19話目 庚申妃紗は反省する 中
「いいからいいから、座って」
そう言った妃紗が椅子から腰を上げた。僕らは四人がけのテーブルに座っていて、僕の隣の席に皿や荷持を移し、二人分のスペースを作る。
その間AB子も戸惑いながらも、「え、でも」とか「いいよいいよ、大丈夫」と抗ってはいたけど、それ以上に強引な妃紗を前にたじろいでいる様子だった。
僕以外にも高圧的なんだな、という今さらながらの発見は置いといて、僕も好ましくない状況には変わりないのでAB子の加勢を選択する。
「AB子達は2人で来ているんだから、無理に誘うのも失礼じゃない?」
「でもせっかくの水入らずなんだし」
妃紗が有無を言わせずに「ね?」と僕に言ってきた。
あれ、変だな。普段偏差値高いくせにコイツ水入らずの意味知らんのか?
店員にも合流する旨を手早く伝え、トントン拍子で四人デーブルの席が隙間なく埋まり相席が完成した。
・・・どうしてこうなった。
きっと僕は、どう表情を作っていいかわからず、愛想笑いと緊張を滲ませた顔になっているに違いない。
どうしてそんな事がわかるのかと言うと、AB子も僕と全く同じ心境のはずで、愛想笑いと緊張を滲ませた表情になっているから。云わば合わせ鏡みたいな感じ。
「ね、ね、2人はどれにする?」
「あ、あー、えーっと」
「ど、どうしようか?」
「これ、さっき食べたけどめっちゃヤバかった!」
「あ、へぇ」
「そ、そうなんだ」
未だに戸惑いを拭えない2人をよそに、妃紗がぐいぐい強引に牽引する。
小学生のサッカー少年団の中にマルセロが紛れているような無双状態を見せられている気分になる。
覚悟を決めたのか、それとも解放を諦めたのか2人は渋々とメニューを眺め始めた。
これからどうなる事になるんだろうと暗澹たる思いでいると、突然太ももに痛烈な痛みが走った。
「-----------っ!!?」
声に出さなかったのは、ここ最近のMVPに表彰されてもいいと自賛する。
痛みの発信源に視線を巡らすと、テーブルの裏で妃紗に太ももを抓られていた。
何するんだよ、という僕の悲痛の訴えよりも先に、沼の底から沸き立つ泡のような、「ヘマすんなよ?」という低くドスの利いた妃紗の声に、僕の身体と鼓膜が恐怖に震えた。
戦意を消失するには十分な圧力で、僕は脂汗を浮かべながらコクコクと頷いた。
クシクシ、妃紗様の言うことは絶対なのだ。
◇◆
たどたどしくではあるけど、AB子のパンケーキも運ばれてきて、表面上は賑やかな雰囲気にはなった。
AB子はピーキャー鳴きながら一頻り写真を撮った挙げ句、インスタだのTwitterだのと自己顕示欲や承認欲求の権化と化したSNSにパンケーキ画像と自撮りを投稿し、実際に口に運ぶまでに割と時間を要した。いいからmixiにでもアップしてさっさと食べろよ、と皮肉の1つも言いたい。
元デブの僕は食の向き合い方にはうるさいので、食事のマナーの悪いところを見るとつい悪態をついてしまうのが癖だ。
それでも妃紗の洗脳により紳士に振る舞うことを強制されているので、決して本音を口にすることはない。
わかっていたけど、会話は中学時代のAB子と妃紗にまつわる話題ばかりで介入の余地はない。
共通の話題や、他の友人との話しだの互いの高校生活がどうだのという当たり障りのない会話を、たまに僕を気にしながら続ける。
僕は2人に接点なんてないし、掘り返される過去はパンケーキの甘さを吹っ飛ばすエスプレッソよりもずっと苦い。
ヘマなんてする前に絡みすらないんじゃないか、と思うほどに僕は薄い酸素に成り果てていた。
そう思っていたけど、会話の流れで妃紗が陸上部の鸚鵡返しと言わんばかりに「アンタは最近高校でどうなの?」と僕に質問を投げ、見事に被弾した。
「まぁ、普通かな」
「普通って、昔と違って随分と変わったじゃない。せっかくだし2人にも聞かせてあげなよ?」
「あ、うん」
仕方ないので、高校で起こったことをAB子につらつらと語りかける。
興味があるんだかないんだか、要所で相槌を挟みながら僕の声に耳を傾けていた2人だけど、決して視線は合わせないように目の下辺りを見ているのがわかる。
お見合いで互いに打ち解ける事無く時間が流れていく感じの余所余所しさのまま、僕の近況報告が終わると、「そ、そうなんだね」とか「凄いね」と空っぽの返事が返ってきた。
うわ、これなんの罰ゲーム?
ハズいから今すぐ小さくなってひーちゃんのおヘソの中に一生隠れていたい。
「ねぇねぇ、コイツだいぶ変わったでしょ?」鼻息をフンスーと洩らしながら妃紗がドヤる。
「う、うん、変わったよ・・ね?A子?」
「え、あぁ、うん、ビックリしちゃった」
感想を口にしたAB子に、妃紗は突然冷水みたいな言葉をぶっかけた。
「2人は裏で馬鹿にしてたもんね、私達のこと」
「え」
「え」
「アホだのデブ専だの悪趣味だの、知らないとでも思った?」
AB子は肯定も否定もできず、ただ押し黙った。
「ま、良いんだけどね、実際その通りだし。でもね、コイツは2人の手が届かない所まで羽ばたいてったよ。馬鹿にしていた代表として、どんな気持ちか教えてよ」
僕は、こんなに執拗で攻撃的な妃紗を知らない。
華やかな店内とパンケーキ、そして女子高生の会話としては随分と不釣り合いで、灰色の取調室が随分とお似合いだな、とこの時思った。




