回想 上
終盤にお披露目予定でした犬爪氏との過去を投稿することにしました。
文字数が多いので、
上 → 振った理由
下 → 高校入学の経緯
で構成しました。
よくもまぁそんなに胃の中に入るものだ。
目の前の男の子が豪快にお肉と白米を頬張る姿を見れば、誰でも同じ感想を口にするはず。
焼肉を食べ損ねたら恨むか死ぬと豪語するくらいの焼肉好きの彼なら、仔牛一頭をまるまる食べるんじゃないかと感心したし呆れもした。
とにかく食べる事が大好きな彼は私と幼い頃からの友達で、小学生にしてはかなり太った体型をしている。
家が近所のため、小学校の登校も一緒だったし、誕生日が近いのも重なってお互いの家族とも昔から交流があった。
私と彼は似ている部分がある。
それはお互いに引っ込み思案なところ。
更に言えば理由の根本も似ている。
彼は肥満体型にコンプレックスを抱えていた。
太っているからと容姿を気にして、学校では内気で周囲にも誂われたりしていた。そのくせ、ご飯は美味しそうに沢山食べるから思考と行動が矛盾しているんだけどね。
私は生まれつきの容姿に悩んでいた。
自慢じゃなく、私は周囲よりも群を抜いて、早熟だの年齢詐欺と誂われるくらいに発育が良く容姿も整っている。だから、エッチな視線にも晒されたりして、声もかけられるので自然と口数も少なく人との接触を控えるようにした。悪い例えだけど、あまりに眩しい光は余計な虫を集めてしまう、そんな感じ。
だから、お互い学校では周囲とあまり馴染むこと無くやり過ごし、放課後になったら人目を避け家でゲームをしたり面白い動画を見たりとインドアに過ごした。
彼は「ダイエット」という概念がない異世界から転生してきたみたいに、食事量を控えたり身体を動かすことを一切しなかった。
たまに「痩せないの?」と聞いたりもした。
彼は私と違って努力次第では生まれ変わる事ができる。
彼のお父さんは痩せ型で、彫刻を思わせる彫りが深い顔立ちをしている。彼の顔もお父さんの面影はあるので、痩せたらいい感じの男子になるはず。
そうすれば持ち前の優しさとコミカルさ、そして場を和ませる温和な空気を遺憾なく発揮するはず。自称コミュ障を謳っていたけど、それは経験もないスポーツを「できない」とはじめから決めつけているのと同じで、痩せて自信がついて人と話すようになれば、コミュ力なんて後からついてくると私は踏んでいた。
一方、人を偉そうに考察する私だが、私も私なりに一筋縄ではいなかった。男子が私に寄ってきて品定めをするも、私の内気さや反応をみて思っていたのと違うと、期待はずれに遠ざかっていく。
男子の数にも限りがあるので次第に誰も近寄らなくなり、容姿だけを目的とした視線だけが刺さった。当然周囲の女子達は面白くないと、いじめられたりはなかったけどやんわりと距離を置かれた。
容姿以外で私と向き合ってくれるのは、世間で言う所の幼馴染と言える彼だけ。
きっと、私と彼じゃ最初から釣り合わないとわかっているから、諦めの境地にいるみたいに私を異性としてみていなかったのかもしれない、と当時の私は打算的に考える部分もあった。だから、私の内面を受け止めてくれない寂しさの隠れ蓑みたいな存在。
多分、彼は私の意図にどことなく気づいていたと思う。
利用だとか隠れ蓑だとか打算だとか、そこまで頭がわからなくても、感受性豊かな彼はそういったものを感知する一種の特殊能力めいたものを持っていた気がする。
◇◆
小学6年生の当時、彼には小さな妹がいた。
年の離れた妹で、ようやく立ち上がってポチポチと歩いたり舌っ足らずに喋ったりする程度。
でも、凄く可愛いのっ!
天使が空から落ちてきた天使。堕天使じゃなくて正真正銘の天使ちゃん。
親の遺伝はどこにいったと突っ込みたくなる赤色の髪に、水色の宝石みたいな瞳。
私が名前を呼ぶと、拙い足取りで笑いながら駆け寄ってくれて、小さな手で私の指を掴んでニギニギする心地がたまらない。おかげで私が彼の家を訪れる機会も増えた。ご飯もご馳走になって、相変わらずの食べっぷりの彼は更に横に伸びた。
月日は流れ、中学校入学を直前に控えていたある日、私の家ではお父さんの健康管理について、家族会議とは名ばかりのお母さんの叱咤劇が繰り広げられていた。
実は、お父さんも幼馴染と同じく肥満体型で、「糖尿病」という聞き慣れない病気になるかもしれないと騒いでいた。
当時はイマイチピンと来なかったけど、太っていると罹る病気らしくて、最悪目が見えなくなったり手足を切断しなくちゃいけないという末恐ろしい事実を聞かされた。
私は昔から怖いのが苦手で、血やお化けといった言葉を聞くだけでも震え上がる程に臆病。私はその日、お父さんの手足がなくなった姿を想像してしまい、怖くなり泣いてしまう。
その翌日は丁度入学式の前日にあたり、話しの流れで彼の両親にいち早く制服姿をお披露目するために家を訪れていた。
彼の両親も私の姿に喜んでくれて、本当にもうひとつの家族みたいだなぁって思った。そうなると、彼とは姉弟になるのかな、なんて考えたりもした。
いつも通り彼の妹と戯れて遊んだけど、この日は長居はしないですぐにおいとました。彼に家まで送ってもらう道中、詳細は思い起こせないけど、何かの会話の拍子に彼が「僕はこの先ずっと○○○と一緒にいられたらいいや」って口を滑らせた。
それは、告白のようでそうじゃなく、でも告白と同意義の言葉だった。
彼も自分が吐き出した言葉にハッとして口を噤んだけど、もう遅い。
私も彼も恋愛に疎い。
しかも、私なんかは周囲から向けられた劣情の眼差しを向けられたせいで、恋愛観は多分歪んでいたと思う。
だから、人を好きになるっていうのが理解できないでいた。
でも、この時私が頭に浮かんだのは全く別の事だった。
「この先」・・・彼が口にした言葉から、彼が大人になった姿を想像すると、同じく太っている私のお父さんと重なった。
そして、思い出さないように蓋をしていた「糖尿病」という言葉が頭に浮かんでしまい、手足が切断された彼の姿を想像してしまった。
昨日の今日の事だったので、ハッキリとした輪郭の恐怖が私の身体を震え上がらせ、歯がガチガチと鳴り、もうどうしようもなく冷静でいられなくなった。
だから、彼の「この先」のためを思って考える前にこう口にしていたの。
「太っている人はダメなんだからっ!」
本当に、今となっては可笑しな話だけど、手足を切断された幼馴染を想像したら涙が溢れ出した。
唖然した様子で私を見る彼なんか気にかける余裕はなく、私はその場から逃げるように駆け出した。
太っている彼は、追いかけも声もかけてこなかった。
翌日の入学式。
ひどく落ち込んでいる幼馴染を新しい学舎でみかけた。
瞼を腫らしたその顔を見て、そこでハッと気づいたの。
告白の返事、誤解されたままだ。
「太っているから」は返事なんかじゃない。
あれは、彼の体調を想っての言葉なんだよ。
でも、私の幼馴染への告白の結果はどのみち「ごめんなさい」だった。
体型が理由じゃない。彼だから、という理由でもない。
まだまだ子供だし、恋愛そのものが怖くて無理だった。
悩んだけど、引っ込み思案な私は人前に出るのが苦手だし、また変な目で見られるだろうし、わざわざ彼の教室に行って奇異な視線を向けられるのはまっぴら御免なので、小学校時代のように大人しく教室でジッとした。
クラスは違えど家との距離は近いし、いつでも誤解を解く機会はあるから、ま、いいか。
この慢心がいけなかった。
数日経ってようやく、意を決して彼のクラスを覗き込んだ。
覗き込んだだけだけど私にとっては偉大な一歩。
そしたら、妃紗ちゃんと何やら話しているのを目撃した。
妃紗ちゃんとは小学校も一緒なのに、クラスも付き合うグループも違うから話した事は一度もない。
ただ、意志の強そうな顔立ちと毅然とした態度は、日陰でジトジトしているような私と正反対で羨ましいと思ってた。妃紗ちゃんみたいな気風の良さがあればなぁ、なんて。
だから推しと仲良くしている彼にちょっと嫉妬した。
それに、私にフラれたら次は違う子ですか、と勝手に裏切られた気持ちにもなった。
私の誤解を解くよりも2人の誤解が解ける方が早かった。
彼が妃紗ちゃんとダイエットを始めたとの噂がエンタメ感覚で私の耳にも入ってきたから。
当て付けかはわからないけど、きっと私の言葉と関係しているんだなと、自意識過剰じゃなく直感した。
でも、まだまだ彼と話す機会はいくらでもある。
小さな溝を「ひょい」っと飛び越えればいいだけ。
簡単なこと。だから、後回しにした。
でも、その溝がすぐに飛び越えられないほど広くなるには時間はかからない。
その噂の「デ部」とやらが並大抵じゃない本気の活動だと気づいたのは、2年の春から。
学校で見かける幼馴染が、改めて見ると以前よりもだいぶ細くなっていた。世間ではまだ肥満の部類だけど、彼を以前からよく知っている私からすれば、開いた口が塞がらなかった。
悔しかった。
私が痩せるように言ってもダイエットなんかしなかったのに、妃紗ちゃんに言われるとダイエットをするんだって。
ちょっぴり嬉しかった。
私の誤解がきっかけで彼が痩せる決意をしたことが。
遅れせばながら、ランキング色々一位ありがとうございます。(こういうのって言ったほうが良いのかな?)
一位を獲ったら後は落ちるだけですが、今後も宜しくおねがいします^^