大賢者、噂される
「入学式も無事終わりましたねぇ」
「そうだな。新入生には是非、アルバート様のような偉大な魔法使いを目指して欲しいものだ」
(本当この人アルバート様大好きだな……)
私はカミラ。
偉大なる大賢者、アルバート・ウェザリオ様も学んでいた名誉あるバビロニア魔法学校の校長である。
それと、優秀な魔法使いとして名誉ある『賢者』の称号を我が国の王様から頂いているが、私如きアルバート様に比べたら半人前もいいところだ。
私はアルバート様を尊敬している。というより崇拝している。
アルバート様の存在を知ったのは、幼い頃に魔法使いを目指そうとした時、アルバート様が書かれた魔法入門書を初めて目にした時だった。魔法とは何か、どんな仕組みで成り立っているのか分かり易く丁寧に書かれており、何度も何度も読み返した。その本によって魔法の虜になった私は、世に出ているアルバート様が書かれた本を片っ端から搔き集める。読めば読むほどアルバート様がどれほど凄い魔法使いかを知った私は、アルバート様が学ばれたというバビロニア魔法学校に入学することを決意する。アルバート様は学生の頃から数えきれない伝説を作って――
「校長、話聞いてます?」
「ん、ああ聞いてる聞いてる」
「いや聞いてないでしょ(この人ま~たアルバート様のこと考えてたな……)」
アルバート様のことを考えていたら、ウイルス教頭に遮られてしまう。
このハゲ、また私の邪魔をしたな。入学式の時も、魔法使いの雛鳥にアルバート様が如何に素晴らしい魔法使いであるかを伝えようとしたが邪魔されてしまったんだ。
本当に余計なことをしてくれたなこの教頭。
「で、なんの話だったか……」
「(やっぱり聞いてねぇ~じゃないか)フェニックスクラスの生徒が、入学初日に騒ぎを起こしたそうですよ。なんでも、ブラッドリー家の次男と他の生徒が決闘したとか」
「ほう、決闘か。今年の新入生は粋が良いようだな。実に喜ばしいことだ。そういえば、アルバート様も入学初日に上級生に目をつけられて決闘を申し込まれたんだが――」
「その話はもう何回も聞きました。隙あらば語ろうとするのやめてくれませんか」
「ちっ、なんだその態度は! 私はアルバート様の弟子なんだぞ!」
「それも何回も聞きました。というか、怒るなら普通『私は校長なんだぞ!』でしょ~が」
別にいいじゃないか! 私はもっとアルバート様のことを語りたいんだ!
私は小さくため息を吐きながら、ウイルス教頭に問いかける。
「それで? 勝敗の方はどうだったんだ。ブラッドリー家の生徒が勝ったのか?」
「それがどうやら、ブラッドリー家の生徒は負けてしまったそうです」
「ほう……」
その話を聞いて少し驚いてしまう。
ブラッドリー家は、代々優秀な魔法使いを輩出している名高い一族だ。我が校の在校生にも一人いるが、その名に恥じない高成績を出している。
確かその在校生が長男で、今年入ってくる新入生が次男だと教師の間でも話題になっていたな。
兄ほどでもないが、次男のほうも優秀だと聞いている。それに勝ったのというか。
「面白い、なんて名前の生徒なんだ?」
「さぁ、そこまでは……」
「そうか。まぁ優秀な生徒が入ってきたのは喜ばしいことだ。歓迎しようじゃないか」
「注意とかしなくていいんですか?」
「そんなものは担任の教師がするだろう。フェニックスクラスの先生は誰だったか?」
「ジョセフ先生です」
「あぁ、そうだった」
今年のフェニックスの担任は彼だったな。
ジョセフ先生は優秀な教師で、今までずっとバジリスククラスを担当していたのだが、今年になって急にフェニックスを担当したいと言ってきたんだ。
彼がそういう事を申してくるのは珍しいので理由を尋ねたら「少し、気になる生徒がいまして」と言っていたんだったな。
「ジョセフ先生ならば問題ないだろう。私達が出しゃばるまでもない」
「そうですね」
話は終わり、私は仕事に戻っていく。この時期はやることが多いんだよ。
ああ、久しぶりにアルバート様とお会いしたいな。
◇◆◇
「王様とかかったりぃ~マジやってらんね~わ」
「王様……そういう事はあまり口に出さないでください。誰かに聞かれでもしたら困ります」
「別にいんじゃね?」
「はぁ……少しは王様らしく威厳を出してくださいよ」
俺はベル・アレクサンドロス。魔法国家マジカヨの王様だ。
王様といっても、肩書だけでそんなに大したもんじゃない。国の纏め役として、形だけ作られたようなものだ。仕事だって書類に判子を押したり、たま~に他国と外交するぐらいだしな。
だから王様なんてあってないようなものである。
なんでかというと、マジカヨは魔法使いのための国だからだ。
遥か昔の時代、魔法使いの数はそれほど多くはなかった。魔法という不思議な力は人々から恐れられ、魔法使いは煙たがられていたらしい。
そんな現状に魔法使いは嫌気が差し、なにをトチ狂ったのかこう考えたんだ。
『魔法使いのための国を作っちまおうぜ!』
魔法を自由に研究したい。魔法の存在を世の中に認知させたい。魔法使いを増やしたい。
純粋な想いを掲げ、数人の魔法使い達が行動を起こし、いつしか本当に魔法使いのための国を作り上げてしまった。
そんな軽いノリでできたのが魔法国家マジカヨである。
だがそこで一つ問題が起きた。
国を作ったのはいいものの、誰がどう国を治めるかで困り果ててしまったんだ。
魔法使いとは基本的に魔法のこと以外どうでもいいと思っている魔法馬鹿な連中である。
政治とか全然興味もないし、面倒だし、魔法の研究ができなくなるから誰もやりたがらない。
しかし、国を作っちゃったから誰かが治めないといけない。
そこで当時国を作ったメンバーの中で王様を立てることになったんだが、王様の決め方もまぁ適当なものだった。
「いい加減王様決めようぜ」
「誰でもいいからやってくれよ」
「じゃあ俺がやる」
「じゃあ私が」
「じゃあ僕が」
「「どうぞどうぞ!!」」
「えっ?」
そんな適当な決め方で王様になったのが、俺の祖先である。
王室でたまたま見つけた祖先の日記にはこう書かれていた。
『あいつらにハメられた……』
それを見た時の俺は、やっぱり魔法使いって馬鹿しかいね~なと呆れたよ。
結局祖先が王様になり、その一族が今でも王様を引き継いでいるんだ。
そういうことだから、マジカヨは魔法使いが一番で、王様なんて形だけの存在であると俺はそう思っている。
まぁ、俺の親父や歴代の王達の中には「いやいや、王様が一番偉いからね」と踏ん反り返る王様もいたけどな。
「そういえば、アルバートには連絡がついたのか?」
ふと気になったことを宰相に問いかけるも、彼は困ったような顔を浮かべる。
「ダメですね。大賢者様の研究室に何度も遣いを行かせているのですが、ずっと不在のようでして……」
「連絡が途絶えてもう数か月になるぞ。あの爺、ま~た一人で古代遺跡を探しに魔界に行ったのか? いい加減自分の歳を考えろよなぁ」
今や大賢者ともてはやされているアルバート・ウェザリオは、俺の唯一無二の親友である。
アルとはバビロニア魔法学校で出会ったんだが、他の生徒達が王子の俺とあまり関わりを持とうしない中、あいつだけは気軽に接してきたんだよな。
まぁ、俺というよりは王族の血統魔法に興味があっただけだったみたいだけど。
アルは嫉妬するのも馬鹿馬鹿しくなるぐらい凄い魔法使いで、学生の頃から次々と偉業を成し遂げた。
新しい魔法の発見に、魔界や古代遺跡の探索もそうだが、魔法に関連する全ての時代を百年は進めたといっても過言ではないだろう。
卒業してからもその偉業は止まることはなく、多くの魔法使いから尊敬されたアルはいつしか大賢者と大層な名で呼ばれるようになる。
せっかく俺が正式に最高位として大賢者の称号を与えたのに、アルの野郎は心底どうでもよさそうだったっけ。まぁ、そういう所が好きなんだけどな。
俺が王になってからもアルとは交流があり、特別相談役として助けてもらっている。
今回も相談したいことがあったのだが、数か月前から行方をくらましている。
まったく、どこに行ったのやら……。
アルの弟子達は母校の校長になったり軍の役職に就いたりと、育成や国防に尽力しているっていうのに、その師匠は今でもあっちにほいほいこっちにほいほいと自由気ままでいいよなぁ。
いい歳なんだから、少しぐらい落ち着けっての。
はぁ……アルが羨ましい。
「早く王様辞めて隠居したいな~」
「ダメです、もう少し頑張ってください」