3話目 無双する東と見守る妃紗
今日は体育の授業で基礎体力テストが行われた。
中学一年時の成績は握力以外最低得点を叩き出した男、それがこの僕酉水東だ。
今でも忘れられないあの屈辱。そして、学年が上がる度に伸びていく成績の高揚感。
さて、高校に入ってからはどんな成績になるのやら、少し楽しみ。
準備運動をしている巳造に「東って中学ん時何かスポーツやってたのか?」と問いかけられ会話が生まれる。
「何もやってないけど」
「そうは見えないけどな・・・」巳造が僕の全身を観察して訝しむ。
「俺さ、中学の時はかなり太ってたからスポーツなんて無理だよ」
冗談と受け取ったのか、巳造の口から「ブハッ」と笑い声が洩れる。
別に過去に太っていたことを隠すつもりはなく、むしろ周囲と打ち解ける取っ掛かりとしてネタにしても良い腹づもりでさえいる。まぁ、結局信じる信じないはして次第ではあるけど。
「あ、部活、やってたやってた。『デ部』」
そう言うと、さっきよりも笑いながら「なんだよそれー」と巳造がゲラゲラ笑った。
僕はカースト上位に君臨する巳造の眼鏡にかなったみたいで、周囲から「東西」と一括で呼ばれるくらいには親しくなることができた。これは、かなり良い幸先だぞ。
体育の授業は、僕が所属する1組から妃紗が所属する3組の計3クラス合同で行われるようで、まだ周囲は余所余所しい空気に包まれている。
散らばる生徒の中に妃紗を見つけたけど、複数人の女子と話しながら歩いていたので声はかけづらかった。
◇◆
受けるテストの順番は生徒の自由なので、巳造を含めた数人でテストを回ることになり、まずは上体起こしからすることになった。
「30秒の間に35回で満点か、余裕だな」仲間の1人が、「まぁ、中学からずっとバレーやってたから余裕っしょ」と根拠のない自信を口にする。
他のなかなかイケている面々も「じゃあ俺はバスケ部だし」とか「陸上部だし」と各々口にする。やはり、華やかなメンツはスポーツマンって相場が決まってんだね。
僕と巳造はまず様子見をすることにした。運動部がどの程度できるかという基準を見ておきたいし単なる好奇心だけど。
開始すると、最初は流石運動部、といった勢いがみるみる衰えていき、結局30回に到達する人は1人もいなかった。
「ねぇ、30秒で35回ってそんなに凄いのかな?」
「溝口がダメならやっぱキツイんじゃねぇの?」
「そうか、そうだよね」
溝口というのは最初に余裕だと口走った生徒だ。しかし、これくらい毎日妃紗のトレーニングで・・・。
「次は東西コンビで情けない姿を見せてくれよ」
溝口が悪い笑みを浮かべると、巳造は「おいおい、お前らと一緒にするなよ」と、たっぷりとトーストに塗られたジャムのように自信を言葉に塗る。
「おい東、俺達の本気見せてやろうぜ」
「あ、うん」
発破をかけられては頑張るしかない。とりあえず35回を目標にするか。
開始の合図で、ノーカンにならないように注意を払いながら身体を起こす。
隣の巳造の勢いが凄いのか、周囲のざわつく声が聞こえる。僕も集中しているのでいちいち気にかける余裕はなさそうかも。
「ストーップ!」
終了の合図とともにぐでんとマッドの上に投げる。あぁ、疲れた・・・30秒でへばるなんて妃紗に怒られるな。
「43回!?」
「うわ、マジ!?」
「えぐっ!」
「なにこれヤバくね!?」
語彙を消失した面々が慄く。そうか、巳造はそんな記録を叩き出したのか。早く僕の結果を教えて欲しい。
「西も37回で十分エグいじゃねーか!?」
「やっぱ東に負けたか」
「え、43回って俺?」
確かに僕の記録表には「上体起こし 43回」と記載されていた。
「お前、普段どんな筋トレしてんだよ」半ば呆れるように巳造が訊いてくる。
「ちょっと鍛えてるだけだし、巳造の37回だって順分凄いんでしょ?」
「イヤミか貴様ッッ」
その後も反復横跳びや立ち幅跳び、腕立てに長座体前屈も満点を叩き出し周りを驚かせた。
唯一ハンドボール投げだけは記録がイマイチだったのに「露骨な人間アピール」と揶揄されたのが釈然としなかったなぁ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
私は体力テストをテキトーに流し受けていた。私だけじゃない、周囲の子も皆同じ。女子は基本か弱いほうが可愛いに決まっているので、記録なんて無意味なの。
むしろ、大半が低い記録を男子に見せて「お前もうちょっと運動しろよ」と誂われるために手を抜いている。あ、私はそういう打算じゃなく本当に面倒くさいからなんだけど。
持久走を息切れしない程度にチンタラ走り終えると、1人の女子が「妃紗の友達の男子、なんかヤバいらしいよ!?」と興奮気味にまくし立てた。
それで全てを察する。そう、この体力テストは日頃の集大成のお披露目に格好の場ってわけ。本人は自覚してないと思うけど、きっと無双していることだろう、むふふ。
グラウンドの外周に人だかりができていて、生徒じゃなくて先生までも固唾を飲んでいた。
目的はスタートラインに立っている私の教え子の酉水。それと、隣にも負けず劣らずの名前不明のイケメン君ってところかな?
私も野次馬に混じってその様子を眺めることにした。ってか、他の子にグイグイ引っ張られてただけなんだけど。
スタートの合図で大勢の男子が砂煙を巻き上げながら一斉に駆けていくけど、酉水は早くも抜きん出たスピードで周囲と差を離し始める。
酉水と一緒に走る面々には申し訳ないけど、所詮引き立て役に過ぎないかな。でも1人、名前もわからぬイケメン君が背後についていってる。やば、カッコいい。
周りの割れんばかりの歓声が凄い。これから皆、酉水に一目置くようになるんだね。
結局、背後のイケメン君にも少し距離を離して一位という華々しいくらいの結果に終わる。私はちょっとした優越感に浸っていた。
これが馬主の気持ちなのかな。育てたハルウララが歴代最強にまで成長して、つい「アレ、ワシが育てたの」と皆に言いふらしたくなるみたいな。
タイムの記録に先生と周囲がざわめいているのが伝わってきた。
一部から拍手も送られている。よし、注目が集まっている今、「アレ」をするには絶好のタイミングね。
教えた通りにやるんだ、と念を送っていると、目論見通り酉水は着ているシャツで額の汗を拭った。その時に、バッキバキのシックスパックがお披露目になる。
「エロッ」
「ヤバ、かなりキテる」
「腹筋6LDK!」
「ムラムラしてくんだけど」
「仕上がってるわぁ」
アイツの腹筋を見た女子が、演じているキャラを放棄して素の言葉を口にする。
私は見慣れているので何ともないが、初めて見たとしたらちょっと危うかったかな、うん、そこは認めてあげる。
しかし、最後にアイツは余計なことをした。教えた通り女子からの黄色い歓声に笑顔で応えていたけど、私と目があった瞬間により一層ぱぁっと顔が綻んで、おまけに手まで振ってきた。
当然私も注目されて、「は?何アイツ?」みたいな視線がズブリと刺さる。
「行こ」
友達の手を引いてその場を後にした。
本当、私にいちいち構わなくてもいいのに。何のために知り合いのいない学校に入学したと思ってるんだか。
あれ、でもそうすると私もどうしてアイツと同じ学校を選択したんだろう。・・・まぁ、上手にやれてるか心配な保護者みたいなものか。毎日が授業参観日的な。私の母性半端なくない?
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