12月の親子
「クリスマス、どうするんだ」
そう声をかけると、隣を歩いていた長男はスマホから顔を上げ、ああ、と不愛想に頷いた。
「別に、現金でいいよ」
高校生にもなると、現実的になるものだ。
サンタクロースが袋から現金を取り出す様を想像しながら、首を振る。
「違うよ、俺が言ってるのはプレゼントの話じゃなくて」
「え?」
長男が面倒そうにこちらを見る。
「お前はクリスマス、一緒に過ごす相手はいないのかよ。もう高校生なんだから」
「いるわけない」
長男は自嘲気味に笑う。
「男子校なんだぜ」
「俺も男子校だったよ」
すかさずそう反論する。
「俺の頃は近くの女子高の子と、年がら年中合コンやってたけどな。クリスマスだって、彼氏彼女のいない同士のグループで遊びに行ったりしてさ。男子校なんだから逆にそういうこともあるだろ」
「昭和の話はやめてください」
失礼なことを言う。
「平成の話だよ」
「令和にはそういうことはないから」
そう答える長男の息が白く弾む。
「いや、あるだろ。SNSとかにそんなような小さな恋の物語が山ほど転がってるだろ。知らんけど」
「俺だって知らない。興味ないよ」
「まあ、とにかくプレゼントが現金ってのは無しだな」
「ええ?」
長男は面倒そうな顔をする。
「それで欲しいもの買うんだから、一緒じゃん」
「だってお前、考えてみろよ」
そう言うと、一足先に家を出て、妻と一緒に駅で到着を待っている小学生の次男の名前を出す。
「まだあいつはサンタさんを信じてるんだから。お前だって、兄ちゃん何もらったのって聞かれて、お金って答えられないだろ」
「ああ」
長男はこちらを見ずに答える。
「じゃあ考えとく」
「おう」
頷いて、それから付け足す。
「なるべく早く決めろよ。あと、ちゃんとクリスマスに間に合うものにしろな」
去年は大変だった。
ぎりぎりになって、次男は発売したばかりの超人気ゲームの名前を挙げてきたし、長男に至ってはパッケージ版のないダウンロード版のみのゲームの名前を挙げてきた。
妻とともに家電量販店を何店も駆けずり回って、やっとこさ次男の分は確保したが、長男には断固変更を要求した。電子データをどうやって枕元に置けというのだ。
「もう言っちゃえば? サンタは父さんだって」
またスマホに目を落としながら、長男がそんなことを言う。
「あいつもどうせもう薄々分かってると思うよ」
「そうかもしれないけどな」
いくらまだ小学生とはいえ、これだけ情報が溢れている時代に、次男もいつまでも無邪気にサンタクロースの存在を信じていることもないだろう。長男の言うように、大体のことは分かっているのかもしれない。
だが、躊躇はあった。
長男の時のことを、今でも少し後悔しているからだ。
小学校も中学年になり、さすがにもう分かっているだろうと思って、無造作に聞いてしまったのだ。
今年のプレゼント買いに行くけど、一緒に行くか?と。
あの時の長男の顔は、忘れることはできない。
「まあ、本人が言い出すまではそっとしておくさ」
そう言うと、長男は、ふうん、とだけ答えた。
「父さん」
「ん?」
「仕事、大変なの?」
「ああ、まあな」
スマホから顔を上げない長男をちらりと見る。
すっかり背が伸びた。だが、それでもまだこっちの方が高い。
「心配すんな。お前らの学費くらいはちゃんと確保してる」
「うん」
「ほら、母さんたちいたぞ」
道路の向こうで、妻と次男が手を振っている。
次男の、パパ、兄ちゃん、こっちこっち、という嬉しそうな声が聞こえた。
「ほら、もう携帯しまえ」
「うん」
長男がコートのポケットに無造作にスマホを突っ込む。
駅前の商店街のクリスマスソングが微かに聞こえてきた。
「父さん」
「ん?」
「クリスマスプレゼント、そんなに高いものじゃなくていいよ」
「だから、心配するなって言ってるだろ」
歩行者信号が点滅を始めた。
「走るぞ」
「うん」
並んで走った。
はやくはやく、と次男が楽しそうに声を上げる。妻の笑顔が見えた。
今年も、クリスマスが来る。