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イベント・夏

過去とラジオとつなぐ糸




 ラジオが聞こえる。

 妹が好きだったラジオを。

 毎週録音していたラジオ番組が聞こえる。


「妹が亡くなってもう数年か……」

 事故で命を落とした幼い妹を思い、ひとり呟く。

 月命日を迎えるたびに思う。

 あの時そばにいれば、と。


「お、見えてきた」

 蔦が絡まった鳥居と朽ち果てたお社。

 元神社のこの鳥居を強い想いをもってある時間にくぐると過去に飛ぶ。

 胡散臭い話ではあるものの、妹に会えるならと藁にも縋る思いでここに来た。

 そして俺は決められた時間になると、鳥居をくぐる。


 *


 ラジオが聞こえる。

 幼い妹が聞いていたラジオ番組が。

 耳につないだヘッドホンから命日の前週が流れていた。


「お兄ちゃん、また録音した番組聞いてるの?」

 懐かしい声が聞こえ、姿を見る。

「ああ。妹が好きなものなら知っておきたいからね」

 涙が出そうになるのをこらえ、平静を装って妹に答えた。

「過保護。シスコン」

 妹が口をとがらせて話す。

「せっかくジュース買おうかと思ったのに」

「あーウソウソ。冗談だってばお兄ちゃん」

 妹のやり取りを楽しみ、近くにある自動販売機でジュースを買う。

「どれにする?」

「これ」

 妹はよく飲んでいたものを選ぶ。

 それを買って手渡すと、妹が笑顔とお礼を返す。


「ありがとね、お兄ちゃん」

 妹の声に胸が詰まる。

 それと同時に理解した。

 いつまでも悔やんでいてはダメだと。

(妹が好いていた俺に戻ろう)

 心の中で決意する。

 妹が誇れるような俺になることが、俺であることが大切だと気付いた。

「どうしたの?」

「昔のことを思い出していただけさ」

「変なお兄ちゃん。昔は昔、今は今だよ」

 大事なのはこれから、妹の口癖だった。

「大事なのはこれから、だろう?」

「なんで私の言いたいことわかるの?」

「お兄ちゃんだからね」

 そういってほほ笑むと妹はふしぎな顔をする。


(あとは帰るだけだな)

 胡散臭い話によれば過去に戻っても眺めるだけにしておく。

 それがルールで、絶対に守れと言われていた。

 だから俺は見守る。見届ける。妹の最期の時を。


「買い物に行くけど、お兄ちゃんも来る?」

 妹が出かける間際になって、俺を誘ってきた。

(記憶では一人で行ったはずだけどな……)

 願ったからだろうか、過去が少し変わっていた。

 断るのもおかしな話なので、一緒に行くことにする。


「もうすぐお祭りだねー浴衣着よっかなー」

 夕日の中、楽しそうに歩く妹を見守りながら後ろを歩く。

(本当に楽しそうだな。楽しみにしていたもんな、お祭り)

 そう思いながら、周囲を見ていると、道路のはるか向こうに車が見えた。


「車来てるぞー」

「うん?歩道によっとくよ」

 縁石の内側に妹が向かう。

 その縁石が途切れて、家と家の間にある交差点に妹が差し掛かる。

 嫌な予感がして俺は駆け出す。

(やっぱり見てるだけなんてごめんだ!俺は妹に生きててほしい!)

 交差点から出てきた車が見え、ぶつかりそうになった瞬間俺は妹を突き飛ばす。


(これでいいんだ……これで)

 突き飛ばした妹は怒るだろうか。

 悲しむだろうな、と思い俺は瞳を閉じる。


 その刹那、目の前から衝撃があった。

 瞳を開けると、あろうことか妹が俺を突き飛ばす。

 そして唇が動いた。

「生・き・て」

 と。


 *


 ラジオの音が途切れだす。

 雑音が入り、ノイズが混ざる。

 そして周囲は静寂に包まれた。


「よかった、気がついたのね」

 誰かの声がして目を開くと、目の前に両親がいた。

「看護師さんを呼んでくるよ」

 父が慌てて廊下に出る。

「ここは……病院?」

 体が痛む。

 声がおかしい。

「落ち着いて聞いてね。あなたは事故にあったの」

 母が話しかけてきた。

(そうか……やっぱり運命は残酷だな)

 絶望に浸る俺の耳にさらなる絶望を告げる言葉が母の口から語られる。

「あなたをかばってお兄さんが亡くなったわ」


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