当日の夜
薄暗い寝室の中は、先程までの濃密な空気が薄れてきていた。
まどろむルーナの髪を、森の王であるイリューがいとおしそうに撫でる。
頬に残る涙のあとは、ルーナが昼間のことを嘆いて泣いたわけではない。
イリューがルーナの態度に煽られた結果、泣くまで攻めてしまったせいだ。
柔らかな顔で微笑むルーナの涙のあとに、イリューが口づける。
眩しそうに目を細めたルーナの顔は、イリューが今まで見てきた中で、一番幸せそうに見えたし、美しく見えた。
初めて森で見つけたときの、絶望の表情はもうどこにもなかった。
イリューが、また体を起こす。
まだ、ルーナを眠らせたくなかった。
「イリュー様……」
イリューの意図を読んだのだろう。ルーナが困ったように名前を呼んだ。
「ルーナは目をつぶっておけばいい」
「……眠らせてくれないくせに」
拗ねた声のルーナは、それでも本気で嫌がってはいなかった。
イリューに愛される行為が、本当に幸せだと感じるからだ。
イリューがルーナに口づけようとしたその瞬間、動きが止まる。
「どうかされましたか?」
ルーナが首をかしげる。
いや、とイリューが首をふる。
ただ、イリューは感じただけだ。
あの呪いをかけた6人のうちの一人が命を落としたことを。
おそらく、ルーナの従姉妹だろうと思った。
だが、イリューにとっては、もはやどうでもいいことだ。
ルーナの願いは、すべて叶えたからだ。
イリューはルーナの望み通り、6人に呪いをかけた。
悪いことをしようとすれば、もう二度としたくなくなる呪いを。
命があることを後悔しながら死んでいく恐ろしい呪いを。
悪いことをしようとしなければ、呪いは発動しないのに。
ルーナに口づけながら、イリューは人間の欲深さが理解できないと思う。
たったひとつのキスだけで、こんなにも幸せな気分になれるのだということを、きっとあの人間たちは知らないに違いない。
イリューは唇を離すと、ルーナを見つめる。
イリューと同じように微笑むルーナに、イリューは満たされ、吐息をこぼした。
寝室の中はまた、濃密な空気をまとい始める。
完