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22話目 それぞれの事情 始まり編

(うわぁ・・・やっぱりいるよ)



 妃紗ひさが不在の今日、集合場所である河川敷沿いの通りから少し離れた物陰に隠れながら、僕は猪方いのがた君を観察していた。正確にいえば観察ではなく、2人きりになるのが気まずくて合流できないでいるだけなんだけど。


 だって、猪方君喋らないし怖いんだもん。

 僕の父さんと違ってなんだか気難しそうだし。




 今日も真夏を主張する陽射しは容赦なく街を灼き、その中で猪方君は微動だにせずに僕を待っている。


 このまま放っておいたら、茣蓙ござの上のゼンマイみたいに干上がってしまう気がしたので、意を決して猪方君へと歩み寄る。




「お、おまたせー」



 会心のボケのつもりで、待ち合わせに故意に遅れた女の人みたいなテンションで合流してみたけど、彼は「・・・っす」と僅かに頭を下げただけだった。



「あの・・・今日は妃紗ひさはいないって聞いてる・・・よね?」


「・・・っす」


「・・・じゃあ、走ろうか。水分補給だけちゃんとしてね」



 気遣う先輩アピールをしてみるけど、やっぱり「・・・っす」と答えるだけ。


 あのさ、猪方いのがた君って普段友達同士だとどんな感じなの?





 それからは、こまめにペースを落としながら暑い中を黙々と走り続けた。


 やがて僕の少し後ろを走っている猪方君の息遣いが荒くなる気配がしたので、一度休憩することにする。



 河川敷の高架下は良い日陰となっていて、風も幾分涼しいので休憩スペースにはピッタリだ。


 あとは壁に描かれた卑猥な絵や文字だったり、そこら中にあるポイ捨てのゴミがなければ言うことなしなんだけど。



 塩飴とスポーツドリンク(市販)を適度に口に含んで、離れてもないし近くでもない距離にお互い身を置きながら身体の火照ほてりを冷ます。



 身体の乾きからか、それとも舌を円滑に回すためなのか、猪方君はスポーツ飲料を一口飲んだあとおもむろに口を開いた。



「ぶっちゃけどうなんすか」


「・・・え?」



「だから、どうなんすか」


「何のこと?」



 唐突で主語もない質問に戸惑うのは当然の事なんだけど、猪方君は「はぁ」とため息を吐いた。まるで察しの悪い僕が悪いみたいじゃないか。



妃紗ひさっすよ。妃紗」


「あ、呼び捨てなんだね」



 僕のどうでもいい返しに、「んなのどうでもいいじゃないですか」と面倒くさそうな表情をした。


 そ、そんな顔しなくてもいいじゃないですか・・・。



「そ、それで妃紗がどうかしたの?」



 僕の改めての質問に、一度答えあぐねる様子をみせた猪方君だったけど、鋭い眼光を僕に向けてこう言った。



「ぶっちゃけ付き合ったりとか、そこんとこ」



 彼からそう聞かされた僕は、せめていざこざにだけはならないで欲しいと願う事しかできなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆




 私はたった今、飲食物の持ち込み自由で安価なカラオケ屋に訪れていた。


 値段は学生の私としては有り難いのだけど、身を置いている状況は決して望ましくはない。



 というのも、学校の友人数人の誘いで都内の繁華街まで足を運び、友達と合流して洋服やら小物を見て回るまでは良かったけれど、唐突にカラオケに行く流れになった。



 友人が受付を済ませて通された部屋は数人で利用するには随分広く感じた。


 何気なく「この無駄に部屋広いね」と友達に同意を求めると、「うん、あとちょっとで来るから」と時間を見て口にした。



「え?誰が来るの?」


「○○高校の男子だけど」


「・・・・は?」



 嫌な予感がした私は、遊ぶ際に声をかけてきた乙武おとたけあやへ即座に顔を向ける。すると、素早い反応で目を逸らされた。



「彩から何も聞いてないんだけど」


「え!?うっそ!?」



 周囲が驚く反応をする。その様子だと、私が今日の○○高男子とのコンパまがいを知っていると思っていたらしい。


 道理でさっきのカラオケの受付で「どんな人達かなぁ」って言ってたわけだ。



 

「でもさ、本当の事言ったら妃紗ひさ来ないかと思って・・・」彩が潤んだ目をして訴えてくる。


「アンタさぁ、そんな泣きそうになるんだったら、いずれバレる嘘なんかつかなきゃいいでしょ」


「やっぱりダメだった?」



 ・・・・くっ。そんな風に言われると「そうです」とは言えない。


 卑怯よ、そういうの。潤んだ瞳だってきっと嘘泣きなんでしょ?




 そんなやり取りに割り込んだのは、ボールが弾むような快活な声だった。


「ちーーーっす!○○高校の高知こうちでーっす!」



 例の○○高校の男子がお目見えしてしまったみたい。


 脱色をしていて毛先が死んでいる長髪、胸元が空いた∨ネック、ガリガリの脚を強調するスキニーパンツ。



「みんなレベル高すぎでヤバくね?」

「ホントだ、可愛い子ばっかじゃん」



 高知某の連れもやってきて、口々に私達の感想を口にする。


 類は友を呼ぶという言葉のお手本のように、その友達も髪型や服装は違えど雰囲気は似ていた


 

 私からも感想を述べさせてもらうけど、髪型や服装が似合っていないのに態度だけイケイケな感じを醸し出し、なにより一番頂けないのは私達を物色する、爬虫類みたいなギラついた目。


 そこに清潔感という文字はなかった。


 あー、これ、マジで無理かも。

明日は続きを昼と夕方に投稿します。

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