26話目 夏休み明けとミスコン
キノコ系女子こと、私犬爪純礼の高校最初の夏休みは、それなりに充実していたかもしれない。
私の所属する「ラジオ部」は。休み期間中は活動はない。でも、たまに部の皆で集まってラジオ番組の公開収録を見学したりもする。
夏休みのある日、部の人たちと公開収録の見学のために早朝から家に出ると、ボル君とばったり鉢合わせになった。
今まで家が近所なのに、生活リズムが違うのかボル君と遭遇する事なんてなかったからかなり驚いた。
もね、かなり混乱してた。
目も泳いでたと思うし「わぁ情けない姿見せたくない」と思うほどに、どんどん挙動がおかしくなっていくのがわかるの。
でも、ボル君は中学の3年間の記憶を切り取ったかのように、平然と「おはよう」と声をかけてきた。
また驚いてつい面食らっちゃって、言葉が迷子になって、僅かに余った声を絞り出して返事をしたと思う。動揺のあまり覚えてない。
それから、何気ない雑談が始まって、何度も言うけど本当に驚いた。
私がラジオ部に入部してるのを知っているのに驚いたし、私が喋るとボル君が頷いて言葉を返すのも驚いた。
驚きっぱなしで、今なら宇宙人が侵略してきてもちょっとだけ驚くくらいに感覚が麻痺状態。
もっと私に言うことがあるんじゃないの?って、聞きたいけど、その事すらあの時は頭から離れていた。もう、混乱の極み。
ボル君が話しを切り上げて離れていっちゃうから、咄嗟に呼び止めた。
呼び止めたは良いけど、それから先に話すことなんて考えていなかった。
頭の中が「パン!」と音を立てそうな程混乱していてけど、ボル君の服装が明らかにランニングをする出で立ちだったから、「頑張ってね」とだけ何とか言うことが出来た。
ボル君は戸惑っていた。
そうだよね、フラれた相手からエールを貰っても、「今さらなんのつもりだ?」って思われるだけだよ。
再び走っていくボル君を無意識に呼び止めたけど、今度は気づかないでそのまま遠ざかっていった。
でもそれでよかった。今度は何を話せば良いのか見当もつかなかったから。ラジオ部での精進の道はまだまだ険しい。
夏休みが終わり、学校が再開してからボル君と再び会話をする機会が訪れるのはそう遠くもなかった。
でも、それが全ての波乱の引き金になることを私はまだ知らない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
長袖の制服を着ながら、私はひとつひとつを手で捏ねたようないわし雲を眺めていた。
夏休みを終えた新学期からしばらくは平和な生活が続く。
これといった出来事が起こるわけでもなく、外気の気温と季節モノの広告だけが街の装いを変え、四季の移ろいがない東京にも秋の訪れを匂わせている。
この時期になるとあちらこちらの学校では文化祭が開催され、うちの学校も11月初旬に開催が予定されていた。
文化祭は週末の前日祭と当日祭の二日間の日程となり、前日祭が在校生だけ、当日祭が一般公開というスケジュール。
前日祭は、部活動や有志の人たちが何かしらのステージ発表を行ったりする場だけど、たった今LHRでは前日祭に行われるとあるイベントについて話し合っていた。
それはミス、ミスター○○高校コンテストの出場について。
なんとこの高校では、各学年ごとに分けて「ミス、ミスターコンテスト」という、後に軋轢を生みそうな催しを毎年開催しているみたい。
まず、クラスから男女1名ずつを選出し、前日祭に大衆の前でステージの上を歩かされ、翌日の一般公開のステージ発表の場で結果が発表される。
しかも、あくまでクラスではなく個人としての出場の扱いらしく、選ばれたのが男女別のクラスってのもざらにあるらしい。
ここまで聞くと、出場したいという意欲的な一年生は皆無で、当然の流れでクラスでは押し付け合いが勃発していた。
「ミスコンねぇ・・・」
特に興味もなく呟いたけど、目ざとく彩に拾われてしまう。
「妃紗、もしかして参加したい?」
「あーパスパス」火の粉を払うように、私は手の平を振った。
「でも必ずクラスから男女1名ずつ選出しなきゃいけないなんて、『生贄を選べ』って言ってるようなもんだよね」
「確かにその通りね」
彩の的確な例えに他人事のように笑う。いやいや実際他人事だし。
話し合いは難航して、ろくに意見もないまま結局「次回までに事前に決めておくように」、と持ち越された。
◇◆
「コンテストっすか」
「そうそう」
常夜灯のような夕映えが街を照らすなか、放課後のトレーニングの休憩中に来月の文化祭の話題になった。
亮は今でも平日のトレーニングに足蹴良く参加している。その度に、酉水の好感度が上昇しているので、そろそろ告白イベントも近いと予想される。いいぞ、もっとやれ。
「先輩が出場すればいいじゃないっすか」
「いやいや、僕なんかじゃ申し訳ないよ。クラスにイケメンがいるからそいつに押し付けようと企ててる」
「巳造君ね」
私が言うと、「そうそう、巳造しかいないでしょ」と肯定する。
なんだか、酉水からあまり自信を感じられないので、私はこう提案した。
「いいじゃない、せっかく選ばれる場があるんなら、『デ部』の集大成として参加してみないさいよ」
「・・・えぇ」
「何よ、不服なの?」
少し立場を利用した意地悪をした。私がこう言えば、アイツは「はい」と言うに違いない。
でも、多少の悪あがきを覚えたようで、こう言い返してきた。
「だったら、妃紗も出場してよ」
「嫌よ、絶対嫌よ、死んでも嫌よ」
「横暴の限りだね」
アイツの批難なんて風鈴を鳴らすそよ風みたいなもの。
さらに、亮の言葉が私の追い風となる。
「俺、学校のグラウンドの状態も予め確認したいんで、先輩の勇姿見に文化祭行くっすよ」
「・・・猪方先輩がそう言うなら」
何で顔を赤らめてるのよ、私と反応がダンチじゃないどういう事?
いいぞ、もっとやれ。
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