リベルターギルド
「グル君、三日も森で何をしているんでしょう」
「まぁまぁ、あの子が簡単に死ぬはずもないし、魔力は追えるからね。決まった時間になると同じ場所に帰ってきているのだからキャンプでもしているのではないかい?」
「うーん、お部屋が合わなかったのでしょうか?」
「そういうんじゃ無いと思うけどねぇ……やはり妹とゲイルに任せきりは良くなかったかねぇ」
グルが学園へ到着したその日に街を出て森へ行ったのはガーネットと学園長であるシスも気が付いていた。街の近くに危険な魔物は多くは無いとは言え夜は危険だ。そのためガーネットは追いかけようとしたのだが、学園長であるシスに止められて静観するようにと言いつけられた。
そして彼が森へ入ってから既に三日が経過している。一応人格者で実力もあるからと姉とその家族であるゲイルに任せた事をやや悔やんだシスであったが、グルが森へ行くと決めるきっかけとなった赤毛の狩人の存在をシスは知らなかった。
(よし、いいぞ。この森にいる獣は村にいるのとそう違いはなさそうだ。野草の類も教わった物しかない。それに人の手が結構入っているからか村の近くの森よりも狭いように感じるな。この間も武装した数人の狩人がいたし、あの街の人たちもここで食料をとっているんだ。あまり危険は無さそうだし、一旦寮に戻ろう。)
それは狩人ではなくリベルターである、と彼に教えてくれる人間はまだいない。三日間を森で過ごした彼は食べる為に少しだけ獲物をとった。数匹の兎と鳥…どちらも本来は魔物と呼ばれる相手なのだがグルは魔法を使われる前に仕留めてしまっている為未だに獣と変わらないと思っている。肉は全て食べ、内臓は埋め、骨や羽や皮は綺麗に処理をして持ち帰って街へ戻ってきていた。
「おや?君は確かガーネットさんのお連れさんだったね?」
「あい、僕はグル」
「グル君か。森へ行っていたのかい?おー、兎火と風鳥を狩ったのか!まだ小さいのにやるじゃないか!それに皮も羽も綺麗に取っているね、これなら売り物になりそうだよ」
「売り物?」
「そうさ、リベルターギルドに行けば…って君、登録もせずにそれ狩って来たのかい?」
「もしかして悪いことだった?学園のルールでは言われなかったんだ」
「いや、驚いただけさ。それにしても、リベルターにもなってない子供が魔物をねぇ…こりゃあ将来が楽しみだな。いいかい、ここから見える少し背の高い建物があるだろう?あそこがリベルターギルドだ。そこに行って登録をすればそういった魔物やら薬になりそうな草なんかも買い取ってくれるんだよ。」
「そうなんだ、ありがとう。行ってみる」
「おう、せっかく綺麗な皮なんだ、落っことして汚さないように気をつけな」
どうやら門番の男性はグルが初日に出会った人物だったようで彼を覚えていた。正直な所、皮などはまだ使いみちが無かったので暇つぶしに袋でも作ろうかと考えていたグルだったのだが、買い取ってくれるのならばそちらの方が良かった。一応村にも行商人が来て売買はしていたのでグルも金の大切さは知っている。
(前に行商人が来た時はちょうど売り物が無くて新しいナイフが買えなかった。皮をお金にしてくれるなら都合がいい。それにお金は大事だから少しくらい持っておかなきゃ。)
実はゲイル爺がそこそこな額を持たせていたのだが、荷物袋を一度も開けていないグルはその存在を知らない。
門番に教えてもらった建物は近くによるとより大きく見えた。木製だがしっかりとした作りの2階建てのその建物は、学園ほどでは無いにしろ周りの家々よりは一周りも二周りも広く、たくさんの人々が出入りをしていた。
少し立て付けの悪い扉を開けると、中は酒場も併設しているようで少し騒がしかったのだが、グルは特に気にした様子もない。ゲイル爺のスパルタ教育の甲斐あって、グルは読み書きも出来る。そのため迷わずに登録と書かれた担当の窓口までたどり着いた。
職員も、リベルター達も見慣れない子供が入ってきたので少しだけ注目はしていたのだが、彼が手に持っている物を見て更にその目線は多くなる。まだ年若い、下手をすれば自分の子供くらいの年齢の子が魔物の皮を持って並んでいるという異常事態が起こっていたからだ。
「いらっしゃいませ、こちらの用紙に記入をお願い致します…えっと、代筆は必要ですか?」
「大丈夫、読み書きは習っているから」
受付の女性もやや困惑しながら登録用の用紙を手渡していた。本当に大丈夫だろうかと彼女が様子を伺っていると、スラスラと子供らしからぬ綺麗に整った字で情報を書き終えていた。
「では確認致しますね…はい、全ての箇所に記入されていますね。身分証を発行致しますので少々お待ち下さい。あと、そちらの素材は売却予定でしょうか?」
「うん、全部買ってくれる?」
「係の者が品質を確認して、余程酷い物で無ければ全て買い取らせていただきますよ。お待たせしました、こちらがリベルターギルドの身分証となります、無くしてしまうと一時的に買取や依頼の受注が出来なくなってしまうので気をつけて下さいね?では、こちらを持って査定の窓口にお並び下さい」
「あい、ありがとう」
ひょいと手を挙げて礼を言ったグルはさっさと別の窓口に並ぶ。そちらは少し混んでいるようで呼ばれるまで五分ほどかかった。
「お、君がグル君っすねぇ?さっきから皆さんソワソワしてたんで楽しみだったんすよ!」
「そう?」
「そうそう、グル君みたいな可愛い子供が素材を、それもこんなに綺麗な状態で持ってくるなんて珍しい事っすからねぇ。うんうん、パッと見ただけで分かりますよぉ、これは良いものっす。
満点あげちゃいまっす!」
自分の番が来たと思うや否や、こちらの青い髪の女性は先程の受付に比べてとても馴れ馴れしいが、グルは嫌な感じがしなかった。彼女の言った通り、周囲の人間はグルに様々な目を向けている。
しかし、それは悪意からではないようで、好奇心や心配、或いは初めてのお使いに来たのではという生暖かい視線だった。女性は話が終わると受付から数枚の銀貨を取り出してそれをグルに手渡した。
「兎火の皮と風鳥の羽が多数…合計して銀貨三枚っすねぇ……いやぁ、初日から大儲けっすね!あたしも昔を思い出しちゃうなー!もう暗いから寄り道しないで帰るっすよー!それと、次に来る時もこの私、天才受付係のシグルスちゃんのところに来るっす、あっという間に値段をつけてパパっと解決しちゃうんだから!あ、でもどんなに魅力的でも手を出しちゃダメっすよ?素敵で超強い恋人に怒られちゃうっすからね?」
(よく喋るけど、一つも何を言ってるか分からない人だなぁ。)
よく喋るギルド員をバッサリ無視したグルは何とも言えない複雑な顔をしていたが、されるがままに頭を撫でまわされて銀貨を三枚受け取って受付を後にした。
それからもギルドを出るまで、周囲の大人たちから頑張ったな!初めてのお使いか?などと生暖かい声を掛けられ続けられていた。確かに自分は子供と呼ばれてしかるべき年齢と見た目をしているが、夜の狩りも何度も行った事がある。しかし相手はそれを知らないのだし、ここで妙に反応すると余計に子供っぽくみられるのではないかという葛藤を心の中で行っていた。
予定外の収入を得たのでお目当てのナイフを売っているであろう店を探そうにも、すでに時刻は夕方であり、ほとんどの店は片付けを始めていた為大人しく学園の自室へと戻った。
(それにしても、今まで普通の獣だと思っていたのが魔獣だったなんて驚きだ。兎火に風鳥…どっちも使う魔法からつけられた名前と言っていた。分かりやすいけれど適当な気がする…誰が考えたんだろう。)
帰り道に買ってきた食材を調理しながらそんな事を考えていると、扉がノックされる。どうやらグルが帰ってきた事を察知したガーネットが様子を見に来たようだった。
「ガーネット、空いているから入っていいよ」
「え!?ど、どうして私だと分かったんですか!?」
「あぁ、言ってなかったっけ?昔からわかるんだ。じぃは魔力で判断してるんじゃないかって言ってたよ」
「魔力で個人を特定した…?そういえば道中でも魔物が飛び出してくるってわかっているようでしたが、てっきり狩人の勘的なものだと思っていました。確かにそれぞれ魔力の流れは違うと言われていますけど、それで個人まで特定できるなんて初めて聞きました」
「うーん、できているというか、物心ついた時から勝手にしていたみたいで実感は無いよ。僕にとってはそれが普通だから」
「グルくんの周りは不思議な事ばかりで飽きませんねぇ…と、そうでした!実は明日、グルくんと同じように少し早く到着する予定の子がいましてね…もし良ければ先に顔合わせをしておいたらどうでしょうか?」
「僕、同じ年ごろの子供と会うのは初めてかもしれない」
「村にはいませんでしたからねぇ。ただこれからは大勢の同年代の子と過ごすことになるので、徐々にで良いので慣れて下さいね。それに、同世代の気の合う友人というのは今後の長い人生でとても大切な宝物になりますから!」
「友人……宝物……」
「魔法や戦闘に関してはグルくんが一歩先に行っていますから、困っている子がいたら助けてあげてください」
「あい、わかった」
「それでは失礼しますね」
魔法を自在に操って魔物を狩り、年下や弱者には優しく、大人にも物怖じせずに話しかけられるグル。しかし彼にとって同世代の子供というのは全くの未知の存在であった。そしてガーネットに困っていたら助けるようにとも言われた。
同世代の友人というものを知っているであろうガーネットに詳しく聞いておくべきだったと少し後悔したグルであったが、もう遅い時間であるし恐らくまだ働いているであろう彼女を引き留めるのは気が進まなかった。
しかし、何かしらの対処はしなければならない。グルはアーガットに教わっていた。事前にあらゆる場面を想定し、対処をする。それでも不測の事態は起こるものだと考え、咄嗟に動けるように様々な策を練って狩りにいくのだ、と。
しかし今回は狩りではない。命がかかる場面ならガーネットを引き留めてでも聞いていただろうが、深刻な問題という事でもなさそうな雰囲気であった。
ならば、他の大人に聞くしかない。そう考え至ったグルは、帰ってきたばかりだというのにまたしても夕暮れの街へと飛び出していった。