1話目 どうなってるわけ?
私は目を疑った。新入生代表には、酉水と不可思議な関係になるに至った原因の犬爪純礼が答辞を述べているから。
どこからか間抜けな声が聞こえた。きっと酉水だ。彼もまた、私以上に彼女の登場に驚いているに違いない。
彼女の答辞が終わると会場は拍手の渦に包まれる。
同性の私から見てもうっとりとする容姿端麗な姿、凛々しい声に今にもスタンディングオベーションが起こりそうな雰囲気がした。
周りの男子生徒が早くも、「ちょっとレベチじゃね?」とか「あの子しか勝たん」とか口にしてる。おーい、一応私もそれなりに水準を満たしてるんだぞ男子よ。
所属する3組での自己紹介を済ませ、担任から今後の説明を聞き流し、高校初日を終えた私はすぐに1組の酉水のもとへと向かった。
酉水も同じ事を考えていたようで、廊下で出会い頭になるとすぐに学校を出る。
入学初日で男女が一緒に歩いているのは目立つけど、今はそんなことどうでも良かった。
靴を履き替えて外に出る。陽射しは温かいのに風は冷たいアンバランスに晒される。駅を目指しながら口を開いた。
「どうなってるわけ?」
「わ、わからない・・」
言葉は足りないけど、今の私達の話題といえば「クラスどんな感じ?」とか「可愛い子いた?」とかじゃなく、犬爪純礼以外になかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
入学式を終え、魂が抜けた抜け殻のようなままクラスに戻ると、HRでは自己紹介に時間が割かれた。
一人ひとりの紹介を聞いているようで、中身は全然入ってこない。壇上で答辞を述べる幼馴染ばかりが脳裏に浮かんで、他の情報を取り込む余裕がない。
どういう事だ?どうしてアイツがこの高校に?
妃紗も今まで何も言わなかったし、この事は知らなかったと考えるのが妥当だ。それ以前に、妃紗は純礼と会話をしたことなんてない筈だ。
僕の自己紹介の順番が回ってきたが、頭が真っ白になり、「最後に一言」というスピーチを「これからよろしくお願いします」だけで済ませてしまった。
華やかな高校生活も道を早くも挫かれた気分だった。
放課後に妃紗が珍しく取り乱している様子で「どうなっているわけ?」と問いかけてきた。
「わ、わからない・・」
「その感じだと酉水も何も聞いていないのね」
「うん。親も何も言わなかったし」
純礼とは家が隣同士というわけじゃないけど、割と近所なので昔は家族同士での交流もあったが、僕がやんわりと拒絶をすると親は気難しい事情を察したのか表だっての交流はなくなった。
「これからどうするわけ?」
「どうするも何も、アイツと関わらないで過ごすしかないかな」
「そうね」妃紗は一度言葉を区切り、口調を仕切り直す。「ま、あの子がいてもいなくてもアンタの高校生活は一緒だよ」
妃紗の言葉に頷いた。そうだ、アイツが同じ学校にいようが関係ない。失った青春を取り戻すために今まで努力してきたんだから。
翌日、僕は現実を痛感していた。
確かに僕は変わった。ボサボサ頭で肥満体型から一変、髪のセットにも気を遣って、痩せるだけじゃなく妃紗の過酷なメニューによる筋トレの成果で引き締まった体になった。
理想の男は勉強もできる、という事で同じくらい学業にも打ち込んで成績も平凡から優秀まで格上げした。
しかし、肝心なものが鍛えられていなかった。コミュニケーション能力だ。
誇張ではなく、僕は中学時代は妃紗と共にあったと言ってもいい。放課後は暑い時期も寒い時期も散々シバかれ、泣き言を許されずダイエットに励んだ。
2年に進級してからはクラスが別々になり、もともと引っ込み思案で友達が少ない僕はクラスから浮いた存在のまま中学を卒業した。
過去の回想に浸っていると、荒野に投げ出されたも同然の僕に男子が話しかけてきた。
「昨日女子と帰ってただろ」
「え、あぁ、まぁ」
「彼女?」
「いや、違うけど」
「そうなのか?可愛い子だったからよ。あ、俺巳造な」
巳造と名乗った男は、僕が見てきた中でもカッコいい部類の上位に入るイケメン君だった。
爽やかさと活発を湛えていて、中学ではさぞかし楽しい青春を謳歌してであろう雰囲気が滲み出ている。こんな感じの奴らに僕は虐げられてきたから、偏見だけど苦手意識がある。
「ぼ・・俺は酉水ね」
「それでよ、お前の『のぼる』って名前の漢字、東西の『東』って書くんだな」
コクリと頷くと、彼は続けた。
「俺は東西の『西』で『しずむ』って読むんだ。巳造西な。『東』のお前に『西』の俺。日の出と日の入みたいで面白いな」
巳造は朗らかに笑い、僕も釣られて笑った。そこに1人の女子生徒が割って入ってきた。
「西だけ東君と話ししててズルい」
「なんだ凜菜かよ。ずるくねーだろ別に」
凜菜と呼ばれた女子は、くるっと視線を巳造から僕に巡らし、愛嬌のある笑顔で「卯月凜菜だよ、よろしくね東君」と自己紹介をする。
「俺は酉水東。これからよろしく。呼び方は凜菜でいいかな?」
「えっ?・・・うん」目を点にして面食らった様子で凜菜が頷いた。正気を取り戻すと、「昨日の子は彼女?」と訊ねてきた。
「それ、さっき俺が聞いた。友達だってさ」巳造が横槍を入れる。
「そうなんだ。可愛い子だったね」
「それも俺が言った」
「なんなのよもう!」
いちいち口を挟む巳造に凜菜が怒った。仲がよろしいことで。
凜菜も整った顔立ちをしていて、話題に上がった妃紗と同じくらい綺麗な系統の顔立ちをしている。髪は脱色された茶色で、髪の長さは肩にかかるくらい。
「ねぇねぇ、なんの話ししてるの?」
「私達も混ぜてよ」
「あ、適当な自己紹介した人だ」
巳造と凜菜と話していると、他の生徒も集まってきた。主に女子だが、遠い場所から登校している僕を珍しがってあれこれと質問をされた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、妃紗も東と同じ質問をクラスの女子から受けていた。
「庚申さんと一緒に帰ってた奴って彼氏なの?」
「違う、アレはただの・・・」少し考えて、「友達かな」と口にすると、妃紗というよりは東に興味津々の女子が色めき立つ。
「同じ中学?」「部活何やるの?」
「名前は?」「やっぱり付き合ってるんじゃない?」
「かなりイケメンだよね?」
次々と飛び出してくる質問を捌ききれず、「ちょっと、ちょっと待って」と妃紗は思わず制止する。
「1人ずつお願いしていいかな?」
それからも質問の雨に打たれた妃紗は、始まった授業によりようやく解放されてげんなりとしていた。
女子の色恋沙汰好きは尋常ではない。口をパクパクさせて、まるで餌に群がる鯉と一緒だ。
中学時代の彼女の恋愛については明るいものではなかった。
その理由は?当然全ての時間を東に費やしていたからに他ならない。ただ、2人の関係は決して男と女という括りではなく、強いて言うのであれば顧問と生徒に近い。
しかし、妃紗もそれで良いと思っていた。中学時代に付き合いたいと思う男子もいなかったし、何かしら声をかけられたりはしたが「放課後は酉水といつも一緒にいる物好き」というポジションに収まった。
「・・・はぁ」
軽はずみな行動を後悔した妃紗はため息を吐いた。今後は「イケメンの知り合い」というポジションに変わって、面倒事に巻き込まれなければ良い、と密かに願うのであった。
あまり文字数が多いと読みにくいかと思い、1話につき2~3000文字程度にしていくつもりですが、何かご意見ご要望があれば宜しくおねがいします。
まだ物語さえ始まってないのに、早くもブクマ評価ありがとうございます!
引き続き、モチベ維持のためブクマと評価にてご支援下さい^^