14話目 庚申妃紗と酉水家 上
「それでさ、マユったら卓球の試合中にくしゃみして」
「え、やめてよ!言わないでよ!」
「お昼に、食べたご飯粒が、鼻から『ポン!』って卓球台に....」
「ナニソレヤバー!!」
「味方も相手も、審判も全員笑って...ぷっくっく」
閉会式後、友達の滑らない話しを聞いてひとしきり笑っている時に、マナーにしていたスマホが震えた。
現代人は条件反射で画面をタップするように洗脳されていて、私も漏れず電子の言いなりなので無意識にLINEを開く。
差出人は酉水からだった。
「ウェーーーーイ!!これからクラスの打ち上げだポヨ!!今日はトレーニングナッシング!!」
あら珍しい事もあるものね・・・ってか頭おかしくなった?
あ、もともと一歩手前で踏みとどまってたけど、いよいよ進行が始まっちゃたのか、あちゃー。
了解の旨を送って、私はこれからフリーが決まった訳だけど、うちのクラスは打ち上げの予定はないのでもう少しこのまま教室でダベってから帰ろうっと。
なんて思っていたけど案外早めに解散したので、私は電車に1人揺られながら、次第に無機質なビルが増えていく景色をぼんやりと眺めていた。
ちなみに、私は球技大会ではバレーにだけ参加して、それも一回戦で負けたから時間だけはたっぷりあった。
なので、弟子の勇姿でも拝もうかと友達と一緒に観戦したけど、アイツは特筆して活躍したわけでもなく、特にバスケはルールをきちんと覚えて無難に立ち回っていた。
授業のバスケなんて、ボールを空いてるスペースに回す程度できちんとした戦術も何もないからね。
それよりも、野球とバスケのどちらの試合にも犬爪某の姿があったのにアイツは気づいてたのかしら。多分気づいてないかな。
とりあえず思考停止。こういう時はブツ森をするに限る。
ゲームオーバーになったキャラがそろそろ服役を終える頃だから、またバイからやり直しかぁ。私はコツコツとゲーム内のお金集めに興じた。
最寄駅に着き、今日はこのまま時間あるしどうしようかと悩みながら、とりあえずブラブラと駅前の商店街を歩いている時だった。
ツインテールだけど見間違えようのない赤毛の髪の小さな娘が、私に背中を向けて母親と手を繋いでいる
コソコソと近付いて、その愛しい小娘に後ろから思っきり抱きつく。
「あ~っちゃん!!」
「うわぁぁ!」
「え?」
なんだか汚れ芸が達者な芸人みたいなリアクションだったけど気のせいかしら?
驚かせたのが私と気づくと、一瞬ハッとした顔をしたけど「ひーちゃん!」と気を取り直すかのように抱きついてきた。
「あら、ひーちゃんじゃない」
「小母さん、こん・・・にちは?ばんは?」夕方5時の挨拶ってどっちなんだろう。それとも外の明るさによるんだっけ?
あーちゃん以外で私を「ひーちゃん」と呼ぶその人は、紛うごとなきあーちゃんのお母さんの酉水素子さん。つまりアイツのお母さんでもある。
しかし、本当に若いし綺麗な人だなぁ・・・年齢はまだ30代半ばと聞いた時は驚いて喉ちんこが飛び出るかと思ったもん。やだ、私ったらはしたない。
でも納得する。あーちゃんと、まぁ一応アイツのお母さんなんだから、美人で当たり前よね。
「いつも東と南がお世話になってます」小母さんは人気も気にしせず深々と頭を下げた。
「ちょ、小母さん、それやめてって言ってるじゃないですか!?」
「でもお世話になってるのは本当だしねぇ」
「私が好きでやってるんですから。ね、あーちゃん?」
「うん♪」
うはっ!マジであーちゃん可愛い最高!
さっきのリアクションなんて私の記憶からすぐ薄れていっちゃうよ。
小母さんは周囲をキョロキョロ見渡すと、コテって首をかしげた。あーちゃんの愛嬌は母親似ね。
「アホ息子は一緒じゃないの?」
「東は今日クラスの人と球技大会の打ち上げなんです」
「あらら、そうなの」
「高校では青春してますので」
「それもこれも全部ひーちゃんのおかげね」
水面に浮かぶ葉を掬い取るように、小母さんが両手で私の手を包む。人目の多いところで擽ったいなぁもう。
「それに対してだけは謙遜しません。その通りこの私の努力のおかげです」
胸を反らして言うと、私と小母さんは笑いあった。和むなぁこの家族。けど、あーちゃんが「それな?」って呟いた気がしたけど・・・まぁいいでしょ。
「それだとあの子の帰りも遅くなるのかしら」
「・・・多分?」
「それじゃ、よかったら家でご飯食べない?」
「ご飯ですか?」
「あの子に内緒で焼き肉」
すごく魅力なご提案に、私の背中を押したのはあーちゃんだった。
私の袖を引っ張り「・・・ひーちゃん」と、マリンブルーの海を象ってはめ込んだような藍色の瞳をむけられたら、答えはいつもひとつ。
「ぜひ」
「決まりね。一度家に帰る?」
「あ、いえ、このまま行きます」
「それじゃ一緒に買物しよっか」
「はい」
うわー。
こんな暖かい家族から一度でも距離を置こうとしたなんて、なんて罪深いんだ私は。
人懐っこい小母さんと近況の報告や世間話をしながら、商店街を巡り買い物を済ませていると、「でも、息子抜きで焼肉を食べて事がバレたら怒っちゃうわね」と、小母さんが眉を下げた。
「確かに、食の執着はなくなりましたけど、焼肉だけは特別ですからね、東は」
「思いっきり家中消臭しないといけないわね」
「そうですね」
私と小母さんは顔を見合わせて笑った。
冗談話と軽く考えていたけど、後々にアイツから面倒な絡みをされるなんてのは、この時の私は知る由もない。




