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6話目 庚申妃紗は希う

 ″犬爪いぬづめ純礼すみれについてどう思う?″


 もし、このような質問をされたとしたら私は答えに窮してしまう。彼女に関しては本当に複雑な心境。



 彼女は「泣きデブ」の所以を作った原因だけど、それがきっかけで、私は酉水と中学時代の青春を棒に振ることが出来たから。


 素直に告白すると、酉水と過ごした時間は色んなことがあったけど、全てをひっくるめて楽しかったし充実していた。



 どんなに辛いトレーニングにもアイツは耐えてみせた。随分と無茶もさせたけど、結局心はすんでところで折れることはなかった。


 でも、その原動力は、幼馴染を忘れるための決意と、もう一度振り向かせたいという希望であると私は思っている。


 だから、こんなヤツを「太っているから」という理由だけで距離を置くあの子が許せない・・・わけじゃない。


 私だってアイツの中身を知らないで告白なんてされたら、きっと同じ理由で振るかもしれない。いや、多分そうした。


 だから、犬爪某に負の感情を抱くのはお門違いだってわかっているし、私がアイツに今さら恋愛感情を抱くなんてまずない。



 でも、ひたむきに努力をする姿を間近で見ていると、その努力の分だけ幼馴染への感情が複雑になっていく。



 「理想の高校男子に育て上げる」


 暇つぶしと、幼馴染みとアイツを馬鹿にした連中を見返すだけの軽はずみな理由だったはずなのに、気づいたら私の方が「デ部」の活動に本気になっていた。



 アイツは3年の頃になると随分スマートになって、彼をみる目も比例して変わっていった。


 けど、一度馬鹿にしておいて、手のひらを返して彼を認めるのが「ダサい」っていう風潮があるのも伝わった。


 10代の行動原理なんて「ダサい」か「ダサくないか」だもんね。私からすれば、酉水は「ダサくない」し、マウントを取ろうとする連中は「ダサい」。


 そんなアイツの成長を間近で見られた事への感謝なのか、肥満を理由に断るような幼馴染を軽蔑するのか。


 結局のところ、質問にどうしても答えなくちゃいけないのなら、こう述べる。


「わからない」



◇◆



 ───犬爪純礼。


 そんな彼女が今、どういう心境でこの場に訪れているか想像もつかない。


 普段はどうしたって人目を引くはずの彼女なのに、ギャラリーに紛れた今だけは砂みたいに崩れてしまいそうな儚さがある。


 それに、彼を見つめる瞳は、ただ興味本位で訪れたにしては何かに耐えるように逼迫していた。



 お願い酉水。

 どうしてか彼女の存在に気づかないで欲しい。


 しかし私の想いは届かない。

 彼と彼女の間に、定規で引いたような真っ直ぐの視線が繋がった。



 今、彼は何を思うんだろう。

 ただわかるのは、その見開いた目から何かの決意が溢れ出ていることだけ。


 そして、不思議と犬爪某が逃げるように視線を逸らしたのを、私は確かに見た。



「よーい!」


 パン、というピストルの音が響き、弾かれたように私は酉水へと視線を戻す。


 彼は本気で走る。さっきまで適当に流そうかと口にしていた人物とは別人の引き締まった表情を見て、そう確信した。


 案の定、序盤は並走していたけど徐々に距離が離れ始めた。


 どうしてだろ。どうしてか、アイツが本気を出す原動力が幼馴染みであって欲しくない。もしそうだとしたら負けてしまえばいい。


 でも、無情にも彼はグングンと速度を増し、まるで羽が生えているという陳腐な比喩が似合うほどに、軽快な足取りで距離を離していく。


 皮肉なことに、その羽を授けたのはこの私なんだよね。その羽で、彼は憧憬を前に光に導かれるようにして翔ける。


 やっぱり私の汚れた願いは届かず酉水は一着でゴールをした。体力テスト時とは比較にならなほどの地響の歓声があがり、私の熱は冷めていく。


 彼女がいた場所を窺うも、既に彼女はいなかった。立去ったというよりも、スーっと空気に溶けてなくなったような、そんな気がした。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「お前、すっげーなおいっ!」


 息の整わない僕などお構いなしに、巳造が僕の首をがっちりとホールドした。僕たちこんなに仲良かったんですね、と確認したくなる距離感じゃん。



「東君、お疲れ!やばかった」応援にきていた凜菜も声を弾ませている。


「ありがとう、ごめん、ちょっと、呼吸が」


「あう、そうだよね、ごめんごめん」



 妃紗から叩き込まれた「萌」を実行するべく、Tシャツで額の汗を拭う。「腹筋までを見せるのがポイントで、乳首はNGだからな」と口を酸っぱく言われているので、あくまでもさり気なく。


 意識してみると、確かに視線が集まるのを感じる。やっぱり妃紗の言うことは絶対だなぁ。




「はい、お疲れ」


「あうっ」



 後頭部を何かで優しく叩かれて喘ぐ真似をする。妃紗が「はい」とスポーツ飲料を手渡してきた。



「ん、さんきゅ」


「結局本気で走ったじゃない」


 どうしてか、妃紗が咎める口調で言ってくる。


「それはまぁ、真剣勝負だし、それに───」


 一度言葉を区切りアイツが居た場所に視線を巡らしたが、もう姿は見えなくなっていた。僕は首を横に振る。



「───いや、なんでもない」


「そっか」



 一言だけ呟いた妃紗だけど、不思議にもその瞳が黄昏に似た哀愁に重なって見えた。



 思考を遮るように、堂林先輩の声が横から飛んでくる。



「いやぁ、まさか本当勝つなんて驚いたよ」


「僕もビクーリしてます」


「しかしこれだけのギャラリーがいるんだ、認めない訳にはいかないな。特例で君の陸上部の入部を認めよう」



 先輩が手を差し出した。


 今必要なのは握手じゃなくて入部の手続きでしょ、という空気の読めない台詞は言わない。


 だって、一度約束を交わした僕と先輩とでは、もうそんな必要はないから。




「すみません、やっぱり入部の件、やめます」


「「「「えっ」」」」



 その場にいた何人もの声が重なった。

 えへへ、ごめんちゃい。




◇◆



 下校の電車内で、隣に座るマネージャー妃紗が訊ねてきた。



「ねぇ、本当によかったの?」


「部活の事?」


 コクリと妃紗は頷く。


「練習に参加しないって条件なら、入部しても良かったんじゃないかなって」


「まぁ、そうなんだけど・・・部活の掛け持ちはしない主義なんだ」


「掛け持ち?」


「デ部」


「・・・そうだね」


 喉をクツクツと鳴らして妃紗は笑う。そう、僕は「デ部」だけで手一杯なんだ。ひとしきり笑った後、今度は随分と声色を変えて「ねぇ」と僕を見た。


「ん?」



 それから何か言い淀んで、「やっぱりいい」と言った後に、「嘘、やっぱりある」と言った。どっちなんだ。その後も、何かと言いあぐねる様子で、ようやく口を動かす。



「えっとね、私も色々渦中に巻き込まれたけど、一番の被害者はアンタと走った先輩だと思わない?」


「あぁ・・・確かに、僕が最初からハッキリと断れなかったから申し訳ない事になったね」


「そう思われるのが先輩にとって一番の屈辱かもしれないわよ」


「そうかも」


「ま、今回は色々と掻き回した私にも責任の一端はあるんだし」


 そう言って、妃紗はいつものように手を差し出した。毎度のように繋ぐ手は、いつも同じように温かい。


「これで責任がひとつになるから逃さないわよ」


「はは、上手いことを言う」



 ゲラゲラと笑い合って、やがて沈黙が訪れた。妃紗とは常に会話をしているわけじゃない。長い間柄になると、こんなときだってある。でも、それが今では心地いい。


 そういえば、僕もなんだか言いそびれたけど、この雰囲気ではなんだかむず痒くて言い難いな。



 "純礼も見に来てたけど、昔の俺とは違うんだって見せつけてケジメをつけたからもう大丈夫"



 まぁ、この台詞はいつでも取り出せるように心のポケットにでもしまっておくか。そんな便利なものがあればだけど、なんてね。

追記:


悩みましたが、予定を早めまして幼馴染みとの過去について次回の投稿で回想を挟むことにしました。


※この物語を綴る際初めに認めたものになります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


短いですが第一章はこれで終わります。

次回の章からは心理描写と駄文がメインかもです、期待させてごめんなさい。


温かなご声援ありがとうございました。

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