5話目 庚申妃紗は巻き込まれる 下
沢山の誤字脱字報告ありがとうございまーす!
マイページの赤文字表記がある度に震えてます!
執筆止まるくらいめちゃ凹んでマッス!
いつもすみません。
「この中に庚申って女子生徒いるか」
知らない先輩に心当たりもなく呼ばれた私は、友達が肘で突いてようやく「あ、私ですけど」と声を出した。
突然の先輩の登場に、特に男子がどよめいていた。男の上下関係ってよくわからないけど、絶対服従みたいなところあるよね。
「俺は陸上部主将の堂林だ」
「はぁ」
「急で悪いけど、大事な話があって、少し時間を貰えないか」
「時間ですか?」聞き返すと、先輩は真剣な眼差しで頷いた。
「そこの階段脇で話そう」
そう言って、一足先に階段の脇に先輩が向かった。
「ちょっと、妃紗、いつの間に!?」
「後できっちり説明してもらうからね!?」
「ええ!?どういう事!?」
友達が面白がって囃し立てるけど、仮にわたしがちゃっかりしていても説明なんて不要なのでは、と思った。
あと、「陸上部」というワードで嫌な予感がした。そもそも色恋沙汰なら所属する部なんて名乗らなくてもいいからね。
階段脇に立つ堂林先輩からその名前を聞いた途端「ほらね?」と危うく声を出しそうになる。
「酉水という1年についてなんだが」
「ほ・・あ、はい」
誠実そうな堂林先輩が言葉の先に詰まった。困惑というか、戸惑いながら続ける。
「陸上部の勧誘をしたんだが、『マネージャーを通してくれ』って言われてな」
「もしかして、その『マネージャー』が私だと?」
「あ、あぁ、そうなんだが・・・」
違うのか?と問う表情を先輩が向ける。
・・・・あの野郎。
学校で関わるなって前日忠告したばかりなのに、よりにも寄って密に絡んできた。
しかしとんでもないパスを放ってきたな。私が「知りません」って答えても、きっとアイツは同じように突っぱねるだろうし、先輩にも迷惑がかかって印象も悪くなる。
頭の思考を切り替え何とか最適解を探るけど、途中でどうして私がアイツを庇う真似をしなくちゃいけないの、馬鹿らしく思えてきた。本当の理由は敢えて伏せて、私はこう口にした。
「あの、この学校の陸上部には競歩の種目はありますか?」
「競歩か?競歩は無いが」
「やっぱりそうなんですか・・・」私は、声を落としてみる。「実は、酉水は競歩選手を目指していて独学で練習しているんです」
そんなわけない。競歩を頑張っている方々には申し訳ないけど、アイツがクネクネと歩いている姿を想像して笑いそうになる。
うん、私が取り繕ってやる必要なんてないのだ。適当に嘘をでっち上げて、あとはアイツが合わせれば済むことだから。
「私、その練習の手伝いをしていて、きっとその事を言っていたんだと思います」
「そうだったのか・・・どうしてもダメか?」
「では、練習には参加できませんが、部に所属だけをして大会だけ出場にする、というのは虫の良い話しでしょうか?」
「んーー」
堂林先輩は唸った。主将としては難しい立場だと思う。ろくに顔を出さない1年が大会にだけひょっこり顔を出す。
ちゃんと在籍しているメンバーは面白くないに決まってるし、全体のモチベーションも下がるに決まってる。
何気に私、すごくいい感じに話をまとめたんじゃない?きゃー、今度アイツにパンケーキとカラオケ奢らせようっと。
堂林先輩は「一度顧問やみんなと相談してもいいか」と一旦引き上げた。当然の選択よね。後は、あいつに今回のケジメをつけてもらうだけだわ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんで私が、アンタの、尻拭いをしなくちゃいけないのっ」
怒鳴った妃紗が、自転車を漕ぎながら僕の背中を器用にゲシゲシと蹴ってくる。その僕はというと、見様見真似の競歩で河川敷沿をクネクネ歩いていた。無論、妃紗の指示です。
陸上部の勧誘を放り投げ、「何か言われるかなぁ」なんて軽く考えていたけど、思った以上にご立腹な様子で今度の休みにパンケーキとカラオケを奢らせられる羽目になった。
「ごめん、でもさ、僕だと断りきれないと思って」
「良いじゃないの断らなくたって」
「テンパってて頭真っ白になってさ、したら妃紗様が脳裏に浮かんできちゃって」
一瞬蹴りがおさまったと思ったら、「そういうのは私じゃなくて他の子に言いなさいよ!」とまた蹴りが飛んできた。しかもさっきより強い。暴力ヒロインは衰退したのを知らないのか、痛い痛い楽しい。
その後の公園での筋トレのメニューはいつもよりハードだったのは言うまでもない。
翌日の早朝、何事もなかった風に駅前に集合して妃紗と学校へ向かう。下校は別々の日が多いけど、登校に関しては毎日一緒だ。
「これでも私、レディだから満員電車のおじさんから守ってよね」と言われた際に、「え、ちょっと『レディ』って辞書引いていい?」と口にしたら殺気を向けられたのはここだけの話。
ただ、僕のために遠い高校を選んでくれた妃紗にはそれくらいして当然。
「そういえばさ、犬爪某が登下校しているのって見たことないよね」
「そうだね」
「朝早くに登校して、遅くに下校してるのかしら」
「さぁ、わからない」
押し寿司みたいにぎゅうぎゅう詰められた電車内で、唐突に妃紗が純礼の名前を口にした。そろそろ入学して1ヶ月近い。それなのに、妃紗の言う通りアイツの姿はあまり見かけない。
「忙しいんじゃないの」
「そうかもね」
駅が停車し、更に人が流れ込んでくる。無遠慮に肉塊が押し寄せてきて、僕の胸元に妃紗の顔が押し込められた。
まぁ、これも「女慣れ」のトレーニングって妃紗が言ってたし、数年も続ければいい加減慣れてくる。
そのままグリグリと顔を押し付けてくるので、「化粧落ちるよ?」と親切に注意してあげると、グリグリがみぞおちへの頭突きへと変わった。
だから暴力系ヒロインは――
◇◆◇◆◇◆◇◆
事態は急展開を迎えようとしていた。
というのも、酉水の部活の件について、再び陸上部主将の堂林先輩に呼び出された私はこんな提案を受ける。
「練習不参加でも構わないが、条件がある」
「条件ですか?」
「うちの1500mの選手と競争して、勝つことができたら例の条件を認めよう」
なんだかこっちが陸上部に入りたいような言い方が少し気になるけど、まぁ私の事じゃないしそれでもいいかな。
「わかりました」
「早速だが、明日の放課後でどうだ?」
「いいですよ。酉水にも伝えておきます」
「あぁ、頼んだ」
私はその旨を酉水に伝え、本人からあっさりと了承を得る。
まぁ了承も何も、私が既に先輩に了承している時点で酉水の意思なんて関係ないんだけど。何事もパフォーマンスが大事よ。
という事で、酉水自前のランニングシューズを引っさげて翌日を迎えたわけだけど、どこから洩れたのか学校中が今日の放課後の話題で溢れかえっていた。
確かに、新一年生が部活にスカウトされて、部活不参加の条件をかけて先輩と勝負をするなんてまるで漫画みたいな出来事みたいだし、話題性十分よね。
ただね、私が酉水のマネージャー役ってのもばっちり流出していて、クラスのみんなから改めて関係性について言及されたのは本当に辟易しちゃった。
いよいよ放課後になり、グランドにはいつぞ見た光景の倍以上の規模の生徒が観戦に訪れていた。多くは3年の先輩かしら。
「これ、真剣に走ったほうが良いの?」
「アンタが決めなさいよ」
背中を押して前屈を手伝いながら、酉水の問いに対して雑に答えた。
この時点で、私と酉水が親しい関係である事を晒してしまった形となる。まぁ、今後は「親しいだけ」で通すしかなさそうね。
思いっきり背中を押してやって、「痛い痛い、ギブッ」って言ってるコイツの華やかな青春の弊害にならなければ、私はそれで構わない。
準備を終えて、酉水と選手である先輩が並んだ。
聞いた話だとその先輩もかなりの実力者で、インターハイにも出場した経験があるみたい。
先輩が並んだ酉水にガンを飛ばしている。既に勝負は始まっているみたいだけど、アイツはヘコヘコと笑って何かを言っている。「頑張りましょう」とか、そんな感じかしら、呑気なものね。
ギャラリーを見回すと、アイツといつも一緒にいるイケメン君と他の女子も応援に駆けつけている。
なんだ、しっかりやれているじゃない、と安心したのも束の間、私はギャラリーの群れに紛れる1人の人物に視線が釘付けになった。
なんでアンタがここにいるのよ
───犬爪純礼
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