには常に一番でなければならない。この程度の試験で躓いている暇はないんだ」
「そ、そうなんだ……」
アルバート・ウェザリオを目指す。
大言壮語だと笑われるかもしれないが、クリスは一切の羞恥もなく真剣な顔で告げた。そんな彼が、ユンユの目にはとても眩しく見える。
「無駄話が過ぎたな。さっさと探すぞ」
「う、うん……」
再び歩き出すクリスについていくユンユ。彼女はクリスの背中を眺めながら心の中でこう思った。
(クリス君は凄いな……)
ユンユは自分に自信が無い。
だから彼女は、クリスのことを尊敬していた。成績優秀で、確固たる目標に近付こうと常に全力で、自信に満ち溢れたクリスのことが。
臆病で落ちこぼれの自分とは真逆な存在である彼は素直に尊敬できる。人を見下すところは、ちょっとどうかと思うが。
「あれ……もしかして……」
チガサラサラの実を探しているユンユは、少し離れた場所にそれっぽい花を見つける。近付いて確認してみると、
(やっぱりそうだ! チガサラサラの実だ! これで皆の役に立てる)
チガサラサラの実で間違いなさそうだった。
これまで足手まといだったが、やっと皆の役に立てると喜ぶユンユは花からチガサラサラの実を採取した。
しかし――、
「えっ!? きゃああああっ!?」
採取に夢中になっていたせいで、崖近くである事に気がつかなかった。しかも運悪く足場が崩れてしまい、ユンユは崖から落下してしまう。
(ああ、私っていつもこうだ……)
崖から落ちていく中、ユンユは己を責める。せっかく皆の役に立てると思ったのに、結局足手まといになってしまった。ドン臭いにも程がある。
自分なんかが頑張ったって無駄なんだ。そう卑下していると――、
「ユンユー!」
「ク、クリス君!?」
ユンユを助けようと崖から飛び降りたクリスが、必死に手を伸ばしてユンユの手を掴む。しっかり引き寄せて抱きしめると、窮地を脱すべく魔法を発動した。
「浮遊魔法・フロート!」
浮遊魔法を自分とユンユに掛ける。しかし、咄嗟に二人分の魔力を込めるのは難しく、魔法の制御が甘くってしまい着地に失敗してしまった。
「ぐぁっ!」
「クリス君!」
浮遊魔法のお蔭で二人は無事だったもの、落下の衝撃でクリスは足を負傷してしまった。痛みに顔を顰め、足を抑えながら呻いてしまう。
ユンユは今にも泣きそうな顔でクリスを心配するも、彼は問題ないと言い張った。
「ちょっと捻っただけだ。これくらいで騒ぐな」
「で、でも……! 凄い苦しそうだし、汗も出てるし……」
ユンユの言う通り、強がるクリスの顔からは大量の汗が噴き出し、叫びたいほどの痛みが身体を襲っている。
本人もなんとなく分かっているが、骨に異常をきたしているだろう。最悪、骨が折れているかもしれない。
早く治療しないといけないと焦るユンユは、空に向けて救難の合図を送ろうとする。だがクリスはその前に彼女の腕を掴んだ。
「やめろ、余計なことをするな」
「そんな……ダメだよ」
「僕なら大丈夫だ。こんな所でリタイアなんて冗談じゃない」
声を張るクリスに睨まれ、ユンユは仕方なく腕を下ろした。
「ご、ごめんね……私のせいで……」
自分のせいでクリスに怪我をさせてしまったと悲しみ、泣き出してしまうユンユに、クリスは胸中でため息を吐くと、
「謝るより先に何か言うことがあるんじゃないのか?」
「……た、助けてくれて……ありがとう」
「……ふん」
「でも、どうして助けてくれたの?」
「言っておくが君の為じゃないぞ、僕自身の為だからな。君が怪我してリタイアしてしまうのが嫌だったから助けたんだ。ただそれだけだ」
そっぽを向きながら告げるクリス。
例え自分の為であっても、助けてくれたことには違いない。
落下している時のことを思い出す。自分を助けるために崖から飛び降りたクリスの顔は、とても必死な表情だった。口では自分の為だと言っているが、助けようとしてくれた彼の気持ちが心より嬉しい。
だからユンユは、改めてクリスにありがとうとお礼を伝えるのだった。
「ありがとう、クリス君」
「なんども言わなくていいさ。そんな事より、チガサラサラの実は持っているんだろうな。見つけたんだろ?」
「う、うん! これだよね?」
手に握っていたチガサラサラの実を見せると、クリスは小さく頷いた。
「間違いない、チガサラサラの実だ。よし、早く愚民達と合流してゴールするぞ」
「うん! はっ――!?」
「どうした!?」
突然取り乱すユンユにクリスが問いかけると、彼女は苦しそうに胸を押さえながら震えた声音で答えた。
「恐い……なんだか“凄く嫌な予感がするの”」
「嫌な予感……だと? いきなり何を言って……なんだこの霧は」
何かに脅える様子のユンユを訝しんでいたら、いつの間にか辺りに霧が出ていることに気付く。しかも霧はどんどん濃さを増していった。
「何故急に霧が……」
「「ガルルッ」」
「森狼か。ちっ、こんな時に面倒な」
霧の中から現れた魔法生物に毒づくクリス。
元々この森には多くのモンスターが生息している。学校が管理しているので、凶悪なモンスターは生息していないが。
今までは偶然出会わなかったが、モンスターに妨害されるのも試験の内である。だが何もこんな時に現れなくたっていいじゃないか。
それも数が多いし、なんだか様子がおかしい。気が立っているというか……興奮しているようだった。
「「ガァ!」」
「第三階位魔法・火炎の津波!」
唸り声を上げて一斉に飛びかかってくるグリーンウルフに、クリスは初級上位魔法で迎撃する。魔法陣から津波を彷彿させる火炎の熱波が放出されると、グリーンウルフを焼き払った。
「ふん、大したことないな」
「……まだっ!」
「なに?」
一撃でグリーンウルフを掃討したクリスが安堵の息を吐くと、身体を震わせるユンユが大声を上げる。
その刹那、眼前から魔力の反応を感じ取ったクリスは咄嗟に防御魔法を発動した。
「第二階位魔法・火の壁!」
飛来してきた何かを火の壁で防御するが、押し負けたのか火の壁は消滅してしまった。
「ぐっ!」
「きゃあ!!」
水しぶきが二人に降りかかるが、威力は殺していたので傷を負うことはない。クリスが顔を隠していた腕を下ろすと、霧の中から人が現れた。
「カッカッカ! イキが良いのがいるねぇ、どうやらオレ様は当たりみたいだ」
「貴様、何者だ!」
不気味な嗤い声を上げる男は、全身を黒いローブで包んでいる怪し気な者だった。男と判別したのは、声が男性の声質だからである。
顔は霧のせいで良く見えない。分かるのは男であることと、フードの上に見たことがない紋様が描かれていることだけ。
見るからに怪し気な男をクリスが問い正すと、男は可笑しそうに嗤いながら答えた。
「誰だと聞かれて素直に答えるバカがいるかよ。でもそ~だな、“悪い奴”だとでも言っておこうか」
そんな事は言われなくても分かっていると、クリスは胸中で愚痴を吐いた。何者かは分からないが、悪意を込めた攻撃をしてきた時点で敵であるのには間違いない。
それも学校とは関与しておらず、全くの無関係な悪党だということも。
「何が目的だ」
「それは言えね~んだな。ただよ、ちょっとオレ様と遊んでもらうぜ。まっ、うっかり殺しちまうかもしれねーけどよ」
「殺すだと? ふん、笑わせるな。悪党風情が僕に勝てるなど烏滸がましいぞ」
「カッカッカ! ガキの癖に肝が据わってやがる。こいつは愉しめそうだ」
相手が何者だろうと関係ない。
牙を向けるなら、木端微塵に砕くまでだ。
クリスは敵を警戒しながら、背後で脅えているユンユに声をかける。
「ユンユ、僕から離れるなよ」




