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これが大人の世界の温度だね!

作者: Q輔

 ここは、現世とあの世の境目「三途の川」の河原。


 僕はこの河原に建つ「フェリーマンカンパニー」という渡船会社に勤める三途の川の渡し守。


 今日も、渡船場から沢山の死者を渡し舟に乗せ、あの世へと渡している。


 僕は、エフと呼ばれている。


 どうやら僕は6番目にここへ来た渡し守らしい。渡し守A、渡し守B……6番目の僕は、渡し守F。


 恐らく過去には別の名前があったと思われるのだが、まるで思い出せない。何故ここで働いているのか。いつここへ来たのか。何も憶えていないのだ。


 気がついたら、ここで働いていた。


 まったくトホホのホだ。


 ちなみに、渡し守の仕事は、実際に船に乗って死者をあの世へ渡す、いわゆる「船頭」ばかりではない。


 乗船する死者の受付。死装束や三角頭巾の配布。乗船員数・出船時刻の管理。渡し舟のメンテナンス。などなど。仕事内容は様々。


 僕は数年前から最終決断補助者ファイナルジャッジヘルパーという仕事に就いている。


 毎日現世とあの世の境目にある三途の川の河原で働いていると、時折、生者とも死者ともつかぬ、彷徨人ワンダラーがふらりと訪れる。


 ワンダラーが、三途の川を渡るか否かを決める。つまり「生きるか死ぬか」の最終決断をする。そのお手伝いをするのが、僕の仕事。


 ファイナルジャッジヘルパーと言えば聞こえはいいが、まあ、事実上現場のトラブル処理係。


 ほら、今日もこの三途の川の河原に、生者とも死者ともつかぬ悲しきワンダラーがやって来た。

 本日のワンダラーは、中二男子。


 少年は、三途の川の河原で立小便をしているところを保護された。僕は、受付で少年の簡単な手続きを終え、さっそく魂の彼と一緒に、現世の彼のもとへ向かった。


 山田寛太やまだかんた


 年齢13歳。


 存在意義=中二。


 中学入学当初から不登校。以後自宅に引き籠り。


 両親は寛太が幼い頃に離婚。現在、母と二人で暮らしている。


「おやおや、君、百均のビニール紐で首を吊ったの? ちぎれるに決まってるでしょう。新聞や雑誌を括るのじゃないんだから」


「あれ~、おかしいな~。死ねると思ったんだけどな~」


 ぼろアパートの二階の一室に、寛太の身体は倒れ伏していた。僕と寛太の魂は、天井付近から寛太の身体を見下ろしている。


 寛太は肥満児だ。部屋の境目にある鴨居にビニール紐を結び付けて首吊り自殺を図ったようだが、安いビニール紐は簡単にちぎれ、その際にテーブルの角で頭を打ち、軽い脳震盪を起こして気を失っている。


「ねえ、お兄さん。えーっと、ファイナルジャッジヘルパーって言ったっけ?」


「あ、そのネーミング長いから、呼び方変えてちょうだい。僕はエフと言います」


「ねえ、エフさん。俺、死んじゃったの?」


「気を失っているだけだよ。軽い脳震盪だから、死にはしない」


「じゃあ何故俺は三途の川にいたのさ」


「それはこっちが聞きたいよ。自分は死んだ! 絶対に死んだ! 死んだのだ! と勝手に強く思い込む輩が、ちらほら三途の川に迷い込むので、僕は困っている」


 頭をぶつけた拍子にテーブ落ちたのだろう、テーブルの上にあった冷えたメンチカツが床に散乱している。


「あーあ、もったいないなあ、メンチカツ」


「お母さんが、勤め先のスーパーの総菜屋から、売れ残った商品が廃棄扱いになる寸前のものを貰ってくるのさ。もともとゴミみたいなものだ。俺、冷えたメンチカツはもうウンザリだよ」


 寛太は、床に散乱したメンチカツの一つを足で蹴った。


「こら! ガキ! 食べ物粗末にしてんじゃねーよ!」


 突然の僕の怒号に、寛太は首をすくめた。



 ※ ※ ※ ※ ※



「本当は今すぐオフィスに戻いのだけれど、こうなってしまった以上、君の報告書も作成しなければならないから、一応聞きくね。自殺の動機は何?」


「今日、俺は見たくはない大人の世界を見てしまったんだ。絶望してしまったんだ」


 寛太は鼻をほじりながら、絶望とは程遠い間抜け面で話し始めた。


「俺、中一の四月にいじめに遭って以来、ずっと不登校の引き籠りなのね。今日も昼過ぎに目が覚めてさ。すんげー腹が減ってたのね。んで、今日に限って何となくお母さんが働いているスーパーの総菜屋に行ってみたんだ――」


 以下、寛太の話を要約する。


 その日寛太は、ショーケースにコロッケやカラアゲや焼き鳥串などが並んだ総菜屋の店頭で働く母を発見した。


 おや、何やらカウンターの隅で、母が店長らしき男性に厳しく指導されているようだ。母は校長室の壺をうっかり割ってしまい、教師に懇々と叱られている生徒のように下を向いて立ち尽くしている。寛太は、母に見つからないように店頭に近づき二人の会話を聞く。


「何度も言ってるけど、声が小さいんだよ。そんな小声じゃあお客様に届かないよ。言いたかないけど、覇気がないの。ほら。もっと元気出して。ほら、頑張って」


「……すみません」


 一回りも年下の店長にガミガミ怒鳴られた後、母はショーケースの前に立ち、寛太が聞いたことのないような大声で、


「コロッケ揚げたてでーす! 揚げ出し豆腐特売でーす!」


 と店の前を行き来するお客に叫び続けていた。


 店内の他のパートのオバちゃんたちが、和気あいあいと会話している中、母だけが孤立しているようにも見えた。寛太の母は、寛太いわく、どの風景にも上手く馴染めない独特の存在感があるそうだ。


 母のこんな姿を見たくはなかった。悲しかった。切なかった。かと思えばだんだん腹の底から怒りが込み上げてきた。


 あの、すみません、俺、この者の息子ですけど。俺のお母さんは、もともと人前でこんな客商売を出来る人ではないのです。本当は家で静かに本でも読んでいたい人なのです。せめて厨房でコロッケにパン粉をまぶす係りとか、裏方に回してやってもらえませんか。て言うか「適材適所」って言葉知ってます? 


 よっぽどそう店長に文句を言ってやりたかった。


 言えなかった。


「――んで、まあ、自殺しちゃおうかな、と」


 鼻をほじり終わった寛太が、指先についたものを口でしゃぶりながらそう言った。




 ……あ、あ、あ、呆れた。


「そんなつまんねえ理由で自殺なんかしてんじゃねーよ!」


「でもさ、エフさん。自分の親が他の大人に怒鳴られてるの目撃するのって、結構きついよ。俺がいなくなれば、お母さん、毎日夜遅くまで働かなくてもいいと思うんだ。きっと俺のせいだよ。俺が悪いんだよ」


「だったら、お前が早く自立して、お母さんを支えてやれ!」


「いやあ、俺、出来ればこのまま死にたいな」


「はあ???」


「俺は社会に出たくない。今日大人の世界を垣間見た気がした。大人の世界は冷たいものだよ」


「勝手に決めるな! 君が思うほど、大人の世界も捨てたものじゃないと思うぞ!」


 ぐうーーーーーーー。


 その時、床に倒れ伏している寛太の腹から音が鳴った。


「何? 今の音、何?」


「何って、君の身体が空腹なのだろう。死にかけのくせに、悲しいかな、腹は減るようだな」


「そう言えば朝から何も喰ってない。は、は、腹減ったー」


 ぼろアパートの外から鉄の階段を掛け上げる音がする。寛太の母が帰って来た。やばい。時間がない。母がこの部屋の扉を開ける前に、最終決断をせねばならない。


「おい、寛太君。時は来たり。ファイナルジャッジ! 君は三途の川を渡るかい?」


「うーーーーん。エフさん、俺、腹がペコペコだ。だからいったん現世に戻る。とりあえずメシ喰ってから考える。やっぱり死にたいなーって思った、もう一回自殺するから、そん時はヨロシク!」


「冗談じゃない! 二度と来るな!」



 ※ ※ ※ ※ ※



「おい! 寛太! どこで寝ているのよ! 部屋の中グチャグチャじゃない! 片付けてよ、もう!」


 母が寛太を揺さぶり起こす。


「あ痛たたたたたあ。あれ、ついさっきまで、俺、ここで誰かと一緒にいたような。あれ、変だなあ。思い出せないなあ」


 現世に戻った人間は、その瞬間に僕と過ごした一切の記憶を失くす。もちろん、僕の姿は二人には見えていない。


「寛太、今日お店に来てくれたんだね。ふふふ、別に隠れなくてもいいのに」


「ち、ばれていたか。てゆーか、今日はいつもより帰りが早いね」


「パートのみんながね、今日ぐらい早く帰りなさいって、残業を代わってくれたの。それから、店長がね、これ、息子さんに食べさせてあげてって、プレゼントしてくれたの」


 母は、揚げ物袋に入ったメンチカツを寛太に見せた。


「一応ケーキも買ってきたからね」


「ケーキ? あー、そうかー、今日は俺の誕生日かー」


 おいおい、誕生日に自殺なんかしてんじゃないってのっ。


「みんな優しかった。うれしかった。また明日から頑張ろう。お母さん、そう思ったよ」


 母は、そんなことを自らに言い聞かせるように呟き、晩御飯の支度をウキウキと始めた。


「……ねえ、お母さん、仕事、楽しい?」


 母の後ろ姿に、寛太が聞いた。


「うん、楽しいよ。もちろん辛いこともあるけどね。辛いときは寛太の顔が浮かぶんだ。そうしたら辛さなんて吹き飛んじゃうよ。お母さんが頑張れるのは、寛太のおかげだよ。寛太、ありがとうね」


「……お母さん」


「何?」


「……ごめんなさい」


 寛太は晩御飯の支度をする母の後ろで、激しく嗚咽をしながら泣いた。母は寛太の泣き声を聞こえないふりをして、晩御飯の支度を続ける。


 よく分からないけどこの子にも色々あって。ゆっくりだけど着実に大人になっている。そっとしておいてあげよう。


 母の表情から、そんな包み込むような優しさが溢れていた。


「ほら、触って! まだ温かい!」


 しばらくして、いつまでも泣いている寛太に、母が、店長がプレゼントしてくれた揚げ物袋を持って、話しかける。


 メンチカツの入った袋を寛太に触らせる。


「本当だ! まだ温かい! 揚げたてだね! ホカホカしている!」


 普段廃棄後の冷たいメンチカツばかり食べている寛太のテンションが、一気に上がった。


「ね、温かいでしょう!」


「温かい! 温かい!」


 次の刹那、寛太が、室内の天井付近から二人の様子をずっと見ていた僕の方を向き、明らかに僕の目を見て、こう叫んだ。


「これが大人の世界の温度だね!」


 僕は、びっくりしてして、空中で腰を抜かした。


「ちょっと、寛太。あなた、誰と話をしているの」


「あれ、変だなあ。俺、誰に言ったのだろう」


 ぐ、偶然、だよね。焦ったあああ。大丈夫。見えてはいないようだ。


 食卓には、揚げたてのメンチカツと、ご飯と味噌汁、そして小さなバースデーケーキが並んだ。


 山田寛太やまだかんた


 年齢13歳。


 存在意義=中二。


 揚げたてメンチカツにソースをぶっかけて、14歳になった。



この物語は、一話完結のシリーズ作品です。

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