その4
「今から、ちょっとおかしなこと言うけど、聞いてくれる?」
「もちろん」
俺の目をじっと見る春日井さん。俺もせっかくなので春日井さんの瞳を観察させて頂く。なんて綺麗な瞳だろう。大きめで、くりくりとしていて、そこはかとなく感じさせる幼さがまた、春日井さんの雰囲気にマッチしているというか、この瞳が春日井さんのかもし出す雰囲気を決定付けているというか。ともかく、吸い込まれそうになるというか、むしろ吸い込まれたい。
「私は、この場所を知っているような気がするの。例えば、このまま歩いていくとすぐに桟橋が見えてきて、その横には立て札が立っているはず」
そう言って指差した先に、やがて桟橋が見えてくる。その横には、遠くからでも明らかに立て札が立っているのが見えた。
「そして……」
「立て札には恋愛を成就させるためのお参り方法が書かれている」
俺が言うと、春日井さんは驚いた顔で俺を見た。
「ごめん、俺も朝から……」
「そうだったんだ」
ここで初めて、俺は自分の身に朝から起きていたことを細かく話した。お返しにとばかりに春日井さんも朝からの異変をさっきよりも細かく語ってくれた。総合してみると、俺の判断は間違っていなかったようで、どうやら俺のほうが重症なようだった。
どう見たって興味深そうなのは春日井さんのほうなのに、どういったわけで俺の方が重症なのか。その理由は誰に聞いたら教えてくれるんだろう。知ってる人がいたら、ついでに是正措置とかについても検討を依頼したいものだ。
「でも、変だわ。一人なら既視感とか、まあ百歩譲って予知なんてセンもあるけど」
「二人ともが同じ状態ってのはね」
そう言って悩みながら、俺はやっと胸のつかえが少し取れたことを感じた。やっぱり、人に話すってのは大事なことなんだな。
「ねえ、これって説明できる?」
心なしか、春日井さんの声がウキウキして来ているような。
「いや……」
「考えられる要因なんて、一つしかないよね。つまり……」
春日井さんはまるで名探偵のように、人差し指をピンと立てて不敵な笑みを浮かべた。
「私達は今日という日を体験したことがあるのよ」
薄々考えてはいたが、あまりに非常識すぎて口に出来なかったことを春日井さんはさらりと言ってのけた。ひょっとして、オカルト思考の人なのか。
「いや、でも……」
「でも?それしか考えられないよね?私達は今日という日を繰り返しているのよ」
「まさか……」
「それも、一度や二度じゃないわ。もっとたくさん」
顔つきが明らかに生き生きしている。それにつられたのか、あるいは脳が受け入れを拒否しているのか、俺は現状に対して何の感情もわいてこなかった。しいて言うなら唖然としている状態である。
「人間の脳ってのは、そんなに単純じゃないってことよ。毎回リセットが掛かっているみたいだけど、完全には消去し切れていないのよ。それが積もり積もって今、明らかな違和感となったに違いないと思わない?」
思う、思わないじゃなくて思いたくない。俺はとりあえず黙って苦笑いを浮かべておいた。曖昧な笑みというのは、時として雄弁に物を語ったように見せかけられる。人類の編み出した英知のひとつといって過言ないだろう。
春日井さんは何も答えない俺を置き去りにして、自分の思考の中へとダイブしてしまったようだ。腕組みをして眉間にしわを寄せる彼女の姿は、一廉の名探偵を思わせる。
「ところで牧瀬君」
「な、何?」
「この池の側を歩きながらの会話に、聞き覚えは?」
俺は首を左右に振った。こんな突き抜けた会話、それこそ脳にこびりつきそうなものだ。
「私も無いわ。……てことは、新展開ね。いよいよ私達は解決編に近づいてきたのかもしれないわ」
「か、解決編?」
「そうよ。毎回ちょっとずつ新展開があって、全ての事実が出揃ったとき、解決編へのルートが確定するのよ。そして明日が来る!!」
だんだんついていけなくなってきた。いくらなんでもキャラが変わりすぎだろ。
「そうなの?」
「そういうものなのよ。確証は無いけどね」
そう言ってなぜかにこやかな笑みを浮かべる春日井さん。どうもこの状況を楽しんでいるように見えてしまうのは間違いだろうか。
「鍵はあの立て札よ」
桟橋の隣に立っている立て札を、春日井さんは音がしそうなぐらい力強く指差した。
「あそこに何が書いてあったか、もちろん分かるわよね」
春日井さんに言われた俺は、すかさず脳をフル回転させる。
「えーと、願いの叶え方だっけ」
「そう。私達はあれが原因で繰り返す毎日に巻き込まれた」
そんなことまで分かるのか?
「……んじゃないかな、多分。他に原因らしいことって見当たらなくない?」
あてずっぽかよ。しかし、こんなアグレッシブな春日井さん、会社じゃ絶対にお目にかかれない。ある意味レアだけど、これが彼女の本性なんだろうな。彼氏がいない理由が、何となく分かってきたような……。
「というわけで、あの立て札までダッシュよ!!それはもう、夕日に向かうがごとくね」
言うなり走り出す春日井さん。俺も慌ててついていく。そんなに急がなくても、立て札は逃げないですよ?




