24話目 それぞれの事情 野郎どもside
「ぶっちゃけ付き合ったりとか、そこんとこ」
あ、そういう流れか。
猪方君の言いたいこと・・・今回の用件を察した。
幸いなのか、僕は男子にこれまで直接的に妃紗との関係を探られた事はない。
僕にそんな話しをするのは、きっとダサかったり情けなく思ったんだろうと、勝手に結論付けていた。
でも、目の前の妃紗の幼馴染だという猪方君は、そういったしがらみも関係ない。恐らく妃紗に好意的な感情を抱いている彼は、この機会に色々と探ろうとしているんだろう。
返事の答えを探っていると、また猪方君が「ぶっちゃけ」と口にしてからは、予想とは全く違う流れに内容は傾く。
「ぶっちゃけ、先輩マジでアツいっす」
「え、アツい?」
「・・・っす」
いやいやわからん。どういう事だ。
「アツいってどういう意味?」
「・・・俺、先輩が中学ん時からのファンなんす」
「僕の・・・ファン?」
「妃紗となんかやってたじゃないすか。アレだけデブってた先輩がこれまで変わるのかって、マジでビビって、それでヤベーって思って」
「あぁ、えーっと」
好意的な事を直接言われるのは初めての経験なのでたじろぐ。
しかし、ファンというのは大袈裟ではあるけど凄く嬉しいし光栄に思った。
でも、さっきの妃紗の一件から話が飛んだけどいいのかな・・・・なんて思っていると、話題は再び例の件へと戻る。
「だから、俺は憧れた人にハンパなことして欲しくないんすよ」
「ハンパな事って?」
「妃紗の事っす。調子乗ってたらすんません。まだ付き合ってないって聞いて、正直『ハッ?』って感じっす」
「それはまぁ、指導者と教え子的な立場だから・・・」
僕がそう言うと、ただでさえ鋭い眼光がより一層ギラリと光った気がした。
「あんだけ妃紗の時間を奪っといて、まだ眠てえ事言ってんすか」
「それは・・・」
僕は完全に猪方君に呑まれていた。
物言わせぬ圧も凄いし、こんなに喋る子だったんだって出端を挫かれたから。
彼は威圧的な空気を少しだけ緩め、突拍子もなくこんな質問をしてきた。
「先輩は『他の誰かによって幸せになってもらいたい人物』っていますか」
「・・・あーちゃん?」
「は?誰っすかそいつ」
「僕の愛しの妹だよ」
僕が真っ先に思い浮かんだのはあーちゃんの笑顔。
でも「誰かに」じゃなく、「僕」が幸せにするんだけど。
だって将来は扶養家族に入ってもらう予定だからね!
彼はまた空気をピンと張り詰め、「そういうことじゃないんすけど、ナメてんすか」と語気を強めたので身体がビクってなった。
どうやらふざけるのはNGらしいです、空気読めなくてすみませんでした。
「そんで、他にいないんすか?」仕切り直すように彼が再び問いただしてくる。
「えーっと、『他の誰かによって幸せになってもらいたい人物』・・・だっけ?」
ややこしいので一度確認すると、彼は無言で頷いて、夏草が風で揺れる様子を眺めながら、こう付け足した。
「もしっすよ、もし、その人物に対する想いが『愛』っつーなら、俺は妃紗を愛してます」
「あ、愛、え、ん?」
人生では滅多に使わないであろう言葉に出くわして面食らってしまう。
「言っとくっすけど、別に俺が妃紗を幸せにしたいとか、そういう話じゃないっすから」
「あぁ・・・うん?」
「つまり、俺は先輩に妃紗を幸せにして欲しいっつー話をしてるんすよ。見た目だけ良くて察し悪いんすか?」
「・・・君の話が難し過ぎるんだよ」
「俺が言う『愛』を前提に考えるんなら、先輩は妃紗を愛してますか?それとももっと・・・別の何かっすか」
「それは・・・」
なるほど、こういう話かぁ。
◇◆
容易に想像できる話だけど、小さい頃の妃紗は面倒見が良く、一人っ子の猪方君は本当の姉のようにお世話になっていたとのこと。
彼が小学生からリトルで野球を始めてからは、時間の都合が合わず、少し疎遠になっていたらしい。
でも、やはり幼い頃から一緒にいた時間というのはかけがえのないモノで、一人っ子の彼は妃紗を本当の姉として今でも慕っていた。
互いに中学に上がり、学校でも顔を合わせれば会話をするくらいの仲なのですぐに「デ部」の話を聞いたらしい。
「そん時の妃紗、すっげー充実した顔して嬉しかったんすよ。先輩の体重が落ちただとか、ズボンが緩くなって履けなくなったとか、事あるごとに話してきて、俺中学ではシニアで野球してましたけど、それでも会話は前より多くなりました」
「うん」
「会話する時はだいたい先輩の話ばっかで、それで俺、2人はこれからどうすんだろうって疑問に思ったんすよ」
「どうするって、これから先の事?」
そう訊ねると、彼は精悍な表情のまま小さく頷いた。
「こんだけ楽しそうにしてて、『理想の男』でしたっけ?それになって、他の子と付き合って・・・それじゃ、残された妃紗はどうするつもりか先輩に聞いてみたかったんす」
「どうするもなにも・・・」
妃紗には僕じゃない誰か別の素敵な人が現れると思っていたから、残されるなんて考えもしていなかった。むしろ逆で、僕が取り残される側だと思っていた。
しかし、ここまで妃紗を慕っている猪方君に、取ってつけた言い訳のような、それこそハンパな答えはできないと悟った。
きちんと向き合う。これも「理想の男」の一環なんだろう。
敢えて、何も考えないことにした。自然と溢れる言葉が純粋な本音な気がしたから。
「僕は・・・君に落胆される男になるつもりはないよ」
「・・・素直じゃないっすね」
「猪方君がハッキリとモノを言い過ぎなんだよ」
思わずそう呟くと彼は毅然と言い放った。
「不躾だろうが憎まれようが、誰かのためになんなら俺は嘘でも本音でも言いますよ」
神聖な宣誓を聞いているようで、僕は本当に感動してしまった。人を尊敬するってのはこういうことなのかも知れない。
きっと彼は何度も輪廻を繰り返しているに違いない。でなければ、満15才の中学生からこんな台詞が出てくるはずがないから。
「あの・・・猪方先輩って呼んでいい?」
そう溢すと、初めて彼が「なんでっすか」と笑った。
休憩を終えた帰りがけ、僕はおもむろに訊ねた。
「何だかんだ僕のことばっかりだったけど、猪方先輩こそ好きな人いないの?」
「生憎野球一筋なんで、そういうのは興味ないっすね」
「そうかぁ」
「・・・そういえば、来年は先輩と同じ高校を受験しますんで。野球部の寮があるんで、野球仲間数人でそこ通います」
「あれ、うちの高校って野球強かったっけ?」
疑問に対して彼は顔を横に振った。
「強くないっすけど、プロ目指すなら強豪を倒した方が目立つじゃないっすか」
「おぉ・・・」
本当に尊敬する。プロになる人達ってのは、こういう志を持った人なんだろうなと感心してしまう。
「それと今日の件は妃紗には内緒でお願いします。俺がシバかれますんで」
「言わないし言えないよ」
彼は「そうっすか」と、また微笑んだ。
相貌を崩すと愛嬌のある笑顔で、最初の怖い印象から姉さん想いの優しい弟って印象へと変わった。人は見かけによらないんだと学ばせてもらったな。
それはそうと、順調にいけば来年は猪方君も同じ高校に通う事になるのか・・・・今後も彼とは何かしらの形で関わるんじゃないかと、不思議とそんな気がした。
その日の夜飯前。
妃紗から「今から家寄るからちょっとあーちゃん貸して」とLINEが届いた。
怪訝に思いながら返事の内容を考えていると、先にインターホンがなり件の妃紗が到着した。
「あーちゃん、妃紗が用事あるみたいだよぉ?」
「ひーちゃんが?」
言われた通り可愛いあーちゃんを引き連れて玄関のドアを開くと、いつもよりもよそ行きの服を来ている妃紗がいきなりあーちゃんに抱きついた。身体の中にそのまま取り込まれてしまうんじゃないかと心配になるくらいに、念入りなハグだった。
あーちゃんも僕もポカンとするなか、身体を離した妃紗が事後のようにスッキリした顔で、「ありがとうあーちゃん♪」と頭を撫でて微笑み、僕には「そんじゃ」と告げて家から出ていった。
・・・・・何がしたかったんだ?
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