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16話目 酉水東は面倒くさい

 突然だけど、酉水すがいのぼるは意外と根に持つ人間ってのを私は知っている。



 話は中学の頃に遡り、「デ部」の活動が開始して1ヶ月に差し掛かった頃。彼の体重に期待していた変化が見られなかった私はいよいよ問い詰めた。


 食事には気をつけるように散々注意をしていたけど、もしかしたら肝心の食事制限が疎かなままじゃないのかと。


 あいつは否定したけど、放課後に私が家に行って確かめる、と根拠もなく脅したら、パンパンに腫れた顔が収穫前のトマトみたいに青ざめて確信した。


 大柄な男子を小柄(笑)な女子が引っ張るというのはなんとも変な光景だったろうけど、私は構わず酉水すがいに案内をさせて家へと足を運んだ。


 たまたま休みで家にいた小母さんが玄関まで見送りに来た時に、私を見て首をコテっとかしげたのは今もはっきりと記憶に残っている。



 伺うと、やっぱり酉水すがいは食事の管理なんてしていなかった。それどころか、おやつでプリンとシュークリームが用意されていた時は人生初めての殺気を纏った瞬間だった。


 当然、そのおやつは客人である私が食べて、小母さんと酉水すがいも一緒に「デ部」でダイエット中だから食事制限必至であると半ば説教をした。


 ようやく甘やかしすぎたと小母さんが反省し、これが私が酉水すがい家に入り浸るようになる詳細な経緯なんだけどさ。


 でも、それから数週間くらいは何か不満がある度に、「僕のおやつ食べたくせに」と言うのが口癖になって、はっ倒してやろうかと思った。



 さて、どうしてこんな長ったるい過去の回想をしているかと言うと、現在進行系でコレ(酉水東)が昨晩の焼き肉不参加にダラダラと文句を垂れているから。



 朝に駅前で落ち合うやいなや、返事を返すのも億劫になっちゃうくらいのテンションで、酉水すがいはこう述べた。



「あっ!家長である僕を仲間はずれにして家族と焼肉を食べた庚申こうしんさんじゃないですか、おはざいあーっす!」



 非常に面倒くさい。顔を覗かせた新芽を一つ一つ摘むような気持ちで反論を潰していき、余計な仕事を増やさないために効率重視で返答をする。



「家長はアンタじゃない、焼肉って提案は小母さん、打ち上げで半裸晒しといて何が『仲間はずれ』よ、おはよう、以上」



「でも、焼肉食べたかったなー最近鶏タンパクしか摂取してなかったからなぁ」


「はぁ・・・」



 コイツの焼肉への愛はちょっと異常だ。あーちゃんに注ぐ愛情くらい偏っている。


 改札を通って駅のホームまでグチグチ言われるとマジでイラッとしたきたので、「うるさい、はっ倒すよ」と言って黙らせた。




◇◆◇◆◇◆◇◆



「あ、おはよー。昨日は楽しかったね」


 学校に到着するなり凜菜が声をかけてきたけど、焼肉を食べそこねた僕はバイブスが上がらない。



「・・・おはよ」


「どうしたの?元気ないけど」


「焼肉」


 凜菜がオウム返しで「焼肉?」と呟く。

 なんでわかんないんだよ、お願いだから全てを察しろよもう!


「昨日の、晩飯が、焼肉で、でも・・・」


 空気を噛むようにして、なんとかそこまで口を動かしたけど、その先を言うのは躊躇われた。いっぱいに満たされたグラスの表面のように、瞳に薄っすらと涙の膜が張るくらいには悔しい。



 その後、凜菜が僕を泣かせたとクラスは騒然となり、僕が掻い摘んで理由を説明すると「それだけの理由で紛らわしいことすんな」と叱咤され、僕はそれに「なにが『それだけの理由』だぁ!」と逆ギレした。


 今日も1組は騒々しいです。主に僕が。



 意気消沈ばかりしていられない。僕にも現実(リアル)がある。


 なんてこじらせてみたものの、放課後に仕事の都合がつかない両親の代わりにあーちゃんのお迎えにいくだけなんだけど。むしろ僕にとっては現実逃避だ。



 保育園の若い先生から受けたお茶の誘いをやんわりと断り、あーちゃんを園という牢獄から解き放した僕は、お手々を繋ぎながら一緒にトボトボと帰り道を歩く。これだけでセロトニンが噴水みたいに溢れ出すのを実感する。あーちゃんは幸福の○学だね。




 ここ最近は、梅雨の時期にも関わらず勿体つけるように曇り雲だけが空を覆っていて、曇り空を手で絞ったらそこから大量の水が流れ出しそうな、そんな黒い雲だった。直に湿気を刷毛で塗られているような不快感が続く。




「風に舞った花びらが、水面を乱すようにぃ♪」


 生憎あいにくの気候でも、隣のあーちゃんはご機嫌に歌を口ずさむ。ブラジル脳線虫に感染はされていないけど、うっとりしながら天使(あーちゃん)の囀りを堪能する。ちょっと曲のチョイスが古いけど良い歌だよねそれ、うん。



 少しすると歌がピタッと止み、可愛いお顔をこちらに向けた。



「ひーちゃんいっしょじゃないの?」


「うん、一緒じゃないよぉ」


 僕が答えると、あーちゃんが少しだけ眉間に皺を寄せる。


「・・・何かあったの?」


「ん? なーんにもないよ、気しないでね?」



 そう言うと、不承不承ながらあーちゃんはコクコクと頷いた。

 僕たちの事情のことは気にしなくても良いんだよ。あーちゃんはイマドキの子らしくお手玉やたまごっちで遊んでいるべきだ。



◇◆



 夕方になり、母さんの帰宅に合わせていつものトレーニングウェアに袖を通す。ふと、これから先の天気が気にかかり雨合羽を羽織って外に出た。



 特に連絡はしていないけど、河川敷には同じく雨合羽姿の妃紗ひさの姿があった。この時期の湿気による癖っ毛のうねりを嫌ってか、かき上げた前髪をヘアクリップで止めてある。



「アンタ、もしかしてまだ焼肉の事で怒ってるの?」


「・・・別に」


 ノボル様はまだご立腹。食べ物の恨みは恐ろしい。


 特に立ち話はなく、どんよりとした空の下を駆けた。

 そういえば、昔に雨天でも走ろうといい出したのは妃紗ひさからだ。



 言い出しっぺの意地なのか、こうして雨が降る日は必ず雨合羽を羽織ってまで付き合ってくれる。まったく、どこまでお人好しなんだと呆れてしまうほど生真面目に。



 30分程で予想通り強い雨が降り注いだ。


 次第に雨脚が強まり、それも視界を遮るほどだったので、流石に中断を余儀なくされた僕たちは、たまたま近くだった公園に植えられた大きな木の下で雨宿りをすることになった。



「凄い降ってきたわね」


 結局は濡らしてしまった髪から滴り落ちる雫を拭いながら、妃紗が常套句を口にする。


「うん、当分止みそうにはないかなぁ」


「・・・あれ?」



 季節外れの雪に驚くかのように、声を洩らした妃紗ひさが横に並んだ僕を物珍しそうに見た。僕はイリオモテヤマネコでもシロテテナガザルでもないぞ。



「ねぇ、もう怒ってないの?」


「正直言うとそこまで怒ってないし」


「へぇ・・・」


 驚いた表情からすぐに相貌を崩し、妃紗ひさが涙を拭う真似をした。子供が初めて自立して立ち上がった時を喜んでいるみたいだ。



「いやぁ、アンタも成長したんだなって思うと涙が出てくる」


「お母さん目線ですか」


「指導者目線よ・・・・でも、それだったら朝からどうしてあんな態度を取るわけ?」



 喜びから一転して、今度は当然だけど批難の言葉を投げかける。



「なんだかこう、特に理由はないけど底知れないモヤモヤみたいなのって溜まってこない?」


「んーー女の子は月イチでモヤモヤして不機嫌になるからなぁ」


「そういう現実的な答えは求めてないんだけど」僕は苦笑いをして続ける。「だから、そのモヤモヤを妃紗ひさにぶつけた」


「・・・あっそ」



 普通なら怒るところだろうけど、妃紗ひさによってあっけない一言で済まされてしまう。


 実はこうなるのを知っていたし、だから年甲斐もなくムクれたふりをして、謎のモヤモヤした鬱憤を晴らしていただけ。



 どうしても湧いて出てくる心の灰汁を取り除いてくれる存在は、身近ではあーちゃんと妃紗ひさだけだ。


 それこそ、さきほど見た空に浮かぶ黒い雲、あんなものが定期的に身体中を漂っているようなイメージ。その根本をぎゅって絞ってくれるのは、今の所横にいる少女以外に僕は知らない。



「ちょっと待ってて」


 突然妃紗が立ち上がり、何だろうと疑問に思う前に雨の中を駆けて公園を出ていった。呼び止める時間もなかった。


 一体全体何事かと思ったけど、数分で走って戻ってきた彼女の手には小さなコンビニ袋がぶら下がっていた。



「どしたん?急に」


「はい、お肉」


「ふぉ?」



 中身を見てみると、熱気を発している小包が入っていて、「今日は特別に油ものを許可してあげよう」とフッと吐息を吐くみたいに言った。


 おお・・・これは僕の昔の大好物・・・・ファ○チキじゃないかっ。


 昔ハマり過ぎてずっと食べて、もしかしたら僕が太った元凶説が濃厚なやべージャンクな一品。



「ど、どうして?いいの?」


「まぁ、その、焼き肉のお詫び・・・ってのは変だから、日頃のご褒美?」



 歯切れ悪い言葉に思わず笑みが溢れる。

 でも、ファミチキは袋にひとつしか入っていなかった。



妃紗ひさの分は?」


「一個しかなかったから、いいわよ、アンタが食べなさい」


 そう言って、体育座りをしながら器用に頬杖をついたまま柔らかく微笑む。



「・・・半分個にしようよ」



 僕はそう言って、ファミチキを半分に割ろうとした。

 どうしてか、僕一人だけで食べるんじゃなく、一緒に分け合って食べたかった。



 でも、素手では上手く半分に割れずに、歪な3対7の肉の破片になってしまった。しかも手は肉の油でテカテカしてるしビジュアルとしては控えめに言って最悪。



 それを見た妃紗が顔を引き攣かせながら首を横に振り、「いや、ごめん、いらない」とマジトーンで断られた。


 気がつけば、雨脚は少し弱まりつつある。 


第二章はこれにて終わりです。

物語の肉付けとして心理描写や背景説明メインでしたが、お付き合い頂きありがとうございます。


執筆はメンタル的にキツイ面もありますが、皆様の応援に支えられています。

誤字脱字報告共々、ありがとうございました。

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