12話目 庚申妃紗は助けたい
ずっと書きたかった酉水のポンコツ回
「ぴえーーん」
日課である夕方のトレーニングのため河川敷に集合した私が、開口一番に酉水から言われた言葉だった・・・言葉?
いつの間にか酉水は鳥類に進化を遂げているらしい。
「なに、なんか嫌な予感しかしないんだけど」
「もしかして僕の悩みを聞いてくれるんですか!?」
・・・うわぁ、その絡みうっざ。
人の気も知らないでこうも能天気でいられるとイラッとしますね。
「一応聞くだけ聞いてあげる」
「実は再来週の球技大会でなぜか僕が野球とバスケの選手に選ばれちゃって大ピンチなんだよぉ」
「そ。じゃあ走ろうね」
突き放そうとするも、酉水がまたピエンピエン鳴き出して埒が明かない。こういうところは中学の時から変わってないんだからもう。
「そうは言っても、私だって経験者じゃないんだから面倒見れないわよ」
「それじゃ僕の自主練に付き合ってよ」
「自主練って何をするの?」
「さぁ?」
「さ、行くよー」
私は構わず自転車を漕ぎ出し、アイツも諦めたのか渋々私の前を走り始めた。
それにしても球技か・・・酉水にはとにかく身体を絞らすために走ったり筋トレばかりさせてたけど、球技は全然練習していない。
どうせ足がとんでもなく速いからスポーツ万能だと変に期待されて、断りにくくなったってところかしらね。容易に想像がつく。
まぁ、本人も自主練をするって言ってるし、今回は私が役に立てることはなさそうね。
その日の夜、自宅でなんとなーくバスケと野球に関してネットで色々と調べていた。本当に深い意味はないんだけど、例えば「すぐに上達するドリブルテクニック」だとか「正しいバッティングフォーム」だとか。
本当に深い意味はないんだけど、知り合いにバスケと野球に必要な道具を一式借りれないか訊いてみたりも。
本当に深い意味はないんだけど。
翌日、酉水には用事があってトレーニングに付き合えないと伝え、私は夕方に中学時代の友達と会っていた。少しだけ久しぶりの友人は元気にしてたし、近場の高校だから通学も楽だ、なんて世間話に花を咲かせた。
そして、どうしてもアイツとのことが気になるみたいで、当然高校ではどんな感じに過ごしているか訊かれた。私は答えに細心の注意を払う。いくら友達でも、尾ひれがついた噂は知らない場所を勝手に泳いで回るものだから。
「アイツは相変わらずだよ」
ただそれだけを言うと、目的であるバスケボールを借りた。
特に意味はないんだけど。
◇◆
さらに翌日。
この日は学校を終え、酉水と一緒に帰宅をしていた。
電車の座席に隣同士に座り、私が手を差し出すと、アイツはおしぼりでも受け取るような気軽さで私の手を握る。
昔はクリームパンみたいにふっくらした手で、しかも手汗ですぐベッチャベチャにされて私も心が折れそうになった。今では木の根みたいな血管が手の甲に浮いている。フェチには「理想の手」に違いない。
私は何の気なしに訊ねてみる。
「ところで、アンタ、その、球技大会の練習とか結局どうしてるの」
「あぁ、You Tubeで練習動画見てイメトレしてるよ」
「ふーん。ドリブル練習とか素振りとかしないんだ」
「ボールもねぇ、グラブもねぇ、バスケットコートは何者だ!」
「そっかそっか」ボケは無視する。
最寄駅で降り、夕方のトレーニングまで一旦解散になる。
家の近所の、私にとっての幼馴染にあたる1つ年下の男子から野球道具一式をひったくると、私は荷物を抱えてアイツが待つ河川敷へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
先に到着している妃紗の荷物を見て僕は驚いた。
自転車のカゴにはまん丸のバスケットボールが入っていて、背負っているリュックには金属バットが飛び出していた。
なんだか、こう、垢抜けた女子高生がジャージでスポーツ用品を装備しているのはなかなかにシュールな絵になる。
「どうしたのそれ?」
「練習したいんでしょ」
「まぁ・・・うん」
「それじゃ、ドリブルしながらランニングね」
ポイッと投げ渡されたバスケボールを反射的に受け取る。新品ではなさそうだけど、妃紗は姉妹だしボールなんて家にあるの?
余計な考察などさせまいと言わんばかりに、「ほら、本番まで時間ないんでしょっ」と自転車を漕ぎ始めた。
「あ、姉貴ぃ・・・」
妃紗様の心意気に打たれ、「よーし、やってやるぞ!」と気を引き締めて最初にドリブルで衝いたボールはつま先に当たって河川敷の坂を転がりそのまま川に落ちた。
それからは、中学時代を彷彿とさせる猛特訓が始まった。
バスケリングのある公園でひたすらシュート練習に励み、妃紗による見様見真似の野球のノックを受けたり。
その練習はもちろん休日も行われる。法事とお盆年末年始以外は活動日なんでね。
その休日、よく晴れた日にあーちゃんも連れて3人で河川敷に訪れていた。以前、体力テストでハンドボール投げだけが異様に点数が低く、どうやら僕は投擲能力が著しく低下しているらしい。
よって、今日は妃紗とキャッチボールをする。参加できないあーちゃんは日向でポカポカな陽射しを浴びながら、たまたま散歩で通りかかったダックスフンドにメンチを切っていた。
気にせず僕はグローブをはめた妃紗に向かってボールを投げた。
「ひゃい!」
ポテン・・・コロコロ。
「・・・・ふっ!」
シュルルゥゥゥ....パシィィィン!!
「きゃッ・・・・ひゃい!」
ポテン・・・コロコロ。
「・・・・・・・・・ふっ!」
シュルルゥゥゥ....パシィィィン!!
「ひゃん!?」
「・・・・アンタさ、その気持ち悪い声と羽虫が留まりそうな球の軌道はどうにかならないの?」
「え?」
汚物を見る目で妃紗がボールじゃなく文句を投げつけてくる。
不思議なことに妃紗の投げる球はちゃんとスピンがかかっていて捕球するのも一苦労だけど、僕が投げるとヘロヘロの軌道を描いて、そもそも妃紗まで届かない。
これはおかしい。完全無欠の模倣は完璧なはずなのに、どうして球の勢いが死ぬんだ。
「料理の他にまだ絶望的に下手なものがあったのね」
「むしろ妃紗が上手すぎるんだよ」
「ネット上のアドバイス通りに投げただけなんだけど。私は人にアドバイスなんて出来ないわよ?」
野球は諦めるしかないというムードが漂うなか、さっきから僕の投げるフォームをずっと見ていたあーちゃんが僕にこう言った。
「お兄、右足ちゃうか?」
「右足ですか?」
あーちゃんが言うには、球をリリースする前の段階で軸足の右足が折れていて、そのまま上体が傾いて力が伝わっていないとのこと。そもそも握っている球の縫い目に指がかかっていないとも言われた。さらに、身体が開くタイミングが早いため手投げになっていると指摘を受け、その御言葉はまさに天啓と言えた。
我が愛しのAngelあーちゃんのアドバイスに従い、球を投げ続けていると、次第に指にボールがかかる感覚を理解して、とうとう妃紗までノーバンで届くようになった。
「あーちゃんありがとう、助かったよ」
妃紗にお団子にしてもらった髪をクシクシと撫でると、気持ちよさそうに身を委ね、小さなお口から「うん、どーいたしましてー」と美しい旋律が流れた。譜面にして音楽の必須授業にしたい。
あぁ、もう、あーちゃんは頼りになるし可愛いしでやっぱりさいつよだよ!
「ね、ねぇ、酉水」
「ん?どうしたの?」
「そもそもだけど、どうしてあーちゃんが野球のフォームに詳しいのかって疑問に思わないの?」
「????」
そんな事言われても、あーちゃんだから知ってるに決まってるでしょーが。




