大賢者、思い出す
「ここからスタートし、あそこに見える時計台を一周して戻ってきてゴールとする。勝敗は勿論、先にゴールした者が勝利だ。両者、それで構わんな?」
「「はい」」
ジョセフ氏のルールに、わしとショウは問題ないと返事をする。
「おいショウ、絶対に負けんじゃねぇぞ」
「勝負とか下らないけど、フェニックスに舐められる真似はしないでよね~」
「はっ! 俺がこんな奴に負ける訳ねーだろ」
バジリスクの生徒が揃ってショウを応援する。
興味なさそうな者もおるが、フェニックスに負けるのは嫌って感じじゃな。
仲間から応援されていいな~と羨ましがっていると、レオンが肩を組んできて可笑しそうに笑う。
「アル、おめぇって結構トラブルメーカーだよな。一緒に居て飽きねーぜ」
「なんだよ、応援してくれるんじゃないのか」
「そりゃ応援はするさ。ただ、ショウもクリスに引けを取らね~魔法使いだからな。あんまり期待はしてね~よ、怪我だけはしないように祈っておくぜ」
「さいですか」
レオンの言うことも尤もじゃろうな。
優秀な生徒が集まるバジリスクの中でも、ショウはリーダー格っぽいし。それにクリスと比較されておるみたいじゃから、そこそこはやるんじゃろ。
「おい愚民」
背後から声をかけられて振り向けば、いつものように険しい顔を浮かべているクリスがおった。
なんじゃろ、クリスがわしに声をかけてくるなんて珍しいが。
クリスは眉間に皺を寄せながら、わしにこう告げてくる。
「仮にも決闘で僕に勝ったんだ。ショウ如きに遅れを取るなよ」
「なんだよクリス、応援してくれるのか?」
「か、勘違いするな! 貴様が負けたら僕があいつより下に見られるだろ! それが許せないだけだ!」
クリスは大声で言うと、ふん! と身を翻して去っていく。わしとレオンはクリスの背中を呆然と眺めながら、
「俺、あいつの性格が段々分かってきたぜ……」
「ああ、俺もだ……」
まぁあれじゃ、クリスはツンデレで決定じゃな。
それが分かっても大して嬉しくはないがの。
「始めるぞ。両者位置につけ」
「「はい」」
ジョセフ氏に指示されたわしとショウは、スタートラインについて魔箒に跨る。
準備ができたのを確認すると、ジョセフ氏は静かに口を開いた。
「では、スタートだ」
◇◆◇
「では、スタートだ」
フェニックスクラス担任のジョセフがスタートの合図を切る。
大賢者アルバート・ウェザリオ改めアルと、ショウ・バーバリアンが同時に魔力を込めると、魔箒は空高く飛び上がった。
「負けんじゃねぇぞアルー!」
「ショウ、やっちまえー!」
両クラスの生徒が二人を応援する中、アルとショウは競い合うように突き進む。
先頭を奪取したのはアル。
彼も最大限の手加減はしているが、それでもアルのスピードにショウは追いつけない。既に三分の一の距離を通過した所で、このままでは負けてしまうと恐れたショウは仕掛けた。
「第三階位魔法・雷の矢!」
前方にいるアルに向かって手を翳し、魔法を発動する。
魔法陣から放出されたのは、幾つもの雷の矢であった。雷の矢は追尾するように動き、前を飛ぶアルに襲い掛かる。
「おわっ!?」
背後から迫る雷の矢に気付いたアルは回避しようとしたが、毛先に掠ってしまい制御不能になってしまう。
ダメージを受けた影響で魔箒が暴走し、落下しそうになってしまった。
「あっ! あの野郎汚ったねぇぞ! ちょっとちょっと先生、あれは反則じゃねーのかよ!?」
「やめろ愚民二号、見苦しいぞ。ジョセフ先生は魔法を使ってはいけないというルールを設定しなかった。なれば、ショウの行いも咎められるものではない」
「おいクリス、テメエどっちの味方だよ!」
「ふん、僕は事実を言ったまでだ」
ショウのズルを見ていたレオンは納得がいかずジョセフに問い詰めようとするが、その前にクリスに止められてしまう。
クリスの言い分は何も間違っていない。勝負のルールは先にゴールに着いた方の勝ちで、“魔法を使ってはいけない”というルールはなかった。
なので、ショウが魔法による妨害をしても反則とはならないのだ。
ジョセフはレオンに向かって、毅然とした声音で言い放つ。
「クリスの言う通りだ。我は魔法を使ってはいけないなどと一言も言っておらん」
「そういうのは先に言っておいてくださいよ」
「黙って見ていろ。このまま終わる奴ではないと、お前も思ってはいるだろう?」
「先生……」
淡々とした表情で空を見上げるジョセフにレオンは意外そうな顔を浮かべ、同じように空中であたふたしているアルを見上げる。
「……」
そしてステラも、アルのことを注意深く観察していた。
「はっは~! いい気味だぜ! 凡人は凡人らしく大人しくしてやがれ!」
ショウは高笑いをしながら、魔箒から振り落とされそうになっているアルを追い抜かす。卑怯な手を使ったショウに、アルは苛立つこともなく感心していた。
(あやつやるのぉ。勝負を挑んできただけのことはあるわい)
魔箒の制御をしつつ魔法を使用するのは、一年生にしてはかなりの高難度である。
二重魔法よりも難度は劣るが、やっていることはそれに近い。
クリスとライバル関係なだけはある。
「ふっ、面白い」
アルは楽しそうに笑った。
魔法使いの勝負に“卑怯”の文字など存在しない。格式を重んじる騎士の戦いではないのだ。
“どんな事をしても勝つ”。
相手を欺き、何重もの罠や伏線を張る。それが魔法使いの戦い方というものだ。
不意に、アルは古き学生時代の記憶が甦る。
入学式当日で学校の番長的な生徒に喧嘩を売られ、面倒ながらも張っ倒した後、自動的に学校のトップに君臨したアルは同級生や後輩からしょっちゅう下剋上を挑まれた(一度締めたけどまた荒れた)。
中には食堂のご飯に痺れ毒を盛ったり、闇討ちを仕掛けてくるなど、それはもう様々な方法でなりふり構わず勝とうとしてくる。
だが、アルはその全てを悉く返り討ちにしてきたのだ。
「魔法使いとはそうでなくちゃな」
ショウに不意打ちをかまされたアルは、昔の血が騒いだのか「ふっふっふ」と不気味な笑みを浮かべた。
「はっはっは! この勝負貰ったぜ!」
時計台をぐるりと回るショウ。これで折り返し地点、あとは真っすぐゴールを目指すのみ。
不意打ちによりアルの魔箒はもう使い物にならないだろう。ショウは既に勝ちを確信していた。
「へっ、これでキララも俺に惚れるだろうな」
実はショウ、キララに惚れていた。いわゆる一目惚れというやつである。
彼は顔が良く、才能に溢れ、家柄も良い。なのでモテるモテる。女に困ったことが一度もない。今のアルが聞いたら確実にブチ切れるほどモテている。
そんなモテモテのショウは、バジリスクでキララと会った時に惚れてしまった。
魔法使いらしくない派手な格好もそうだし、単純に顔が好みだし、なにより胸が大きい。好みの外見に加え、明るい性格や自分に媚びない所もポイントが高かった。
そんなキララがフェニックスの男と楽しそうにしている。自分を差し置いてイチャイチャするなど断じて許せない。
「それに、あいつはクリスの野郎にも決闘で勝ったんだよな。ってことはあいつに勝てば、クリスより俺の方が上ってこった。一石二鳥とはこの事だぜ」
ショウは小さい頃からクリスと面識があり、同年代だからなにかと比較されてきた。
しかし、自分はいつもクリスの二番手。嫌いな奴に劣っているのもムカつくが、自分なんか眼中にないという態度も気に入らない。
バビロニア魔法学校では絶対に勝ってやると意気込んでいたが、クリスが同じクラスの生徒と決闘して負けたとの噂が耳に入る。俄かに信じられなかったが、確認を取るとどうやら本当らしい。
そしてクリスに勝った奴は、キララにちょっかいをかけるアルであった。
だからショウは、アルに勝負を持ちかけたのだ。勝てばキララに良い所を見せられ、クリスに一泡吹かせられると踏んで。
「はっはっは! 今日は最高な日だぜ!」
「勝ちを確信するにはまだ早いんじゃないか」
「ええ!? おま、なんでついて来てんだよ!?」
背後から聞こえてくる声に振り返るショウは、すぐ後ろまでアルが迫っていることに驚く。
彼が驚くのも無理はないだろう。
アルの魔箒は完全に壊れ、勝負は終わった筈だったからだ。
彼にとっては残念なことに、アルは飛行魔法の陣式を再び書き直し修復したのだ。
普通の生徒では不可能なことだが、アルにとってはおちゃのこさいさい。魔箒を直したアルはかっ飛ばし、ゴール直前で追いついたのである。
「クソが! なら今度は撃ち落としてやるよ! 第三階位魔法・雷の矢!!」
「第二階位魔法・水の壁」
再び迫り来る雷の矢に、アルは防御魔法を発動する。
前方に薄く大きく伸ばした水壁を発現し、雷の矢を受け流した。
「なに、俺の攻撃魔法を防ぎやがっただと!?」
「忠告しておくが俺の魔法はまだ死んでいないぞ。第一階位魔法・フロート」
アルはさらに浮遊魔法を発動し、雷を纏った水を操りショウに向けて放つ。
勝負の際、アルは己に枷を着けることにした。それは初級魔法だけで戦うという枷である。
強力な魔法を使えば簡単に勝てるが、それではつまらない。自分は学校に青春を求めているだけなのだ。
クリスと決闘した時は彼に本来の魔法を教えるために中級魔法を使ったが、今回のようにこの先勝負を挑まれることがあれば、相手にもよるが基本的には初級魔法のみで対応する。
その方がずっと面白い。
「クソッ――ぐぁああああ!!」
迫る雷水にショウは咄嗟に回避行動を取ったが、避けきれず直撃してしまう。
制御不能になって慌てているショウに追いついたアルは、仕返しだと言わんばかりに蹴り飛ばした。
「くそ、卑怯だぞテメエ!」
「ば~か! 魔法使いに卑怯もクソもあるか~!」
自分の行いを棚に上げて激怒するショウに、アルはあっかんべーをすると、そのままゴールしたのだった。