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15話目 庚申妃紗と酉水家 下

 主に家事が壊滅的なアイツに代わってあーちゃんのご奉仕をさせて頂いたりする理由から、私が酉水すがい家を訪れる大抵の場合はご両親が不在の土日に限られる。

 



 ご両親の仕事がお休みの日には、たまに日頃のお礼として今日みたいに食事にお呼ばれされる機会もあった。


 でも、アイツが不在時に酉水すがい家の敷居を跨ぐのは何気にこれが初めてなので、すこし緊張気味。

 


 客観的に考える必要もなく、私とアイツとの関係は異質。友達だけど、以上か以下かハッキリとした線引ではなく、ぐにゃぐにゃと都合の良い曖昧な波線って感じ。



 昔は模擬デートとして色々と連れ回したりもしたし、まだバインバインのお腹の頃に一緒に海に行ったこともある。本人は身体を見られるのを嫌がってたけど、「嫌なら痩せて全員を見返してみろ」と崖から突き落としたっけ。あ、これ比喩だからね?



 そんな私を、酉水すがいのご家族はどういう気持ちで受け入れてくれているんだろう。


 私達だって年頃の男女。性癖までは知らない(知りたくもない)けど、アイツのスマホかパソコンにはエロ動画サイトくらいお気に入り登録してあるだろうし。

 


 息子のただの同級生、しかも異性が我が物顔で家に入り浸んで、本当は面白く思っていないのかもしれない。でも、こうして家に呼んでくれるし、どっちなんだろう。むー、聞きたいけど怖くて聞けない。



 ちなみに、私は今まで一度もアイツの部屋に入ったことはない。あーちゃんが常にいるってのもあるし、そこだけは決定的な線引をお互いにしている空気がある。



 小母さん・・・素子もとこさんは底が見えない。


 ニコニコしている表面の裏側では、犬爪いぬづめ某に替わって、酉水すがい家に途中参加で現れた私を本当はどう思っているんだろう。



 聞きたいけど、こっちも今更聞けない。

 聞けないことだらけで実のところ遠慮ばっかりしている。



◇◆




「そろそろ主人も帰ってくると思う」


「あ、はい」


 

 一緒に焼き肉の準備をしていると、小母さんが壁の時計を見ながら言った。



 小母さんが「主人」と口にすると、妙に馴染んでいるし様になっているので、人妻もののアレみたいでちょっとエロいと思っているのは内緒。



 すぐに玄関で物音がして、梅雨にさしかかる湿気を鬱陶しそうにしながらアイツの小父さんである酉水すがいあたるさんが帰ってきた。

 



「お邪魔してます、小父さん」


 私が一礼するとコクリと頷き、眉間を寄せた小父さんが、「東は」と小母さんに問いかけた。



「今日は学校の友達と遊んでるって。さっき、たまたまひーちゃんと会って晩御飯に誘ったの」


「・・・そうか」



 ボソボソっと口にした小父さんは、服を着替えるためか奥の部屋へと入っていった。



「あらあら、ひーちゃんが家にいるからすっごく喜んでるわね」


「そ、そうなんですね」


「見てわからない?」



 私はただ頷く。とにかく小父さんは寡黙で未だに感情の起伏がわからない。私の幼馴染の男子も同じように喋らないけど、それとは種類が違う。



 透明な水に色を垂らしても透明なままみたいに、動揺や戸惑い、感動や喜びの色とは無縁なんじゃないかって思うことがある。でも実際はそうじゃなく、小父さんは優しい。寡黙に受け入れてくれる、空気や雰囲気で語る人って感じ。




「しゅじーん」



 着替え終わった小父さんに、あーちゃんが駆け寄る。「パパ」とか「お父さん」じゃなく「主人」っていうのはどうなんだろう。そろそろあーちゃんについて深く考えるのは止めにしようかしら。



 ポンポンと、慈愛に満ちた瞳の小父さんに優しく頭を叩かれたあーちゃんの目が蕩けている。これって何だかヤバい?


 実の親に向ける反応じゃ・・・まぁ、やめておこう。



 小父さんと小母さんの年齢は1つしか違わないはずだから、どっちもまだ十分に若い。アイツは見た目だけなら完璧に小父さん似ね。飄々(ひょうひょう)とした部分は小母さん譲り。



「焼き肉か」


「えぇ、アナタも好きでしょ?」


「・・・いいのか」


のぼるのこと?」



 小母さんが訊ねると、小父さんが小さく頷いた。「アイツ抜きで焼き肉を食べて大丈夫なのか」って事ね。小母さんが、消臭して証拠をうんたかんたらと説明し、納得したのかしてないのか小父さんは黙って耳を傾ける。



 ということで、息子不在の4人での奇妙な夕飯が開始された。ちなみに酉水すがい家でご飯を食べてくると親にLINEをしたら「おけまる水産」と返信がきた。それでいいのか、私の親よ。



 当然の流れだけど、会話のリードは小母さん。

 色んな話題を口にして、小父さんが「あぁ」だの「そう」だの、ビールを飲みながら反応を繰り返すだけ。


 小母さんだけがニッコリと笑って、小父さんは関心があるのかないのかニコリともしない。毎度見ても異様な光景。



 会話は必然と共通する私とアイツの学校生活になり、小母さんが話題に上げたので最近の出来事を語ることにした。



「そういえば、あの子、学校の事はあまり口にしないけど、ちゃんとやれているそうでよかったわ」


「・・・あ、そうだ!ちょっと聞いて下さいよ、アイツったらこの前の体育の授業の時に、バスケの試合で───」



 私がバスケのルールを知らないで練習試合に臨んだアイツのバカ話を、小母さんは肩を揺らして笑っていた。


 小父さんは目を瞑り、そっとビールのグラスを傾ける。やっぱり何を考えているのかわからない。けど、圧迫感や息苦しさはなく、空や森が喋らないのと同じ括りって感じがして一緒にいても気が楽。むしろ落ち着くから不思議。



 突如、あーちゃんが小父さんに向かってあるお願いをしだした。



「しゅじーん、おにくあーんしてほしい」


「・・あぁ」


「火傷しないように、冷ましてからにしてあげてね?」


 小母さんの言葉に、目を凝らさなければ気づかない程度で小父さんが頷く。


 焼けたカルビに息を吹きかけて、珍しく逡巡した様子で動きを止めた小父さんは、あーちゃんに向かって訊ねた。



「タレか塩」


 焼き鳥屋じゃあるまいし、と思ったけど、あーちゃんは「柚子胡椒」と答えた。



「・・・取ってくる」


 焼き肉なので卓上に用意をしていなかったようで、小父さんが立ち上がり冷蔵庫から瓶の柚子胡椒と取り出すと、少しだけをカルビに乗せてあーちゃんの口元によせた。


 可愛いお口を開け、あーちゃんが柚子胡椒付きのカルビを美味しそうに咀嚼する。へぇ、私も今度、試してみようかな。



「・・・うまいか」


「うん、おいしー、しあわせー」


「そうか」



 コンパか何かで見る光景に目を瞠る。

 あーちゃんは女になっているよ。


 一瞬、ほくそ笑んだあーちゃんと小母さんの視線が重なって、スパークが生まれる気がした。もうこれ修羅場じゃないのこれ。



◇◆



 顔色1つ変えずにキリンラガーの大瓶4本目を飲む小父さんが、本当に珍しく、「妃紗ひさちゃん」と私の名前を呼んだので、脳の処理ができずに「え?」と失礼で間抜けな声を出してしまった。全くの不意打ちだった。



「感謝してる」


「・・・あ、いえいえそんな」


 それからの言葉はなく、小父さんはまたグラスを傾け始めた。


 私はまだ驚きの余韻に浸っていて、テンパりすぎて他に気の利いた台詞があったんじゃないかと悔やんでいた。



「アナタ、飲みすぎですよ」


「・・・あぁ」



 そうか、これでも酔ってんだ・・・わっかんねぇよ難しすぎる。


 まだ動揺の最中さなか、LINEメッセージが届いた音がスマホから鳴り、画面上に「酉水 東」と表示されたので、私は無意識に開いた。



「アイツから画像届きましたよ」


「どれどれ?」


 小母さんと小父さん、あーちゃんも身を寄せてきて、その画像を眺めた。


 薄暗いカラオケの部屋で、上半身裸のアイツが安物のパーティーグッズのタスキをつけている姿が飛び込んだ。


 "本日の主役"


 タスキにはそうデカデカと書いてあり、未だ名前不明のイケメン君と先輩との競争時に居た可愛い子に挟まれて笑顔でピースをしている。無駄に良い笑顔だよ。



「なぁにこれ」小母さんが呆れながら笑う。


「カオスですけど、楽しそうですね」



 私が言うと、ふっと鼻から息が漏れる音がした。


 あぁ、今なら私でもわかる。小父さん、笑ってる。グラスにつけた口の口角がほんの少し上がってた。

 


「確かに楽しそうだけど・・・」まだ笑いが治まらない小母さんが、私の瞳を覗き込んで言った。「あまりはっちゃけ過ぎないように、これからもアホ息子の()()よろしくね?」


「・・・はい」


 冗談なんだか本気なんだかわからないけど、小母さんに言われたらそう答えるしかないじゃない。

当初の目標はブクマ1,000でしたが、なんと5,000もして頂きました。

これは途中で投げ出さず頑張らざるを得ないですね。


それとすみません、うっかりご報告を忘れていました(@_@;)

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