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18話目 庚申妃紗は反省する 上

 7月の中間テストをそれなりの手応えで乗り切り、あーちゃんのお迎えも不要の今日、私はいつぞやの約束を果たさせるために都内で人気のパンケーキに酉水すがいを連行していた。



「うわ、どれも美味しそう!」



 メニューを開くと、どのパンケーキの見本写真も私を誘惑するものばかりで、むしろ官能的ですらあるわね。


 こういう時に瞳を輝かせて心を踊らせると私も普通の女子高生だなぁ、と実感しちゃう・・・そんな思考に至る時点でアウトなのかしらね。


 盛りに盛られた生クリームを早く胃に収めたい気持ちを抑え、私とは対照的に神妙な面持ちの酉水に訊ねる。



「ねぇ、何にするか決めた?」


「・・・これカロリー表記がないんだけど」


「ち、ちょっと、この店でその言葉は禁句だって」



 聞かれてしまったながら既に数人のスイーツ客が、視線を刺してくるので、慌てて酉水すがいの口を噤む。



「やめてよね、雰囲気ぶち壊しじゃない」


「でも、実際食べた後相当走らないと」


「そういう話はいいの。言っとくけど今も一応模擬デートなんだから、わかってる?」


「はい」



 中学の頃から始めている模擬デート。単純に、本当のデート前にエスコートだったり気配りをトレーニングする。



 実践で試せてはいないけど、結構あちこちと巡ったし酉水すがいはなかなかのやり手のはず。


 それぞれオーダーをすると、十数分程でパンケーキがやってきた。


 コテッコテのクリームの上にフルーツが散らばって、メイプルシロップがたっぷりかけられている。これは背徳感が凄いわね。


 勉強で消費したカロリーを補うだけ・・・そうそう、どうせアイツのトレーニングにも付き合うし、これくらい平気よ。



 いざ、と口の中に頬張ると「甘い」以外の感想が出てこない。


 でも・・・幸せ。



 私が食べていると、真正面に座る酉水がふっと笑った。


 口に物を含んでいるので、あーちゃんや小母さんじゃないけどコテっと首を傾げると、更に微笑んで「妃紗ひさって食べてる時可愛いよな」と口にした。



「ムグっ!?」


 物理的に吹き出しそうになって、寸前で耐えた。

 アイスティーで流し込んで一旦落ち着く。



「アンタ急に何言ってんの」


「いやいや、模擬デートだから」


「・・・まぁ、そうね」なんで動揺してるのよ私は。


「でもさ、普段の厳しい妃紗を見ているから余計にそう思うのかも。そうなると僕はかなり得をしてると思わない?」


「し、知らないわよ」



 なんでそういうのを普通に本人に聞くわけ?


 「そうだね」って言えば自意識過剰になるし、だからといって「思わない」ってのも釈然としない。


 アイツのペースに乗せられるのはゴメンだから、話題を逸らさないと。



「そういえば聞きたかったんだけど、あたる小父さんとアンタって家で話すことあるの?」



 あたる小父さんはコイツのお父さんで、とにかく寡黙な人。私は密かに10文字以上は喋らないんじゃないかって疑ってる。



「普通に話すけどそれがどうかしたの?」


「だって食事中の会話も頷くだけじゃない」


「あれが当たり前だと思ってたからなぁ」


「うちなんかどっちも騒がしいから、酉水家は珍しく感じる」


 私がそう言うと、酉水はそこら辺のパンケーキより甘い顔をして朗らかに笑う。



「妃紗の小父さんと小母さん、凄いもんね」


「やめて、その言い方はやめて」


「はははは」



 昔、何度か酉水を私の家に呼んだことがある。

 その時はまだまだ贅の肉を尽くしていた時期だから、今のコイツを見たら驚くかしら。



「今度久しぶりに家来てみる?」


「そうだね」



 私達の話題は必然と互いの身内関係に絞られる。

 中高の学校は共通の知り合いも居ないし、好きな音楽も違う。本当に、私達って不思議。



「・・・どうしたの?」


 酉水すがいが私の顔を覗き込んでいた。少し考え事をしてぼーっとしてたみたい。



 「んーん、何でもない」そう答えてすぐに、「妃紗チン?」と横から声がした。


 私も、酉水すがいも揃って振り向くと、そこには中学時代の友人2人が立っていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「うそー、久しぶりー!」

「凄い偶然じゃない!?」



 美味しいパンケーキをのほほんと食べていると、妃紗の中学時代の友達と遭遇した。


 もちろん、顔は覚えているし名前だって覚えてる。


 えーっと・・・・A子とB子だ。



「A子とB子じゃん、久しぶり」



 わたくしの都合により、「A子」「B子」でお届けさせて頂いております。



 やはり妃紗ひさの友達なので、どちらもイケイケ街道まっしぐらで華がある。



 2人とも短く丈を折ったスカートからは焼けた足がするりと伸び、ネイルも控えめだけど塗られている。長い髪の先も巻かれていて、まるで互いの個性を打ち消し合うように出立に一貫性があった。



 そのうちの1人のB子が僕に「彼氏さんですかー?」と妙に馴れ馴れしく話しかけてきた。



「いや、俺だけど」


 自分を指差すと、AB子は「ん?」と僕の顔をまじまじと観察し、その後に脳内で照合ができたのか、「あっ」と小さな声をあげた。



「あ、えーっと・・・ねぇ?」

「あぁうん、そうだよね、あはは」



 この感じは随分と久しぶりだ。


 中3の最後あたりは僕もスリムに仕上がっていて、周囲からは異様な目で見られていた。その視線や態度が今のAB子だ。


 取扱説明書のない精密機械を前にしているような戸惑いと遠慮、そして好奇の視線。


 僕は「どうする?」と視線だけを妃紗ひさに巡らせた。


 受け取った妃紗はふっと一瞬笑ってこう告げる。



「良かったら一緒に食べる?」


「「「えっ」」」



 僕とAB子の声が重なった。

 だって、この2人は中学の時に僕を馬鹿にしていた側の人達だから。



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