ストーカー
私はストーカーに追われている。心当たりは全くない。私は昼は大学で授業を受け、夜はバイトで夜の街へ溶け込んでいく、ごく普通の大学生なのだから。
そいつの存在に気付いたのは半月前。いつものようにバイトを終え、もうすぐ朝になろうかという市街地を歩いていると、私以外の足音が私のそれとシンクロしているのに気がついた。
私が歩く。
コツコツコツコツ
そいつも歩く
トットットットッ
私が走る
カッカッカッカッ
そいつも走る
タッタッタッタッ
なんなんだ、全く。多くのおじさんの相手をした後なのだ、勘弁してくれ、と心の中で嘆いていた。まったく今どきのおじさんは褒められるか誰かを貶すか、どちらかをしないと生きていけない。しかしなるほどインターホンを鳴らすなどの直接的なことは全くしてこない。
気味の悪さよりめんどくささが勝ったので、無視し続けた。
僕は今、とある人のボディガードをしている。とあるキャバクラで出会った女の子からのとある一言が忘れられず、そんな健気に生きる彼女を守るのが僕の役目だ。
世の中には危険がいっぱいだ。おまけに容姿をいいときた。交通事故、痴漢、ストーカーなどなど。彼女を守れるのは僕しかいない。
彼女は私に、おじさんまだまだ若いじゃん、清潔感もあるし実際顔も悪くない。怪しい?っていうか、妖艶だよね。と言ってくれた。
彼女がその細い脚を漕ぐ
コツコツコツコツ
僕が共鳴する
トットットットッ
彼女が飛ぶように
カッカッカッカッ
僕は見守るために
タッタッタッタッ
彼女を守っている、そんな状況に自信を取り戻した僕は以前より周囲に優しくなった気がする。
スポーツショップで働いているのだが、私の体型からか以前はよく怖がられた。何もしていないのに怖がられる、そんな理不尽さに接客も冷たく、話しかけられなければ応えない、というスタンスをとっていた。しかし、今の私の生活は充実している。生にやりがいを見出しいている。そんな僕は短く髪を切り、ファンデーションなど顔をん印象に気をつけ、ワントーン明るい声で積極的にお客様に提案している。
この前もTシャツがふっくら盛り上がっているお兄さんにシューズの相談がとても参考になり、膝をあまり痛めなくなったと感謝された。
そんな順風満帆な僕だが、一つだけ気がかりなことがある。僕以外に彼女を守ろうとしている輩がいるかもしれないのだ。
僕が歩く
トットットットッ
そいつが迫る
ザッザッザッザッ
僕が彼女に合わせて走り始める
タッタッタッタッ
そいつも走る
ズンズンズンズン
私は恋をした。スポーツショップのお兄さん。一見か細く見えるが、そのお兄さんの体のバランスは素晴らしい。この前、膝の痛みに悩んでいた私のシューズ選びを真摯にサポートしてくれた時、これと試してみては、ととあるシューズを履かせてくれた。私はその時、そのお兄さんに王子様を重ねてしまった。
以来私はそのか細いお兄さんを守っている。私の肉体が少しでも彼のために使えるのなら、そう思いながら。
なんか二人に増えた気がする。ストーカー。
この前、そのうちの一人と目があってしまった。驚くほどタイプだった。ソース顔の濃い目鼻立ち、小麦色に焼けた肌、Tシャツが破れそうなほどの筋肉。
私は細身の方には目もくれず、マッチョな彼の突撃をまだかなと待ち続けていた。もちろん玄関の鍵も開けっぱなし。以前より、見た目に気を使うようになり、友達からは恋でもしているの、と言われたほどだ。その通り、している。だけどストーカーだということは秘密だ。
彼女が最近より綺麗になった。僕の気持ちに気づいたのかな。嬉しいな。もし僕たちが付き合えた時、彼女を恥ずかしい目に合わせるといけないので私も服や化粧品にお金を使うようになった。また守るためには力がいる。彼女が以前より綺麗になったということは以前より危険に晒されるということだ。私はジムに通い始めた。
彼の雰囲気が少し変わった気がする。大人っぽくなったというか、体型も以前よりがっしりしてきた気がする。まさか刺客?私のほうが魅力的でなくては、彼にそっぽを向かれてしまう。以前よりプロテインの量を増やし、肌がより見える半袖Tシャツで過ごすことが多くなった。歯のホワイトニングもし、笑顔もバッチリだ。
あのマッチョをまた見かけた。白い歯が以前より笑顔を眩しくしていた。どこまで私の理想に近づいてくんですか、お兄さん。気づくと私は学業そっちのけでお兄さんを追っていた。気づいてくれないかな、新しいワンピース。
気づいているよ新しいワンピースだね。
そっちこそ気づいてよ、最近筋トレを始めたんだ。
気づいているよ、筋トレ。まだまだだけど、かわいいね。
あなたこそ気づいてよ、ホワイトニング。魅力的じゃない?
こうして町の街の風景に奇妙な大三角形が追加された。永久機関とも言えるそれは今日も近すぎず遠からずの距離を保ち、街を滑るように移動している。