大賢者、死す
「第十階位魔法・断罪の業火」
「ギィヤァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」
灼熱の業火が異神を焼き尽くす。
異神は耳障りな悲鳴を上げながら、業火の中で藻掻き苦しむ。その光景を、わしは淡々とした表情で眺めていた。
「ハァ……ハァ……神であるワタシが、たかが一人の人間如きに手も足も出ないとはな」
ほう、この魔法を喰らってもまだ生きておるとはな。
少し驚いたわい、伊達に神を名乗っている訳ではないってことかの。
まぁ、それがどうしたというもんじゃが。一発で駄目なら、十発でも百発でも喰らわせればいいだけの話じゃし。
「貴様はいったい……何者なんだ」
今にも息絶える寸前の異神が、恐怖に脅えた声音で問うてくる。
その質問に、わしは胸中で一つため息を零した。
神といっても二流じゃな。最初は欠片も興味がなく、虫けら同然の視線を向けていた癖に、自分が殺られそうになるや否や敵の素性を知りたがるとは。
一流なら、相対した瞬間に敵の実力を見抜けるというもの。それが分からん時点で、神は二流以下じゃ。
二流相手に名乗るのも億劫じゃが……仕方ない。
冥途の土産に答えてやるかの。
「なに、ただの老い耄れた魔法使いじゃよ。まぁ、巷では大賢者と呼ばれておるがの」
◇◆◇
わしはアルバート・ウェザリオ。齢六十のじ~さんじゃ。
人生の全てを魔法に捧げてきたわしは、いつしか大賢者と呼ばれるようになった。
ただの魔法馬鹿なわしが、そんな大それた称号を与えられるのは歴史の先人達に申し訳ないのじゃが、どんなに否定しても呼んでくるので好きに呼ばせるようにした。
大賢者なんて仰々しい称号、わしには似つかわしくないんじゃがの。
そんなわしはいつものように魔法の研究をしていると、突然神から使命を与えられてしまう。
その使命とは、この世界を侵略せんとする異世界の神を討伐して欲しいというものじゃった。
いやいや、異世界の神ってなんじゃよ、とわしは即座に突っ込んだ。
この世界に神が存在るのは誰もが知っておる。神は人々に恩恵を与えておるし、人々は神を崇めておるからの。
じゃが異世界の神ってなんぞや。
そもそも異世界ってなんぞや。
わし等がいるこの世界以外にも、他の世界があるってことかの?
そんな質問をぶつけてみたら、「そうです」と返ってきおった。じゃからわしは「マジか」と呟いた。
どうやら異世界の神は、わし等がいる世界を侵略し征服したいらしい。そんなもん自分とこの世界でやっておれよ……。
侵略されると困るから、神は今のうちに討伐したいと言ってきおった。
そんで、世界を救う使命をわしに任命してきたんじゃ。
面倒じゃが、別にやってやらんでもない。
ただ、なんでわし? と純粋な疑問を投げてみたら、この世界で異世界の神を討伐できるのはわししかおらんという。
えぇ……わしだけって、この世界の生物弱くない? わしより強いのおらんの?
世界最強と神からお墨付きを貰って嬉しいのやら悲しいのやら微妙な気持ちになってしもうた。
そんなこんなでわしは異世界の神――異神と戦うことになった。
戦う前に神から祝福を授けられたが、こんなもんなくともいける気がするんじゃよね。
戦うならいつがいい? と神が聞いてきたので「今からでええよ」と答えてやった。
神は驚いておったが、わしは早く魔法の研究の続きがしたいんじゃ。異世界の神だか何だか知らんが、ぱぱっと終わらせて研究がしたいんじゃ。
そう告げると神は「なんだこいつ」みたいな無言の空気を醸し出した後、わしを異神がいる異界に転移させた。
「お主が異神か。真っ黒けっけじゃの」
「なんだ貴様……この空間にどうやって入ってきた」
わしは異神と対峙する。
突然現れたわしを見てびっくりする異神の外見は、人型の模型を黒く塗りつぶしたような見た目じゃ。目や鼻や口がない、のっぺらぼう。それでいて不気味な雰囲気を漂わせておる。
それが異神じゃった。
見た感じの第一印象としては、「なんじゃこいつキモイな」としか感じない。あとはまぁ“これくらいなら”余裕じゃろう、とも。
直観で感じた通り、異神と戦闘が発展しても終始わしが圧倒する。
最初から強力な魔法をバンバン使うと、異神は成す術もなく耳障りな絶叫をするのみ。
それでも持ち堪えておったが、流石に今放った魔法は効いたみたいで、異神の身体は朽ちて満身創痍じゃった。あとはトドメを刺すだけって感じじゃの。
「フッ……大賢者か。まさか、貴様ほどの人間がこの世界にいるとはな。神であるワタシが、一方的にやられるほどの魔法使いか……神め、とんだ隠し玉を用意していたな」
「神じゃろうがなんじゃろうが、魔法が効くならわしが勝てない道理はないの」
「ハッ、その通りだな。認めよう、大賢者。貴様は神が知る中で最強の魔法使いだ。だからこそ、このまま生かしてはおけん。貴様だけは、今この場で確実に殺してやる!! ハァーーーーーーーァア!!」
そう告げた瞬間、異神から強大な力が迸る。
刹那、漆黒の衝撃波を放ってきた。初めて危機感を抱いたわしは、咄嗟に魔力障壁を展開する。
しかし――、
「無駄だ! それは魔法で防げるものではない!!」
「なに!? ――ぐぉぉおおおおおおおおおお!?」
衝撃波は障壁をすり抜け、わしに襲い掛かる。
身体に損傷はないが、息が苦しい……。なんじゃこれ、どうなっているんじゃ。
わしはいったい何をされたんじゃ。
狼狽していると、息も絶え絶えな異神がしてやったりといった声音で告げてくる。
「それは呪いだ。それも、残っているワタシの全エネルギーを付与した『死』の呪いだ」
「はぁ……はぁ……呪い、じゃと」
「そうだ。魔力が高かろうと呪いには抗えん。これで貴様は死ぬだろう」
呪いか……確かにこれは魔法とは別種のものじゃの。
回復魔法を使っても、どうにもならん。まさかこんな奥の手を残しておるとはの。
しくったのぉ……余りにも弱いもんで慢心しておったわ。
「ワタシは死ぬ。だがワタシは神だ。今ここで死んだところで、時が経てばやがて復活するだろう。神は永久に不滅なのだ」
「はぁ……はぁ……なんてズルっこい神じゃ」
「なんとでも言えばいい。さらばだ大賢者、次は貴様の居ない世界でこの世界を征服してやるぞ」
最後にそう言ったあと、異神は朽ちるように消滅した。
――ドクンッ。
「ぅぐっ!」
胸が苦しい。身体に力も入らなくなった。
これはもう駄目じゃの。わしは死んでしまう。
別に死ぬのはええ。
六十も生きたしの。魔法に魅入った子供の頃から今まで、魔法と共に過ごしてきた。
後悔はない。
(いや……一つだけあったか……後悔が……)
力が入らず、バタリと倒れる。
薄れゆく意識の中、わしは一つだけ後悔があったのを思い出す。
それは――、
「青春……してみたかったのぉ」
人生の全てを魔法に捧げてきたが、いつの日か気付いたんじゃ。
一度も青春らしい青春を送ってこなかった、と。
もし次生まれ変わるとしたら、可愛い女の子とイチャイチャしたい。
だってわし、生まれてこの方女の子と手を繋いだことがないんじゃもん。
そんなくだらないことを考えながら、わしは死んでしまったのじゃった。