20話目 庚申妃紗は反省する 下
最初はA子とB子にこんな事を言うつもりなんてなかった。
そもそも相席するつもりすらなかったけど、2人が酉水を見ても彼だと気づかなかったので、ちょっとした出来心が芽生えた。
私の教え子の集大成を中学の人に見せつけて反応をみたかったし、それが酉水をバカにした馬鹿ならなおさら。「デ部」を立ち上げる動機だし。
でも、2人と交えて話をしているうちに、何か黒くて「モヤモヤ」したモノが身体の中に蔓延していくのを私は感じた。
血の滲む努力をしているアイツを尻目に、自分の容姿が良いからって人を見下して、それでいて目の前で楽しそうに笑っていられると、どうしてもその「モヤモヤ」が身体に募っていく。
きっとそれは、ゴムが焼けるようなツンと鼻を突く悪臭を放つに違いない。「見返したい」ではなく、私の醜い「復讐心」が発生源なのだから。
それに、私個人として栄子と結衣は好きになれない。
少しリアルな話をすると、この2人の習性なのか知らないけど、ある程度の期間になると互いを交互にグループから外して無視をしていた。
それで何かのきっかけで仲直りをして、またある程度の期間が経ったら無視をする。意味不明でついて行けなかった。「勝手にやってれば?」って思ってたけど、2人は周囲を巻き込むからたちが悪い。
仲直りのきっかけに、「デ部」を利用して陰口を叩いていた事も、友達から聞いたからちゃんと知ってる。
中学生のシカトや喧嘩は子供がよく発症する麻疹や中耳炎みたいな流行病だと分かってはいるけど、それでも嫌なものは嫌。
だから私は耐えられなくなって意地悪な質問をA子とB子に投げかけた。酉水は変わったでしょって。2人から出てくる言葉なんか決まっている。「砂糖は甘いの?」って聞いているようなものだから。
案の定、辿々しくはあるけど、予想通りの反応を示した。それだけ聞ければ十分満足な筈だった。でも、そこで私のタガが外れた。蔓延したモヤモヤは居場所をなくし、私の口から溢れ出す。
「ま、良いんだけどね、実際その通りだし。でもね、コイツは2人の手が届かない所まで羽ばたいてったよ。馬鹿にしていた代表として、どんな気持ちか教えてよ」
驚くくらいの饒舌に一番驚いたのは私自身。私って、人にこんな事言えるんだってだんだん怖くなってきた。
まさに度肝を抜かれるって顔をA子もB子も、隣の酉水もしている。あぁ、嫌だな、こんな私は見せたくないのに。
気持ちをは裏腹に言葉はもう出てしまった。ブレーキの壊れた自動車みたいに、後は暴走してどこかに激突して止まるだけ。
2人は足りない酸素を求めるように口を開閉させ、やがてB子が先に口を開いた。
「・・・最初は、ちょっと無謀かと、思ったけど・・・ねぇ?」
「え?あぁ、うん、そうそう、だんだん酉水君も、格好良くなってね?」
「あ、うん、そんな感じ。まさかこんなに変わるなんて・・ねぇA子?」
「ちょ、どうして私にッ・・・まぁ、ビックリしたかなぁって感じ」
話しを振っておいてあれだけど、正直見ていられなかった。いつ爆発するかもわからない爆弾の押し付け合いを見せられているようだったから。2人の関係性が浮き彫りになる。
そこに嘴を入れたのは酉水だった。
「確かに僕は見た目は変わったけど、ただそれだけ。中身はあの時のまま自信はないし、2人が思っているような程じゃないから」
そう自虐的に笑う酉水を見て、あの「モヤモヤ」が吹き飛ぶのがわかった。暴走した自動車も、激突じゃなく燃料切れみたいに緩やかに減速していく。
私はどうしようもなく情けなくなった。人の目がなかったら、きっと目に涙を浮かべているに違いない。
またまた私の器の小ささが露呈してしまった。酉水よりも私の方がムキになって、でもアイツは優しくこの場を治めようとした。
2人の緊張が少し解れていくのがわかる。酉水の、優しい笑顔にホッとしているんだ。私がきっと、酉水に逆立ちをしても敵わないのが懐の深さだと思う。私と、A子とB子も傷つかないように、自身に傷の矛先が向く言葉をすぐ選べるんだもん。
それに、最後は私まで救おうとする。
「でも、妃紗のおかげで、新しい高校では楽しくやれているよ」
「そ、そか、よかったね」
「わ、私達も、応援してる・・から」
馬鹿にしていた相手からのエールに、酉水は「うん、ありがとう」と微笑んだ。
その笑顔は、本当に私の心までも浄化していく。この優しさは、彼自身が初めから持ち合わせているもの。
「ごめん、二人とも、嫌な質問した」私は立ち上がると、A子とB子の伝票を一緒にひったくり、「私達はもう行くから、じゃあね」とレジへと向かった。
伝票は合わせると4000円はするかな・・・お金間に合うかしら。今日はパンケーキをアイツに奢らせるつもりだったけど、自身の戒めと2人への謝罪、そして酉水への感謝として私が支払おうと思った。
アイツも慌てた様子で着いてくる。「これ」って、私の鞄を差し出してくる。どうやら、興奮状態で席に置いたままだったみたい、恥ずかしい。
店員さんが金額を口にしてとりあえずは安堵する。足りるけど、次のお小遣いまでは暫くは我慢決定ね。
紙幣を置こうとするすと、先に半分の金額を酉水がトレイに置いた。
すっかり私が払うつもりでいたから断ろうとすると、「いいから」と制された。先回りされたようで悔しいし、レジ前でお金の話しをするのも躊躇われたので、渋々残りを支払った。
きっと料金の半分にも意味がある。
私が丸ごと背負うよりも、その半分を背負うという意図なんだと思う。
それでも帰宅の道すがら、私は先程の続きを掘り返した。財布から酉水が支払った額を取り出して渡そうとするも拒まれた。
これじゃ私自身の落とし前にならない。
けど、酉水は何ともないように言う。
「僕のために、ああ言ってくれたんでしょ?」
「・・・違う。私が耐えられなかっただけ。アンタのこととは関係ない」
「じゃあ、何が耐えられなかったの?」
「それは・・・アンタの前でヘラヘラと笑う2人が」
違う。
周りから認められて欲しいくせに、中学から酉水を知ってる人にいざ認められると面白くなかった。
そう、面白くかった。それだけ。独占とか嫉妬とか、そんなどうしようもない理由。
「それって僕のためじゃん」
「そうじゃないってばっ」
つい、語気が荒くなる。でも、こういう時の酉水は私の手に負えない。
「それじゃあさ、別の日にミスド奢らせてよ。今日は陸上部の一件で来たんだし。それに嬉しかったんだ。妃紗が全て代弁してくれてて」
代弁なんて嘘よ。私と違ってアンタはあんな風に人に対して感情を抱かないじゃない。
「それに、『デ部』じゃなくて、普通に妃紗と一緒に行きたい」
最後ははにかんだ笑顔を作る。
「なんつって」
「なによ、それ」
そうぶっきらぼうな言葉を口にしながらも、確かに救われたと思った。
それと同時に、「デ部と関係なしに」という言葉が、妙に熱を持って私の心を温めるのを感じる。
はい、今日も完敗。結局、理屈云々以外の土俵に持ち込まれた途端、私はコイツには歯が立たない。
いつか、この人から金星をあげる日がくるのかしら。




