大賢者、ルームメイトに会う
「双方そこまで。この度の決闘の勝者は、アル!」
「「おおおおおっ!!」」
「マジかよ、あいつクリスに勝っちまったぜ!」
「なんなんだよあいつ、やばすぎんだろ!?」
ジョセフ氏がわしの勝利を宣言すると、観戦していた生徒達がわっ! と湧き上がった。
若い魔法使いに褒められるのって案外気分がええもんじゃな。こんな気持ちになったのは初めてじゃ。
これで女子にモテモテになったらどうしようかの~。
そんなアホな事を考えていたわしは、決闘に破れ意気消沈しているクリスに歩み寄った。
「そんな……僕が負けただと……ありえない、こんな事があってたまるか」
「おい」
「――っ!?」
わしが声をかけると、クリスは顔を上げる。彼の表情は絶望に染まっておった。
そんな彼に、わしは残酷な言葉を送る。
「俺の勝ちだ。この意味、わかるよな?」
「っ!? ……貴様に言われなくてもわかっている! 退学でもなんでもしてやるさ」
「あ~それいいよ。この決闘は無効だし」
「はっ? 貴様、何をふざけた事を言っている。同情ならやめろ、僕は己の信念をかけて戦い負けたんだ。潔く退学しよう」
「いやいや、同情もなにも俺、お前にハンカチを返してないし。だからそもそも決闘になってないんだよ」
「あっ……」
クリスも気付いたようじゃな。
魔法使いがハンカチを投げつけるというのは、決闘を申し込むということじゃ。じゃが、決闘を成立するには申し込まれた側がハンカチを返さなければならん。
わしはあの時、クリスにハンカチを返しておらずまだ持っている。
なので、そもそも決闘は成立していなかったんじゃ。まぁ、わしはわざと返さなかったんじゃがな。
わしは呆然とするクリスに、手を差し伸べながら謝罪する。
「謝るよ。わし――じゃなくてアルバート……様への侮辱は撤回しよう。無神経なことを言ってすまなかった」
「……謝罪は受け取ろう。だが、決闘の件は無効じゃ僕の気が済まない。僕は信念をかけて戦ったんだ。例え決闘が成立していなかったとしても、それで無かったことにはならない」
差し出した手を、ぱしっと払い除けられてしまう。
もう~強情じゃの~。でもそういう所、わしは結構好きじゃよ。
クリスは立ち上がると、ジョセフ氏に一礼して踵を返し、一人決闘場から去っていく。
そんな彼を、誰も引き止める者はおらんかった。まぁ、なんて声をかけていいのかもわからんしの。
「生徒諸君、集まりたまえ」
ひと段落したところで、ジョセフ氏が生徒達を呼ぶ。
彼は生徒達を見渡しながら、
「一通りの決闘の流れは分かったな? 今回は“ただの喧嘩”で済んだが、魔法使いの決闘とは己の信念をかけて戦う神聖な儀式だ。軽はずみにしていいものではない。それを胸に刻んでおくように」
「「はい」」
「これで本日は終了とする。各自、学生寮に戻るように」
「「はい」」
「明日から授業を開始する。遅刻した者には罰を与えるぞ。では解散」
最後にそう締めて、ジョセフ氏は去ってゆく。
残った生徒達も各々消えていくが、三分の一くらいは残ってわしに声をかけてきた。
「お前凄いんだな!! ブラッドリーに勝つとは思わなかったぜ」
「魔法は誰に教わったの!?」
「中級の魔法はいつ会得したんだ!?」
興奮した生徒達から質問攻めにあってしまう。
決闘する前までは悪目立ちによって「こいつマジやべ~奴だな」といった冷たい視線を向けられていたが、今じゃ尊敬の眼差しに変わっておる。
あっかん、わし浮かれちゃうぞい。
クリスには感謝せんといかんな。彼が決闘を申し込んでくれたお蔭で、わしの評価が良いほうに変わったんじゃから。
いや~これぞ青春って感じがして楽しいのぉ。
そんな風に浮かれておると、突然レオンに肩を組まれる。
「俺はお前が勝つって信じてたぜ! なぁアル!」
「おい……お前さっき退学しても元気でなとか言ってただろ」
「えっ、俺そんなこと言ったっけ? 全く覚えてね~や」
こいつ……とぼけやがったな。本当に調子の良い奴じゃな。
まぁ、そういう所は憎めんが。これが陽キャというやつなのかの。
わしは生徒達と魔法談義を少しの間した後、一緒に学生寮へと向かったのじゃった。
◇◆◇
「103号室は……ここか」
わしは今、男子寮の部屋の前におった。
バビロニア魔法学校は全寮制の学校じゃ。生徒は全員、寮で生活することになっておる。
一年生は1~~号室。二年生は2~~号室。三年生は3~~号室と年代ごとに別れている感じじゃな。
わしの頃の学生寮は今にも崩れ落ちてしまいそうなボロっちぃ建物じゃったが、今の学生寮は大きく綺麗に改築しておった。
「よし、入るか」
一応扉をノックして、わしは自分の部屋の扉を開いて中に入った。
「おお……綺麗な部屋だな」
部屋に入ったわしは、昔とは比べものにならないほど綺麗な内装に感動を抱く。
部屋は大きなワンルームで、机が二つあり二段ベッドが一つあった。わしの頃の部屋は狭く窮屈じゃったが、こんなに広いなら快適に過ごせそうじゃな。
「やぁ、もしかして君が僕のルームメイトかな?」
内装を観察していたら、二段ベッドの一段目に寝ていた生徒がむくりと起き上がり、わしに声をかけてくる。
「そうだ。俺はフェニックスクラスのアルだ、よろしく」
「僕はユニコーンクラスのリアムだ。よろしくね」
ベッドから出てくるリアムと挨拶を交わす。
ほう、リアムはユニコーンクラスなんじゃな。
男子寮の部屋は、別のクラスの生徒とルームメイトになることが多い。
入学してから卒業するまでクラスは変わらないから、他クラスの生徒と交流が少ない。その処置として、学生寮では別のクラスの生徒と同じ部屋になるんじゃ。
(それにしてもこやつ、惚れ惚れするほど美形じゃなぁ~)
リアムの整った外見につい目を奪われてしまう。
さらさらとした金髪。ぱっちりとした大きな目に空色の瞳。顔は小さく、シミ一つない白い肌と、潤った瞳。
まるで白馬の王子様といった感じじゃな。
(ていうかこいつ可愛くない? 本当に男なんか? あっかん、なんだか胸がドキドキしてきおった)
男だと分かっているからイケメンに見えるが、男だと分かっていなかったら可憐な美少女にも思える。かなり中性的な顔立ちじゃし、本当におち〇こついてんのかの?
それに、リアムの顔を見ているだけで胸がドキドキしてくるんじゃが。
いかんいかん、わしに男の気はないんじゃ。気を確かに持つんじゃ。
「どうしたの?」
「ああすまん、なんでもない」
「そう? 悪いけど、ベッドは下を取らせてもらったよ。高いところじゃ眠れないんだ」
「それは構わない」
「よかった。そういえば来るのが大分遅かったけど、どうしたの? いつまで経っても来ないから、この部屋は僕一人だと思っていたよ。あっ、荷物の整理をしながらでいいよ」
リアムに聞かれたので、わしは既に送ってもらっていた荷物を解きながら遅れた理由を話す。荷物といっても、衣服とペンぐらいしか入ってないんじゃがの。
「へぇ、入学初日に決闘か~。アルって面白いんだね」
「別に面白くはないと思うが……」
「どんな人がルームメイトになるんだろうってちょっと不安だったけど、アルがルームメイトでよかったよ」
そう言って、リアムは明るい笑顔を浮かんでくる。
(ほ、惚れてまうやろ~~~~~!!)
なんじゃその王子スマイル。わしを惚れさせる気なんか?
青春を送りたいと思っておるが、わしは男と恋愛をするつもりはないぞい。
それからリアムと他愛のない話をしていると、夕食の時間になったので一緒に食堂へ向かう。
食堂は学生寮とは別の場所にあり、一年生から三年生の生徒全員入れるほど広く大きい。
既に食事は配膳されており、所定の位置に座って食べ始める。
(ご飯の味は変わってらんのぉ。懐かしい味じゃ)
学食の味はわしの頃と同じじゃった。
めちゃんこ美味しいという訳じゃないが、懐かしい味にほっこりする。あっという間に食べてしまった。
食事を終えた後は風呂じゃ。
部屋に帰ってきたわしがリアムに一緒にどうかと誘ってみるも、彼は苦笑いを浮かべて申し訳なさそうに、
「ごめん、裸を他人に見せるのが苦手なんだ。僕のことは気にせず行ってきてくれ」
「そ、そうか……じゃあ行ってくる」
裸の付き合いでもっと仲良くなろうと思ったが、リアムに断られてしまう。
残念じゃが、そういう人も中にはおる。別段おかしなことではないしの。
わしは一言告げて、男子寮にある大浴場に行く。
たまたま会ったレオンと風呂に入りながら、ルームメイトについて話した。
「俺のルームメイトは無口な奴でよ~」
レオンのルームメイトはバジリスククラスの生徒で、話しかけても無視されてしまうらしい。それはちょっと可哀想じゃな。
わしがリアムのことを話すと、レオンは「全てのイケメンは滅んでしまえばいい」とおっかない顔で愚痴を言っておった。
うん……お主の気持ちは痛いほどよく分かるぞ。
風呂に入ってさっぱりした後、わしは自分の部屋に戻ってきた。
リアムは既に眠っておったので、わしも足音を立てず二段ベッドに上がり横になる。
(騒がしい入学式じゃったが、楽しかったの~。明日はどんな一日になるんじゃろ)
憧れていた学校生活は始まったばかり。
これからどんな青春を送れるのだろうかとワクワクしておると、疲れたのかわしはすぐに寝てしまい、学校生活の初日が終わったのじゃった。
本日もう1話更新予定です!