学園からの使者
マルベルはランによく似ていた。大きくぱっちりと開かれた目なんかは瓜二つで、髪の色が紫色で無ければ生き写しと言っても過言ではない。
アーガットも醜い訳ではなく、どちらかと言えば整った顔をしているのだが、狩りと戦いに生きる男の為その顔つきは鋭い刃物のようだ。なので自分のような顔にならなくてよかったとアーガットは心底ほっとしていた。
アーガットとランの間に子供が産まれてから三年が経った。マルベルと名付けられた赤子はすくすくと育ち、三つの子供らしく元気に走り回ったり母の真似をして日々を過ごしている。
一方グルはこの三年で更に成長をしていた。まだ八つの子供ではあるのだが、身体は逞しくなり背も伸びた。
しかし、声はまだ高くて顔が中性的なのが本人は少し気に食わないらしい。まだ誰にも言ってはいないが、一番尊敬しているアーガットのような逞しい男になりたいと思っている。
魔法の腕も既にゲイル爺と並ぶほどであり、さすがにまだ手数や威力は足元にも及ばないのだが、細かな作業に関しては追随を許さないほどである。今では一人前の狩人であり、もう少し成長して体格が良くなればアーガット自身も敵わなくなるだろうと確信している。
「ぐーるー」
森から帰ると、家からマルベルが走って迎えに来る。今にも抱き着かんばかりの勢いなのだが、それをグルが手で制止する。これも最近の日課だった。
「ただいま、マルベル。あ!こら、まだ身を清めていないんだから触っちゃ駄目だぞ」
「きょうは、なにがとれたの?」
「鳥とイノシシ、あとはお前の大好きなやつも少しだけな。ほら、手を出して。アーガットとランには内緒だよ?」
「やった!グルだいすき!」
にへらと笑うマルベルに、彼女の髪と同じ色をしている甘い果実を一つ渡してやると、嬉しそうにそれを両手で抱えて洗い場へと走っていった。
過保護な親たちに育てられた影響なのか、本人の資質なのか、グルも自分の妹という存在にはなるほどとても甘いらしい。そんな彼女を見送り、身を清めて家に入ると珍しく客人が来ていた。
「ただいま、村の人じゃないね。お客さん?」
「グル、こちらはクルル王国のインディゴという街から来たガーネットだ」
ガーネットと呼ばれた女性は小柄であり、アーガットやランよりも随分と若く、というより幼く見える。宝石のように輝く艶のある赤色の髪を腰まで伸ばしており、先の尖った帽子と黒いマントを付けた珍しい、というよりも村では見たことが無い格好をしていた。
彼女は立ち上がり、ペコリとお辞儀をするとグルに近づき握手をする。
その手は何故か少し震えていた。
「魔法学園の教師をしています、ガーネットです」
「僕はグル」
短く挨拶をした彼はそのまま取ってきた獲物を捌き、部位ごとに分けていた。魔法学園の名前を出したにも関わらず興味を持っていない様子の彼に、ガーネットは握手した手を引っ込める事も忘れて呆然と立ち尽くしていた。そんな彼女の横を何も気にした様子のないグルがさっさと歩いていってしまった。
そんなこんなをしているとマルベルが帰ってきたのだが、口の周りと洋服にべっとりと果汁がついていた為、グル共々ランに叱られていた。
過保護なだけだったランも今ではすっかり母親になっているようだ。しばらく呆然と目の前の家族のやり取りを見ていたガーネットは我に返り声を上げる。そう、彼女は家族の団欒を見に来た訳ではないのだ。
「はっ!?そ、そうだグルさん!私は魔法学園から要請を受けて……」
「ガーネット、先に昼食を食べさせてくれ。狩りから帰ったばかりで空腹なんだ」
「あ、すみません……」
そういったグルは野菜と取ってきた肉をさっと調理してガーネットを含めた全員へ出した。あまりの手際の良さにガーネットは関心しており、料理の味も街で食べている物と甲乙つけがたいらしく褒めちぎっていた。
「すみません、ご馳走になってしまって」
「客人をもてなすのは当たり前だよ。それに、この状況で一人だけ食べていないのは僕が気にするんだ。助け合う事、分け合う事、お客人は持て成す事、それがこの村のルールだよ」
「あはは、なんだか温かい村ですね、ちょっと故郷を思い出しちゃいました…ってあ、そ、そうでした!本題がまだでした!改めまして、グルさんをインディゴ魔法学園へお迎えするべく参上致しました!」
「魔法学園?」
「はい、魔法学園は八歳になった子供が入学する事が出来ます。グルさんは今年八歳になったという事でしたので迎えに来るようにと学園長に言われまして……」
「どうして学園長?って人は僕が八歳って分かったのさ」
「え?お知り合いじゃないんですか?学費も生活に必要な物も全て学園長が持つとの事で、随分とグルさんの事にも詳しい様子でしたけど」
「僕はこの村から出たことが無いから知らない人だと思うけど……それにしても学園かぁ」
学園という物があるという話をゲイル爺に聞いたことはあった。その昔、破天荒な神と一人の青年が造り上げたという学び舎。同じくらいの歳の者が集まって学び、遊び、そして鍛錬をする場所だそうだ。魔法学園と名乗っているのならば魔法を重点的に学ぶに違いないのだろう。
降って湧いた選択肢、恐らくその他の事柄であればその場で断っていたであろう提案だったが、今のグルにとって、狩りやここでの暮らしと同じくらいに興味があるのが魔法だった。
「はい、学園長も是非にと仰ってましたし、私としてもこれだけの魔力量の方がどのように成長するのかとても楽しみです」
「アーガット、どうしよう」
「そうだな。俺は行ったほうが良いと思うぞ。寂しくはあるがお前はこの村で燻っていて良いような人間ではないのだろう。恐らくもっと大きな事を成すことが出来る。最終的に決めるのはお前だが、これが俺の意見だ」
「ランは?」
「そうねぇ、結局はグルちゃんの気持ちだと思うわ。行きたいのなら私は応援する、行きたくないのであれば何をしてでも貴方を守るわ」
「そっか…うん、僕、行ってみたい」
「グル、俺はお前に教えられる事は全て教えてやった。どこに出しても恥ずかしくない、一人前の狩人だ。しっかりとやってこい。そしていつでも帰ってこい。ここがお前の家で、この村がお前の家族だ。それに、マルベルがもう少し大きくなったらこちらから会いに行くことも出来るだろう。この子にも外の世界を見せてやりたいからな」
「あい」
こうしてグルの旅立ちが決まった。夕方には村中に知らされ、旅立ちを祝い、別れを惜しむ会が開かれた。お婆とゲイル爺はこうなることを予期していたかのように、旅立ちに必要な金と道具を渡していた。
グルは結局この二人は何者なのかという疑問を遂に解くことはできなかったが、やはり未知の化け物に違いないとある種の確信に至った。未来が読める、不老不死の化け物で優しい大好きな祖父母だった。
翌日、村人たちに見送られながらグルは旅立っていった。マルベルを含む小さな子供だけはどうやらまだ状況をよく理解していないようだ。立派な造りの馬車はとても速く、あっという間に平原の果てに消えていった。
「行っちゃったねぇ」
「そう……だな」
「ぐるはどこにおでかけしたの?」
「グルはお勉強する為に街へ行ったんだよ~」
「そうなんだぁ…ごはんまでにかえってこれるかなぁ」
その日の夜、いつものようにグルを待っていたマルベルは、暗くなってもグルが帰って来ないと泣き出した。さて、どうやって説得をするかとアーガットとランは苦労しながら考える。親としての腕の見せ所であった。